俺のポケットモンスター   作:越谷さん

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【舞台】ジョウト地方・自然公園
【登場人物】
《ハルカ》ミシロタウン出身のポケモントレーナー。愉快なポケモン達と談笑しながら、行き当たりばったりな冒険を続ける。
《ピコタロー》がんばりやなピカチュウ。世界中のポケモンと友達になるのが夢。
《カスガ》いじっぱりなブルー。顔は怖いが実は女の子。


【傑作選029】土曜日はむしとり大会

 土曜日。夏の太陽が気温を上昇させる自然公園では、学校の授業から解放された子供や、仕事の疲れを癒しに来た大人が多く足を運んでいた。様々な利用目的のある自然公園だが、今日集まった利用者の目的はほぼ一つ。

「それではこれより、自然公園主催虫取り大会を開催しまーす!」

 主催者の開会宣言が、マイクの力で自然公園中に拡散された。

「ルールは簡単! 制限時間内に最も強そうな虫ポケモンを捕まえた方が優勝です! 優勝者には賞品もご用意しておりますので、皆様張り切ってご参加ください!」

 自然公園の中央には虫取り大会の参加者が密集している。その中には虫取り網を携えたハルカの姿もあった。

「よっしゃ! 虫取り大会で優勝して、賞品も虫ポケモンもゲットしてやる!」

 虫取り大会への熱い熱意が、ハルカの瞳に燃え上がる。コガネジムにて敗北した雪辱を、ここで晴らそうとしているようだ。

「水分補給は忘れずにね!」

「おう!」

「むしよけスプレーはもう使った?」

「スプレーは使っちゃダメだろ!」

 ピコタローとカスガもハルカのアシストをするべく虫取り網を所持している。熱中症予防で、どちらも麦わら帽子を被っていた。

「あれ、ハルカ?」

 不意に名前を呼ぶ声が聞こえて、ハルカは振り向く。すると見覚えのある紫色のおかっぱ頭がこちらに手を振っていた。

「ツクシ!?」

 ヒワダジムのジムリーダー――ツクシである。

「やっぱハルカだ! ハルカも虫取り大会に参加するんだね!」

「ハルカも、って事はツクシも!?」

「勿論!」

「でもジムは!?」

「休みだよ! 虫取り大会に参加する為、毎週土曜はジムは休みにしてるんだ!」

 虫取り大会に太陽顔負けの異常な熱意を見せるツクシに、流石のハルカも汗を垂らしていた。

「よーし! 絶対優勝するぞー! ハルカ、負けないからね!」

 ツクシは指を差してハルカに宣戦布告する。

 そう、これは勝負。今この自然公園に居る全員が、優勝を競い合うライバルなのだ。

 熱い宣戦布告が、ハルカの男特有の闘争心に火を付ける。

「俺だって! 絶対優勝してやる!」

 自然公園が熱狂に覆われる中、主催者の合図を皮切りに参加者は虫ポケモンの採集に走り出した。

 

 ◎

 

 緑豊かな自然公園には多種多様の虫ポケモンが生息している。草むらに咲いた一輪の花から蜜を吸っているバタフリーもその一種だ。

 ――よし! 手始めにまずはあいつからだ!

 視界の端で虫取り網を振るう参加者に負けじと、ハルカは最初の標的に目を付けた。虫取り網を構える手に力を入れて、こっそりとバタフリーの背後に忍び寄る。あと一歩といったところで足を止め、勢いよく虫取り網を振り落とした。しかし寸前で気配を諭され、バタフリーは捕らわれる事なく空へと飛び立ってしまった。

「あっ、待て!」

 逃げ出したバタフリーをハルカは慌てて追い掛ける。翼を持たないハルカが空に手が届く筈はない。それならとハルカは中身の空いたモンスターボールを取り出し、バタフリーに向かって放り投げた。

 背後に迫るモンスターボールに、バタフリーはくるりと翻る。すると鮮やかな銀色の翅を羽ばたかせ、静寂だった自然公園に風を起こした。突如吹いた風はモンスターボールの進行方向を戻して、ハルカの顔面へと返還する。

「ぶふっ!」

 モンスターボールを顔面で受け止めたハルカは、激痛に草むらで蹲る。その隙にバタフリーは上空へと姿を晦ませてしまった。

「痛てっ……畜生!」

 鼻先を赤くしたハルカは、決意を新たに表情を険しくさせた。

 虫取り大会の捕獲の規定は、モンスターボールで捕らえられたかどうかだ。ハルカを優勝に導く為、カスガも虫取り網を握る。

 ――良い? 変に勘付かれないように、極力気配を消すのよ。

 カスガの目の前にはイトマル。胸中で自問自答しながら、気配を殺してイトマルに虫取り網を構えていた。

 しかし不意にイトマルは振り返る。それもその筈。まるで地獄の閻魔の様な形相をしたカスガの顔面が、こちらに殺気を垂れ流していたのだから。

「!」

「なっ!?」

 命の危険を感じたイトマルは、慌てて六本足で逃げ回る。

 ――どうして!? 完璧に気配を消してた筈なのに!

 まさか自分の気配がだだ漏れだったとは夢にも思わず、カスガの怖い顔に隠した脳は混乱を極めた。

「初めまして! 僕はピコタロー、良かったら僕と友達にならない?」

「?」

 別の草むらではピコタローがレディバに交渉を持ち掛けていた。参加者の多い虫取り大会だが、流石に話し合いで捕獲しようとする参加者は他に居ない。実際当のレディバも随分困惑しているようだ。

「うわぁぁぁ!」

「ん?」

 ピコタローの耳に突如絶叫が聞こえてきて、何事かと振り返る。そこには激怒するスピアーに追われる自身のトレーナーが居た。

「ハルカ!?」

 こちらに向かって必死で逃げ走るハルカに、ピコタローは驚愕する。このままでは巻き込まれると、交渉相手のレディバは一足先に席を立ってしまった。

「なにやってんの!?」

「こっそり捕まえようと思ったら、即行バレて逆に追い掛け回されてんだよ!」

 ハルカの肩に飛び乗って事情を聞けば、なんとも情けない話だ。ちらりと背後を確認すると、スピアーの右の棘はもうハルカの背中に迫っていた。

「やべっ!」

 負傷による大会辞退を覚悟したその時、スピアーの棘をとある虫取り網が防いだ。素朴に光り輝く、ツクシの虫取り網だ。

「ツクシ!」

 ツクシは虫取り網で棘を防いだままポケットを漁ると、中からモンスターボールを取り出す。そしてスピアーの腹部に狙いを定めて投射した。スピアーを閉じ込めたモンスターボールは地面に落ち、そのまま捕獲を報せる。

「大丈夫?」

 モンスターボールを拾ったツクシは、ハルカの無事を確認する。ハルカはみっともなく草むらに尻餅を着いていた。

「あっ、あぁ……ありがと」

「ねぇ、あの虫取り網って何製なの?」

 怒るスピアーの棘を軽く受け止めたツクシの虫取り網に、ピコタローは興味を示していた。

「でもこれで、僕が一歩リードみたいだね」

 捕まえたばかりのモンスターボールを見せつけて、ツクシは眩しい笑顔を向ける。その挑発はハルカに効果抜群だった。

「……へっ! 勝負はまだこれからだ!」

 いつまでも座ったままではいられないと、ハルカはすぐに立ち上がった。

 

 ◎

 

 むしタイプの属性を持つポケモンは、人間と掛け離れた形態をした生物も多い。故に虫ポケモンに苦手意識を抱く人間も多かった。

「よし! 捕まえた!」

 麦わら帽子にタンクトップと絵に描いた様な虫取り少年が、虫取り網を大きく振るう。捕まえたのは円らな瞳をしたキャタピーだ。

「ねぇ! 今から網離すからそっちで捕まえて!」

 少年が声を掛けたのは、一緒に大会に参加したワンピースの少女。しかし少女のテンションは少年と反比例していた。

「えっ、無理だよ!」

「大丈夫だよ! ほら、こう後ろからガシッと!」

「じゃあトモ君がやってよ!」

「嫌だよ気持ち悪いじゃん!」

 虫取り網を挟んで、少年と少女は終わりのない押し付け合いを始めた。二人の言い合いの中、状況の分かっていないキャタピーは不思議そうに疑問符を浮かべている。そんな大会の一幕を、ツクシはどこか寂しそうに眺めていた。

「キャァァァ!」

 前触れもなく自然公園に響いた悲鳴に、園内中の人間が一斉に振り向く。

 無惨に荒らされた草木と逃げ惑う参加者。その中心に居たのは、頭に一本の角を立派に生やした虫ポケモンだった。

「あのポケモンは……」

 初めて相見えるポケモンに、ハルカはポケモン図鑑を向ける。カメラでポケモンの姿を読み取ったポケモン図鑑は、『ヘラクロス』とその正体を解き明かした。

「ヘラクロスか。よし、あいつを捕まえれば優勝間違いなしだ!」

「そんな……なんで!?」

 目前に現れた優勝への道筋に火照るハルカの隣で、ツクシは困惑した様子で青ざめていた。

「どうしたんだ?」

「ヘラクロスは本来自然公園には生息していない筈なんだ! それなのに、どうしてここに……!?」

 ヘラクロスは雄叫びを上げると、周囲のベンチやゴミ箱を破壊する。このまま暴走を放置すれば、自然公園の被害は尋常ではないだろう。

「とにかく、まずはあいつの暴走を止めねぇと! ピコタロー!」

「うん!」

 ピコタローはハルカの声に強く返事をすると、被っていた麦わら帽子を放り投げる。そのままヘラクロスに向かって電光石火に駆けていき、天高く跳び上がった。

「10まんボルト!」

 頬袋に溜めていた電撃がヘラクロスに放出される。全身でそれを受け止めたヘラクロスは、青い装甲を少し焦がしてその場に立ち尽くした。

 瞬間、ヘラクロスの眼光がピコタローを睨む。

「!」

 ヘラクロスはピコタローの電撃を受けた直後にも関わらず全速力で走り出し、未だ空中のピコタローに一本角を突きつけた。

「うわぁっ!」

「ピコタロー!」

 地面に倒れたピコタローにハルカが駆け寄る。体に走る激痛に耐えながら、なんとかピコタローは立ち上がった。

「なんてタフな野郎なんだ……!」

 ピコタローを突き飛ばした後も、ヘラクロスは取り憑かれたように暴れている。周囲の人間は、自分の安全を守るのに必死だった。

「……ねぇ、なにかおかしくない?」

「えっ?」

 なにかに気付いたカスガが、ふと声を漏らす。

「あのポケモン、あんなに見境なく暴れてるのに、虫ポケモンには一切手を出してない」

 カスガに言われて注視してみると、確かにヘラクロスは手当たり次第に人間を襲おうとする反面、付近に居る虫ポケモンには一切手を上げていなかった。

「確かに……寧ろ虫ポケモンを守ろうとしてるような」

「!」

 ハルカの呟きに、ツクシが反応する。

「そうか!」

 するとツクシは暴走するヘラクロスに向かって走り出した。

「おいツクシ!」

 ハルカの制止も届かず、ツクシの足は止まらない。ヘラクロスの前で立ち止まったツクシは、危険を顧みず大きく両手を広げた。

「聞いてヘラクロス! ここに居る虫ポケモンは自然公園の職員によって最適な環境で生活してる! 虫ポケモンも虫取り大会で出逢う人達を楽しみにしてるんだ! だから僕達は好き勝手に虫ポケモンを乱獲してる訳じゃない!」

 虫取り大会は人間のエゴによって開催されている訳ではない。自然公園に生息する虫ポケモンは、毎週土曜日に虫取り網を携えてやってくる人々を心待ちにしているのだ。

 しかし暴走するヘラクロスの頭に、ツクシの言葉を処理する機能は残っていない。ヘラクロスの一本角が、容赦なくツクシに襲い掛かる。

「たたきつける!」

 一本角がツクシの頭を割ろうとする寸前、ピコタローの尻尾が一本角を受け止めた。その力は絶大で、ピコタローは草むらに叩き返される。

「なにやってんだ! 危ないだろ!」

「でも……」

 ピコタローが生み出してくれた隙に、ハルカがツクシをその場から連れ出す。ヘラクロスの注意も逸れたようで、またしても野太い雄叫びを轟かせた。

 ヘラクロスは自分より二回り程大きい巨大樹の側へと歩み寄る。するとヘラクロスは自身の角を木の根元に突き刺し、角一本で巨大樹を持ち上げてみせた。

「マジかよ……」

「なんて馬鹿力……!」

 ヘラクロスは雄叫びを上げながら、巨大樹を勢いよく放り飛ばす。その先には先程虫取り少年に捕まったキャタピーが、虫投網に閉じ込められたままに居た。

「!」

 暴走するヘラクロスを前にして、虫取り網をそのままに逃げ出してしまったのだろう。このままではキャタピーは虫取り網から抜け出せずに巨大樹の下敷きだ。想像に易い未来に、ヘラクロスもようやく我に返ったようだ。

 しかしいち早く動いたのは、ヘラクロスではなく一人の少年だった。

 ハルカは虫取り網ごとキャタピーを抱き締めると、転がるようにしてその場から離れる。途端に巨大樹は落下し、衝撃によって吹いた風がハルカの背中を擦った。

「ハルカ!」

 突然走り出した主人に、カスガが慌てて駆け寄る。

「危ねぇ! 死ぬかと思った!」

「全く、無茶すんじゃないよ」

 顔面蒼白で鼓動を爆音に鳴らしたハルカは、腰を抜かして立ち上がれないでいた。どこか格好のつかないハルカに、カスガは安堵の溜息を吐く。

「大丈夫か?」

「?」

 虫取り網から解放されたキャタピーは、円らな瞳でハルカを見つめる。その表情は迫っていた危機など微塵も知らないようだった。

「無事で良かった」

 そう無邪気にはにかんだ横顔を、ヘラクロスは見つめていた。

 虫ポケモンはその形態から、触れるのも憚る人間が多い。しかし目の前の少年は、一切の躊躇もなく虫ポケモンを抱き締めて窮地から救ってみせた。その光景が瞼に焼き付いて離れなかった。

「……やっぱ君は、最高のトレーナーだよ」

 ハルカを眺めながら、ツクシは優しい笑顔を浮かべていた。

 

 ◎

 

 夏の太陽は人知れず西に傾き、空は鮮やかなオレンジ色に染まる。荒れ果てた自然公園では、職員が集まって迅速な修復作業に取り掛かっていた。その陰で自然公園を荒らした当の本人は、草むらに座り込んで丸まった影を伸ばしていた。

「虫ポケモンを守ろうとしたんだろ?」

 不意に声が聞こえて振り返る。そこには先程ヘラクロスに代わって、体を張ってキャタピーを救ったハルカが居た。

「優しい奴なんだな。まぁ、結果的には暴走しちまったけど」

 ハルカはそう語りながら、ヘラクロスの隣に腰を下ろす。

 自分の手によって、虫ポケモンを守るどころか窮地に追い詰めてしまった。その事実が鎖となって、ヘラクロスの心をきつく縛りつけていた。

「……なぁ、俺と一緒に来ないか?」

 ハルカの提案に、ヘラクロスは顔を上げる。

「そういう熱くなって前が見えなくなっちまう奴、俺結構好きなんだよ」

 そう言ってハルカは眩しく笑う。

 自分の身の安全など放り捨てて、真っ先に虫ポケモンを助けに走ったハルカ。今まで出逢った事のない、妙に惹かれる才能を持つ人間だった。

 ハルカはポケットからモンスターボールを取り出し、ヘラクロスに向けて差し出す。ヘラクロスはじっと観察すると、徐に右手で触れ、体をモンスターボールの中へと吸い込ませた。

「……これからよろしくな」

 掌に入った新たな仲間に、ハルカは改めて一瞥する。

「素晴らしい!」

「!」

 突然鼓膜を震わせた大声に、ハルカの肩は跳ね上がる。振り返ってみれば、虫取り大会の開会式にマイクを握っていた男が、こちらに歩きながら手を鳴らしていた。

「貴方は……」

「なにを隠そう、この自然公園の職員及び虫取り大会の主催者です!」

 立ち上がったハルカに、主催者は大きく胸を張る。

「窮地のキャタピーを救った決死の救出劇! そして暴れ狂うヘラクロスを鎮めての捕獲! 実に感動しました!」

「いやーそんな……」

 大した事ではないと、大袈裟に語る主催者にハルカは謙遜した。

「君こそ、今回の虫取り大会の優勝者に相応しいでしょう!」

「えっ、こんな状況だし大会は中止じゃあ」

「まさか! どんな状況であろうと大会は実行しますとも! 確かにこの荒れようでは、表彰式は執り行えませんがね」

 主催者の虫取り大会に対する情熱は、この程度のアクシデントでは消せないようだ。すると主催者は隠し持っていた物品をハルカに差し出す。

「はい、こちらが優勝賞品です」

 渡されたそれは、奇妙な形をしたなんの変哲もない石だった。

「なんですかこれ?」

「たいようのいしです」

「石?」

「この石が、いつかきっと君に輝かしい出逢いをもたらすでしょう!」

「はぁ……」

 想像とは驚く程掛け離れていた賞品に、ハルカは開いた口が塞がらないでいる。流石に不要だと突き返す事は出来ず、渋々ポケットの中へとその石を忍ばせた。

「おめでとうハルカ!」

 次にハルカの側へと近寄ったのは、虫取り網を片手に携えたツクシだ。

「悔しいけど文句無しの優勝だよ! ヘラクロスはむし・かくとうタイプ! 自慢の一本角は、正に昆虫の王様にピッタリの王冠だからね!」

 ツクシの表情からは悔しさと嬉しさ、その他さまざまな感情が混合しているのが見えた。その百面相にハルカも表情を崩す。

「ん? かくとうタイプ?」

 ふとツクシの発言に引っ掛かって、ハルカはポケモン図鑑で確認する。

 先程更新されたヘラクロスのページ。そこにはツクシの発言通り、タイプの欄に『むし』の隣に『かくとう』が記載されていた。かくとうタイプ、コガネジムのアカネが得意とするノーマルタイプに相性の良いタイプだ。

 思わずハルカの口角が高く吊り上がる。

「よし! すぐに戻ってコガネジムにリベンジだ!」

 虫取り大会で新たな仲間と謎の賞品を手に入れて、ハルカ達は元来た道へと踵を返した。確かな勝機をその瞳に見据えて。

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