【登場人物】
《ハルカ》ミシロタウン出身のポケモントレーナー。愉快なポケモン達と談笑しながら、行き当たりばったりな冒険を続ける。
《ナゴヤ》なまいきなアチャモ。ハルカが最初に貰ったポケモンだが、俺様主義で指示を聞かない問題児。
コトキタウンを西に進んだ102番道路。このまま道なりに進めば、ハルカ達の次なる目的地であるトウカシティだ。
「えーっと……こっちだな」
分かれ道を前にして、ハルカは地図も開かずに針路を決める。その選択に一切の迷いはなかった。
「……おい」
「ん?」
ハルカとは不揃いな歩調で歩いていたナゴヤが、不意にハルカを呼び止める。
「お前やたらとこの辺りに詳しくねぇか? 旅に出るの初めてなんだよな?」
ハルカの言動は、間違いなくこの周辺の地理に精通している人間のものだった。当然のナゴヤの質問に、ハルカはあっけらかんと答える。
「あぁ。この先の街で俺の親父が働いててさ、子供の頃よく母さんと一緒に車で遊びに行ってたんだよ。だからこの辺の事はなんとなく覚えてんだ」
幼少期に母親と共に単身赴任の父親に会いに行った毎日を、ハルカは懐かしさを覚える道路から思い出していた。
「……ふっ、子供の頃って今も十分子供だろ」
「お前はヒヨコだろうが! 全く、口を開けば悪口ばかり言いやがって!」
罵詈雑言を量産する憎たらしい嘴に、ハルカは苛立ちを募らせる。当のナゴヤは、ハルカの苛立ちに興味ないとそっぽを向いていた。
その時、二人の耳にどこからか声が届いた。
「やぁそこのお嬢さん!」
「ん?」
草木の生い茂る草原に一体誰の声が響いたのかと、ハルカは周辺を見回す。すると一組の少年少女が、ハルカの目に映った。
「とても可愛いミニスカートだね。良かったらこの後僕とお茶しない? トウカシティにお気に入りのカフェがあるんだけど」
目鼻立ちの整ったハルカと同世代だろう少年が、オレンジのミニスカートを靡かせる少女を誘惑する。しかし少年のウインクは、少女に効果いまひとつだったようだ。
「ごめんなさい、ちょっと予定があるから」
「待って! 退屈はさせないよ! 絶対に君を楽しませるから!」
「ほんとごめんなさい!」
強く懇願する少年だったが、作り笑いを繕う少女は、遂に少年の制止を振り切って逃げだした。
「お願い行かないでぇぇぇ!」
大自然に少年の断末魔がこだまする。少年は膝から崩れ落ち、顔を涙で濡らして惨めな醜態を晒していた。
「なんだあの人間」
「居るんだよ、中にはああいう奴も。関わんないのが吉だ」
少年の悲劇を凍てつく視線で見届けたハルカ達は、少年に声を掛ける事なく止まっていた足を働かせる。そんなハルカ達の姿を、少年は項垂れた視界の端で捕らえた。
「ちょっと待って!」
「「!」」
明らかに自分達に向けられた声に、ハルカ達は思わず足を止める。振り返ってみると先程まで悲惨に暮れていた少年が、まるでカードを裏返したように表情をコロッと変えて、こちらに走ってきていた。
「もしかして君ポケモントレーナー!?」
「……うん、まぁそうだけど」
息を荒らして尋ねられた質問に、ハルカは素直に頷く。その瞬間、少年の瞳は燦然と輝いた。
「お願い! 僕の頼みを聞いてくれないか!?」
「はぁ!?」
藪から棒に下げられた頭に、ハルカは顔を歪ませた。
◎
軽量化されたフライパンに油を垂らし、安価で購入したウインナーを滑らせる。ナゴヤの火の粉によって熱されたフライパンは、ウインナーの表面を一瞬にして焦がし、周囲に犯罪級な香りを漂わせた。
「美味そー!」
目の前で見せられる調理工程に、少年の涎は溢れ出る。
「言っとくけど、お前の分は無ぇからな」
「えー! そんなー!」
ハルカから告げられた衝撃の事実に、少年は愕然とした。ハルカは焼きあがったウインナーとレタスをパンに挟み、一思いに齧りつく。
「お前に食わせてやれる食料なんてありゃしねぇよ。そもそもなんで最初から食うつもりでいたんだよ」
まだ母親からの小遣いしか所持していないハルカに、人を養う程の財産は持ち合わせていない。隣で一仕事を終えたナゴヤは、悠々自適にポケモンフーズを食べていた。
美味しそうにホットドッグを頬張るナゴヤを前に、少年は勝手ながら怒りを覚える。
「お前お前って! 人の事お前って言うな!」
「だってお前の名前知らないもん」
「あっ、そっか」
そういえば挨拶がまだだったと、少年はようやく自己紹介した。
「僕の名前はユウリ! この先のトウカシティに住んでる!」
ユウリと名乗った少年に、ハルカもホットドッグを喉の奥に押し込んで口を開く。
「俺はハルカ。こいつは俺のポケモンのナゴヤだ」
「ふんっ」
名前を気に入っていないナゴヤは、ハルカの紹介に機嫌を悪くしてそっぽを向いた。
「ナゴヤ? 変な名前だな」
ハルカのネーミングセンスに違和感を抱いたユウリに、ハルカは顔を顰める。
「それで? 俺に頼みってなんだよ」
このままでは無駄話で日が暮れると、ハルカは話を本題に戻した。
「あぁ、実は……」
ここまで口にしておいて、ユウリは焦れったく言い淀む。しかし覚悟を決め、張り上げた声でその頼み事を口にした。
「僕の初恋の彼女を一緒に探して欲しいんだ!」
「はぁ!?」
それはハルカ達の予想の斜め上を行くものだった。
「初恋って!? もしかしてさっきの女の子か!?」
「いや? あの子はついさっきが初対面だよ」
「なんなんだよお前!」
まだユウリのキャラクター像が掴めず、ハルカは困惑する。
「そう、あれは十年前。僕がまだ毛の生えていないチェリーボーイだった頃の事だ」
「おい話を聞け!」
ハルカの制止も届かず、ユウリは一人自身の過去の世界を回想した。
――僕は母さんと一緒に、この102番道路に遊びに来ていた。
『見ておかあさん! この木、女の人のはだかみたいだよ!』
――子供の頃からなに言ってんだお前!
幼少期のユウリは不思議な形の木に指を差しながら振り返る。ただそこに愛しの母親の姿はなかった。
『……おかあさん?』
――その時、僕は母さんとはぐれてしまった。
草原の中でユウリは母親の影を探す。しかしどれだけ目を凝らしても、視界に母親は映らない。次第にユウリの心を孤独が蝕んでいった。
――小さな足で母さんを探して歩き回って、そこで僕は出逢ったんだ。
『ん?』
視界に映った影に、ユウリは顔を上げる。
――僕の未来を変えた、初恋の彼女に!
瞬間、ユウリは恋に落ちていた。
『……キレイ』
ユウリは頬を真っ赤に染めて、ぽろりと口を溢す。幼いながらに、この胸の高鳴りの異常性をユウリは感じ取っていた。
『あの!』
『?』
勇気を絞って掛けた声に、彼女は振り向く。
『いっ、いっしょにあそぼ!』
ユウリの台詞を耳にしても、彼女は口を開かない。ただその代わりに、ふっと口元を天使の様に綻ばせる。その時には、もうユウリは彼女の虜になっていた。
――それから僕達は夢中になって一緒に遊んだ。時の流れも、母さんの居なくなった寂しさも、全部忘れてしまうくらいに。
『ユウリー!』
遊んでいる最中に名前を呼ばれて、ユウリは振り返る。声の主である母親は、安堵した表情でユウリに駆け寄ってきた。
『おかあさん! あのね、この子ね!』
ユウリが母親に彼女を紹介しようと目を戻すと、先程まで一緒に居た彼女の姿はどこにもなかった。
『……あれ?』
――母さんと再会すると、彼女は居なくなっていた。
首を傾げるユウリを、母親が優しく抱き締める。暖かな母親の愛情に包まれる中、ユウリは泡沫の様に消えてしまった彼女の事だけをひたすら考えていた。
「もしかしたらあれは幻だったのかもしれない。それでも僕はもう一度逢いたいんだ。僕の未来を変えた、あの時の彼女に!」
演劇役者の様に回想を語り終えたユウリを横目に、ハルカは興味の無さそうな顔でホットドッグを貪る。
「……それ十年前の話なんだろ? なんで今更探してんだよ」
単純に抱いた疑問をハルカは口にする。するとユウリは、どこか寂しそうに表情に影を落とした。
「……僕、もうすぐ引っ越すんだ」
ハルカのホットドッグを食べる手が止まる。
「元々体が弱くてさ。シダケタウンに住んでる親戚の家に引っ越す事になったんだ。だから引っ越す前に、最後に彼女を一目見れたらなって思ったんだけど……」
病弱体質とは、先程女性を口説いていた姿からは想像できない事実だ。ただ彼の横顔が、その言葉の真実性を裏付けている。
「ふっ、馬鹿らしい」
そう言い捨てたのは、ポケモンフーズを食べ終えたナゴヤだ。
「こいつの初恋なんざ俺にはなんの関係もねぇ話だ。テメェも食い終わったらとっとと出発するぞ」
休憩は終わりだと、ナゴヤは座ったままのハルカを急かす。しかしハルカが立ち上がる事はなかった。
「良いぜ」
「えっ?」
惚けた返事をしたユウリに、ハルカはホットドッグの最後の一口を飲み込んだ。
「俺達が手伝ってやるよ! 初恋の彼女探し!」
ハルカの力強い宣言で、ユウリの表情はたちまち晴れた。
「ほんと!?」
「おい!」
歓喜するユウリに、ほのおタイプのナゴヤが水を差す。
「なんで俺がこいつの初恋相手探さなきゃなんねぇんだ! お前だって今日会ったばっかの赤の他人だろ!」
「まぁまぁ。旅は道連れって言うだろ? 旅先で出逢った人の手助けをするのも、旅の醍醐味じゃねぇか」
ナゴヤの憤怒も、ハルカは爽やかな表情で跳ね返す。やはりこの人間は厄介な性格だと、ナゴヤは嘴で舌打ちをした。
時刻は既に正午を回っている。夕方になる前に彼女を見つけ出す為、ハルカは調理道具の片付けから手を付け始めた。
◎
荷物を置いたリュックサックを置いて、ハルカはユウリと共に初恋の彼女を捜索する。
「なぁ、こんなとこで探すより、街に戻って探した方が良いんじゃねぇか?」
不意に気付いてハルカがそう提案する。ここは人通りも少ない田舎道。人探しをするなら、確実に人の多いトウカシティで探した方が良いに決まっている。
「とっくに探したよ。でも彼女は居なかった。だから唯一出逢えたこの場所で探してるんだ」
ユウリは出逢ったその日から、彼女の影を探し続けていた。十年掛けても見つからなかったのであれば、きっと彼女は街の住人ではないのだろう。
「つーかさ、逢ったのってもう十年も前だろ? 今更見つけて彼女だって分かるのかよ」
十年という歳月は、人を幾分も変化させる。彼女も当時とは、まるで別人の様に変わっている筈だ。
「分かるよ」
それでもユウリは確信していた。
「僕なら分かる」
強く断言するユウリに、ハルカもそれ以上問い詰める事をやめた。
「……どんな子だったんだよ。なんか特徴とかなかったのか?」
「特徴か……」
人探しの足掛かりにならないかと、ハルカがユウリに尋ねる。ユウリは瞼を閉じ、今も鮮明に焼き付く彼女の姿を妄想した。
「澄んだ瞳を大きく隠した艶やかな前髪……雪の様に白く花の様に可憐な肌……そして魅力を倍増させる桃色の髪飾り!」
彼女の特徴を謳うユウリは、少し興奮気味だった。
「桃色の髪飾りか……もし今も同じの付けてたら分かるかもな」
ユウリの記憶を参考に、ハルカは草原の中を探し続ける。そんな主人の様子に、ナゴヤは冷めた視線を送っていた。
「ちっ、なんでこんなメンドクセェ事を」
ナゴヤとしては、早く街に到着してふかふかのベッドで一息吐きたいところだ。それがどうしてこんな無意味な足止めはされなければならないのかと、苛立ちは蓄積するばかりである。探すなら勝手に探してくれと、ナゴヤは適当な岩場に腰を下ろしていた。
「……ん?」
その時、ナゴヤの視界にとある影が映る。
長い前髪、白い肌、桃色の髪飾り。二人よりも先にナゴヤが気付いたのは、恐らく目線の高さがナゴヤと同じだったからだろう。
「……まさかな」
特徴と一致するにも関わらずナゴヤが半信半疑なのは、彼女が人間ではなかったからだ。しかしその疑惑は、すぐに確信に変わった。
「あっ!」
彼女を見つけたユウリは、走り出して彼女のもとに跳び込む。腹を地面に滑らせて近付いてきたユウリに、彼女も驚いて前髪に隠した瞳を向けた。
「やった! ようやく逢えた!」
待ち望んだ感動の再会に、ユウリは目を潤わせながら満面の笑みを見せる。当の彼女は、一人騒ぐユウリにきょとんと首を傾げていた。
「あいつって……」
ナゴヤの側に歩み寄ったハルカは、ユウリの前の彼女にポケモン図鑑を向ける。図鑑は彼女の正体を、きもちポケモンのラルトスだと表示した。
「初恋の彼女って、ポケモンだったのかよ……」
確かに人間だと聞かされてはいなかったが、完全に予想外の展開だ。
「僕の事覚えてない!? ほら、十年前にここで一緒に遊んだ!」
あまりピンときていない様子のラルトスに、ユウリは記憶を呼び起こそうと強く訴えかける。その子供の様な無邪気な笑顔に、ラルトスは十年前の面影を思い出した。
「ラルゥ!」
ラルトスの微笑に、ユウリの心は掴まれる。その天使の様な微笑は、十年前からなに一つ変わっていなかった。
「……駄目だな。一目見るだけで良かった筈なのに、すぐ欲張りになる」
ユウリはそう言うと、徐にポケットに手を伸ばす。
「僕、もうすぐ引っ越すんだ。だから最後にまた君に逢いたかった。でもやっぱりそれだけじゃ嫌だ。もっと君と居たい。この先の未来も、もっと君と一緒に過ごしたい!」
そう言ってラルトスに差し出したのは、一つのモンスターボールだった。
「どうか、僕の人生のパートナーになってください!」
まるでプロポーズの様な言葉。一世一代の愛の告白を前に、ラルトスはじっとモンスターボールを見つめる。不意に顔を上げると、真剣な眼差しを向けるユウリと視線が重なった。その眼差しに、ラルトスもどこか彼に魅了されてしまっていた。
モンスターボールに手を伸ばし、中へと入り込む。共に生きる事を決断してくれたラルトスに、ユウリのテンションは最高潮にまで上り詰めた。
「やったー!」
両腕を大きく上げて、ユウリは全身で喜びを表現する。その喜びようは、見ているこちらが恥ずかしくなる程だ。
「ありがとなハルカ! お前のおかげでまたラルトスに逢えた!」
「いや、俺は別になんもしてねぇけど」
実際にハルカはなにも成果を上げていないのだが、そんな事は今のユウリにはどうでも良かった。
ユウリは早速モンスターボールから、ラルトスを解放する。
「ラルトス! これからよろしくな!」
二人は視線を合わせて笑い合う。そんな些細な一時が、愛おしくて仕方なかった。
「……まっ、幸せそうでなによりだ」
ポケモンとの出逢いは斯くも美しいものかと、ハルカは二人を見て密かにそう感じていた。
「あっ! そこのお姉さん!」
しかし、幸福絶頂の二人に早くも危機が訪れる。
「とても美しい髪ですね。あまりの美しさに声を掛けてしまいました。この後時間あったりしますか? もし良かったら一緒に」
通りすがりの女性を捕まえて、ユウリは流れるように口説き落とす。残されたラルトスは、状況が分かっていないようで一人困惑していた。
「……なんなんだあの人間」
「んじゃ、俺達は行こうぜー」
暴走するユウリを放置して、ハルカとナゴヤはようやくトウカシティに向けて歩き出す。今後彼と関わる事はないだろうと、強く胸に思いながら。