俺のポケットモンスター   作:越谷さん

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【舞台】パルデア地方・プルピケ山道
【登場人物】
《ハルカ》ミシロタウン出身のポケモントレーナー。愉快なポケモン達と談笑しながら、行き当たりばったりな冒険を続ける。
《カクニ》やんちゃなパフュートン。漢に生きる熱い大食漢。
《パワー》おっとりしたナカヌチャン。戦闘が苦手な平和主義。
《ウコン》ようきなシガロコ。逆立ちしないスイーツ泥玉愛好家。
《ジャガリコ》すなおなリキキリン。念力の強いリキさんといつも一緒。


【傑作選024】蘇りし白き幻影

 冷えた洞窟に足音がこだまする。その足音は人間の履く靴ではなく、鋭利な鉤爪の生えた獣の足跡だった。

 肌は雪を連想させる程に白く、蜃気楼の様に鬣を靡かせている。鬣から覗く眼光は、目が合った者を呪い殺すかの様に恐ろしかった。

 洞窟を歩き続けていた足音が不意に止まる。目指していた奥部に辿り着いたようだ。しかし獣の前には先客達が待っていた。

 平坦な頭部に氷柱の牙、背中には太古の武器の様な鰭を生やしたポケモンが複数匹並んでいる。ひょうりゅうポケモンのセグレイブだ。よく見ると進化前のセゴールやセビエも、セグレイブの影に身を潜めている。どうやらここは、セグレイブの群れの棲み処のようだ。

 突如訪れた来訪客に、セグレイブ達は冷気の強い息を荒げる。そこに歓迎のムードは一切なかった。

 威嚇するセグレイブ達を、獣はじっと見つめる。一触即発の空気の中、獣はただ鬣を靡かせるだけだった。

 

 ◎

 

 チャンプルタウンを出発したハルカ達は、次なる目的地であるピケタウンを目指して、二つの町を繋ぐ道――プルピケ山道を歩いていた。

「うぅ寒っ!」

 芯から冷えるような異常な気温に、ウコンは泥玉の上で体を擦る。

「おいどうなってんだよこの寒さは」

「この山道の上は雪山ですからね。寒いのも当然ですよ。あ痛っ! 痛くないけど」

 極寒に苛立つウコンを、ジャガリコが優しい口調でそう説明した。

「なんだこの程度の寒さで弱音を吐いて! カクニ漢の百ヶ条その百『漢たるもの、常に強く熱く生きろ』だぞ!」

「それで寒さを凌げるのはカクニだけなんじゃないかな?」

 極寒の中でも暑苦しいカクニは、相変わらずの根性論を語る。その根性論にパワーは隣で苦笑いを浮かべていた。

「なぁハルカ。休めるところはまだなのかよ」

「ちょっとは我慢しろって。もう少し歩いたらポケモンセンターがある筈だから」

 ランタンを持つ手とは反対の手で、ハルカはスマホロトムの地図を確認する。

「こんなところにもポケモンセンターがあるの?」

「あぁ、地図によるとな」

「へぇ。こんな洞窟の奥にまで用意してくれるなんて、有難い限りですね。あ痛っ! 痛くないけど」

「……お前、ボール戻ったら?」

「そんなの寂しいじゃないですか!」

 喋る度に天井に頭をぶつけるジャガリコを気遣ったハルカだが、ジャガリコは涙目になってまで皆と共に歩きたいと強く訴えた。

「あれ?」

 その時、パワーが山道の先の妙な異変に気付く。

「どうしたパワー」

「なんか前からこっちに来てない?」

 パワーの言葉に、一同も足を止めて目を凝らす。山道の中は暗くはっきりと姿は確認できなかったが、確かに何者かの気配と足音が聞こえてきた。

「わわっ! ほんとだ!」

 人間かポケモンかさえも分からない正体に、一同は警戒する。するとカクニは一匹一同の前に飛び出し、獅子奮迅と鼻息を荒らした。

「なんだテメェ! やるってんなら漢の俺が相手してやるぞ!」

「おい! なに無駄に刺激してんだよ!」

 挑発するカクニを、ウコンが憤りながら宥める。何者かの足音は徐々にこちらに近付いてきて、遂にランタンの光が届く距離でその姿を晒した。

 幻影の様な鬣に鋭い鉤爪、怨念の籠った瞳を光らせる横顔は狐に類似している。

「ポケモンだ……」

「こいつは確か……ゾロアークだっけか?」

 遠い昔に見た事があるような気がして、ウコンは記憶を掘り返す。

「けど、ゾロアークってこんな見た目だっけな」

 ウコンの記憶では、ゾロアークは肌を純黒の毛で覆い尽くし、鮮やかな紅蓮の鬣を伸ばしていた。しかし目の前のポケモンは、姿こそ似ているが肌も鬣も雪の様に純白である。その他にもゾロアークと似て非なる点は幾つかあった。

「……こいつは、ヒスイのゾロアークだ」

 初めて相見えるポケモンに困惑する一同だったが、ハルカだけはそのポケモンに見覚えがあった。

「ヒスイ?」

「大昔に実在した地方の名前だよ。こいつはその地方に生息していたゾロアークのリージョンフォームだ」

「なんでハルカはそんな事知ってるんですか?」

「色々あったんだよ」

 以前ハルカはセレビィの時渡りによって、かつてのシンオウ地方であるヒスイ地方を舞台に冒険した事があった。しかし今その話を始めると夜が明けてしまうと、ハルカは適当に割愛する。

「でも、なんでヒスイのゾロアークがここに居るんだ……?」

 言ってしまえばこのゾロアークは太古の時代に絶滅した種族だ。それが何故現代に、しかも何故このパルデアに居るのか、ハルカは理解できなかった。

 ゾロアークは全身の毛を逆立たせ、こちらに敵意を示してくる。

「……ねぇ」

 そんなゾロアークにパワーは違和感を覚えた。

「なんかあの子、ちょっと弱ってない?」

 吐いては消える白い息は荒れ気味で、足取りもどこかふらついている。ランタンによって明白に映されたゾロアークの姿は、確かに体中に酷い傷を負っていた。

 それでもゾロアークは仇敵を睨むような目付きをこちらに向ける。しかしその憎悪に体はついていけず、ゾロアークは足を挫いてその場で倒れ伏せた。

「おい!」

 倒れたゾロアークに、ハルカ達は慌てて駆け寄る。

「大丈夫か!? おい!」

 体を揺すって起こそうとするが、ゾロアークの意識が戻る事はない。ただ苦しそうに、白い息を吐くばかりだった。

 

 ◎

 

 こちらを突き刺す冷たい視線と、耳障りな誰かの台詞。目の前には暖かな優しさを背負った懐かしい背中。どれだけ名前を呼んでも、どれだけ手を伸ばしても、その背中が振り返る事はない。それでも必死になって追い掛けようとしたその時、ゾロアークはこれが全て夢である事に気付いた。

 薄らと開いた瞳に、知らない天井が映る。人間の技術が生み出した蛍光灯が、寝起きの視界を刺激した。

「おっ、目が覚めたみてぇだな」

 不意に側からそんな声が聞こえてくる。

「大丈夫か? 突然出てきたと思ったら急に倒れたからびっくりしたぞ。ジョーイさんによると、このまま安静にしてれば傷もすぐに治るとよ」

 ゾロアークはベッドに横になっており、腕には点滴が繋がれていた。

 ハルカはベッドの隣の椅子に腰掛けて、ゾロアークにそう笑い掛ける。その笑顔が人間のものであると気付いて、ゾロアークは突然ベッドから跳び上がった。

「うわぁっ!」

 点滴は引き千切られ、ベッドは激しく横移動する。ゾロアークは部屋の壁際に体を移し、ハルカと距離を取った。

「おい! 安静にしてろって言ったろ!」

「どうされました!?」

「あぁすみません! 大丈夫です!」

 巨大な物音に駆けつけてくれたジョーイとラッキーに、ハルカは深く頭を下げる。ゾロアークはそんな物腰の穏やかなハルカに威嚇していた。

「ここはどこだ! お前は一体何者だ!」

 ゾロアークからの質問攻めに、ジョーイ達を引き返させたハルカは振り返る。

「……ここはポケモンセンター。お前の傷を治してもらいに来たんだよ。それと俺の名前はハルカ、ポケモントレーナーだ」

「ポケモントレーナーだと……?」

 ハルカの回答に、ゾロアークは警戒を強める。しかし瞬時に、ハルカに対してとある違和感を覚えた。

「お前、俺の言葉が分かるのか?」

 人間とポケモン、言語が通じ合わない事はゾロアークも理解していた。

「あぁ、俺自分のゲットしたポケモンの言葉はなに言ってるか分かるんだ」

「そんな馬鹿な……ん?」

 ハルカの言葉にゾロアークは驚愕する。

「お前……俺を捕まえたのか!?」

「ポケモンセンターまで距離もあったし、かなり弱ってたからモンスターボールで連れて行こうと思ってな」

 衰弱したポケモンを運ぶならモンスターボールが最適だ。ハルカの選択は間違いなく最適解だろう。

「ふざけるな!」

 しかしそんな一般論は聞こえないと言うように、ゾロアークは激昂した。

「なんで俺が人間と共に生きなければならない! 俺は一匹で生きていくんだ!」

 ゾロアークの語調には、かなり強い意志が宿っている。恐らく相当固い決意をして、今日まで生きてきたのだろう。

「んな事言ったって、ゲットしちまったもんはしょうがねぇしなぁ……」

 それでもハルカはゾロアークを逃がすという決断を選ばなかった。

「なぁ、俺からも一つ訊いていいか?」

 隙を窺って、今度はハルカが質問側に回る。

「お前って大昔にあったヒスイ地方のゾロアークだよな? なんでそんなお前がこんなところに居るんだ?」

 出逢ってからずっと抱いていた疑問を満を持して尋ねたハルカだったが、その疑問がゾロアークに別の疑問を抱かせた。

「……お前、ヒスイを知ってるのか?」

「まぁ、色々あってな」

 実は一度タイムスリップしてヒスイの大地を踏んだ事があると言っても、ゾロアークは信じてくれないだろう。適当にはぐらかしたハルカに、ゾロアークは無言で視線を送る。

「……お前に答える義理はない」

「なっ!」

 ゾロアークが顔を逸らすと、ハルカは表情を歪ませた。

「お前! それぐらい言ってくれても良いだろ! 死にかけのところを助けてやったんだしよ!」

「別に助けを頼んだ覚えはない」

「なんだと!? 助けてもらって感謝の一つも言えねぇのか! おいこらこっち見ろ! 俺の目ぇ見て『助けてくれてありがとうございます!』って言え! おい聞こえてんだろ! こっち見ろって!」

 どれだけハルカが呼び掛けても、ゾロアークは一向に目を合わせようとしない。今のゾロアークの口を割るには、余程の名探偵でない限り不可能だろう。

「……まぁ良い。これから一緒に旅する訳だし、気が向いたら教えてくれよ。ニック」

 声はちゃんと届いていたようで、最後に付け足された言葉にゾロアークは振り向く。

「……ニック?」

「名前だよ。お前が寝てる間に考えてたんだ。昔読んでた漫画に同じ名前のキャラが居てさ。良い名前だろ?」

 自分のネーミングセンスを信じて疑わないハルカは、そう言って満面の笑みを見せる。そんなハルカの笑顔がニックには理解できなかった。

「……お前に呼ばれる名前など要らない」

「なんだよその言い方! よーし分かった! お前にはまず礼儀ってもんから教えてやる!」

 そっぽを向いたニックに、ハルカは憤りで頭から湯気を沸かす。ハルカの表情がニックの瞳に映る事はなかった。

 パルデア地方で出逢った、人間嫌いなヒスイ地方のゾロアーク。この出逢いが一人と一匹に一体なにをもたらすのか、この時はまだ誰も知る由もなかった。

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