俺のポケットモンスター   作:越谷さん

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【舞台】ガラル地方・エンジンシティ
【登場人物】
《ハルカ》ミシロタウン出身のポケモントレーナー。愉快なポケモン達と談笑しながら、行き当たりばったりな冒険を続ける。
《ブロリー》ようきなサルノリ。褒め上手な太鼓持ち。
《ショーン》おだやかなウールー。羊の執事。
《ユウリ》トウカシティ出身のポケモントレーナー。美しい女性とポケモンをこよなく愛する。
《コウジ》マサラタウン出身のポケモントレーナー。最強を追い求めるハルカ達の先輩トレーナー。
《ソウマ》ワカバタウン出身のポケモントレーナー。眼鏡がトレードマークで、情報戦が得意。


【傑作選016】開幕! ジムチャレンジ!

 晴天の空に蒸気機関から噴き出した煙が立ち込める。真っ赤な煉瓦造りの工場に囲まれたこの街はエンジンシティ。産業革命の音が聞こえるこの街に人影がいつもより多く見えるのは、翌日この街でガラル全土が待ちに待ったジムチャレンジの開会式が行われるからだ。

 心なしか気温も暑く感じる中、遂にハルカもエンジンシティに到着した。

「やっと着いたぁー!」

 ワイルドエリアでの長い遭難生活を経たハルカの目尻には、若干涙が滲む。ブロリーとショーンも久々の街並みに感動を覚えていた。

「ショーン! ジムチャレンジの受付時間は!?」

「本日の夕方まででございます」

「あとちょっとじゃねぇか!」

 現在時刻は正午を回っている。どうやら一同に、ゆっくりと旅の疲れを癒す時間は残されていないようだ。

「ぼちぼちしてられねぇ! 行くぞお前ら!」

「おー!」

 疲れた体に鞭を打って、一同は走り出す。目指す先は街の中心に聳えるジムチャレンジの受付会場――エンジンスタジアムだ。

 

 ◎

 

 歯車の様な昇降機を昇ると、赤煉瓦造りのエンジンスタジアムが眼前に現れる。中は老若男女を問わない多くの人で溢れ返っており、ここに居る全員がジムチャレンジの挑戦者かと思うと、その数に早くも気圧されそうだった。

 見知らぬ人混みの中で、見知った顔がハルカを見つける。

「ハルカ!」

 ハルカの名前を呼んで駆けつけたのはコウジだった。

「コウジ!」

「良かった。あまり遅いから間に合わないんじゃないかと心配してたんだぞ」

「悪ぃ! 実はちょっと遭難してて」

「遭難?」

 ちょっとで片付けてはいけないような単語に、コウジは思わず引っ掛かる。久々のコウジとの再会に、ブロリーも上機嫌にスティックを振っていた。

「とにかく、早くエントリーしろ」

「おぉ!」

 募る話は後回しだと、コウジがハルカを受付に案内する。受付には黄金色のサングラスを掛けた体格の良い男が、こちらの挑戦を待っていた。

「ジムチャレンジ参加希望者ですね。では推薦状の提出をお願いします」

「はい!」

 受付の前で、ハルカはリュックの中を漁り出す。

「……そういえば、博士から推薦状は貰えたのか?」

「いや、ダンデさんから貰った」

『!?』

 瞬間、スタジアムが衝撃に包まれた。

「ダンデって、あのガラルチャンピオンのか!?」

「うん、そうだけど……どうしたんだよ急に」

 顔を接近させて問い詰めてくるコウジに、ハルカは顔を引きつらせながら見つけた推薦状を受付に渡した。

「……確かにチャンピオンの推薦状ですね」

 提出された下手くそな字の推薦状に、受付の男もサングラスの奥の目を疑う。ぽつりと口を衝いた言葉が、ハルカの身の潔白を周囲に証明した。

「ダンデが推薦状を?」

「まさか、そんな話聞いた事ないぞ」

「つまりダンデがあいつを認めたって事なのか?」

「一体何者なんだ……」

 スタジアム中の視線が、ハルカに釘付けになる。この事の重大性を、本人であるハルカだけが把握していなかった。

「ではこちらのエントリー用紙に記入をお願いします」

 推薦状は受理され、受付の男からエントリー用紙とボールペンを渡される。ハルカは走り書きで、スラスラとボールペンを滑らせた。

「……ん?」

 ふと気になる記入事項を見つけて、ハルカの手が止まる。

「なぁ、この番号ってなんだ?」

 ハルカの質問に、コウジは真摯に答えた。

「あぁ、それは背番号だ」

「背番号?」

「ジムチャレンジは専用のユニフォームを着て挑戦するんだが、その背番号を三桁の数字から自由に選べるんだよ」

 確かにスタジアムの中には、ユニフォームらしい白い衣装を着ている人々がちらほら見える。その背中には、それぞれ別の三桁の数字を背負っていた。

 ただ自由に選べると言われても、好きな三桁の数字など特になにも思いつかない。

「コウジはなににしたんだ?」

「俺は218で218(ファイヤー)だ。三桁の数字で語呂合わせを作るのが主流だな」

「成程……」

 コウジのアドバイスを受けて、ハルカは頭を捻らせる。腕を組んで、しばらく熟考した末、ハルカの頭上の電球がピコンッと光を発した。

「決めた!」

 思いついたままに、ハルカはボールペンを走らせる。

「なににしたんだ?」

 気になって尋ねたコウジに、ハルカは満面の笑みで振り返った。

190(行くぜ)!」

「お前らしいな……」

 相変わらずの安直なセンスだと、コウジは苦笑を浮かべる。しかしハルカは満足したような恍惚の表情をしていた。

「ではエントリー完了しました」

 記入欄を全て埋めたハルカのエントリー用紙を受付が受理し、ハルカは晴れてジムチャレンジャーとなった。

「明日ここ、エンジンスタジアムで開会式が行われます。それまでスボミーインでゆっくり体を癒してください」

「スボミーイン?」

 聞き慣れない単語に、ハルカは首を傾げる。

「エンジンスタジアムの隣にあるホテルだ。参加資格を得たジムチャレンジャーは、全員スボミーインにタダで宿泊できる」

「すげぇなリーグ運営!」

 運営委員会の懐の広さに、ハルカは脱帽した。

「よし! それじゃあお言葉に甘えてゆっくり寛ぐと……ん?」

 疲労の溜まった体で伸びをしたハルカは、不意に視界に入ったものに目を止める。

 紫色の厚いコートを纏った、癖のある銀髪の少年。ハルカの目に留まったのは、その少年の後ろを歩く、目鼻立ちの整った少年だった。

「ユウリ!」

「!」

 友人の名前を呼び、ハルカは手を振る。分かりやすくアピールするハルカに、ユウリもすぐ気付いた。

「お前もエントリーできたんだな! なぁユウリは背番号なににし」

 しかしユウリはハルカを無視して歩き出してしまった。

「ユウリ?」

 ユウリは銀髪の少年と並んでスタジアムを後にする。妙に様子のおかしいユウリに、ハルカは不快感を抱いて頬を膨らませた。

「なんだあいつ! 態度悪くねぇか!?」

「あぁ……」

 コウジもユウリの変化に違和感を覚える。ブラッシータウンで別れたあの日から、一体彼になにがあったのか。一同の間でなにか事件が起こるような、そんな予感がしていた。

「へっへっへっ、ようやく着いたぜ!」

 死角から聞き覚えのある下品な笑い方が聞こえて、ハルカとコウジは振り返る。そこに立っていたのは、猫の様な目をした猫背の知人だった。

「イチセ!?」

「お前も来てたのか……」

「久し振りだなお前ら!」

 イチセはガニ股に足を開いて、こちらに歩いてくる。拭え切れない悪党臭は今も健在だった。

「イチセはなにしにガラルに来たんだ?」

「なにって、ジムチャレンジに決まってんだろ!」

 ハルカの質問に、当然だろとイチセは腹を立たせる。

「世界規模で人気のあるガラルのジムチャレンジを完全制覇し、新チャンピオンとして俺の名を世界中に轟かせる! さすれば俺の世界征服の夢は、また一歩前進するのさ!」

「お前まだそんな事言ってんのかよ……」

 大層壮大な夢は変わらないと、ハルカは溜息を吐いた。

「んで、お前推薦状は?」

「は? 推薦状?」

 惚けるイチセは、正に初耳といった顔だ。

「ジムチャレンジに挑戦するには、特定の人物からの推薦状が必須だ。それが無きゃジムチャレンジにエントリーできないぞ」

「なんだと!?」

 立ち塞がった衝撃の事実に、イチセは頭を抱えた。

「そんなの知らねぇよ! 俺なんも用意してねぇぞ!?」

 そこにピンポンパンポンとベルの音。

『これにて今回のジムチャレンジ、エントリー受付を終了します』

 狼狽するイチセにトドメ針を刺す様に、現実を報せるアナウンスが響き渡った。イチセのHPバーがみるみるうちに減少していく。

「あ、あぁ……」

 瀕死状態となったイチセは、スタジアムに膝を突いて項垂れた。威勢の良い言葉を吐いていた彼は、もうどこにも居ない。

 イチセの姿は見るも無惨で、もしかしたら自分もあそこで項垂れていた未来があったかもしれないと考えると、ハルカの胸の奥できゅっと音が鳴った。

 

 ◎

 

 エンジンスタジアムの西に位置するスボミーイン。つぼみポケモンのスボミーが目印のホテルに、ハルカは早速足を運んだ。

「あっ、ハルカ!」

 華やかなエントランスで声を掛けられ、ハルカは足を止める。振り返るとハートをデコレートしたサイドテールが、こちらに手を振っていた。

「ソニアさん!」

 ソニアとの再会に、ハルカは表情を明るくする。ブロリーはショーンの背中から、ヒバニーと見違える程の跳躍力でソニアの肩に飛び乗った。

「ソニア!」

「ふふっ、ブロリーも元気そうね」

「あぁ! 小生はいついかなる時も元気だぞ!」

 ブロリーの言葉は伝わらないが、ソニアの口元は緩む。

「無事ワイルドエリアを通り抜けられたんだね」

「まっ、まぁ……」

 その言葉に強く頷くには勇気が足りず、ハルカとブロリーは視線を泳がせた。

「エントリーは済ませた?」

「はい! そっちはバッチリです!」

 それは万全だと、ハルカは必要以上に頷いた。不意にハルカは、ソニアの隣に聳える巨大な像に目を奪われる。

「……なんですかこれ」

 エントランスに仁王立ちする異様な戦士像。金色に輝く戦士の両手には、それぞれ剣と盾が握られていた。

「ガラル地方を救ったと伝えられる英雄だよ」

「英雄?」

 ハルカが首を傾げると、ソニアは流暢に解説を始める。

「大昔、ガラル地方の大空に黒い渦――人呼んでブラックナイトが現れ、あちこちで巨大なポケモンが暴れ回ったが、剣と盾を持った一人の若者によって鎮められた。その伝説の若者、すなわち英雄をモチーフにしたのがこの像よ。もっとも英雄がどんな剣や盾を持っていたのか分かっていないし、そもそも黒い渦がなんだったのかも謎なんだ。ガラルの空を覆った事から、ブラックナイトとも呼ばれるけど」

「ブラックナイト……」

「この男はとんでもない偉業を成し遂げた英雄なのだな!」

 声が届かない筈の像のモデルにも、ブロリーは太鼓持ちをする。謎を多く抱えた伝説の英雄像に、ハルカはただ見惚れていた。

「ガラルの伝説を調べれば、まぼろしの森の不思議なポケモンについてなにか分かると思ってさ」

 祖母であるマグノリアに出された宿題に、ソニアは実直に取り組んでいるようだ。熱心なソニアに、負けていられないとハルカの気合も高まる。

「頑張ってください!」

「うん、ありがと!」

 すると受付の方から、なにやら騒がしい声が聞こえてきた。

「ん? なにかしら?」

 ハルカとソニアは階段を上がって受付に向かう。受付の前には、裾の千切れたパンクロック衣装に派手なフェイスペイントをした奇妙な集団が屯していた。

「俺達はとあるジムチャレンジャーを応援するエール団! 彼女がジムチャレンジを制覇できるように、チェックインを邪魔して開会式までにチャレンジャーの数を減らします!」

 男はY字に分かれたブブゼラを吹いており、女は少女の描かれたタオルを回している。物静かな筈のエントランスが、まるでライブ会場の様な騒音に呑まれていた。

「なんだと!?」

「ふざけんな! そこ退け!」

 チェックインの妨害を受ける挑戦者達は、苛立って声を荒げる。

「エール団?」

「どうやらあの人達、誰かのサポーターみたいね……。かなり過激だけど」

 騒動の隅で、ハルカとソニアは会話する。誰かを応援するのは素敵な行動だが、それが誰かの妨げになってはいけない。

「退きません! 私達は彼女にこの命を捧げーるのです!」

 このままでは自分もチェックインできないと、エール団を力づくでも制圧しようとしたその時だ。

「やめてください!」

『!』

 その声にハルカはエール団と揃って目を向ける。そこにはエール団と全く同じ衣装を纏った少年が立っていた。

「なんですか!? 新人のくせに生意気ですよ!」

 こちらに駆け寄った少年に、エール団は顔を顰める。しかし少年は物怖じせずに、寧ろ呆れて溜息を吐いた。

「あのですね、こんな事したってマリィは喜びませんよ」

「ぐっ!」

 少年の言葉に、エール団のフェイスペイントは一斉に歪んだ。どうやら今の一言は効果抜群だったらしい。

 エール団に新人と呼ばれる少年。その少年の顔に、ハルカは見覚えがあった。

「……ソウマ?」

「!」

 名前を呼ばれ、ソウマも顔を引きつらせる。

「おい! ソウマじゃねぇか!」

「やっ、やぁハルカ、久し振り……」

 歩み寄ってきたハルカに、ソウマは何故か眼鏡の奥の目を逸らしていた。

「友達?」

「はい、まぁ……」

 ソニアの疑問に、ハルカは雑に答える。目の前の友人の姿に、頭がいっぱいになっていたからだ。

「……お前、どうしたんだよその格好」

「!」

 急所を容赦なく突いてきたハルカに、ソウマは体を弾かせた。

「……まぁ、なんだそのぉ……色々あってだな」

「色々ってなんだよ!」

「うるさい! 色々は色々だ!」

 ソウマの表情にはどこか悲壮感が漂っている。どうやら再会までの期間、ソウマにも壮大な物語があったようだ。

「ほら皆さん! 部屋に戻りますよ!」

「あーちょっと!」

 ソウマはエール団の背中を両手で押しながら、逃げるように歩き出す。

「とにかく! お前ジムチャレンジにはエントリーしたんだろうな!?」

「あっ? あぁ……」

 背中越しで声を投げ掛けたソウマに、ハルカは頷く。

「それじゃあ詳しくは明日! 開会式で!」

「……分かった!」

 ソウマはハルカに別れを告げると、エール団と一緒にエレベーターに入って上の階へ昇っていった。

 明日、開会式で。たったそれだけの言葉で、ハルカの心は子供の様に暴れ出していた。

 

 ◎

 

 予定が控えている前日の夜は一際長く感じる。それでも明けない夜はなくて、エンジンシティの空に朝日が昇った。

 スボミーインの一室に入り込んだ日差しが、ベッドで熟睡していたハルカを起こす。

「……んっ」

 体を起こして横に目を向ける。ブロリーは大の字になって、小さな体から大きな鼾を掻いていた。

「おはようございます、ハルカ。朝食の準備は出来ております」

「おぉ、ありがと……」

 ショーンは一足早く目覚めていたようで、既にテーブルにトーストとジャムの用意を済ませている。まだショーンが務める執事の業務に慣れていないハルカは、寝惚けた声で感謝を伝えた。

 寝癖の跳ねた頭が、少しずつ冴えてくる。そうだ、今日はジムチャレンジの開会式の日だ。

「……よし!」

 そう意気込むと、ハルカはまず腹拵えに朝食を満たすべくベッドから跳び起きる。トーストに塗ったジャムはあまりに酸味が強く、口に入れてすぐに麻痺状態に犯されるのは数分後の事だった。

 

 ◎

 

 気持ちの良い程の青空の下、エンジンスタジアムの観客席はガラル中から飛んできた人々の影で埋め尽くされていた。その場に立つ全ての人間が、ジムチャレンジの開幕を今か今かと待ち望んでいる。

 観客の視線が雨の様に降り注ぐ中、スタジアムの芝生を一人の男が歩いていく。灰色のスーツに赤色のネクタイを装着し、口元には特徴的な無精髭を生やしていた。

「レディースアンドジェントルマン! 私、リーグ委員長のローズと申します!」

 ローズと名乗った男は、腕を大きく広げて挨拶を始める。口元のマイクからローズの声はスタジアム中に、否ガラル中に響き渡った。

「お集まりの皆様も、テレビでご覧の皆様も、本当にお待たせしましたね!」

 観客達は皆、湧き上がる興奮を抑えきれずに疼き出している。餌を前に「待て」と言い渡されたグラエナの様だった。

「いよいよ! ガラル地方の祭典――ジムチャレンジの開幕です!」

 ローズの開幕宣言に、観客席の歓声は最高潮に到達した。

 歓声はスタジアムの内部の控え室にまで轟く。歓声に入っていた熱量を、ハルカは鼓膜で確かに感じていた。

 昨日貰ったユニフォームのサイズは、まるで採寸したかの様にぴったりだった。背番号は190。数字に込められた魂が、ハルカに重く圧し掛かる。

 緊張はしている。今でも油断すれば、両手は極寒に耐える様に震え出した。そんな体に異常を及ぼす程の緊張よりも、期待がハルカの中で強く上回っていた。

 ハルカは顔を正面に向ける。その瞳に迷いの色はない。ただ純粋に、これから始まる新たな挑戦にワクワクしている瞳だった。

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