【登場人物】
《ハルカ》ミシロタウン出身のポケモントレーナー。愉快なポケモン達と談笑しながら、行き当たりばったりな冒険を続ける。
《トシャブツ》うっかりやなダストダス。三度の飯よりゴミが好き。
《サトミ》ずぶといゴチミル。ポケウッドを夢見る演技派女優。
《ユカリ》わんぱくなアーケン。化石の卵から孵化した赤ん坊。
足元の線路を快速電車が通過する。金網製の通路から電車の音と風がすり抜けてきて、こちらの肌を震わせた。
「ゲーチス……!」
シリンダーブリッジの上で、宿敵と邂逅したハルカは表情を強張らせる。プラズマ団の七賢人が一人のゲーチスは、モノクルの奥でハルカを不敵に見つめていた。ゲーチスの側では、キリキザンが静かに刃を尖らせている。
「見事ダークストーンを手に入れたようですね。まずはお疲れ様でしたと申し上げておきましょうか」
古代の城に眠っていた黒い石。伝説の黒き龍――ゼクロムが眠っているとされる石を右手に大事に抱えるハルカを、ゲーチスは皮肉に労った。
「N様のお考え……それは伝説のポケモンを従えた者同士が信念を懸けて戦い、自分が本物の英雄なのか確かめたい、との事です。そんな事にならずとも英雄になる為の教育を幼い頃より施された結果、伝説のポケモンに認められたというのに、本当に純粋なお方です」
プラズマ団の王であるNは、ゼクロムの対となる白き龍――レシラムを従え、ハルカとの戦闘を待ち望んでいる。
「英雄なんかになる気はねぇよ」
しかしハルカは、Nの胸中などどうでも良かった。
「ただ俺はお前らを……友達を止めたいだけだ!」
確かな敵意を持って、ハルカはゲーチスを睨む。しかし子供の敵意は眼中にないと言うように、ゲーチスは不敵に笑った。
「友達? 小癪な。貴方のような凡人がN様の友達など、見当違いにも程があります」
ゲーチスの馬鹿にした態度に、ハルカは苛立ちを覚える。
ハルカとNは今までの旅路で交流してきて、確かに友達と呼べる関係性になっていた。それを全く関係のない第三者に否定され、気分が良くなる筈もない。
「私、プラズマ団が謳うポケモンの解放とは、愚かな人々からポケモンを切り離す事」
そう告げるとゲーチスは口角を吊り上げ、ローブの下の左腕を大きく広げた。
「そう! 世のトレーナー共が私共に逆らえぬよう無力にする事なのです!」
「!」
プラズマ団の真の目的に、ハルカは衝撃を受ける。それはゲーチスの側に佇むキリキザンも一緒だった。
「私達だけが、ポケモンを使えばいいのです!」
電車の音にも負けない程の大声で、ゲーチスは空に叫ぶ。その声はなんとも耳障りだった。
「それがお前らの本当の目的か!」
「えぇ、その準備は整いました」
憤りで表情を歪ませるハルカに、ゲーチスは淡々と口を開く。
「私の完全な計画が実行されれば、プラズマ団に逆らえない愚かなポケモントレーナー共が、一人二人とポケモンを手放していくでしょう。その人数は百人となり、千人になっていく。チャンピオンもジムリーダーも、その流れには逆らえぬようになります。ポケモンを持つ事が悪になるのです! そんな世界に変わるのですよ」
今自分のポケットの中のモンスターボールに眠る仲間達。その仲間達と離れ離れになる世界を想像して、ハルカは酷い吐き気に襲われた。ゲーチスの、プラズマ団の計画は絶対に阻止しなければならない。
すると忠実にゲーチスの側に立っていたキリキザンが、突然ゲーチスの胸倉を掴んだ。
「!」
「キリキザン……!?」
キリキザンの瞳は、強い憎悪に支配されていた。
「どうしましたキリキザン。……あぁ、そういえば貴方の前でこの計画を口にしたのは初めてでしたかね」
自分のポケモンに詰められようとも、ゲーチスは平然としている。それどころか不気味に笑みまで浮かべていた。
「安心してください。貴方の事は私が、死ぬまで働かせてやりますから」
その言葉が逆鱗に触れたキリキザンは、左手の刃を迷わずゲーチスの首に突きつけた。
瞬間、散らばっていたダークトリニティがキリキザンを囲む。三人は細く靱やかな糸で動きを封じ、言葉も不要な連携でキリキザンを弾き飛ばした。
「!」
橋の上に倒れたキリキザンは、ゲーチスに目を向ける。ダークトリニティによって盤石に守られたゲーチスは、もうキリキザンを仲間として見ていなかった。
「今まで忠実に働いてくれた功績として、今私に刃を向けた罪には目を瞑って差し上げましょう」
否、初めから仲間として見られた事などなかったのかもしれない。
「消え失せなさい」
モンスターボールの契約を解除したゲーチスは、魂を直で触る様な悍ましい声を吐く。その恐怖にキリキザンは抗えず、シリンダーブリッジの出口へと慌てて逃げ出した。
「キリキザン!」
背中に投げたハルカの声は届かない。届いたところで、ハルカはなにをしてあげればいいか分からなかった。
「貴方がストーンを持っていても、伝説のポケモンに認められ、英雄になれるとは思えぬ」
たった今従者が一匹居なくなったにも関わらず、ゲーチスは何事もなく口を開く。
「ですが、愛しのポケモンと別れたくなければ、精々頑張りなさい」
そう言い残すと、ゲーチスはダークトリニティと共にその場から一瞬で姿を消した。電車の駆ける音が鼓膜を震わせる。取り残されたハルカは一人、今まで味わった事のない不快感を奥歯で噛み締めていた。
◎
シリンダーブリッジを出た9番道路。自然に囲まれた道半ばで、ハルカは休憩を挟む事にした。
「それじゃあ昼飯にするか」
「トッシャン! これでお手玉して!」
「良いよー……ってそれダークストーンじゃん! 大事な物だから仕舞っといて!」
「こら、アンタ達も手伝いなさいよ」
ポケモン達もモンスターボールから出て、気持ち良さそうに日光浴している。昼食の準備に取り掛かろうとリュックから調理道具を出すハルカだったが、その視界の隅に気になる影を見つけた。
「……悪ぃ、ちょっと準備頼んだ」
「えっ、ちょっとハルカ!」
「すぐ戻るから!」
サトミの制止に足を止めず、ハルカは森の奥へと走り出す。その場を離れた主人に一同は呆れながらも、言われた通り昼食の準備を進めるのだった。
◎
遠くから電車の急ぐ音が聞こえる。あれだけ喧騒だった電車の音もここまで距離を置くと、川のせせらぎとf分の一のハーモニーを奏でていた。
森を抜けた川沿いで、キリキザンは腰を下ろしていた。プラズマ団創成から忠誠を誓っていたゲーチスに捨てられ、もう彼に帰る場所はない。どこにも歩く気になれず、ただ川を泳ぐバスラオを目で追う事しか出来なかった。
すると付近から救難信号の様な可愛らしい鳴き声が聞こえてくる。目を向けると、一匹のチラーミィが目前の木を高く見上げていた。チラーミィが見上げる先には、もう一匹のチラーミィが枝の上で苦しそうに藻掻いている。どうやら耳の先の毛が小枝に絡まって動けなくなってしまったようだ。
状況を把握して、キリキザンは立ち上がる。するとキリキザンは右手の刃から斬撃を放ち、チラーミィが乗っている枝を斬り落とした。枝と共に落下するチラーミィは驚愕し、地面に待つチラーミィは予想される惨劇から目を瞑る。しかし惨劇が起こる事はなく、チラーミィはキリキザンに枝ごと両腕で受け止められた。絡まっている耳の毛を、キリキザンは刃で傷付けないように慎重に解く。
程なくしてチラーミィは解放され、一目散に仲間のもとに駆け寄った。くるりと振り返ると、チラーミィは笑顔でキリキザンに礼を言う。そして棲家に帰るのか、二匹仲良く森の奥へと走っていった。チラーミィを見送ったキリキザンは、また一人ぼっちになった。
「やっぱお前良い奴なんだな!」
そんなキリキザンに声が掛けられ、彼は振り向く。そこには先程シリンダーブリッジで別れたばかりのハルカが居た。
「お前、ゲーチスのとこに居たキリキザンだろ?」
敵対していた人物の登場に、キリキザンはハルカに刃を向ける。
「おい待てって! 俺はお前と戦う気ねぇよ!」
臨戦態勢に入ったキリキザンに、ハルカは慌てて両手を上げる。そこでキリキザンは自分にももう彼と戦う理由がない事に気付いて、向けた刃を鞘に納めた。
「前にさ、俺の仲間助けてくれた事あったよな。その時から思ってたんだ。お前はほんとは良い奴なんじゃないかって」
ハルカが前にと語ったのはヒウンシティでの誘拐事件の事だ。事故で落下してきた照明からトシャブツを守ってくれた姿を、ハルカは鮮明に覚えていた。当の本人は忘れているのか、特に反応を見せる事はない。
「ゲーチスは……自分だけポケモンを使って世界を征服しようと企んでる。主人だった奴の事悪く言われるの嫌かもしんねぇけど、俺はあいつが大嫌いだ」
ハルカの発言にキリキザンが激昂する事はなかった。寧ろ心の奥で静かに頷いているように見える。
「でもお前は違う。お前は他の誰かの為に動ける。そういう奴は俺は好きだぜ」
無言で川の流れを眺めるキリキザンに、ハルカは口元を緩ませた。
「……なぁ、俺と一緒に来ないか?」
その言葉で、ようやくキリキザンは反応する。
「もう人間なんかと一緒に居たくないかもしんないけど、俺は絶対お前を裏切らねぇ。約束する。とにかく俺は、お前と一緒に旅がしたいんだ」
人間の手からポケモンを解放する。そんな嘘に塗れた思想を信じて、今までキリキザンは人間の隣に居た。しかしその信仰は無惨に裏切られ、人間など信じるべきではなかったと悟った。
ただ目の前の少年ならまた信じてみても良いんじゃないかと、不思議とそう思えた。
「俺はこれからゲーチスを……プラズマ団をぶっ潰す。危険な戦いだ。お前の力を貸してくれ」
ハルカはポケットからモンスターボールを取り出して、キリキザンに差し出す。最後に旅路を決めるのはキリキザン自身だ。
「お前を裏切ったあいつに、一泡吹かせてやろうぜ!」
そう満面の笑みを見せたハルカは、ゲーチスを闇に例えるなら正しく光だった。その光は眩しくも暖かく、そしてどこか懐かしかった。
キリキザンはじっとハルカを見つめると、静かにモンスターボールに触れる。縮小化して吸い込まれていき、返事をするようにゲットのアナウンスを鳴らした。
「よろしくな、キリキザン」
モンスターボールに入ったキリキザンに、ハルカは挨拶する。
「……いや、今日からお前はワンだ」
人間は出逢いと別れを繰り返す生き物だ。それはポケモンも同じである。今日、大きな出逢いと別れを経験したキリキザン。この出逢いと別れがこの先どんな結末をもたらすのか、キリキザンはただ流れに身を任せる事にした。