【登場人物】
《ハルカ》ミシロタウン出身のポケモントレーナー。愉快なポケモン達と談笑しながら、行き当たりばったりな冒険を続ける。
《カクニ》やんちゃなグルトン。漢に生きる熱い大食漢。
《パワー》おっとりしたカヌチャン。戦闘が苦手な平和主義。
花と芸術の町――ボウルタウン。一つ目のジムバッジを獲得する為この町にやってきたハルカ達は、ジムの受付員に案内されて、町のバトルフィールドに足を運んでいた。
「えーっと、ここだよな……」
爽やかな風が風車を優しく回す。花の町の名を冠するに相応しく、バトルフィールドは一面緑色に囲まれていた。しかし周囲にジムリーダーらしき人影は見当たらない。
「あれ? 誰も居ない?」
その時、突然町に男の高笑いが響き渡った。
「アーッハッハッハッ!」
「!?」
耳に飛び込んできた高笑いに、ハルカは周囲を見回す。ただバトルフィールドに腹を抱えて笑う男の姿はどこにもなかった。
「どこだ!?」
「ハルカ! 上!」
「上!?」
ハンマーを空に向けるパワーに、ハルカも首を上に向ける。すると長閑に回っていた風車の上に、ポツンと男が姿勢良く直立していた。
「アーッハッハッハッ!」
「なんであの人風車の上に立ってんの!?」
常人には信じ難い奇怪な行動に、ハルカの頭上で疑問符が激しく乱舞する。
「まぁ、馬鹿となんとかは高いところが好きって言うからな……」
「カクニ! それ大事な方隠せてないよ!?」
その行動はポケモンの常識からも逸しており、カクニとパワーも動揺していた。下界の一同の混乱に御満悦といったように、男は勢い良く風車から跳び上がる。
「とうっ!」
ダイマックスポケモン程の高さから跳び降りた男は、そのまま綺麗なフォームでコンクリートのバトルフィールドに着地した。
「だっ、大丈夫ですか!?」
特撮ヒーローの様な登場をした男に、ハルカは心配の声を掛けた。
同じ視線の高さにまで来た男を観察する。薔薇の棘の様な深緑色の髪に、不健康そうな深いクマ。猛獣使いなのか、腰元には荊を模した鞭が装備されていた。
「よくぞ来た! 私はコルサ、芸術家でありボウルジムのジムリーダーでもある!」
平然と自己紹介を語り出したコルサに、ハルカは黙って聞く事しか出来なかった。
「町を観光する貴様の様子を風車の上から見ていた訳だが……」
「貴様……?」
棘のある二人称にハルカが違和感を覚えていると、コルサは突然徹夜明けの様な瞳を開眼させる。
「実にアヴァンギャルド!」
「なんて!?」
声を張り上げたコルサの言葉を、ハルカは一度では聞き取れなかった。
「アバンガ……えっ、今なんて言いました!?」
「瞳を宝石の様に輝かせた前衛的な探求心が、勝負でも発揮される事を祈っているぞ!」
「聞いちゃいねぇ!」
一方通行な話ばかりで、ハルカはコルサとの対話を早くも諦めた。
「それでは私達二人の合作アートを作るとするか!」
そこでハルカは思い出す。バトルフィールドに立ったなら、どんな変人奇人だろうと変わらない。そこに居るのは、一介のポケモントレーナーであると。
「準備は良いな!?」
「……はい!」
遂に始まるパルデアでのジム戦に、ハルカの胸は躍動していた。
◎
「これより、ジムリーダー・コルサとチャレンジャー・ハルカによるジムバトルを開始します。使用ポケモンは二体、試合中のポケモンの交代は自由とします」
審判も到着し、戦闘の準備は全て整った。各自バトルフィールドの端で、先発のポケモンが待ち構えるモンスターボールを握る。
「それでは、バトルスタート!」
「ミニーブ! 成形開始だ!」
「パワー! お前が決めろ!」
コルサが投げたモンスターボールから出てきたのはオリーブポケモンのミニーブ。対するハルカの先発は、先日加入したばかりのパワーだ。
初めてバトルフィールドに立ったパワーは、恐怖で震える体でハンマーを抱きながら対戦相手を見る。ミニーブは既に臨戦態勢に入っており、円らな瞳でパワーを睨んでいる。怯えるパワーに、ふとミニーブは吠えて威嚇した。
「ひぃっ!」
可愛らしいミニーブの威嚇はパワーに効果抜群で、心の折れたパワーは逃げるようにしてハルカの足元に隠れた。
「あーやっぱ駄目だったか」
戦闘が苦手な事は分かっていたが、まさかここまでとは。ハルカは口元を緩ませて、体を屈んでパワーと目線を合わせる。
「うぅっ……ごめんなさい……」
「いや、こっちこそごめんな。苦手なバトルに出すような事して。パワーはここで応援しててくれ」
恐る恐るとパワーは顔を上げる。目に映ったハルカの表情は、委縮した体が安らぐ程に優しかった。
「どうした。もう選手交代か?」
勝負が始まる前にポケモンを下げたハルカに、コルサがそう問い掛ける。ハルカは立ち上がると、ポケットから別のモンスターボールを用意した。
「はい。後はこいつに、全部任せる事にします!」
そう言ってハルカは肩を大きく回してモンスターボールを投げる。中から飛び出したのは、気合の籠った瞳を滾らせるカクニだった。
「頼んだぞカクニ!」
「押忍! カクニ漢の百ヶ条その七十一、『漢たるもの、仲間の期待には全力で応えろ』だ!」
カクニはそう意気込むと、豚鼻から荒い息を放出させた。
「ふっ、それでは私から行くぞ! ミニーブ、はっぱカッター!」
待ちくたびれたとコルサはミニーブに指示を出す。ミニーブは頭頂部の実から、鋭利な葉の刃をカクニに向けて撃ち放った。
「躱せ!」
カクニは豚足でステップを踏み、葉の刃を身軽に回避する。
「そのままたいあたりだ!」
ハルカの指示に合わせてカクニは走り込み、ミニーブに体をぶつけた。あまりの迫力で回避できなかったミニーブだが、短い二本足でなんとか持ち堪える。
「よし!」
カクニの体当たりに確かな手応えを感じて、ハルカはガッツポーズを握る。しかしミニーブはただではやられていなかった。
「ぺっ! なんだこれ! 渋っ!」
「どうした!?」
カクニは顔面を黄色い液体で濡らしており、苦しそうに咳き込む。客観視していても、今の一瞬なにが起こったのかハルカは把握できていなかった。
「はっぱカッター!」
計画通りだと口角を上げたコルサの指示に、ミニーブが出した葉の刃はカクニの体に命中する。
「ぐっ!」
「カクニ!」
「なんのこれしき!」
苦悶の声を漏らしたカクニだが、その足は挫けない。コルサは不敵に微笑むと、先程の液体の種明かしを始めた。
「ミニーブの実には渋味と苦味の強いオイルが詰まっている。食用には向かないが、こうして戦闘時に活用できるのだ」
どうやら最初の体当たりの瞬間に、オイルを噴かれていたようだ。意外と芸達者なミニーブに、ハルカは警戒を強める。
コルサの策略はこれだけでは止まらない。
「ミニーブ、戦場を自分色に染め上げろ! グラスフィールド!」
コルサの指示にミニーブはグッと力を込めると、周囲に緑の波動を解き放った。波動自体に威力はないが、波動が影響してコンクリートのバトルフィールドに草花が生い茂っていく。
「なんだこら!?」
「グラスフィールドか……」
初めて遭遇する現象に、カクニは驚きを露わにする。一方のハルカは、なにかを画策するコルサの戦術を注視していた。
「カクニ、たいあたり!」
攻撃あるのみだと、カクニは再びミニーブに突進する。しかし今の足場はグラスフィールド。先程のコンクリートとは変わった芝生のバトルフィールドに、カクニは足を奪われた。
「なっ!?」
その隙をコルサは逃さない。
「はっぱカッター!」
ミニーブの放った無数の葉の刃がカクニを襲う。その斬れ味は先程受けたそれとは明らかに段違いだった。
「ぐはっ!」
――なんだ!? さっき食らったヤツより威力が上がってる!?
一体なにが起きているのかと、カクニは朦朧とした頭で考える。その解答は既にハルカが持ち合わせていた。
――グラスフィールドはくさタイプの技の威力を増強させる。コルサさん、それが狙いでグラスフィールドを張ったのか……?
バトルフィールドの奥に立つコルサの顔色をハルカは窺う。その顔は不健康そうなクマが目立つだけで、計画の真意までは覗けなかった。
「カクニ、マッドショット!」
体勢を立て直したカクニは、口元に泥の弾丸を生み出して発射する。弾丸はミニーブの顔に直撃し、泥に視界を奪われた。
体を横に振って泥を払い、ミニーブは正面に目を開く。しかしそこからカクニの姿は消えていた。目を回しても、カクニの影はどこにも見当たらない。
「ミニーブ! 上だ!」
コルサの声に、ミニーブは頭上に目を向ける。青い空の中、太陽を背景にしたカクニがこちらに自由落下をしていた。
「おぉぉぉぉぉぉぉ!」
フィールドの分が悪いのであれば、空から攻めるのみだ。重力加速度に身を任せて、カクニのスピードは上昇する。
「たいあたりぃ!」
カクニの渾身の体当たりが、ミニーブと衝突する。美しく着地したカクニに対して、ミニーブは円らな瞳に渦を巻いて芝生に倒れた。
「ミニーブ、戦闘不能!」
「良いぞカクニ!」
「カクニすごい!」
「押ぉ忍!」
第一の関門を突破し、ハルカ達は歓声を上げた。コルサはミニーブをモンスターボールに戻すと、ミニーブに労いの微笑みを掛ける。
「グラスフィールドを張ったのはミスだったんじゃないですか?」
そんなコルサに、ハルカは声を飛ばした。
「グラスフィールドはフィールドに足を着けるポケモンの体力を回復させる。こうしてる間にも、うちのカクニの傷は癒えていきますよ」
ハルカの言う通り、フィールドに茂る草花の治癒効果で、カクニの体力は徐々に回復していた。初めての体験に、カクニは酷く狼狽していたが。
挑発のつもりで声を掛けたハルカだが、コルサは笑止千万と表情を歪ませる。
「……ミスかどうか、その目で確かめるんだな」
コルサはそう言って、第二の関門を手に握った。
「さぁ! 作品完成の総仕上げだ! ウソッキー!」
繰り出されたのは雑木林の中の樹木に擬態するウソッキーだ。満を持して登場したコルサの切り札に、カクニの態度は豹変する。
「おいテメェ! ここはくさタイプのジムじゃなかったのか! そいつは見た目こそ草っぽいが、正真正銘いわタイプだろうが! カクニ漢の百ヶ条その二十八、『漢たるもの、自分に正直に生きろ』だぞ!?」
カクニの怒号はコルサの耳に届かない。それどころかウソッキーはカクニをおちょくるように腰を捻っていた。ヒートアップするカクニと反して、ハルカは冷静に戦局を見守る。
するとコルサの口角が高く吊り上がった。
「さて、更なる細工を加えよう! 題して、『ウソから出た
瞬間、コルサが取り出したテラスタルオーブが眩く光る。
「!」
光を溜めたテラスタルオーブを、コルサはウソッキーに投げる。ただ真似事である筈の偽物の樹木の頭上に、美しき宝石の花が咲き誇った。
「あれは!」
「テラスタル……!」
パルデア地方特有の戦術――テラスタルだ。
「ウソッキー! くさわけ!」
体を結晶化させたウソッキーは、芝生の敷かれたフィールドを走り出した。足場の悪い状態のフィールドを、ウソッキーは両腕で掻き分けて突き進む。
「うおっ!」
驚異的なスピードで直進してくるウソッキーを、カクニは寸前で回避した。体を翻して対戦相手に目を向ける。
「……こいつ前見えてんのか?」
ウソッキーの目は宝石の花によって塞がれていた。
「このウソッキーのテラスタイプはくさタイプ! フィールドの草を分けて進む事により、スピードも上がっていくぞ!」
相手の機動力を殺して、自身の機動力を上昇させる。更にはくさタイプの威力も倍増。これこそがコルサがグラスフィールドを張った真の目的だった。
「まだまだ行くぞ! くさわけ!」
コルサの指示に従って、ウソッキーは再び走り出す。スピードは更に速くなっていたが、カクニはまたしても紙一重の回避に成功した。
「くっ! やっぱこいつ前見えてねぇだ」
振り返り様、こちらに腕を上げて跳ぶウソッキーが視界に入る。
「ウッドハンマー!」
予測不能な一撃に、カクニは為す術なく全身で受け止めた。
「がはっ!」
「カクニ!」
衝撃に耐え切れず、カクニは芝生に倒れる。グラスフィールドの効果で回復しているとはいえ、空から振り落とされた樹木のハンマーは流石に堪えた。
「くっ……!」
カクニは体に残る僅かな力を振り絞って立ち上がる。傷を多く被るカクニに、無傷のウソッキーは余裕綽々と腰を踊らせていた。
「芸術とは破壊と創造! どうした! もう終わりか!?」
こちらの戦意を喪失させようとしているのか、はたまた鼓舞しようとしているのか、コルサが声を飛ばしてくる。
――どうする……ここからどうやったら勝てる!?
「カクニー! 頑張ってー!」
懸命に応援するパワーの横で、ハルカは猛烈に頭を回転させる。草花が囲むフィールド、宝石の花を飾ったウソッキー、不気味に微笑むジムリーダー。絶体絶命な状況下でも、必ず勝機はある筈だ。
その時、ふとオレンジアカデミーでのネモの言葉を思い出す。
『テラスタルはパルデアのポケモン勝負の要! 戦略の幅も、うーんと広がるよ!』
そう、ハルカも受け取ったのだ。パルデアのポケモン勝負の要を。
「カクニ!」
「!」
名前を呼ばれて、カクニは振り返る。
「まだ行けるよなぁ!」
そこにはまだ勝負を諦めていないハルカの瞳。主人が諦めていないのだから、自分が諦める訳にはいかない。否、諦めるつもりなど最初から毛頭なかった。
「押忍! 当たり前だぁ!」
熱意の籠ったカクニの雄叫び。その雄叫びに笑みを溢しながら、ハルカはポケットのテラスタルオーブを取り出した。
「行くぞ!」
テラスタルオーブが周囲の光を吸収する。かなりの衝撃にハルカは左手を右腕に添えると、光の蓄積したテラスタルオーブをカクニに向かって放り投げる。瞬間、謎の結晶がカクニを覆った。
「カクニ漢の百ヶ条……その百……!」
カクニの胸の内の情熱が、メラメラと燃える。
「『漢たるもの……、常に強く……熱く生きろ』!」
結晶が弾け飛んで現れたカクニは、頭に炎の灯った燭台の宝石を乗せていた。
「なに!?」
「あれは……!」
予想を超えたカクニのテラスタルに、コルサだけでなくハルカも目を丸くする。
「おぉぉぉ!」
漲る熱気を声と共にカクニが放出する。するとカクニの周囲に生い茂っていた青い芝生は、黒く燃えてコンクリートを露出させた。
「カクニのテラスタイプって……もしかしてほのおタイプ!?」
幾重の証拠から、パワーはそう推察する。その推理は間違いなく正しかった。なんと情熱に溢れるカクニにぴったりなテラスタイプだろう。
「ふっ、面白い!」
天敵にタイプを変えたカクニに、それでこそ芸術だとコルサは笑った。
「ウソッキー、いわおとし!」
ウソッキーは空に岩石を生み出して、カクニに落石させる。
「躱せ!」
降り注ぐ岩の雨をカクニは身軽に躱し、ウソッキーとの距離を詰めていった。
「たいあたり!」
宝石同士の体が、火花を散らして衝突する。くるりとウソッキーから離れた位置に着いたカクニだが、草の宝石は炎の宝石により少し焦げ付いていた。
「一気に畳み掛けろ! たいあたり!」
「くさわけだ!」
これが最後の勝負だと、二匹はフィールドの中心に向かって一斉に走り出す。カクニは熱気で草花を燃やし、ウソッキーは両腕で草花を掻き分けた。
「おぉぉぉぉぉぉぉ!」
雄叫びを上げながら、カクニは豚足のスピードを加速させる。体温は更に上昇していき、自身の体までをも発火させる。カクニは情熱の炎に燃える豚鼻で、ウソッキーの額に判を押した。
「ヒートスタンプゥ!」
カクニ漢のヒートスタンプが爆裂し、カクニは着地する。正面から脆に受けたウソッキーはしばらく堪えていたが、遂に結晶化は砕け散って元に戻った。
「ウソッキー、戦闘不能! よって勝者、チャレンジャー・ハルカ!」
審判の結果発表を合図に、試合は幕を閉じた。
「よくやったカクニー!」
「おめでとー!」
待ってはいられないと、ハルカとパワーが走ってカクニを迎えに行く。時間差で勝利を実感したカクニも、疲労を忘れて仲間達を出迎えた。
「おぉぉぉ!」
「うわっ! 熱っ!」
「危なっ!」
テラスタルを解除していない状態では抱擁は出来ず、抱擁は後程に持ち越される。
「アヴァンギャルド!」
「なんて!?」
ウソッキーをモンスターボールに戻したコルサは、またしても理解不能な言葉を叫びながら、こちらに歩いてきた。
「なんというアーティスティックなタクティクス! 技のパターン! ポケモンのディティール! 全てが研ぎ澄まされている! 特にそいつのほのおテラスタルには恐れ入った!」
「いやーあれは俺もびっくりしたんですけど……」
横文字が多く、意味はあまり分からなかったが絶賛の嵐なのは確かだ。興奮気味のコルサに、ハルカは棚から牡丹餅だったと笑みを漏らす。
「貴様との戦いを芸術と言わずして、他のなにを芸術と呼ぶ! 私の審査は文句なしの合格だ。その証にバッジを進呈しよう!」
審判が用意してきたバッジを、コルサはハルカに贈呈する。草の模様が描かれたバッジは、結晶化するカクニと同じ程に輝いていた。
「ありがとうございます!」
獲得したジムバッジを、ハルカは屈んでカクニとパワーに見せる。
「どうだ!? これがジムバッジだぜ!」
「綺麗ー!」
「最高にイカすな!」
初めて見るバッジに、二匹は目を爛々とさせて飛ぶ様に喜ぶ。そんな仲間達の姿が、ハルカの喜びを増幅させた。
パルデアのチャンピオンランクを目指すチャンピオンロード。この情熱的な勝利は、壮大な道程の第一歩に過ぎなかった。