【登場人物】
《ハルカ》ミシロタウン出身のポケモントレーナー。愉快なポケモン達と談笑しながら、行き当たりばったりな冒険を続ける。
《エレナ》ハルカの幼馴染。ポケモンコーディネーターの修行の為、ハルカの旅に同行中。
《エノン》まじめなキノガッサ。個性豊かな仲間達にツッコミを入れるツッコミ職人。
《ニート》きまぐれなヤルキモノ。ニートから就職して社会人に。
《オジョー》てれやなエネコ。ハルカを恋い慕うもツンデレで素直になれずじまい。
《クイン》ずぶといチルタリス。自分の翼に誇りを持つナルシスト。
サイユウシティにて開催されるポケモントレーナーの夢舞台――ポケモンリーグ。その本戦出場を懸けて、予選会場では実力者による白熱のポケモンバトルが繰り広げられていた。
「マッスグマ! でんこうせっか!」
トレーナーの指示を受けて、マッスグマはフィールドを高速に駆け回る。マッスグマの突き進む先は対戦相手のニートだ。
「ニート! ガードだ!」
ニートは臆する事なく防御の構えを取り、マッスグマを待ち構える姿勢だ。
なにか策があるのかと疑う暇もなく、マッスグマは正面から衝突する。流石はホウエンの全てのバッジを揃えた実力者。電光石火の威力は並のそれではなかった。
しかし作戦通りだとハルカの口角が吊り上がる。
「そのまま相手を捕まえろ!」
ハルカの指示に従って、ニートは防いでいた腕でマッスグマの体を捕捉する。あれだけ高速に動き回っていた体も、攻撃の瞬間は隙だらけだった。
「行けぇ!」
「うおぉぉぉ! ジャーマンスープレックスゥ!」
ニートは雄叫びを上げながら背中を仰け反らせ、マッスグマの脳天をフィールドに叩きつける。本来ポケモンの技に存在しない攻撃に、マッスグマは為す術なくフィールドに倒れた。
「マッスグマ、戦闘不能!」
「良いぞニート!」
「よっしゃー! もっと掛かってこい!」
相手を倒してもニートのアドレナリンは湧き出るばかりで、興奮状態からオーバーリアクションを続ける。
「凄いニート! また勝ったよ!」
「これで相手は残り一体ね」
観客席から見守っていたエレナとオジョーも、ニートの勝利を称える。先程もニートが勝利を上げており、三体選出の予選において対戦相手のポケモンは残り一体となっていた。ニート一匹で勝負を決するのも目前である。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」
興奮が絶頂に達したニートの雄叫びが、会場全体に響き渡る。すると突如としてニートの体が眩く光り出した。
「!」
輝きを放ち出したニートに、会場は驚きに包まれる。光の中ニートの体格はみるみるうちに成長を遂げて、光が弾けるとニートは先程とは別の姿と化していた。
「ニート……!」
「あれって確か……!」
「ヤルキモノの進化、ケッキングね」
対戦の最中起こった進化に、一同の期待が激しく昂る。ハルカは逸る心臓を必死に抑えて、対戦に集中しようと拳を握った。
対戦相手が最後に繰り出したのはフルーツポケモンのトロピウスだ。絶望的な状況の中、トロピウスは勝負をまだ諦めていないと宣言するように巨大な葉の翼を広げて威嚇する。油断は禁物だと、ハルカも気を引き締めた。
「ニート! きりさく!」
先手必勝だと、ハルカは進化したばかりのニートに指示を飛ばす。しかしいつもならすぐに動き出す筈のニートが、何故か一歩も動かなかった。
「……ニート?」
指示が聞こえなかったのかと、ハルカはニートに声を掛ける。ニートが反応する事はなかったが、間違いなく声は届いている筈だ。あまつさえニートは指示に従うどころか、フィールドに肩肘を突いて横になり始める。
「こいつ……!」
「まさか……」
この怠惰極まりない寝姿に、一同は既視感を覚えた。ニートがヤルキモノに進化する前、ナマケロだった時期の面影が鮮明に蘇る。
「トロピウス! つばめがえし!」
隙だらけのニートを眼前に、今が好機だとトロピウスは瞬く間に距離を詰める。
「わわわっ! ちょっとタイム! ニート戻れ!」
危険を感じたハルカは、トロピウスの翼が直撃する直前にニートをモンスターボールに戻す。代わりに繰り出したのは、完全に今日の出番はないと思われたクインだった。
「頼んだクイン!」
「おい! これはどういう状況だ!」
「いいからあいつと戦ってくれ!」
有利な展開とは思えないトレーナーの狼狽えように、エレナとオジョーは頭を抱える。クインの活躍によってなんとか試合に勝利したハルカだったが、ポケットの中では課題が悠長に眠りについていた。
◎
以降の予選でも何度か選出されたニートだったが、その大きくなった体が起き上がる事はなかった。他の仲間達のおかげで本戦の出場圏内には入り込めているものの、ハルカの悩みは肥大化するばかり。遂には堪忍袋の緒が切れて、ハルカの憤怒は噴火した。
「だぁ畜生! おいニート! なんで言う事聞いてくれねぇんだよ! あの時のやる気はどこ行っちまったんだ! これなら進化しないままの方が良かったじゃねぇか!」
今日の試合を終えた後、予選会場の外でハルカはニートにそう強く叱責する。説教は耳に入っている筈だが、ニートは気怠そうに鼻くそをほじるだけだった。
「あれだけ元気だったのに……」
「社会の厳しさに晒されて、敢えなく会社中退して無職ってとこ?」
「昔はずっとこんな感じだったのか?」
「今と全く同じ、自分からは一切なにもしない怠け者だったわよ」
ナマケロの時期を思い出して、エノンとオジョーはノスタルジーに浸る。ヤルキモノの時期しか知らないクインには信じ難い現実だ。
「くそっ、夢のポケモンリーグ本戦出場が懸かってるってのに! 早いとこ解決策を見つけないと……」
ポケモンリーグの本戦出場を目前にして、焦燥感からハルカの表情が険しくなる。
「大分参っているようだな」
不意に聞き馴染みのある声が聞こえてきて、ハルカは振り返った。声の主は下駄を鳴らしながら、肩で風を切る様にして歩いてくる。その正体にハルカは目をマルマインの如く丸くした。
ハルカの目に映ったのはトウカシティのジムリーダーにして自身の父親であるセンリ、それと母親であるヒロコと付き添いのパッチールだった。
「親父!? それに母さんまで!」
突然の両親との再会に、ハルカは狼狽する。そんなハルカを置いて、ヒロコは暢気に腕を振った。
「エレナちゃん久し振りー!」
「お久し振りですおばさん!」
「また見ないうちに美人さんになってー。これじゃあ周りの男達に沢山声掛けられて大変でしょ」
「いやそんな事は……」
「ハルカ! ちゃんとエレナちゃんの事守ってあげるのよ!」
「うるせぇな! いきなり来たと思ったらべらべら喋りやがって!」
エレナの手を取って饒舌に話し出すヒロコに、ハルカは赤面する。初めてハルカの母親と相見えた一同は、性格は母親譲りなのかとどこか納得していた。
「大体二人揃ってこんなところになにしに来たんだよ!」
「なにって、息子の応援に決まってるでしょ!?」
ヒロコからの圧の強い返答に、ハルカの発言権は喪失する。
「さっきの試合、見させてもらったぞ」
続けて声を上げたセンリに、ハルカは目を向ける。先程の試合が授業参観状態になっていたと考えると、少し恥ずかしい気持ちに苛まれた。
「あの日からまた成長したようだが、どこか行き詰っているように見えた。まぁ、理由は明確だがな」
現役ジムリーダーの鋭い視線が、欠伸を垂らすニートに突き刺さる。そこでハルカの脳裏に一筋の名案が過った。
「そうだ! 親父の相棒もケッキングだったよな! 教えてくれ! どうやってあの生臭坊主を手懐けたんだ!?」
トウカジムで勝負したケッキングは、センリの指示に忠実に従っていた。センリならケッキングというポケモンの性質にも詳しい筈だ。
「……手懐ける、か」
息子の切なる頼みに、センリは声を漏らす。
「ついてこい。勿論そこのケッキングも一緒にな。父親として、先輩トレーナーとして、俺がお前に教えてやる」
センリはそう言うと踵を返し、どこかを目指して歩き出した。助言ならここで直接聞くだけで良かったのだが、問題を打破するべく、ハルカもセンリの背中を追い掛けるしかなかった。
◎
辿り着いたのはサイユウシティの端に聳える崖の絶壁だった。崖は空にまで届きそうな程高く、見上げると首が疲れる。人の訪れる理由など皆無のような僻地で、センリは足を止めた。
「……ここなら良いか」
目的地に着いたようで、ハルカも立ち止まる。ニートは自分の足でここまで共に歩く筈もなく、ハルカのポケットのモンスターボールの中だった。
するとセンリはモンスターボールを取り出して宙に投げる。中から飛び出したのはセンリの相棒――ニートと同じケッキングだ。
「ほら、お前も出せ」
言われた通り、ハルカもニートをモンスターボールから外に出す。同じケッキングの筈なのに、センリのケッキングよりも覇気を感じないのは何故だろうか。
「確かにケッキングは扱いの難しいポケモンだ。世界一ぐうたらなポケモンと称される所以は伊達じゃない」
センリは相棒のケッキングの背中に触れる。そこには確かな信頼関係が感じ取れた。
「でもなハルカ。お前がすべき事は『ケッキングの手懐け方を知る事』じゃない。『お前が出逢って名付けたニートというポケモンの中身を知る事』だ」
「!」
センリの言葉がハルカに衝撃を走らせる。
「俺のケッキングとお前のケッキング、種族は同じだが中身はまるで違う。俺とハルカが別人のようにな。だから正直俺にもお前のケッキングをどう扱えばいいのかは分からない。寧ろそれは、お前が一番よく知ってる筈だ。ここまで一緒に旅をしてきたお前がな」
仲間達と共に歩んできた旅の記憶。そこに映し出されたニートの姿が、ハルカの脳裏に蘇った。
「そのポケモン個人の中身を知り、通じ合う事が出来れば」
センリの話の最中、隣に立ち尽くしていたケッキングは徐に崖際へと歩き出す。すると腕を振り翳して、崖に強烈なパンチを叩きつけた。
「!?」
破壊音と共に瓦礫と化した岩が崩れ落ちる。崖には巨大な円形のクレーターが出来ており、トウカジムで勝負した時は本来の実力の半分も発揮していなかった事を実感させられた。
「こうして目的を共有する事も出来る筈だ」
遠くから何事だと騒ぐ街の人の声が野次に聞こえる程、センリの声が鮮明に鼓膜を震わせる。やはり自分の父親は偉大なトレーナーであるようだ。
センリの助言を受け取ったハルカは、肩肘を突いて眠るニートに目を向ける。その姿は相も変わらず怠惰だったが、ニートの目はセンリのケッキングの背中をじっと見つめていた。ハルカはニートに踵を向けると、膝を屈んで視線を合わせる。
「……なぁニート」
自分が名付けた名前を呼んで、ハルカは話を始めた。
「別に俺は、お前が本気で戦いたくないんだったら戦わなくていいと思ってんだ。バトルが苦手な奴にバトルを強要するなんて事、俺はしたくない」
それはハルカの本心だ。戦闘を好まない仲間を、ハルカはあまり戦場には出さない。
「でもな、俺はお前がそうには思えないんだ。ナマケロの頃からずっと、お前はバトルが好きだったんじゃねぇか? だからヤルキモノになって、あんなにキラキラとバトルしてたんじゃねぇのか?」
ニートの目がハルカの目を覗く。ハルカの瞳はニートの心の奥まで、全てを覗き見ようとしていた。
「ニート、俺に力を貸してくれ。本戦に出場する為に、お前の力が必要なんだ」
ハルカの声が、夢を燃料に熱く燃える。
「お前なら出来る。俺はそう信じてる!」
火傷状態になりそうな程の滾る熱意に、ニートは言葉を返す事もなくただ見つめるだけ。しかしハルカは視線を返すその瞳に、想いが伝わったと信じる事にした。
◎
翌日。今日も晴れ渡った青空が予選会場の背景を塗り潰す中、ハルカはフィールドに足を着けていた。センリとヒロコも、今日はオジョーを抱いたエレナと並んで観客席から見守っている。
「結局あの後、ニートは言う事を聞いてくれるようになったんですか?」
助言の様子を知らないエレナが、不安そうにセンリに尋ねる。質問に答えるセンリだが、それはエレナの求める答えではなかった。
「いや分からない」
「えっ」
「でも」
センリは曇りのない表情でフィールドに立つ息子の勇姿に、口元を緩ませる。
「あいつなら大丈夫だ」
「ハルカー! 頑張ってー!」
ヒロコの声を張った応援に合わせて、パッチールもふらふらと手製のポンポンを振り回す。その自信はジムリーダーとしての推察か、それとも父親としての信頼か。根拠のない筈の言葉に妙に説得力を感じて、エレナも信じて試合に目を向けた。
「出て来い! ハリテヤマ!」
対戦相手が出したのはつっぱりポケモンのハリテヤマ。紅葉の様な巨大な掌を叩いて、勝負への意気込みを見せている。
「ニート! お前が決めろ!」
ハルカはモンスターボールを投げて、さっそくニートをフィールドに登場させた。
「早速来た!」
「さて、どうなる事だか」
ニートは今日もフィールドに肩肘を突いて、暢気に横たわっている。昨日からなにか変わった様子は決して見えなかった。
「ニート、信じてるぞ……!」
そう独り言を呟いて、ハルカは怠惰な背中に希望を預ける。
「ハリテヤマ! つっぱり!」
トレーナーの指示に、ハリテヤマは両の張り手を突き出してニートとの距離を詰めた。迫り来るハリテヤマを、ニートはじっと見つめている。
「早く逃げなさいよ! 効果は抜群でしょ!?」
逃げる気配のないニートに、オジョーは猫耳を立てて苛立った。エレナも心配からオジョーを抱く腕にぎゅっと力が入る。
「………」
その時、微動だにしなかったニートの体が遂に動いた。
ニートは重たい腰を上げて、二本の太い足で立ち上がる。ハリテヤマの張り手は最早眼前。ニートはそこで足を退く事なく、代わりに右の拳を強く握った。そして張り手がニートに襲い掛かろうとした直前、ニートの拳はハリテヤマの腹部に撃ち込まれた。
「からげんき!」
瞬間、ハリテヤマの巨体は砲台から飛び出た砲丸の様に吹き飛ばされ、観客席の壁に衝突する。強い衝撃を受けたハリテヤマは壁に倒れ、両目はぐるぐると渦を巻いていた。
「ハリテヤマ、戦闘不能!」
審判の声が、ニートの一発KOを会場中に報せる。
「ニート……!」
戦闘の様子を見守っていたハルカが堪らず声を上げる。振り返ったニートの瞳はまだ眠そうだったが、奥に自分と同じ熱意があるのを感じた。
「凄いニート……!」
「良いぞハルカー!」
「全く、冷や冷やさせんじゃないわよ」
エレナ達の座る観客席も、一瞬の試合展開にボルテージが高まる。
「流石俺の息子だ。お前達はまだまだ強くなる」
逞しく育った息子の成長に、センリは密かに感動を噛み締めていた。
ニートの活躍によって当試合も勝利。ポケモンリーグ本戦出場の夢は、残り僅かといったところまで迫っていた。