俺のポケットモンスター   作:越谷さん

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【舞台】シンオウ地方・210番道路
【登場人物】
《ハルカ》ミシロタウン出身のポケモントレーナー。愉快なポケモン達と談笑しながら、行き当たりばったりな冒険を続ける。
《エレナ》ハルカの幼馴染。ポケモンコーディネーターの修行の為、ハルカの旅に同行中。
《テッペー》わんぱくなビッパ。先輩呼びに憧れている。
《ミヤビ》おだやかなコロトック。言葉が詩的な音楽家。
《トピアリー》さみしがりなフワンテ。ゴーストタイプなのにお化けが苦手。
《マイ》おとなしいミミロル。誰もが振り返る絶世の美女。
《オジョー》てれやなエネコ。ハルカを恋い慕うもツンデレで素直になれずじまい。


【傑作選027】おかえりなさいませご主人様

 北風に揺らされて、雑木林がダンスを踊る。高く伸びた雑草が道行く人の肌を弄ぶ。山道を燦然と照らす太陽は、間もなく真南に昇ろうとしていた。

「ねぇ、次の街にはいつ着くの?」

 滑らかな勾配を四本足で歩くオジョーが、前を歩くエレナに声を投げる。

「んー、まだかなり離れてるみたいだから、着くのは当分先かも」

 エレナはポケットの地図を広げて現在地を確認し、オジョーに答えた。

「私もう喉渇いたんだけど」

「じゃあもう少ししたら休憩にするか」

 エレナよりも更に前を歩いていたハルカが、振り返ってオジョーに賛同する。その時、地図を凝視するエレナの顔が視界に入った。

「どした?」

「あーいや、この山道を進んだ先にカフェがあるみたいで」

「カフェ? こんな町外れに?」

 建物どころか人の気配すら感じられない山の中。こんな場所に商売を営む店があるとは到底思えなかった。

「もしかして、あれじゃない?」

 オジョーの指摘に合わせて、二人は正面に目を向ける。山道の先には、確かに雑木林の中に一軒の建物が置かれていた。

 原木の香りが鼻を擽るログハウス。ドアの付近には『カフェ山小屋』と書かれた看板が立て掛けられている。

「本当にあった……」

「丁度良いし入ってみるか」

 店の前にまで来た一同を代表して、ハルカが店の扉に手を掛けた。

「すみませー」

「ダメだよおじいちゃん!」

 扉の開いた音を掻き消すように、少女の大きな声が響く。

「今は安静にしとかないと!」

「そんな甘えた事言ってられるか! 早く準備を始めねば……痛っ!」

「ほら!」

 モダンな雰囲気の店内には、可愛らしい服装に袖を通した少女と年老いた老人、更に小柄なようせいポケモンが居た。老人は椅子から立ち上がろうとして腰を痛めたのか、カウンターに項垂れて少女が介抱に回る。その折に少女は、ハルカ達の来訪に気が付いた。

「あっ、すみません! この時間まだ開店前なんです!」

「そうなんだ、こちらこそごめん」

 こちらに歩み寄った少女に、ハルカも頭を下げる。

「可愛い衣装ですね」

 そう言ってエレナは少女の服装に目を向けた。

 黒を基調としたガーリーなドレスに純白のカチューシャ。隣のポケモンもお揃いのカチューシャを飾っている。

「ありがとうございます。私はアンナ。この子は私の友達のピッピです」

 アンナの自己紹介に、ピッピもよろしくと指のみならず手を振った。

「一応ここ、メイド喫茶なんで」

「メイド喫茶?」

 名前自体に聞いた事はあるが、実際に訪れるのは初めてだ。

「って事は……」

 一同の視線が自然と同じ方向に集まる。そこに居たのはカウンターで待つ老人だった。

「ワシはメイドにはならんわ!」

「あの人は私のおじいちゃんで、この店の店主です」

 視線の意味を察した店主は、カウンターを拳で叩いて怒りを露わにする。その衝撃が店主の体に障ったようだ。

「うっ!」

「おじいちゃん!」

 またしても項垂れた店主に、アンナとピッピが心配する。店主の表情から見るに、相当の激痛が体を走っているようだ。

「なにかあったんですか?」

 ハルカのお節介が反応して、思わずアンナに声を掛ける。するとアンナは表情を曇らせて答えた。

「実は昨日の夜から、おじいちゃんがこの通り腰を痛めてしまって。いつもは私とおじいちゃんとピッピの三人で営業してるんですけど」

「ふっ! このくらいどうて事ないわ!」

「無茶言わないで! 立つだけでやっとなクセに!」

 どれだけ強がっても体は正直なようで、店主は椅子から立ち上がる事すら儘ならない。

「いつもはお客さんもそんなに来ないので、二人でも全然大丈夫なんですけど、今日に限って予約が立て込んでて。一体どうしようかと……」

 やはり今日は臨時休業にする他道はないのか。しかしそれは楽しみにしてくれた客を裏切る行為だ。出来る事ならそんな選択はしたくない。

 悩み苦しむアンナに、ハルカとエレナは目を見合わせる。二人の脳裏には全く同じ案が思い浮かんでいた。

「……あの、もし良かったらなんですけど」

「?」

 エレナからの提案は、正に目からハートのウロコだった。

 

 ◎

 

 カランコロンとカフェ山小屋の扉が開く。

 入店したのは男性客二人組。賑やかな店内をぐるりと見回していると、男性客に気付いた彼女は早足に主人のお出迎えに向かった。

「おかえりなさいませご主人様!」

 メイドの衣装を身に纏ったエレナは、満面の笑みを男性客に披露した。

「ご予約はされてらっしゃいますか?」

「いっ、いえ……」

「ではあちらの席にお座りください!」

 エレナはミニスカートを靡かせながら、男性客を奥のテーブルに案内する。女子との会話の耐性が低いのか、男性客の鼻の下はどちらも伸びきっていた。

 カフェの手伝いをしているのはエレナだけではない。カチューシャを長耳の間に飾ったマイは、ホイップクリームを山の様に盛り付けたパンケーキを、女性客のテーブルに給仕する。

「お待たせしました。こちらテンガンパンケーキでございます」

「わーありがとー!」

 給仕されたパンケーキに、女性客は携帯を手にする。

「あのー……お願いしてもいいですか?」

「かしこまりました」

 女性客からの要望に、マイは微笑んで快諾する。すると丸い掌でハートを形作り、テーブルのパンケーキに目掛けて魔法を唱えた。

「萌え萌えきゅん♡」

「キャー!」

 可愛さ全開のマイに、女性客は興奮して携帯のカメラ機能を連写する。マイの言葉は聞き取れていない筈だが、そこに言葉は不要だった。

 また別のテーブルでは、同じくカチューシャを飾ったオジョーが男性客の注文を取っている。

「えっと、アイスカフェラテがひとつと」

「僕モーモーミルクで」

「ちょっと! 一気にいくつも注文しないでくれる!?」

 接客するオジョーの口調は、メイドとは程遠かった。

「オジョー! メイド喫茶なんだからもうちょっとメイドっぽく接客しないと!」

「別に良いでしょ。どうせ私の言ってる事分かんないんだし」

「それはそうだけど……」

 耳打ちで注意したエレナをオジョーは論破する。オジョーの言っている事に筋は通っているのだが、聞き取れる事実がエレナに困った表情をさせた。

「なんかあのエネコ、どっかツンツンしてない?」

「うん、だがそれが良い……」

 エレナの心配とは裏腹に、一定の客層には好印象のようだ。

「凄い……皆接客上手」

 初めての接客業とは思えない活躍を見せるエレナ達に、アンナは感動する。これにはピッピも御満悦で、日中にも関わらず踊り始めていた。

 なにも活躍しているのは女性陣だけではない。追加注文を受けたマイが、厨房へと伝達に向かう。

「六番テーブル、北のフライドポテトひとつ!」

「あいよ!」

 マイの注文を聞きながら、エプロンを腰に結んだハルカが慣れた手付きでフライパンを振った。直前に店主から仕込まれたレシピを元に、ハルカは瞬く間に料理を作り上げていく。

「おー! 皿洗いは先輩のあっしに任せるでげすよー!」

 使用済みの食器が山の様に溜まった洗い場では、テッペーが泡塗れになりながら汚れ仕事を請け負っていた。

 厨房の別の場所からは、トントンと心地の良い音が流れる。

「生命を刻む単調の円舞曲。黒塗りの天使が可憐に踊る」

 下準備を担当するミヤビは、自身の腕で人参を当分にカットしていた。

「……今更なんでげすけど、虫が直接野菜切って大丈夫なんでげすかね?」

「……まぁ、ちゃんと消毒したし大丈夫だろ」

 悠々と人参を切り分けるミヤビに、ハルカとテッペーはクレームが入っても知りはしないと思考を放棄した。

「山登りの休憩に冷たいモーモーミルク、いかがでしょうかー」

 青空の下、『カフェ山小屋』と記された幕を持ちながら風に揺られるトピアリーは、アドバルーンとして手伝いに貢献する。実際トピアリーの宣伝に目を惹いて、店の扉を叩く客も少なからず居た。

 エレナは空いた席を片付けると、食器をテッペーの独壇場である洗い場に運ぶ。揺れるメイドのスカートに、男性客は本能で目を奪われていた。

「なぁ、あのメイド可愛くね?」

「あぁ、俺も思ってた」

「こっちに料理持ってきてくんねぇかなー」

「でもあの子、どっかで見た事ある気がすんだよなー……」

 男性客はエレナに釘付けになりながら、そう噂する。その声は厨房を飛び越えて、ハルカの耳元にまで届いていた。

「………」

「それ私運ぶね」

 完成した料理を見て、エレナがハルカから料理を受け取ろうとする。

「……いや、俺が行く」

「えっ?」

 ハルカは料理を持って厨房を出ると、エレナの隣を素通りした。そのまま店内を歩いていき、エレナの噂をしていた男性客に、ドンッと音を立てて提供する。

「お待たせしました……、こちら満月オムライスでございます……」

「ひっ!」

 何故か料理と共に提供された殺意に、男性客は血の気を引かせた。

「あぁ……仕上げがまだでしたね……」

 ハルカはエプロンからケチャップを取り出すと、月を模したオムライスへ雑に絞り出す。その模様はまるで血飛沫の様だった。

「萌え萌えきゅん……」

「キャー!」

 正に死を覚悟して男性客は絶叫を上げる。マイの時に聞こえてきた絶叫とは、音は同じでもまるで違って聞こえた。

「なにしとんだ貴様ぁ!」

「痛っ!」

 急遽襲い掛かってきた店主の痛烈な空手チョップが、ハルカの頭頂部を突く。

「申し訳ございません! こいつ、なにぶん今日緊急で入った見習いなもんで!」

「いっ、いえ! 大丈夫です……」

 意識を失うハルカの隣で、腰痛も忘れた店主とピッピが男性客に深く謝罪する。男性客は特に荒立てる事もなく、寧ろハルカの安否を心配しているようだった。

 ハルカの奇怪な行動に、一同は呆れながらも自分の仕事に精を出す。ただエレナはそんなハルカに不思議そうに首を傾げていた。

 

 ◎

 

 忙しない時間はあっという間に過ぎるもので、気付けばホーホーの歌声がカフェの閉店時間を報せていた。

「お疲れ様でした! こちら当店自慢のモーモーミルクです!」

「「「「わーい!」」」」

 客の居なくなった店内でピッピから支給された看板ドリンクに、一同は感動を露わにした。疲労しきった体に、冷えたモーモーミルクを注入する。

「ぷはーっ! やっぱ仕事終わりのモーモーミルクは体に沁みるでげすな!」

「美味しいねこの牛乳」

「渇きを癒す母なる恵」

「私もずっと声出してましたから、今日は大変疲れました」

「アンタなんかしてたっけ?」

「してましたよ! 店の外でずっと!」

 直接牛乳瓶を飲み干したり、ストローで啜ったり、小皿に移してもらって舐めたり、それぞれ飲みやすい方法で仕事終わりを楽しんでいた。

「今日は本当にありがとうございました!」

 気を改めてと、アンナがエレナ達に深く頭を下げる。エレナ達の活躍により、本日のカフェ山小屋の売り上げは歴代最高金額を叩き出した。三人での経営では、この記録を達成する事は不可能だっただろう。

「ううん、私達も楽しかったです! 可愛い衣装も着れたし」

 エレナとしては着る機会のないメイド服を着る事が出来ただけで満足だった。

「メイド似合ってますね!」

「えへへっ、でもやっぱりちょっと恥ずかしいですね」

 しばらくメイド服は十分だと、エレナは照れ笑う。ピッピもマイとオジョーのメイド姿を褒め称えており、どちらも満更でもない様子だ。

「全く貴様という男は!」

 耳を劈く程の怒鳴り声に、一同は目を向ける。店の隅ではすっかり快復した店主に、ハルカが深く正座させられていた。

「おじいちゃん、まだ説教してる……」

 あの騒動が起きてからずっとこの調子だ。ハルカの足の痺れも、とっくに限界を超えた先に居た。

「なんかすみません、折角手伝ってもらったのに……」

「いえいえ! あいつは大丈夫ですから!」

 止まらない店主の説教に、アンナは申し訳ない情に駆られる。遂に情が勝って、店主の説教の中断に向かった。

 ようやく説教から解放されたハルカは、麻痺状態の足で一同の側へと歩み寄る。

「長かった……」

 疲弊したハルカの表情を、エレナは静かに見つめた。

「ねぇ」

「ん?」

「なんであの時代わりに運んだの?」

「………」

 不意に尋ねられた質問に、ハルカは黙り込む。エレナはじっとハルカの返答を待つ。その無垢な瞳に耐え切れなくて、ハルカはそっとエレナから目を逸らした。

「……別に」

 ハルカは椅子に腰掛けると、残っていたモーモーミルクを一気に飲み干す。質問から逃避したハルカに、エレナは困惑していた。

「……なにそれ」

 二人のやり取りからラブコメの波動を感じたマイは、恍惚とした表情を腰の体毛で隠そうとする。一方のオジョーは都合が悪そうに顔を顰めていた。

 周囲のポケモン達が察する中、当の本人達はなにも気付かないまま心を擦れ違わせていた。

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