俺のポケットモンスター   作:越谷さん

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【舞台】ホウエン地方・ムロタウン
【登場人物】
《ハルカ》ミシロタウン出身のポケモントレーナー。愉快なポケモン達と談笑しながら、行き当たりばったりな冒険を続ける。
《ナゴヤ》なまいきなアチャモ。ハルカが最初に貰ったポケモンだが、俺様主義で指示を聞かない問題児。
《エノキ》まじめなキノココ。個性豊かな仲間達にツッコミを入れるツッコミ職人。


【傑作選011】信頼し合う者

 ガラスの奥からさざ波の音が聞こえる。

 ガラス張りの壁に囲まれたムロジムのバトルフィールド。ホエルコが潮を吹く大海原がこちらを見守る中、とある挑戦者の足が再びこのフィールドを踏み締めた。

「……また来たね」

 オレンジ色のゴーグルを水色の髪にズラして、ムロジムのジムリーダーであるトウキが挑戦者に目を向ける。波に揉まれて鍛え抜かれた小麦色の肌が、挑戦を欲するように疼いていた。

 フィールドを挟んでトウキと対峙する挑戦者――ハルカは口角を吊り上げる。

「勝つまで何度だって来ますよ!」

 そう言いつつも、ハルカはこの挑戦で勝利を飾るつもりしかなかった。

「……良いね。受けて立とう」

 燃える様なハルカの闘気に、トウキの筋肉は漲っていく。

「チャレンジャーの挑戦を何度だって受けて立つ、それがジムリーダーだ!」

 自らの仕事を全うすべく、トウキはサーフィンに乗るかの如く体を整えた。

「これより、ジムリーダー・トウキとチャレンジャー・ハルカによるジムバトルを開始します。使用ポケモンは二体、試合中のポケモンの交代は自由とします」

 逞しい筋肉を魅せる審判に、二人は先発を決めてモンスターボールを握る。試合の準備はどちらも万端だった。

「それでは、バトルスタート!」

 審判の掛けた試合開始の合図で、二人はフィールドにモンスターボールを投げる。

「ワンリキー! テイクオフ!」

「エノキ! お前が決めろ!」

 トウキが繰り出したのは、小柄ながらも確かな筋肉を魅せるワンリキー。一方のハルカが先発に選んだのはエノキだ。エノキは緊張した体を解すように、体を震わせている。

「ポケモンを変えてきたか……」

 前回の挑戦では見なかったエノキに、トウキはどう仕掛けてくるのかと好奇心を掻き立てた。

「変に緊張すんなよ!」

「うっ、うん!」

「負けたら今日の晩飯キノコシチューにするからな!」

「逆に緊張するわ!」

 後ろから掛けられるトレーナーの野次に、エノキは声を荒げてツッコむ。偶然か作戦か、固まっていたエノキの体は自然と解けていた。

「最初から全力で行くぞ! エノキ、タネマシンガン!」

 エノキは口から種の弾丸を連射し、ワンリキーに先制攻撃を仕掛ける。自分を標的に放たれた弾丸を、ワンリキーの赤い瞳は見切っており、軽い身のこなしで回避していった。ワンリキーはそのままスナイパーのエノキへと距離を詰める。

「からてチョップ!」

 ワンリキーの手刀がエノキを襲う。

「うわっ! エノキ逃げろ!」

「ひえぇ!」

 ぐるりと踵を返したエノキは、間一髪でワンリキーの手刀から退避した。フィールドを強く叩いたにも関わらず、ワンリキーの手刀は刃毀れ一つしていない。

「相手に隙を与えるな! やどりぎのタネ!」

 退避していたエノキは振り返ると、別の種を口から吐き出す。種はワンリキーの右腕に当たると芽を生やし、蔦を伸ばして絡み付いた。

「よし! このまま相手の体力を奪っていけ!」

 ワンリキーに絡んだ蔦は体力を奪い、親であるエノキに供給する。この蔦を対処しなければ、ワンリキーの体力は削られる一方だ。

 しかしトウキは余裕の笑みを浮かべていた。

「ワンリキー、ビルドアップ!」

 トウキの指示に従って、ワンリキーは全身に力を入れる。上腕二頭筋も膨張し、絡んだ蔦が苦しそうに歪む。そして自慢のポーズと共に、蔦は跡形もなく弾け飛んでしまった。

「えぇっ!?」

「そんなのアリかよ……!」

 どれだけ攻撃の手段を変えても、予想外の角度から対応してくる。流石はジムリーダーといったところか。

「俺達も攻めるぞ! まわしげり!」

 驚きに囚われるエノキに、ワンリキーは急速で距離を詰める。

「やべっ! タネマシンガン!」

 エノキは口から種の弾丸を発射しようとするが、それよりも先にワンリキーの回し蹴りがエノキの足を払った。体勢を崩したエノキを、ワンリキーの両腕は逃がさない。

「ちきゅうなげ!」

 ワンリキーはエノキを掴んだまま空中に跳び上がり、体を回転させながらエノキをフィールドに打ち付けた。

「ぐあっ!」

 鮮やかに着地したワンリキーは、フィールドに倒れるエノキの様子を見ている。

「エノキ大丈夫か!?」

「うん、なんとか……」

 体を走る痛みに耐えながら、エノキは起き上がる。その表情は苦しそうで、体力の限界はすぐそこまで迫っていた。

「次で決めるぞ! からてチョップ!」

 ワンリキーは手刀を構えて、天井高く跳び上がる。この高度から振り下ろされた手刀は、エノキの脳天をかち割るだろう。

「ずつきで迎え撃て!」

 しかしエノキは無闇に避けるのではなく、敢えて立ち止まって額に力を込める。振り下ろされたワンリキーの手刀を、エノキの頭突きが受け止めた。互いに一歩も譲らない激しい衝突の中、エノキの頭頂部から大量の黄金色の粉が吹き上がる。

「!?」

「来た!」

 未曽有の事態に、ワンリキーはエノキから距離を離す。視界は黄金色の粉で遮られ、エノキの姿はどこにも見えない。更にはワンリキーの体を、電撃の様な痺れが襲った。

「エノキの特性『ほうし』! そいつの神経麻痺の苦しさは、俺が身を持って知ってるぜ!」

 普段からエノキの胞子に苦しめられているハルカは、見事嵌った策にガッツポーズを握る。

「今のうちだ! エノキ、すいとる!」

 胞子に身を隠したエノキは、ワンリキーから体力を吸い取っていく。姿の見えない相手に、ワンリキーは手の出しようがなかった。

「ワンリキー! まわしげりで周囲の胞子を払え!」

 耳に届いたトウキの指示に、ワンリキーは正気を取り戻す。指示通り右脚を軸にして左脚を回しながら、周囲の胞子を吹き払った。

 鮮明になって視界の先で、エノキはこちらへと駆け寄っていた。

「からてチョップだ!」

 ワンリキーは手刀を構えて、エノキを迎え撃つ。しかし体を蝕む胞子の神経麻痺が、その反撃を憚った。

「なに!?」

 その瞬間をエノキは逃さない。

「ずつき!」

 エノキの頭がワンリキーの腹部を突く。ワンリキーは膝を突いて立ち上がろうとしていたが、耐え切れずにフィールドに倒れた。

「ワンリキー、戦闘不能!」

「よっしゃー! よくやったエノキ!」

 数的有利を勝ち取ったエノキを、ハルカは熱く賞賛する。安堵から胸を撫で下ろすエノキの表情は、ワンリキーから体力を吸い取って尚苦しそうだった。

「ワンリキー、お疲れ様」

 ワンリキーをモンスターボールに戻し、トウキは労いの言葉を掛ける。モンスターボールをポケットに仕舞いながら、視線を目の前のハルカに移した。

「確かに、この前とは違うみたいだね」

「まだまだ! 俺達の進化はこんなもんじゃないですよ!」

 トウキからの賞賛に、ハルカは驕る事なく拳を握る。

「そうか……それは楽しみだ」

 そう呟くと、トウキはポケットから取り出したモンスターボールをフィールドに放り投げた。

「マクノシタ! テイクオフ!」

 フィールドに現れたのは、結び目の様な髷を結うマクノシタ。前回の挑戦では、この力士に苦汁を飲まされる結果となった。

「来たな……」

 四股を踏んで準備運動をするマクノシタに、ハルカは警戒を強める。

「エノキ、タネマシンガン!」

 ハルカの指示に、エノキは口から種の弾丸を連射する。

「マクノシタ、つっぱり!」

 マクノシタは迫る弾丸に避ける事なく、寧ろ前進し始めた。エノキが撃った弾丸を、マクノシタの突っ張りが弾き返していく。

「なに!?」

 そうしている間にマクノシタはすぐそこまで迫り、マクノシタの張り手がエノキを突っ張った。

「うわっ!」

「エノキ!」

 張り手に弾き飛ばされ、エノキはフィールドに倒れる。ハルカが声を投げ掛けるが、エノキの両目はぐるぐると渦を巻いて起き上がれそうになかった。

「キノココ、戦闘不能!」

 審判の判定が下り、ハルカはエノキをモンスターボールに戻す。

「本当はもう少し削って欲しかったんだが……しょうがない。今回の活躍に免じて、キノコシチューは勘弁してやるよ」

 ハルカはエノキをそう労うと、ポケットから別のモンスターボールを取り出す。

「さて、リベンジマッチだ! ナゴヤ!」

 そう高らかに叫んで投げられたモンスターボールから、再戦に燃えるナゴヤが飛び出した。因縁のマクノシタを前に、ナゴヤの眼光が鋭く光る。

「まずは様子見でひのこだ!」

 相手の様子を窺おうと、ハルカはナゴヤに遠距離攻撃を指示する。しかしナゴヤは嘴から火を放つ事なく、マクノシタへと拙い足で一目散に駆け出した。

「おいナゴヤ!」

 指示を無視するナゴヤの暴走は止まらない。

「問題児は健在か……」

 前回と変わらない暴走を見せるナゴヤに、トウキはそう呟くとマクノシタに指示を出した。

「つっぱり!」

 電光石火で迫るナゴヤに、マクノシタは突っ張りを連打する。ナゴヤはマクノシタの張り手を素早く躱し、空いた横腹を右足で引っ掻いた。ダメージは入った筈だが、ナゴヤの右脚をマクノシタが捕まえる。

「!」

「あてみなげ!」

 マクノシタはそのままナゴヤを勢いよく放り投げた。ナゴヤは受け身を取ってダメージを最小限に減らし、照準をすぐマクノシタに合わせる。嘴に火の粉を溜め込むと、それをマクノシタへと放出した。

「そのまま突撃しろ!」

 マクノシタは迫る火に臆する事なく走り出し、体当たりで火の粉を突破した。

「なっ!?」

「のしかかり!」

 驚くナゴヤを逃すまいと、マクノシタのふくよかな巨体が襲い掛かる。為す術なくナゴヤはマクノシタの尻に敷かれ、冷蔵庫並の体重の下敷きとなった。

「ぐっ!」

 体が軋む音が内部に響く。腰を上げて向き直ったマクノシタに、ナゴヤも震える足で立ち上がった。

「ナゴヤ! 言う事聞け!」

「うるせぇ! 黙ってろ!」

 背中に投げられたハルカの声を無理に振り切って、ナゴヤは走り出す。目標はマクノシタだが、先程負傷した足が縺れて体勢が崩れた。その隙をトウキが見逃す筈がなかった。

「つっぱり!」

 マクノシタの突っ張った掌が、ナゴヤを弾き飛ばす。

「くあっ!」

「ナゴヤ!」

 フィールドに倒れたナゴヤは、もう一度立ち上がろうと試みる。しかし全身を激痛が走り、足に力が入らなかった。

 ――畜生……! 俺はまたこいつに勝てねぇのかよ……!

 マクノシタは余裕に満ちた表情で、ナゴヤが立ち上がるのを待っている。その先に立つトウキは、キレのある眼差しでナゴヤを見つめていた。

 視界が滲み、意識が薄れていったその時、

「ナゴヤ!」

「!」

 突然耳に飛び込んできた名前が、ナゴヤの目を覚ました。

「大丈夫! お前なら勝てる! 俺はそう信じてる!」

 戦闘中一度も向けなかった背後へ、ナゴヤは首を動かして目を向ける。こちらの勝利を信じるトレーナーのハルカと、初めて視線を交わした瞬間だった。

「だから!」

 ハルカの愚直な瞳が、ナゴヤの胸の奥を掴む。

「お前を信じる俺を信じろ!」

 その炎よりも熱い言葉が、ナゴヤの消えかかった闘争心に火を灯した。

『君達はまだ互いに信じ合えていない。互いに信じ合う事が出来たなら、君たちは今よりもきっと強くなれる』

 昨日石の洞窟で出逢った謎の石マニア――ダイゴに言われた台詞。いつ何時も信じられるのは戦う自分自身。他人を信じて強くなるなど、幻想以外の何物でもないと思っていた。

 しかし今のハルカなら、信じてみても良いと思えた。

「信頼……か」

 先程まで力の入らなかった足が、ふらつきながらもナゴヤの体を支える。ハルカを信じる思いが、ナゴヤの新たな動力源となっていた。

 瞬間、ナゴヤの体が眩い光に包まれる。

「!」

 空も飛べなかった翼は鋭利な鉤爪が備わった腕となり、今にも折れそうだった足は強靭な脚に。頭頂部に咲いた三本の毛も、立派な鶏冠と化していた。

「これは……」

 光が解き放たれたナゴヤは、新たなポケモンに変貌していた。

「進化した……!」

 初めて相見えるポケモンの進化。ポケモン図鑑を確認すると、アチャモの進化系――ワカシャモが登録されていた。

「ハルカ」

 名前を呼ばれ、ハルカは顔を上げる。進化する前の面影を残したナゴヤの勇ましい横顔は、ハルカになにかを訴えているようだ。

 信じ合うハルカには分かる。今のナゴヤは、ハルカの指示を待っているのだ。

「……よし!」

 興奮を噛み締めながら、ハルカは口角を吊り上げる。

「ナゴヤ、ひのこ!」

 ハルカの指示に従って、ナゴヤは嘴に炎を溜め込むと、マクノシタに火の粉を発射した。しかしその火力は先程のそれと比べ物にならなかった。

「!?」

 油断したマクノシタは、回避も間に合わず大火に身を焦がす。ハルカもトウキも、先程とは段違いの火力に驚愕していた。

「今のはひのこというよりかは……」

「かえんほうしゃ……!」

 容姿だけでなく、技の威力も進化しているようだ。

「でんこうせっかで近付け!」

 今が好機だと、ハルカとナゴヤは勝負を仕掛ける。発達した足でフィールドを蹴って加速するナゴヤに、炎を振り切ったマクノシタが対峙した。

「マクノシタ、つっぱり!」

 接近するナゴヤに、マクノシタは張り手を乱打する。乱れる突っ張りをナゴヤは身軽に躱しながら、マクノシタの体勢が崩れる隙を窺っていた。

「そこだ!」

 隙を見つけたのは、ハルカもナゴヤと同時だった。

「ひっかく!」

 マクノシタの空いた横腹に、ナゴヤの左脚が牙を剥く。その一蹴は確実に急所に入ったと思われたが、マクノシタの右腕がナゴヤの左脚を受け止めていた。

「!?」

 手の内は読めていると、トウキは不敵な笑みを浮かべる。攻撃を防がれては、ナゴヤの絶体絶命だ。

 しかしナゴヤは軸足だった右脚を浮かせて空中で回転し、更なる攻撃に出る。先程の攻撃は引っ掻くではなかったのだ。

「にどげり!」

 ナゴヤの右脚はマクノシタの顔面に直撃し、彼方へと蹴り飛ばした。着地したナゴヤがマクノシタに視線を向ける。ナゴヤの足技を脆に味わったマクノシタはフィールドに大の字で倒れ、そこから動く事はなかった。

「マクノシタ、戦闘不能! よって勝者、チャレンジャー・ハルカ!」

 審判の告げた試合結果が、フィールドに響き渡る。勝利を掴み取ったナゴヤは、試合を終えた解放感から深い息を吐く。そんなナゴヤの勇姿に、ハルカはじっとなどしていられなかった。

「ナゴヤ!」

 ナゴヤが振り返ると、ハルカがこちらに両腕を広げて駆け寄ってくる。抱き締めようと跳びついたハルカを、ナゴヤの右脚が食い止めた。

「うっ!」

 胸を足で留められたハルカは、苦しそうに蹲る。進化しても、ハルカへの冷たい態度は変わらないようだ。

「お前なぁ! こういうのは信頼の証でこうガシッと!」

 信頼を熱く語ろうとするハルカだったが、不意にその口は閉じる。

 ナゴヤから差し出された右手。その嘴は相変わらず無口だったが、ハルカには彼がなにを思っているのか伝わっていた。ナゴヤの右手にハルカは右手を合わせ、二人のハイタッチの音がフィールドに響いた。

 容姿や火力だけじゃない。明らかにナゴヤの中で、なにかが変化していた。

「強くなったね、ハルカ君」

 マクノシタをモンスターボールに戻したトウキが、ハルカに歩み寄る。トウキはすぐ隣に立つナゴヤに目を向けた。

「進化というビッグウェーブを上手く乗りこなした。今の君達なら、どんな荒波も乗り越えていけるよ」

 審判を務めた男が、なにかを用意して歩いてくる。海と同じ青色に輝くグローブのバッジだ。

「これが僕に勝った証のナックルバッジだ。持って行ってくれ」

 トウキから手渡されたバッジを、ハルカは強く握る。

「ありがとうございます!」

 ハルカはトウキに感謝を伝えると、体をナゴヤに向き直して、満面の笑みでバッジを見せつけた。ナゴヤは腕を組んで呆れていたが、その横顔はどこか嬉しそうだった。

 ムロジムに勝利し、ハルカは戦利品としてナックルバッジとナゴヤとの絆を手に入れたのだった。

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