【登場人物】
《ハルカ》ミシロタウン出身のポケモントレーナー。愉快なポケモン達と談笑しながら、行き当たりばったりな冒険を続ける。
《ピコタロー》がんばりやなピカチュウ。世界中のポケモンと人間と友達になるのが夢。
《テッペー》わんぱくなビーダル。先輩呼びに憧れている。
《ネジ》おくびょうなルカリオ。波導の力が他個体よりも強いが臆病者。
《コラーゲン》わんぱくなヌメルゴン。スキンシップ大好き。
シンオウ地方の花の都とされるヨスガシティ。老若男女が異文化を触れ合わせるこの街は現在、普段よりも華やかに装飾されていた。
その理由は街の中央に建つコンテスト会場。ヨスガシティでは明後日、世界中のポケモンコーディネーターによる美の祭典――ポケモンコンテストのミクリカップが開催されるのだ。ルネジムリーダーでありコンテストマスターであるミクリによって選ばれた、優れたポケモンコーディネーターによる華麗な演技を一目見ようと、ヨスガシティはかつてない程に人口密度を凝縮させている。
そんな現在世界で最もホットな街に、彼女はやってきた。彼女の名前はエレナ。なにを隠そう、彼女もミクリに見初められ、限られた人間しか手に入れる事の出来ないミクリカップの招待チケットを与えられたのだ。今は同じ演者であるオジョーとカエデと、パフォーマンスの練習を積んでいる。
彼女が来ているという事は、勿論彼も駆けつけていた。彼はエレナの邪魔にならないよう、ヨスガシティにあるふれあい広場でポケモン達と遊んでいた。
「それじゃあ行くよー!」
コラーゲンは無邪気に掛け声を上げると、目を隠して数を数え始める。同時に周囲に集まっていたハルカ達は、雑木林の中へとたちまち霧散した。
「1……2……3……」
「わーい!」
「あっ、ちょっと。あまり離れないでね」
「さーて、どこに隠れよっかなー」
駆け足で雑木林を行くユカリに、保護者役であるマイがくっついていく。ハルカは誰にも見つからない秘密の隠れ場所を、真剣に探していた。
ピコタローも自分の目立つ色の体をカモフラージュする蓑を探して散策する。この雑木林の中なら、隠れ場所など無限に見つかるだろう。そんな時、ピコタローの視界の端にとある影が映り込む。
「ん?」
気になって目を向けると、そこには雑木林を踊るように小さな羽で飛び回る妖精の姿が。まるで森の精霊の様なその姿を、ピコタローは研究所にあった幻の図鑑で見た事があった。
「えっ……あれって……!」
実物を目にしたピコタローは、隠れ場所を探すのも忘れて電光石火に走り出した。
一方、一足先に隠れ場所を発見したテッペーは、茂みの中で密かに息を潜める。そこに騒がしい物音が乱入してきた。
「よっと」
「!?」
音を立てて茂みに入ってきたハルカに、テッペーは目を丸くする。
「ちょっ、ハルカ! なに入ってきてんでげすか! ここはあっしが最初に見つけたんでげすよ!?」
「あ? 別に良いだろ。そんなに嫌ならお前が出てけよ」
「横暴でげす!」
ヤクザ者の様な暴れた論理に、テッペーは前歯を突き立てて強く抗議する。しかしハルカは断固としてここを動かない姿勢だ。
互いに引かない平行線の議論。その横を可憐な妖精が素知らぬ顔で通り過ぎていく。
「ん?」
「今のって……」
妖精の背中に二人が目を奪われていると、妖精を追うピコタローが二人の前に走ってきた。
「あっ、ピコタロー」
「ハルカ! セレビィだよ! 幻のポケモン!」
ピコタローはそれだけ伝えると、姿を逃さないように走り続ける。ハルカとテッペーはしばし目を見合わせ、隠れている場合ではないと茂みから跳び出した。
――……ここなら見つからないかな。
芝生に腰を下ろしたネジは、大きな木に背中を預けて体を落ち着かせる。周囲に生えた木が影を囲っており、確かにここなら当分見つかる事はなさそうだ。
――一応、皆の位置も確認しておくか。
皆はどこに隠れているのかと、ネジは得意技の波導で一同の位置を確認する。コラーゲンはまだ最初の位置で数を数えており、ユカリとマイは近くの茂みに屈んでいる。他の一同はどこに行ったのかと探すと、散り散りになってから時間が経ったにも関わらず、まだ雑木林を駆け回っているようだ。しかし一同の走る先に、ネジは妙な波導を察知する。
――……ん? この波導は……。
気付けばネジも、その場から立ち上がっていた。
「29……30……」
コラーゲンは律儀に目を伏せながら、体内時計で三十秒を数えていた。
「……あれ、そういえば何秒まで数えれば良かったんだっけ? まぁ良っか、もういいかーい!」
大事な部分を忘れていたコラーゲンは、我慢ならずに雑木林の中に声を送る。すると若さに溢れたユカリの元気いっぱいな声が返ってきた。
「もういいよー!」
「よーし! 行くぞー!」
他の一同の声が返ってきてない事に気付かないまま、コラーゲンは満を持して雑木林の中に足を踏み入れていった。
コラーゲンの声も届かない程、ハルカ達は妖精との追いかけっこに夢中になっていた。背中を追って走り続ける一同に、ネジが合流する。
「ハルカ!」
「ネジ! あそこにセレビィが!」
「セレビィ!?」
ただならぬ波導を感じて駆けつけたネジだったが、まさかその正体が幻のポケモン――セレビィだとは思いもよらなかった。正面を向くと、確かに図鑑で見覚えのある妖精の姿が目に映る。追いつけずとも距離を離そうとはしないセレビィは、まるでこちらをどこかへと誘っているように思えた。
セレビィはちらりとハルカ達に目を向けると、正面の空間に不思議な穴を出現させ、その穴の中に飛んで行ってしまった。
「あっ!」
不思議な穴の出現に、一同は急停止する。
「行っちゃった……」
「なんだこの穴?」
空間にぽっかりと空いた穴に、ハルカは首を傾げる。穴からは未知のエネルギーが溢れ出ているようで、穴の中は雑木林とは違う別の空間に繋がっていた。中を覗いてみても、もうセレビィの姿はどこにも見つからない。
「あーあ、折角幻のポケモンと遊べると思ったのになー」
千載一遇の機会を逃したと、ハルカは溜息を吐く。正体不明の穴に突入する訳にもいかず、流石に諦めるしかなかった。
そんな一同の背中を、湿度をたっぷりと蓄えた鬼が見つけた。鬼は溢れそうな笑いを必死に堪えると、慎重に一同の背後へと忍び寄る。あと一歩といったところで、鬼は大きく腕を広げて全員を抱き締めるように跳びついた。
「見ーつけた!」
瞬間、一同の体重が穴の方向に傾く。
「わっ!」
「あ?」
「えっ」
「げっ!」
「ん?」
危ないと感じた時にはもう手遅れ。一同は穴の中に入り、不思議な空間の底へと落ちてしまった。
「「「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」」」
五重奏の悲鳴がマイの長い耳に微かに届いたものの、一同の侵入を許した穴はゆっくりと塞がっていき、ただの雑木林の空間に戻ってしまった。
◎
鼓膜にさざ波の音色が打ちつけられる。天の川の様な白い砂浜の上で、ハルカはゆっくりと瞼を開けた。
「……んっ」
「目が覚めたみたいだね」
顔を上げると、隣でネジが砂浜に腰を下ろしている。他の一同の姿もすぐ側で確認できた。
「あれ……ここどこ?」
「テッペー! 目を覚まして!」
「ぐふっ……」
テッペーだけ白目を剥いて気絶していたが、一先ず全員無事なようだ。
ハルカは体を起こすと、改めて周囲に目を向ける。木板を繋ぎ合わせた沖があるだけの無人の浜。絶景といえば絶景だが、世界中を旅したハルカもこの景色に心当たりがない。そもそもハルカ達が居たヨスガシティは海に接していない筈だ。それがどうしてこのような浜で気を失ってしまったのだろうか。
「……ここは?」
「分からない。僕もついさっき気が付いたばかりなんだ」
「そっか……」
縋る思いでネジに尋ねてみたが、謎は解けずじまい。
「畜生、明後日はエレナのコンテストだってのに」
どうにか帰る方法はないかと思案を巡らせるが、こうも謎が多くてはろくな案も見つからない。ただ気を失う直前の記憶は、やけに鮮明に覚えていた。
「Wake up!」
「「!」」
突如浜に届いた声に、一同は顔を弾かせる。その声は陸側から発せられ、こちらに駆け寄る足音も一緒に聞こえてきた。
「あっ、もう起きてた。大丈夫ですかー!?」
褐色肌に無精髭を揃え、砂浜より純度の高い白衣を纏っている。頭にはラベンダー色のニット帽が深く被られていた。
「空から落ちてきたんで驚きましたよ」
どこか安堵の表情を見せるその男に、ハルカ達は何故か見覚えがあった。
「オダマキのおっちゃん!?」
男はエレナの父親でありオダマキ研究所の研究者――オダマキ博士に瓜二つだった。
「えっ!? なんでおっちゃんがここに!?」
見知らぬ土地での見知った顔との遭遇に、ハルカは深く混乱する。しかし男はニット帽の上に疑問符を浮かべていた。
「オダマキ? どなたですそれは」
「えっ」
初めて聞く名だと、男は首を傾げている。
「Sorry、僕はラベンです。ポケモン博士をしているのです」
ラベンは自己紹介をすると、ペコリと一瞥した。オダマキとは本当に別人のようだ。
「本当だ! 確かにオダマキ博士よりもちょっと肌が黒い!」
「変な帽子も被ってるでげす!」
「体もオダマキ博士の方が大きいよ!」
「間違い探ししてるんじゃないんだから……」
他に変わったところはないかとラベンに目を凝らすピコタロー達に、ネジが呆れて口を吐く。別人であるにも関わらず顔も肩書も一緒とは、ただの偶然で片付けていいものなのだろうか。
「それで、君の名前は?」
「……ハルカ、です」
知り合いの顔に名乗るのは慣れないと、ハルカはぎこちなく返事する。
「一先ず無事なようですが……そこのポケモン達は?」
ラベンの興味は、ハルカから側のポケモン達に向いていた。
「あぁ、俺のポケモンだよ」
何気なく口にしたハルカに、ラベンは驚く。
「なんと! このポケモン達を君が捕獲したんですか!?」
「捕獲って……んーまぁそうだよ」
言い方に引っ掛かりつつも、ハルカはラベンに頷く。ポケモンを連れている事に、なにをそんな驚いているのだろうか。
「すごい……君はポケモンを捕獲する才能の持ち主のようですね」
過大評価のし過ぎだと、ハルカは少し苦笑する。
「君、空から落ちてきたみたいですが、行く宛はあるのですか?」
「無いっすよ。ここがどこかも分かんねぇのに」
目指す場所はあれど、現在地が分からなければ話にならない。
「……分かりました! 困ってる人を見捨てる訳にはいきません!」
弱気になるハルカを元気づけようと、ラベンが胸を叩く。どうやら根幹の善の部分は、オダマキと同じようだ。
「取り敢えず、僕達の村に案内しましょう。その代わりと言ってはなんですが、僕の研究にも協力してください」
「研究?」
ラベンの言葉が気になったが、人の居る場所に行けるのなら安いものだ。
「それでは案内致します。僕達のコトブキムラに!」
「!」
告げられた集落の名前に、ハルカは聞き覚えがあった。
「コトブキ……ムラ?」
コトブキシティ。多くの人とポケモンで賑わうシンオウ地方最大の都市だ。あの大都会を村と称するのは、あまりにも不釣り合いである。
「おーい! どうしたんですかー!? 離れると迷子になりますよー!」
先に歩き出していたラベンが、こちらに振り返って声を投げる。謎は山程残っているが、ハルカは立ち上がってラベンの後をついていった。
「……どう思う?」
状況の整理を、ハルカはポケモン達と試みる。
「うーん、正直なにがなんだかさっぱり……」
「分かった! きっとこれは夢なんでげすよ! ピコタロー! あっしに電撃攻撃をお願いするでげす!」
「任せて!」
テッペーの指示通り、ピコタローはテッペーに電撃を浴びせた。
「ガガガガガガッ!」
「どう?」
「……夢じゃないみたいでげすね」
骨の髄まで痺れた電撃は効果抜群で、テッペーはこれが現実であると確信する。丸焦げになって倒れたテッペーに、コラーゲンはケラケラと笑っていた。
緊張感のまるでないピコタロー達にハルカが苦笑していると、ふと隣を歩いていたネジが口を開く。
「……もしかして」
その考察にハルカは驚愕する。それこそ夢物語のような話じゃないかと。
「僕達、タイムスリップしたんじゃないかな?」
「「「「タイムスリップ!?」」」」
突如として迷い込んだ不思議な世界。ここでこれから不思議な物語が幕を開けるのだと、一同はそう予感していた。