俺のポケットモンスター   作:越谷さん

3 / 49
【舞台】カロス地方・ミアレシティ
【登場人物】
《ハルカ》ミシロタウン出身のポケモントレーナー。愉快なポケモン達と談笑しながら、行き当たりばったりな冒険を続ける。


【傑作選003】トレビアンなカロスにボンジュール

 開放的な駅のホームに、列車が音も無く到着する。TMV。カロス地方を股に掛ける、最新鋭の高速鉄道だ。従来の鉄道と比較してそのスピードは規格外に速くなっており、なんと言っても車内がさざ波の様に静寂。カロスの文明の開化を体感できる乗り物だ。

 そんなTMVを降りて、彼はカロス地方の大地を踏み締めた。

「やって来たぞ! カロス地方ー!」

 この少年、ハルカ。ホウエン地方の出身で、今まで数々の地方を旅し、その地方のポケモンリーグに挑戦してきた生粋のポケモントレーナーだ。

「うっほぉー! なんだここ! すっげぇ大都会じゃん!」

 ハルカの辿り着いた街はミアレシティ。カロス地方の中心に位置する、文字通り中心街だ。その更に中心には巨大な塔、プリズムタワーが聳え立っており、それを囲むように様々なカフェやブティックが店を構えている。

 ハルカがこのミアレシティを訪れたのには、とある理由があった。

「君がハルカ君だね」

 不意に未踏の地で名前を呼ばれ、ハルカは振り向く。

 そこに立っていたのは金髪の青年。純白のスーツでその身を包み、ターコイズブルーの瞳が色白の肌のアクセントとして輝いている。

「僕はデクシオ。プラターヌ博士の下で手伝いをしている、言うなれば君の先輩トレーナーさ」

 デクシオと名乗った青年は、そのまま流れる様に語り出す。

「今回は博士の招待に、わざわざカロスまで来てくれてありがとう。君のような若き有望トレーナーに、博士からどうしても渡したい物があるらしくてさ。博士の恩師であるナナカマド博士の伝手を頼って、こうして来てもらったんだ。他のトレーナー達も明日には全員集まると思うから、今日はカロス地方で最高級のグランドホテル、シュールリッシュでぐっすり休むと」

「うぉー! なんかこっちから美味そうな匂いがするー!」

「ちょっとハルカ君!?」

 デクシオの話も聞かぬまま、ハルカは匂いに誘われて走り出してしまった。

 辿り着いたのはこぢんまりとしたお洒落な出店。その店頭に並ぶ焼き菓子は芳醇なアーモンドの香りを漂わせ、日光に反射したその見た目はまるで宝石の様だった。

「美味そー!」

「おっ、兄ちゃん! カロス名物、ミアレガレット! おひとついかが?」

「ください!」

 ハルカは即座にニャースのがま口財布を取り出して、銀貨とミアレガレットを一つ交換する。焼き立てのガレットからは湯気が湧き立っており、紙越しに触れた手から熱が伝わってくる。我慢できず、ハルカは涎も拭かずにガレットを一口。瞬間、口の中に御伽噺の様な幸せが舞い降りた。

「美味ぇー!」

 あまりの美味しさに、ハルカはすぐさま二口目に入る。このままではおかわりを注文するのも時間の問題だ。

「全く……、君は聞いてた通りの聞かん坊だね……」

 ハルカの背後に、ようやくデクシオが到着する。随分と息が上がっている事から、年齢はハルカよりも幾つか上なのだろう。

「渡しそびれる前に、これを君に渡しておこう」

「ん?」

 ハルカの視界の横から、ひょっこりとデクシオの手が伸びる。握られていたのは見慣れないハンドサイズの精密機械。ハルカは右手にガレットを握ったまま、空いた左手でその機械を受け取った。

「なにこれ?」

「あぁ、それはね」

「ふざけんな!」

「「!」」

 デクシオの説明を遮るようにして、突如大声が二人の耳に飛び込んできた。

 何事かと目を向けてみると、声の主であろう褐色の少年が、アスファルトに転がるポケモンに額の血管を浮かせていた。そこに転ぶポケモンは、ハルカが見た事のないポケモン。水色の肌に覆われ、首元に泡の様なマフラーを巻いた蛙のポケモンだった。

「なんで言う事聞かねぇんだよ! お前なんかもういらねぇ! こんなポケモン捨ててやる!」

 少年はそう言い捨てて、ポケモンをアスファルトに置いたまま去ってしまった。

 ハルカはその一部始終を、ガレットの片手間に見つめる。隣のデクシオは、事情を知っているかのように深い息を吐いた。

「はぁ、またあいつか」

「なんか知ってんの?」

 興味本位でハルカは尋ねる。

「あいつはケロマツ。プラターヌ博士の研究所で飼育してる初心者用ポケモンで、博士のもとに訪れる新人ポケモントレーナー達に何度も渡してきたんだけど、どうにも自尊心が高くって、自分に見合ったトレーナーでないと判断すると言う事を聞かないみたいなんだ。だからああやってトレーナーに捨てられては、研究所に戻ってくるのを繰り返してるんだよ」

「ふーん」

 ハルカはそう声を溢してケロマツに目を落とす。ケロマツは体勢を直して、汚れた泡のマフラーを手で叩いていた。そんなケロマツにハルカは歩み寄る。

「ほい」

 ハルカがしゃがんで差し出したのは、追加で買った焼き立てのミアレガレット。アーモンドの仄かな香りが、ケロマツの腹の音を刺激した。

 ケロマツはしばらくそれを見つめて、ハルカを見上げる。視線が交わったハルカは、天真爛漫な笑顔を向けた。しかしケロマツには効果はいまひとつだったようで、くるりと踵を返し、ハルカの側を離れてしまった。

「あっ」

 小さくなっていくケロマツの背中を、ハルカは切なげに見守る。その背後にはデクシオも忍び寄っていた。

「放っておけばいいよ。そのうちまた研究所に戻ってくるだろう」

 デクシオの言葉がハルカの耳を通り過ぎる。視界の街角に、もうケロマツの姿は無い。それでもハルカの頭の中からは、あのぶっきらぼうな蛙の姿が離れなかった。

「さぁ、それじゃあシュールリッシュに案内す」

 ハルカはそっと立ち上がり、ガレットをポケットに突っ込んでケロマツの姿を探しに歩き出す。

「ハルカ君!」

 名前を呼んでも、ハルカは立ち止まろうとしない。全く困った後輩だとデクシオは頭を抱えながら、仕方なくハルカの後についていく事にした。

 

 ◎

 

 姿を消したケロマツを探して、気付けばミアレシティの郊外にまで足を伸ばしていた。上流からは豊かな川がせせらいでおり、朱色の羽毛をしたコマドリポケモンのヤヤコマが美声を披露する。しかしどこを探しても、ケロマツの姿は見当たらなかった。

「どこ行ったんだ?」

 このままではポケットに入れたガレットが冷めてしまいそうだ。

「どこまで行くんだい……。いいからもう戻ろう……」

 数歩後ろを歩くデクシオは、もう体力が尽きたのか足取りが重そうだった。それでもハルカの足が元の道を辿る事は無かった。

 その時、ドカァンッ!と衝撃音が二人の耳に届く。

「「!」」

 二人は音のした方向へ足を急がせる。そこは川辺で、少年が二人と先程のケロマツが一触即発に対峙していた。

「居た!」

「ちょっと待って! まずは様子を窺おう」

 今にも飛び出していきそうなハルカを、デクシオは大人らしく制止する。

「よくも俺の弟を馬鹿にしてくれたな!」

 よく見れば、少年のうちの一人は先程ケロマツを手放した褐色の少年だった。もう一人の少年は少し背が高く、白色のスカーフを巻いており、褐色の少年の実兄である事は間違いないだろう。

 兄の前には黄色いトカゲの様なポケモンが立ち構えていた。そのポケモンにやられたのか、ケロマツの体には幾つかの傷が負われていた。

「俺の弟を馬鹿にした罪、今ここで償わせてやる! エリキテル、でんきショック!」

 兄の指示に従って、エリキテルは頭から垂れ下がる襞に蓄積した電気を、ケロマツに向かって解き放つ。ケロマツはなんとか回避しようとするが、間に合わず痛烈な電撃がケロマツを襲った。

「ケロマツ!」

 既に致命傷なのか、ケロマツは立ち上がるのも儘ならなかった。そんなケロマツに、兄は見下すように歩み寄る。

「ったく、トレーナーの言う事を聞けねぇポケモンなんて要らねぇんだよ!」

 そう言って、兄は小石でも蹴る様にケロマツの腹部を一蹴する。蹴り飛ばされたケロマツはそのまま宙に飛び、川の中へと不時着する。

「あいつ!」

「落ち着け!」

 兄に殴り掛かりそうになるハルカを、デクシオは決死で宥めかかる。

 弟も兄の度の過ぎた行動に肝を冷やしているようだ。

「お兄ちゃん、流石にやり過ぎなんじゃ……」

「大丈夫だ! あいつはみずタイプ! この程度の川くらいじゃ例え瀕死でも流されやしねぇよ!」

 そう、ケロマツはみずタイプ。流れる川の中など、リビングに等しいも同然だった。

 しかし、ハルカが異変に気付く。

「……いや、おかしい」

 みずタイプの筈のケロマツが、水流に流されるがままに流れている。よく見ると、ケロマツの身体を電気が迸っているのが見えた。

「あいつ、さっきの電撃で麻痺してんだ!」

「なに!?」

「このままじゃあいつ、川に流されちまう!」

 全身が痺れた状態では、流石のみずタイプも水の流れに逆らえないようだ。予測外の緊急事態に、デクシオも汗を垂らす。

「一体どうすれば……」

 その隙に、ハルカはデクシオの制止を振り払った。

「あっ、おい!」

 そのままハルカはケロマツの溺れる川岸まで駆けていき、一切の躊躇いもなくその川へと飛び込んだ。

「!」

 デクシオと褐色兄弟は、突然のハルカの突飛な行動に驚きに囚われる。その間、ハルカはケロマツを捕え、両手で力強く抱き締めていた。

「もう大丈夫だからな……!」

 激流の中、ケロマツはハルカの顔を覗く。その表情は、今まで出逢ってきたポケモントレーナーのどれとも違う、逞しい表情だった。

 ハルカは体を返して、川岸に戻ろうとする。しかし、麻痺状態とはいえ、みずタイプの太刀打ちできない流れというのは、そう柔なものではなかった。

 ――くそっ、思ったより流れが強いな……!

 なんとか陸に上がろうと、ハルカは手を伸ばす。しかし伸ばした手は空しくも届かず、その距離は広がるばかり。ケロマツを抱えたままの水泳はあまりにも難しく、遂にハルカは力尽きて、水中で息の泡を吐いた。そのままハルカとケロマツは、目にも止まらぬスピードで下流へと流されてしまった。

「………」

 突然現れたハルカに、褐色兄弟はなにから驚けば良いのか分からないといった様子だ。

 それに比べてデクシオは、事態を把握した上で途方に暮れる。呆れて空っぽになってしまったデクシオの心を、腹の底からグツグツと湧いてくる憤怒が埋めていく。そしてバクーダの噴火の如く、デクシオはその怒りを爆発させた。

「なにやってんだあいつはぁぁぁ!」

 その激昂も、残念ながら川に流されるハルカのもとに届く事はなかった。

 

 ◎

 

 川面に寄り添う小さな町。その川辺に、ハルカは打ち上げられていた。流れに揉まれ、ハルカの意識は無い。その意識を取り戻させるように、ハルカの頬をペチペチとか弱い打撃が襲った。

「……んっ」

 頬を叩かれ、ハルカは気を取り戻す。

 朧な視界で周囲を見回すと、そこは見覚えのない景色だった。ただ一匹、見覚えのあるポケモンがこちらの顔を覗いてくる。

「ケロマツ……」

 意識を戻したハルカに安心してか、ケロマツはぴょこっと後ろに飛び跳ねた。

「……お前がここまで運んでくれたのか?」

 状況から察するに、そう推理するしかない。しかしハルカには、一つ解読できない矛盾があった。

「でもお前、麻痺してたんじゃ……」

 するとケロマツは、ハルカの前にぽとりとある物を落とす。食べかけのミアレガレット。川の水を吸ってふやけてしまい、とてもじゃないが美味しそうとは言えない。

 ハルカは新品のガレットを食べていないので、このガレットはケロマツの食べかけだろう。ガレットには状態回復の効果でもあるのだろうか。

「……こんなずぶ濡れのガレット、美味くなかっただろ」

 申し訳なさそうに、ハルカは苦笑いを浮かべる。

「……今度は焼き立てで熱々のガレット、腹いっぱい食わせてやるからな」

 濡れた髪から水滴を落とすハルカの笑顔は、苦笑いから満面の笑みへと形を変えていた。

「なぁ、ケロマツ。俺と一緒に行こうよ。言う事なんて聞かなくていいからさ。俺とお前で、カロスを大冒険しようぜ」

 ハルカの勧誘に、ケロマツは細い目で口元を緩ませる。ハルカにはそれが了承の合図である事が伝わっていた。

「えーっと、どこやったかなぁ……」

 ハルカは這い蹲っていた体を直して、ありとあらゆるポケットを弄る。

「おっ、あったあった」

 そう言ってハルカが取り出したのは、赤と白のモンスターボール。

 ハルカはそのモンスターボールをケロマツの前に差し出した。ケロマツはモンスターボールの中心をこつんと掌で小突く。するとモンスターボールは封を開き、ケロマツをボールの中へと吸い込んだ。僅かな振動の後、ゲットを確定させるアナウンスがピコンッと鳴り渡る。

 ハルカは口角を吊り上げると、早速ケロマツを外に放った。

「よろしくなケロマツ! ……っと、もうゲットしたんだから名前付けてやんなきゃな」

 恒例の命名の儀に、ハルカは頭を捻る。

「よし! 今日からお前の名前はブンタだ!」

 本来なら名前の由来を事細かに訊きたくなるようなネーミングセンス。しかしブンタはそれどころかハルカに膝を突き、殿を敬う様に傅いてみせた。

「先程は命の危機を救って下さり、誠に感謝申し上げる。この御恩忘れるべからず、本日よりブンタ、我が主人に全てを捧げる所存でござる」

「ござる!?」

 聞き慣れないブンタの古風な語尾に、ハルカは思わず復唱する。ハルカに傅くブンタの姿は、さながら忍者の様だ。これがブンタのキャラクターなのだろう。

「……まぁ良っか」

 ハルカはそんなブンタに、堪らず笑みを溢す。

 川の波に流され、文字通り波乱の幕開けとなったカロスの冒険だが、ハルカはこのブンタとの冒険が楽しみで仕方がなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。