【登場人物】
《ハルカ》ミシロタウン出身のポケモントレーナー。愉快なポケモン達と談笑しながら、行き当たりばったりな冒険を続ける。
《トシャブツ》うっかりやなヤブクロン。三度の飯よりゴミが好き。
《ツムジ》しんちょうなチョボマキ。口は禍の元がモットー。
《テツドウ》ずぶといマメパト。プライドの高いエリート。
《サトミ》ずぶといゴチム。ポケウッドを夢見る演技派女優。
まるで子供の頃に夢見た御伽噺の様な世界。見るもの全てが不思議に満ち溢れていて、心臓がアップテンポに踊り始める。門を潜ったのなら大人も童心に帰らずにはいられない。そう、それがここ遊園地である。
「イヤッホォォォォォォォ!」
頂点にまで昇り詰めたジェットコースターが、勢いよく急降下する。逆さになったり、一回転したりするコースターに合わせて、ハルカは興奮を抑えきれずに絶叫した。
名物であるライチュウ・ボルテッカーを始めとしたライモン遊園地のアトラクションは、ほぼ全てのポケモンが人間と一緒に搭乗可能となっている。
垂直に聳えるハガネールの塔から急降下するハガネール・ドロップ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」
ホエルオーを模したライドが海上を進むホエルオー・スプラッシュ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
ギャロップに跨ってのんびりと周遊するギャロップ・メリーゴーランド。
「おー、良いなーこれ」
遠心力を利用してオオスバメが空を飛び回るオオスバメ・フライト。
「うひょぉぉぉぉぉぉぉ!」
ポケモンをモチーフにした遊び心満載のアトラクションを、ハルカ達は思う存分満喫していた。
「いやー! 最高だな遊園地!」
チラーミィのカチューシャを装着したハルカの口角が、眉と繋がりそうな程吊り上がる。
「なぁ! 次はどれ乗る!?」
「全く、ちょっとは落ち着きなさいよ」
暴走気味のハルカを、サトミが先程購入したチュロスを口にしたまま制止する。口ではそう言うも、サトミも上がる高揚を隠し切れていなかった。
「うぅ……僕はちょっと疲れたよ……」
絶叫系アトラクションの連続に、トシャブツの顔色がいつも以上に悪くなる。
「ふんっ。この程度で疲弊するとは、まだまだエリートには程遠いな」
「そりゃあ普段から空飛んでるアンタにとっては、こんなの余裕でしょうね」
三半規管の鍛えられているテツドウは、今も尚元気そうに鳩胸を張った。高慢なテツドウの態度に、サトミは嫌味を漏らす。
「ん?」
そんな折、トシャブツの視線をとある物が強奪した。
「ねぇハルカ! 次僕あそこ行きたい!」
「おっ、どんなアトラクションだ!?」
トシャブツの指差す先に、ハルカは期待に満ちた瞳を向ける。そこにあったのは壮大なアトラクション、の前にポツンと置かれた分別式のゴミ箱だった。
「ってゴミ箱じゃねぇか!」
期待を綺麗に裏切られたハルカは、思わず声を大にしてツッコむ。
「なに、あいつあそこに行きたいの?」
「帰巣本能だな」
顔を顰めるサトミに、人もポケモンも誰しも故郷に帰りたくなるものだとテツドウが諭した。
「じゃあ俺達別のアトラクション乗ってるから、その間トッシャンあそこで休んでろよ」
「良いの!?」
「うん、俺ら一緒に居たくねぇし」
ゴミ箱の付近に居ても、ハルカ達が楽しめる要素などなに一つないだろう。
「じゃあ行ってきまーす!」
「あっ! 俺らが帰ってくるまで勝手にどっか行くなよ!」
「分かってる!」
ハルカの注意を背中に受けて、トシャブツは走り出す。拙い足は駆け足で、今の心模様を表していた。
「なぁ、次あれ乗ろうぜ! ライチュウ・ボルテッカー!」
「またぁ? さっき乗ったばかりじゃない」
「良いじゃねぇかよ! あれめちゃくちゃ面白かったし!」
「僕は無論構わないが?」
目的地を決めたハルカ達も、次なるアトラクションを目指して歩き出す。ハルカ達の他愛もない会話は、遊園地の雑音に紛れて掻き消された。
念願のゴミ箱に到着したトシャブツは、勢いよく跳び上がってゴミ箱の中へと侵入する。中を埋め尽くすのはポップコーンの容器やドリンクカップなどの夥しい可燃ゴミ。常人なら息を塞ぎたくなるような地獄だが、トシャブツにとってはどんな場所よりも天国だった。
「はぁー……極楽……」
まるで温泉に浸かった老人の様に、トシャブツが声を漏らす。全身の力は解れ、蓄積していた疲労も少しずつ溶けていった。
しばらくゴミの海に体を預けていると、途端にゴミ箱が酷く揺れる。
「うわっ!」
突然の揺れに、半分寝惚けていたトシャブツの目が覚める。大きな揺れだったが、その揺れは一瞬にして落ち着いた。
「なんだ一体……」
何事かとトシャブツは外の様子を窺う。
「ふぅ……これで準備は万全だ」
ゴミ箱のすぐ側から、とある男の声がストローを啜る音と共に聞こえてきた。先程の揺れは、男がゴミ箱に体重を預けた時の反動のようだ。
「なんだ? 信用できないか? 俺が不備を残した状態で仕事を済ませる訳ないだろ」
誰かと会話しているようだが、話相手の声は聞こえない。ライブキャスターで通話でもしているのだろうか。
「安心しな。アンタに言われた通り、ジェットコースターに爆弾を設置した」
「!?」
突然の衝撃発言に、トシャブツは驚愕する。
「ジェットコースターの終盤、コースターが爆弾の仕掛けたレールを走った瞬間に爆弾は爆発する。遊園地はたちまち大混乱に陥るだろうよ」
爆発を想像してか、男の声色が嬉々として明るくなる。その様子が不気味で、トシャブツの顔色は対照的に青ざめた。
「大丈夫、誰にも気付かれちゃいねぇよ。これでアンタの計画も果たされる」
一体なにが目的なのだろうか。考えたところで、爆弾魔の心理など分からないだろう。
「それじゃ、俺も離れた場所からライチュウが丸焦げになる様を見させてもらうよ」
男はそう言うと、飲みかけのジュースをゴミ箱に捨ててその場を離れた。ゴミ箱の中を、甘い液体がじわりと浸食していく。
「どうしよう……このままじゃ遊園地で爆弾が爆発しちゃう……!」
恐らくこの事実を知っているのは、男と通話相手を除いてトシャブツだけだ。まさか男も、ゴミ箱の中で聞き耳を立てているポケモンが居るとは思ってもみなかっただろう。
「とにかく、早くハルカにこの事を伝えないと」
瞬間、トシャブツは思い出す。男が爆弾を設置したと言っていた場所を。そしてハルカが解散した際に口にしていた目的地を。
「マズい!」
危険を予知したトシャブツは、ゴミ箱を飛び出すと慌てて走り出す。周囲の人々の驚いた反応など気にしている余裕はない。目指す先は爆弾が仕掛けられたという遊園地の名物アトラクション――ライチュウ・ボルテッカーだ。
◎
ライチュウ・ボルテッカーは遊園地の目玉と言える人気アトラクションという事もあり、待機列はジャローダの様な長蛇となっていた。
辿り着いたトシャブツは待機列からハルカを探そうとするも、その姿はどこにもない。もしやと搭乗口に目を向けると、ハルカ達は既にライチュウの背中に乗っていた。
「いやー楽しみだなー!」
「さっきも思ってたけど、安全バーの使い方それで良いの?」
「僕には必要のないものだからな」
下ろされた安全バーを足で掴むテツドウに、サトミが口を挟む。発進までもう間もなくといったところだろう。
「もうあんなところに……!」
今から向かったところで、行き違いになる事は目に見えている。トシャブツは針路を変更して、レールに設置されたという爆弾のもとに向かう事にした。
点検用に用意された足場を使ってレールに着地する。男は爆弾をレールの終盤に設置したと言っていた。レールの終盤をくまなく探していると、確かにレールの上に怪しい不審物を発見した。
「あれだ!」
トシャブツは走って不審物を確認する。その不審物には目付きの険しいビリリダマが拘束されており、しっかりとレールに固定されていた。
「これが爆弾……?」
ポケモンを利用した爆弾に困惑するが、戸惑っている時間はない。
「とにかく早く解除しないと!」
トシャブツはコースターが発進する前にと、爆弾に手を伸ばす。しかしビリリダマの物騒な視線が、その手を妨害した。
「ひっ!」
ビリリダマは爆発する事を望んでいるのだろうか。無理に手を動かしたら、爆発を誘発してしまいそうだ。
「どうしよう……」
トシャブツに悩む隙を与えないように、コースターの発進を報せるベルが鳴り響く。
「この瞬間が一番ドキドキするよなー」
なにも知らないハルカは、ゆっくりと上昇するコースターの上で口を開く。その隣でツムジはとある事に気付いていた。
「ん? どうかしたか?」
「………」
質問してみたが答えが返ってこないのはいつもの事で、ハルカも気にしない事にした。
このままではコースターが爆弾と衝突し、遊園地で大爆発が起こる。ハルカを含めた多くの人が無事では済まないだろう。
「やるしかない!」
覚悟を決めたトシャブツは、爆弾を背中にレールの上を走り出す。頂上に昇ったコースターも、レールに従って急降下に加速した。
「イヤッホォォォォォォォ!」
両腕を高く上げたハルカは、満面の笑みでコースターを満喫する。乗っているのはライチュウだが、気分は空を飛んでいる様だった。
「やっぱ最高だなこれ!」
同意を求めるハルカだが、ツムジの無表情に影が差す。
「やはり……」
「どうしたのよさっきから」
後方の搭乗席からも違和感を感じ取って、サトミが問い掛ける。ツムジの口はそれでも頑なだったが、遂にその口を解禁した。
「このレールの先にトッシャンが居る」
「「「はぁ!?」」」
このジェットコースターよりも急斜面から吐かれた衝撃の告白に、一同は堪らず声を上げた。
「トッシャンが!? なんで!?」
「アンタなんでもっと早く言わないのよ!」
「不確定な情報を無闇に口にする訳にはいかない」
サトミに叱咤されるも、ツムジに反省の素振りはない。真実を確かめるべくテツドウがレールの先に鳥目を凝らすと、確かに見覚えのあるゴミ袋が待ち構えていた。
「本当だ! トッシャンが居る!」
テツドウの目視により、ツムジの発言は確固たる事実とされる。
「どうすんのよ! 早くあいつ退かさないと、このままじゃ轢かれるわよ!」
爆弾の存在を知らないハルカ達にとって、トシャブツがコースターの餌食となるのが最悪の顛末だ。想像したくもない悲惨な展開に、サトミの唇が震える。
「……いや、あいつの事だからなんかある筈だ」
そんな中でトシャブツの目論見は、しかとハルカに届いていた。
「コースターを止めよう!」
「はぁ!?」
ハルカの言葉にサトミは動揺する。
「なに言ってんの!? そんなの出来る訳」
「きっとあいつはなにか理由があってレールに立ってるんだ! だったらまずコースターを止めないと!」
短い付き合いながら、トシャブツが理由もなくこんな奇怪な行動をするとはサトミも思っていなかった。振り向いたハルカの真っ直ぐな瞳が、サトミを決断させる。
「止まんなくても文句言うんじゃないわよ!」
サトミは念力を発動すると、コースターのタイヤにブレーキを掛けた。摩擦によって金属音が耳を劈き、コースターのスピードが少し減速する。謎の急ブレーキに、他の搭乗客は悲鳴を上げていた。
「僕も力を貸すぞ!」
コースターの最後尾に飛んだテツドウも、微力ながらコースターを引っ張る。しかし既に最高速度に達していたコースターが完全に停止する事はなかった。
「減速した……!?」
レールの先のトシャブツが、コースターの異変に気付く。距離が縮まって、ようやくハルカの目にもトシャブツが映された。
「トッシャン!」
コースターが迫っても、トシャブツがその場を離れる様子はない。円らな瞳でこちらを待ち構えていた。
「ハルカが……僕に気付いてくれたんだ」
減速はしているが、このままでは停止する事なくビリリダマの爆弾と衝突するだろう。そうなればハルカも皆も、爆発に巻き込まれて木っ端微塵だ。
「……止めなきゃ」
最悪の未来予想図がトシャブツを奮い立たせる。
「僕が! 皆を守らなきゃ!」
その時、トシャブツの体を眩い光が覆った。
「えっ!?」
謎の発光がコースターに襲い掛かる。その眩しくも優しい光は、搭乗客の視界をジャックした。
「この光は……!」
「ダメ! ぶつかるわよ!」
停止の間に合わなかったコースターが、トシャブツと衝突する。しかし光の中巨大化したトシャブツの体は、後退しながらもコースターを受け止めていた。
「ぐぅぅぅ!」
必死に受け止めるトシャブツの体から光が放たれる。大きく成長した体には丸い耳が二つ飛び跳ね、コースターを止める腕も太くなっていた。
「止まれぇぇぇぇぇぇぇ!」
腹から捻じるように声を上げて、トシャブツは力を振り絞る。徐々にスピードを落としていたコースターは、爆弾まで残り数メートルといったところで停止した。
「とっ、止まったぁ……!」
完全に停止した事を確認して、トシャブツは安堵からその場に座り込む。サトミとテツドウも、力尽きて倒れ込んでいた。
「トッシャン!」
不意にコースターから名前を呼ぶ声が聞こえて、トシャブツは顔を上げる。
「ハルカ!」
「どうしたんだよ! なにかあったのか!?」
コースターの搭乗客は状況が呑み込めず、混乱状態に陥っていた。トシャブツもまだハルカに説明できていなかった事を思い出し、慌てて口を走らせる。
「そうだ爆弾! この先に爆弾が仕掛けられてるんだ!」
「爆弾!?」
反射で復唱してしまったハルカの言葉に、搭乗客の混乱は悪化する。その後遊園地のスタッフによって搭乗客は無事避難し、ビリリダマの爆弾も問題なく解除された。
◎
「ありがとうございます!」
ライチュウ・ボルテッカーの搭乗口にて、駆けつけた遊園地の責任者である園長は、ハルカに深く頭を下げた。
「いえいえ、というかなんの許可もなく急にコースター止めちゃってすみません」
園長の頭を上げさせるのと合わせて、ハルカは自分の行動を謝罪する。被害を最小限に抑える為とはいえ、その行動はあまりに突飛なものだった。
「なにを言いますか! 貴方達の行動がなければ、事態はもっと深刻なものとなっていました! 感謝してもしきれません!」
尚も深く頭を下げる園長に、ハルカは照れ臭そうに視線を逸らす。
「それは……全部こいつのおかげですよ」
逸らした視線の先には、ダストダスへと進化したトシャブツ。正しく見違えたトシャブツの姿に、ハルカは笑みを漏らした。
「トッシャン」
ハルカの視線に気付いたトシャブツは目を合わせる。今まで見上げていたハルカが今は見下ろす身長差になり、進化の実感が強く湧いてきた。
「お前……また臭くなった?」
「えぇっ!?」
主人からの思い掛けない言葉が、トシャブツの心臓を貫く。
「嘘でしょ!? というか進化した仲間に掛ける第一声がそれ!?」
「だって……進化した事によって生臭さがより際立ったような気がして……」
「苦しい……」
「鼻が潰れる……」
「そんなに!?」
容赦なく急所を突いてくる仲間達に、トシャブツは瀕死に陥った。進化してもトシャブツの扱いは変わりなさそうだ。
「しかし園長、爆弾が見つかったのであれば……」
「うむ。安全が確認できるまで、しばらく閉園せざるを得ませんね」
「なっ!?」
聞こえてきた園長の会話に、ハルカは目を見開く。
「そんな! 俺まだ乗りたいアトラクションいっぱいあるのに!」
「そうは言っても皆様の安全が第一です。爆弾を仕掛けた犯人が見つからない限りは、安全確認が終わっても引き続き警戒を」
「ぐぅ……!」
道理は分かっていても、帰ってしまったハルカの童心は我儘になっていた。
「トッシャン! お前犯人がどんな奴か分かんねぇのかよ!」
「ゴミ箱の中で声聞いただけだから、どんな見た目かは分かんないよ!」
どうにか営業を続ける手段はないかと、ハルカは必死に模索する。
「園長!」
すると遊園地のスタッフが、急いた足取りでこちらに走ってきた。余程重要な内容を持ってきたのか、スタッフは息も荒いままに園長に報告する。
「たった今、爆弾犯と思われる犯人が、捕縛された状態で事務所の前にて発見されました!」
その内容に、ハルカとトシャブツは思わず目を見合わせた。
「「は?」」
◎
両腕を胴体ごと縛られた男が、事務所の壁に凭れ掛かっている。その横顔は数時間前よりもやつれており、まるで生気が感じられなかった。
そんな男から離れるように、影が靴を鳴らして歩いていく。遠くから聞こえる遊園地の騒音が、この場所の異国感を醸し出していた。
「全く、平和を脅かすような行動は困るよ」
少し早口に影は独り言を口にする。
「やっぱり僕が守らなくちゃ。この国の王になって、愛するトモダチを」
影は口元を緩めると、踵を遊園地の奥へと進めていく。空は徐々に色を変えて、遊園地を夕闇色に染め上げていった。