俺のポケットモンスター   作:越谷さん

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【舞台】カロス地方・エイセツシティ
【登場人物】
《ハルカ》ミシロタウン出身のポケモントレーナー。愉快なポケモン達と談笑しながら、行き当たりばったりな冒険を続ける。
《ブンタ》れいせいなゲッコウガ。命の恩人であるハルカに忠誠を誓う仁義の忍。
《スコップ》せっかちなホルード。何故かコガネ弁の守銭奴。
《ヤンヤン》がんばりやなゴロンダ。自分流の強さを求めて日々精進中。
《ロビン》まじめなルチャブル。熱血クソ真面目。
《アルソック》ずぶといクレッフィ。スマホと鍵に夢中なギャル。
《コラーゲン》わんぱくなヌメルゴン。スキンシップ大好き。


【傑作選017】雪解け

 針葉樹の香りが仄かに漂うログハウス風のポケモンセンター。窓の外は今日も雪が積もっていたが、設置された暖炉のおかげで屋内は暖かかった。

 よってソファーに座るハルカの手が震えているのは、決して寒さが原因ではなかった。

「くそっ……、なんで……なんで……!」

 思い出すのは昨日のエイセツジム再戦。一度の敗北から情報を整理し、満を持して挑んだ筈のリベンジマッチだったが、結果は惜しくも敗北の数を一つ増やすだけとなった。

「あいつらは力の限り頑張ってくれた……、あと一歩のところまで追い詰めてた……、なのに……なんで!」

 どれだけ悩んでも答えは見つからない。抜け出せられない苦悩の迷宮が、ハルカの心を蝕んでいった。

「……ハルカ、大丈夫かな?」

 荒れるハルカの様子を、ポケモン達は少し離れた位置から見守っていた。

「……まぁ、大丈夫やないやろなぁ」

 心配するコラーゲンの言葉に、スコップが口を開く。

「ここまで無敗で順調に勝ち進んできたところを同じ相手に二連敗や。そら心ぽっきり折られてもおかしないやろ」

 カロスの旅の中、ハルカは全てのジムバッジを無敗で勝ち取ってきた。そこで訪れた最後のジムでまさかの二連敗。しかも同じジムリーダーに二度も敗北するのは、様々な地方を旅してきたハルカにとって、生まれて初めての経験だった。

「ハルカ……」

 ポケモン達はただハルカを見守る。今彼に掛けるべき言葉は、誰も持ち合わせていなかった。

 その時、突然ハルカが音を立てて立ち上がる。

「「「「「!」」」」」

 不意を突いた行動に、一同は思わず目を向ける。立ち上がったハルカの表情は、俯いていてよく見えなかった。

「……悪ぃ、ちょっと頭冷やしてくる」

 それだけ言い残すと、ハルカは走ってポケモンセンターの扉を飛び出した。

「兄貴!」

「待ちなさい!」

 追い掛けようとしたヤンヤンの背中を、アルソックが呼び止める。

「アンタだって気分ガン萎えして一人になりたい時くらいあるでしょ。しばらくはそっとしといてあげなさいよ」

「そうッスけど……」

 アルソックの言い分は分かる。分かるが故に溢れる心配と葛藤を起こして、ヤンヤンは複雑な表情を落としていた。

「………」

 沈黙を貫いていたブンタは、ハルカの出て行った扉の先を見つめている。その瞳はなにか思慮を巡らせているようだった。

 

 ◎

 

 街外れの雑木林から、真白の雪が色を盗む。見上げた空は、先日の悪天候が嘘の様な快晴だった。

 人の気配のない雪景色に、ハルカは足跡を残す。目的地はない。ただ今は闇雲に歩いていたいだけだった。吐いた息は白くなって空に溶ける。そんな息の顛末を眺めて、ハルカは足を止めた。

「……そこに居るんだろ」

「!」

 振り返らずに吐いた言葉は、後ろの木陰に突き刺さる。観念して木陰から姿を現したのはブンタだった。

「……申し訳ありません。ただハルカを守るのが拙者の役目。どうか拙者に、役目を果たさせて欲しいでござる」

 ブンタなりに今のハルカの心境は理解しているつもりだった。一人にさせた方が良いというアルソックの意見も分かる。ただそれでも、ブンタはハルカを一人にさせる事が出来なかった。

「俺は大丈夫だからさ。しばらく一人にさせてくんねぇか。俺今、お前らの相手してられる余裕ねぇからさ」

 ハルカの横顔に映る口角が引きつっている。無理して笑顔を取り繕おうとしているのが見え見えだ。しかしブンタは踵を返そうとしなかった。

「……しかし」

「だから! 早くどっか行けって言ってんだろ!?」

 ブンタの言葉を遮るように、ハルカの怒号が轟く。

「ごちゃごちゃうるせぇんだよ! 頼むから! 誰も俺の邪魔しないでくれよ!」

 感情を堪えられずに叫んだハルカの横顔は酷く歪んでいた。普段聞く事のないハルカの荒んだ語調に、ブンタは委縮する。それでもブンタは、ハルカの言葉を一身に受け止めていた。

「……あっ」

 取り乱したハルカは、遅れて我に返る。

「悪ぃ、俺……畜生、だから一人になりたかったのに……!」

 正面に向き直ったハルカは後悔で塗れている。その表情はまるで先程とは別人のようだった。

「違うんだブンタ。ブンタはなにも悪くなくて、悪いのは全部俺で、俺が……俺がもっとちゃんとしてれば……!」

 頭の中で誰かと対話しているかの様に、ハルカは独り言を口にしていく。外からなにを語り掛けても、今のハルカにはなにも届かないだろう。

 混沌とするハルカに、ブンタは無言で対面した。柔らかい雪を踏み締め、ハルカのもとへと静かに歩み寄る。ハルカがブンタの接近に気付く様子はない。手を伸ばせば届く距離まで辿り着いて、ブンタは足を止める。

 その時、パシッと乾いた音が静寂の寒空に鳴った。

「!」

 突然の衝撃に、ハルカは目を開ける。痺れるような痛覚が走った頬は少し赤くなっていた。目の前に視線を落とすと、右手を振ったブンタの鋭利な視線と重なった。

「……目を覚ませ」

 ブンタの冷たい声が、ハルカの心を揺らす。

「拙者が仕える主人は、どんな時も諦めずに胸を張って前を向く、拙者の命の恩人だ」

 本来ブンタがハルカに用いる筈のない言葉遣い。ハルカの頬を平手打ちするなど以ての外だ。

 今目の前に立つブンタは、ハルカが初めて相見える一面だった。

「これ以上、拙者が尊敬する主人を侮辱するな」

 手裏剣の様に尖った言葉が、ハルカの胸に飛んで突き刺さる。ブンタの叱責にハルカの頭の中も、背景に映る銀世界の様に真っ新に染まっていった。

 

 ◎

 

「遅いな……」

 ポケモンセンターの壁に掛かった時計を見て、ロビンがそう呟く。

「あれからもう十五分も経ったというのに」

「もうちょっと待っとけや」

 ハルカがポケモンセンターを飛び出してから、まだ長針は少しばかりしか動いていなかった。

「しかし! もしハルカが危険な目に合っていたとしたら!」

「うるさいなぁ。過度な心配は逆に嫌われるで」

 まるで深夜に娘の帰りを待つ父親の様に神経質なロビンに、スコップは怪訝な表情を見せる。側のコラーゲンは、影の少なくなった屋内を見回した。

「あれ、ブンタは?」

「ブンタならさっき兄貴の出てった方向に一緒に出て行ったッスよ」

「全くどいつもこいつも……」

 揃いも揃って過保護な一同に、スコップが呆れて溜息を吐いた。

「別にそんな心配したってしょうがないっしょ?」

 雰囲気の暗いポケモンセンターで、アルソックが口を開く。

「ブンタも一緒なんだし、私達は適当にここでゆったりと時間潰してれば良いのよ」

 アルソックはカラフルにデコレートされたお気に入りのスマホを、スワイプで操作している。時間の潰し方にも余念がないようだ。

「でもあーるん、さっき『ポケモンバトル 連敗 励まし方』で検索してたよね?」

「スマホ勝手に覗いてんじゃないわよ!」

 コラーゲンに恥ずかしい検索履歴を盗み見られ、アルソックの鋼の顔は急激に火照った。

 アルソックもスコップも、決してハルカを心配していない訳ではない。心配は全員共通だった。

 その時、突然の地響きが一同の耳を襲う。

「わっ!」

「なんの音!?」

 予期せぬ轟音に一同は驚く。地響きの発生源は、ハルカとブンタが走っていった方角と同じだった。

 

 ◎

 

 突然鳴り響いた地響きに、ハルカとブンタも混乱していた。

「なんだ!?」

 地響きの発生源はすぐ近く、二人の真横にそびえる岩壁の上だった。岩壁の上は先日の猛吹雪の影響で異常に積雪しており、微かな衝撃で崩れる状態に。そこに小規模の地震が発生して均衡は崩れ、岩壁から豪雪の滝が崩落してきた。

「雪崩!?」

 このままでは二人が雪崩の下敷きになるのは不可避だ。ブンタは即座にハルカを肩に掲げ、流石蛙と言わんばかりの跳躍力でその場を跳び上がる。

「うおっ!」

 迅速な危機回避で、雪の下で冷凍保存される未来は免れた。しかしまだ危機は終わっていない。

 雪崩と一緒に落ちてきた針葉樹が、空中のブンタに襲い掛かってきた。

「おいやべぇぞこれ!」

「口を閉じておくでござる」

 背中越しに戦慄するハルカに、ブンタは舌を噛まないようにと忠告する。

 空中故に回避は不可能。ブンタはハルカを掲げる反対の右手に水の刀を錬成した。刀を鋭利にしたブンタは、迫り来る大木を一刀両断する。

「つじぎり!」

 真っ二つに分かれた大木は、ブンタの眼前で枝分かれする。危機を脱したブンタは、そのまま真白な雪のクッションに着地した。

「……ありがと」

 肩から下ろしてもらったハルカは、ブンタにそう感謝を告げる。その感謝はたった今の状況にだけ掛けられた言葉ではなかった。

「ブンタの言う通りだよな。これくらいの事で嘆いてちゃお前らに失礼だ」

 先程の平手打ちでハルカの苦悩も弾き出されたような、そんな気がしていた。

「ブンタのおかげで目が覚めた。ありがと」

 ハルカは改めてブンタに感謝する。その笑顔は今日の快晴の様に一切の曇りもなかった。

 しかしブンタは俯いて、ハルカに目を向けようとしない。すると突然冷たい雪に膝を突いて、深く頭を下げた。

「大変申し訳ございません……!」

「えっ?」

 理解不能の謝罪に、ハルカは惚けた顔をする。

「本来傷の一つすら作らせるのも許されない主人に、あろう事か自分から手を上げるとは! このブンタ、一生の不覚!」

「いやいやなに言ってんだよ! 俺はそのおかげで目ぇ覚めたんだって! 大体さっきだって俺の事守ってくれたじゃねぇか!」

「この大罪、拙者の腹を斬ってお詫びするでござる!」

「やめろ馬鹿!」

 再度水の刀を錬成して自らの腸を捌こうとするブンタを、ハルカは必死で制止する。ブンタの意思は固く、なかなか刀を鞘に納めようとしなかった。

 その時、遠くから聞き馴染みのある声がこちらに駆け寄ってくる。

「おーい!」

「兄貴ー! ブンター! 大丈夫ッスかー!?」

「お前ら!」

 ポケモンセンターに残っていたヤンヤン達だが、先程の地響きを聞いて全員飛び出してきたようだ。

「良かった! 二人共無事そうで……」

 二人の無傷に安堵する一同だが、ふと切腹寸前のブンタに硬直する。

「……なにやってんスか」

「ちょっ、お前らも手伝え!」

 大人数でブンタの体は抑えられ、なんとかブンタの切腹は未遂に終わった。

「あー寒っ! ほなとっととポケセン戻るで」

「そうね」

「ねぇ、なんで切腹しようとしてたんスか?」

「それは……その……」

 暖房の効いたポケモンセンターを目指して、一同は様々な形の足跡を増やす。横に並んだその背中を、ハルカは後ろから眺めていた。

「お前ら!」

 投げられた声に、一同は揃って振り返る。

「ごめん! 俺どうかしてた。ウルップさんに二連敗して……なんにも見えなくなっちまってた」

 言うなれば真っ暗闇に閉じ込められた様な、一寸先も見えない程の盲目だった。

「でも今は違う。今の俺には、ちゃんとお前らが見えてる」

 目を向けると一同の表情が映る。その表情はどれも頼り甲斐のあるものばかりだった。

「頼む! 俺にまた力を貸してくれ!」

 恥を忍んでとハルカは頭を下げる。そんなハルカに、一同は口角を吊り上げた。

「当然ッスよ!」

「次は勝つ!」

「僕も頑張るよ!」

 力強く名乗りを上げた仲間達に、ハルカは顔を上げる。どれだけ挫けても、自分には心強い仲間が居る。その事を再確認して、ハルカは胸の奥が熱く滾るのを感じた。

「次こそ絶対勝つぞ!」

「「「「「おー!」」」」」

 ささやかな春の訪れか、それとも一同の熱量か、世界を覆っていた雪が少しずつ解け出していた。

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