【登場人物】
《ハルカ》ミシロタウン出身のポケモントレーナー。愉快なポケモン達と談笑しながら、行き当たりばったりな冒険を続ける。
《エレナ》ハルカの幼馴染。ポケモンコーディネーターの修行の為、ハルカの旅に同行中。
《テッペー》わんぱくなビッパ。先輩呼びに憧れている。
《ミヤビ》おだやかなコロトック。言葉が詩的な音楽家。
《トピアリー》さみしがりなフワンテ。ゴーストタイプなのにお化けが苦手。
《マイ》おとなしいミミロル。誰もが振り返る絶世の美女。
《オジョー》てれやなエネコ。ハルカを恋い慕うもツンデレで素直になれずじまい。
華やかな巨大ホールにポップなBGMが流れる。壁にはポケモンの写真が数多飾られており、そのどれもが美しい思い出を美しいままに残していた。
「随分立派なコンテスト会場だな」
開催間近に迫った本番に高揚する人の影を眺めながら、ハルカは口を開く。
「ここはシンオウ地方唯一のコンテスト会場だからね。ホウエン地方と違って各地で開催される程盛んじゃないけど、その分ここヨスガシティに夢見るポケモンコーディネーターが沢山集まるの」
「ふーん」
先を歩くエレナは、ハルカの素朴な疑問に対して饒舌に答えた。大した興味を持っていた訳ではないハルカは、適当に相槌を打つ。
「あのー」
不意に声を掛けられて、ハルカは後ろで浮かんでいたトピアリーに振り返った。
「私あんまりよく分かってないんですが、ポケモンコンテストとは一体どういったものなのですか?」
トピアリーには馴染みのない単語だったようだ。側を歩くテッペー、ミヤビ、マイも様々な形の聞き耳を立てている。
「コンテストってのは、一言で言うとパフォーマンス大会だな」
「パフォーマンス大会?」
「そんなおざなりな説明はやめてもらおうか!」
「ん?」
ハルカがトピアリーに説明していると、どこか聞き覚えのある声がこちらの説明を掻き消してきた。振り返って目にした姿にハルカは驚く。その整った目鼻立ちは、これまでの旅で幾度と合わせてきた顔だった。
「ユウリ!?」
同郷出身であるライバルの登場に、ハルカの瞳は丸く見開かれる。
「誰でげす?」
「旅先で何度もぶつかってきたナルシストトレーナーよ」
テッペーの小声の質問に、オジョーが小言で回答する。ユウリの見境なしの女性癖には、オジョーも良い感触を抱いていなかった。
「ポケモンコンテストは正に美の祭典だ!」
ユウリはホールに響く程の大声を上げて、周囲の注目の的になる。
「ポケモンコーディネーターと呼ばれるトレーナーとポケモンが技や動きに磨きを掛けて、観客を魅了するパフォーマンスを披露する! どのパフォーマンスが一番美しかったかを競う、誇り高き大会なのだ!」
その力強い演説に、周囲からは思わず感嘆の声が上がる。トピアリーも無意識の内に手を叩いていた。
「んで、なんでお前がここに居るんだよ」
「もしかして、ユウリ君もコンテストに参加するの?」
「その通りさ」
エレナの質問にユウリはそう答えると、そっと側に忍び寄ってエレナの手を取る。
「久し振り、エレナ。また君に会えて嬉しいよ。前に会った時よりもまた一段と美しくなってしまって、僕はまるで電撃を浴びた様な衝撃に襲われてしまった」
「アハハ……ありがと」
詩的な告白を口にする相変わらずなユウリに、エレナは愛想笑いを浮かべた。
するとユウリのポシェットから人知れずモンスターボールが開き、一匹のポケモンが飛び出した。ポケモンは姿を現すや否や、エレナの手を取るユウリに本物の電撃を浴びせる。
「アバババババ!」
丸焦げになったユウリは、エレナから手を離して床に倒れた。
一同の注目はユウリのモンスターボールから飛び出たポケモンに集まる。その小柄なポケモンは体よりも大きな尻尾を持っており、白い体毛の頬の部分には電気袋が備わっていた。
「このポケモンは……」
「パチリスですね。頬袋に電気を蓄えるでんきタイプのポケモンです」
ピコタローに似た種族であると、ハルカは理解する。
「ジュンっていうんだ。よろしく」
「チパ!」
復活したユウリに紹介されて、ジュンは一同に愛くるしい瞳を向けた。
順番に視線を送る中、一匹のポケモンにその動きはピタリと止まる。視界に映ったのはマイ。その世界の色を一変させる様な可憐な姿に、ジュンの瞳はハートマークに差し替わった。
「チパーッ!」
瞬間、ジュンは素早くマイの側へと近寄る。小さな体で傅いて、そっとマイの手を取った。
「チパ……チパチーパ……」
「もしかしてあれって……愛の告白?」
「流石マイ、モテんだなー」
「にしても節操な……」
「ラヴ・ストーリーは突然に」
「ゲットしたポケモンはトレーナーに似るってよく言うものね」
「あっ……ありがと……」
初対面のジュンからの求愛行動に、マイは困惑する。一同は祝福する訳でもなく、ただ外野から野次を飛ばしていた。
「マイ! 大丈夫でげすか!? もしかして脅迫されてるんでげすか!?」
「違いますよ! 貴方なにも分かってないのですか!?」
なにかあれば先輩の出番だと張り切るテッペーだが、今は逆にマイを困らせるだけだった。
「今日の大会、僕はこいつと出場する」
ジュンを完全に無視したユウリの言葉に、エレナは顔を上げる。
「言っておくが、既に僕達のコンビネーションは抜群だよ」
ユウリの目の色は先程とは違う。愛しの女性にではなく、自分の認めた好敵手に向けるものだった。
「私だって! オジョーと一緒に沢山練習してきたの!」
その通りだとオジョーも姿勢を正す。
「私達の進化したパフォーマンス、魅せてあげる!」
間もなく幕を上げる舞台に、エレナの胸は高鳴った。
しかしエレナは気付かなかった。談笑する一同に、どこからか不穏な視線が向けられている事に。
「……見つけた」
そう口を溢したツインテールの少女は、ホールの隅からじっとその人物を睨みつけていた。
◎
ドーム型に覆われたコンテスト会場は、シンオウ中から駆け付けたコンテストファンによって埋め尽くされていた。真っ暗に染まった会場を、眩しいスポットライトが照りつける。
『レディースアンジェントルメーン! ボーイズアンガールズ! お待たせしました! シンオウ地方唯一のポケモンコンテスト、ヨスガ大会の開幕でーす!』
美しく着飾った司会の女性が声高に開催宣言を放ち、観客達を大いに盛り上げた。
『司会進行は毎度お馴染みリリアン! 審査員はポケモンコンテスト大会事務局長のコンテスタさん! ポケモン大好きクラブ会長のスキゾーさん! そしてヨスガシティのジョーイさんです!』
『よろしくお願いします』
紹介された三人の審査員が一瞥する。そつなく司会を熟すリリアンに、観客席のハルカは既視感を覚えていた。
「……あの人、ホウエンの時の司会と同一人物か?」
『ちなみに、ホウエン地方のコンテストの司会を務めるビビアンは私の姉でーす!』
ハルカの疑問がリリアンの地獄耳に届いたのか、リリアンがマイク越しに答える。言われてみるとチャームポイントである泣きぼくろが、ビビアンとは反対の右目の下に付いていた。
『見事優勝したコーディネーターとポケモンには、ヨスガ大会優勝の証であるヨスガリボンが贈呈されます! この大会の勝者、それ即ちシンオウのトップコーディネーター! 出場者の皆さん、張り切って頑張ってください!』
リリアンの司会に、観客は歓声を上げる。皆これから披露されるポケモンの演技を、今か今かと待ち侘びていた。
『それでは早速トップバッターの登場です! エントリーナンバー1、ユウリさん! パートナーはパチリスのジュンです!』
トップバッターを飾るのはユウリ。翡翠色のタキシードに純白のネクタイを締めて、奥のゲートから颯爽と登場した。
「あっ、先程お会いした方ですね」
「いきなりユウリか!」
最初から見知った顔が登場し、ハルカ達は注目する。
ユウリの隣を歩くジュンは、なにかを探すように観客席に目を回していた。ぐるぐると回して、ハルカの隣に座るマイをロックオンする。
「チパーッ!」
ジュンは瞳の形をハートにすると、舞台から猛烈なアプローチを掛けた。他の観客達が不思議そうに首を傾げる中、マイは少し困ったように手を振り返す。
「準備は良いか?」
ユウリの問い掛けに、ジュンは我に返って振り返った。そんなものはとっくに万全だと、悪戯に前歯を光らせている。
「ジュン! レッツダンシング!」
高く鳴らした指の音を合図に、ジュンは舞台で踊り出した。ダンスの品目はブレイク。まるで独楽の様に回転するジュンは、大きな尻尾を大きく回して随分派手に魅せていた。
「ほうでん!」
ジュンは踊ったまま電気袋から電気を放つ。回転しながらの放電は電気の流れを幾何学にし、ジュンは電流で作った半球の中に閉じ込められた。
「おー! なんか凄いでげすよ!」
放電の中で踊るジュンに、テッペー達は思わず見惚れる。しかしジュンのダンスはこれで終わりではなかった。
「まだまだ行くぞ! でんじふゆう!」
ブレイクダンスを披露していたジュンの体が、ふわりと舞台から離れる。
「!?」
宙に浮いた状態でもジュンは体を回し続け、電流は半球から球に変化した。それはまるで、舞台に光り輝くミラーボールだった。
「フィニッシュ」
ユウリの合図にジュンがダンスを止めると、覆っていた電気の球が花火の様に弾ける。電磁浮遊も解いて丁寧に着地し、ジュンはウインクをして観客にアピールを送った。瞬間、会場に響いたのは大きな賞賛の声だ。
「あいつ……意外とやるな」
テッペー達が手を叩く隣で、ハルカが口を開く。シンオウのコンテストも拮抗した勝負になりそうだと、控室で出番を待つエレナとオジョーを案じた。
現在トップバッター。ヨスガ大会はまだ始まったばかりだ。
◎
コーディネーターとポケモンが、全身全霊を尽くして演技を披露する。その演技はどれも魅力的で、観客達の心を掴んで離さなかった。
『続きましては! エントリーナンバー6、マドカさん! パートナーはマネネです!』
次にゲートから出てきたのはツインテールの少女だった。人形の様な華奢で小柄な体に、嫋やかな長髪が二つに結ばれている。肌を纏うのは鮮やかなピンクのワンピースドレスだ。
「ん?」
ふと疑問を抱いて、ハルカが口を溢す。
「あの子、ポケモン出してねぇじゃんか」
ハルカの指摘通り、マドカと紹介されたコーディネーターの側には、ポケモンの影などどこにも見当たらなかった。舞台の中心に立ったマドカは、ハルカの疑問を解消するようにモンスターボールを出す。そのモンスターボールは妙な薄い膜で覆われていた。
マドカはモンスターボールを高く放り投げる。すると中からポケモンと大量のハートが一斉に飛び出してきた。
「うわっ!」
「なにあれ!?」
華麗にハートの中から出てきたのは、薄桃色の肌から紺色の頭部を立てたポケモン。リリアンが紹介していたマネネというポケモンだろう。マネネは舞台に着地すると、マドカと一挙手一投足を揃えて頭を下げる。
「行くわよ」
マドカの掛け声に合わせて二人は足を開き、舞台の上を鏡合わせの様に踊り出した。先程のジュンのような力強いダンスではなく、観る人の心を癒すようなダンス。聞こえる筈のないクラシックが聞こえてくるような錯覚さえ覚えた。
「素敵……」
不意に溢れたマイの声が響く程、観客達は声を忘れて釘付けになる。
「マネネ、リフレクターにひかりのかべ」
マドカの指示に、マネネは踊りながら透明の壁を生み出した。二種類の壁を築いてはなにかを建築しているようだが、建材が透明ではその実体は目に見えない。それでもマネネは壁を築き続け、ダンスのステップは空中にまで上っていた。
最後の壁を築き、マネネのステップが透明の足場で止まる。それがマネネからの完成の合図だった。
「フラッシュ!」
マドカが声を上げると、マネネは頭頂部から眩い光を照らす。光は屈折により透明の壁を二色に染め上げ、舞台に突如として赤と青の荘厳な城を出現させた。
「おー!」
「突然城が出てきたでげすよ!?」
観客達からの歓声を浴びて、マドカは城の上のマネネと揃って深く礼をする。最後の一瞬まで、二匹の行動は寸分の違いもなかった。
そのパフォーマンスの全貌を、エレナとオジョーは控室に用意されたモニターから確認する。緊張は当然。それでもこの緊張感が、久し振りで心地良かった。エレナとオジョーの出番も、ゆっくりと迫ってきている。
◎
沢山のコーディネーターがパフォーマンスを披露したコンテストもいよいよ終盤。満を持して、彼女達の出番は訪れた。
『皆さんお待たせしました! エントリーナンバー29、エレナさん! パートナーはエネコのオジョーです!』
ヒールを高く鳴らしてゲートから登場したエレナは、下ろし立ての真っ赤なドレスを身に纏っている。隣のオジョーも揃いの色の花を額に粧していた。
「来たー!」
「待ってたぞー!」
「ホウエンの織姫こっち見てー!」
エレナの姿を見るや否や、会場の熱気が急上昇する。
「どっ、どうしたんでげす急に!」
「織姫って?」
事態が呑み込めず、テッペー達は頭上に疑問符を浮かべた。そんな一同に、ハルカは表情を崩して答える。
「ホウエンのコンテストで付いたエレナの異名だ。ホウエン最大のコンテスト会場でパフォーマンスを披露したエレナは、この業界の有名人なんだよ」
ポケモンコンテストの最高峰であるマスターランクへの出場で、エレナの名前は業界に広く轟いた。
有名になれば、それと比例して重圧も増える。しかしエレナの瞳は、それに負けない程輝いていた。
「行くよオジョー!」
「いつでも良いわよ!」
エレナの声にオジョーが答える。二人の呼吸は今日も阿吽だ。
「スピードスター!」
オジョーが尻尾を一振りすると、数多の星が宙に打ち上げられる。星は天高く流れると、黄昏の通り雨の様に眩しく降り注いだ。エレナが織姫と称される所以の演技だ。
「ここからよ!」
パフォーマンスは始まったばかりだと、エレナが意気込む。
「オジョー! ねこのて!」
ふとオジョーの足元を、新雪の様な羽毛が包んだ。
「クインのコットンガード!」
「!?」
足元に現れたふんわりと柔らかい綿雲は、天井に向かって渦を巻いてオジョーを空に運ぶ。それはまるで魔法の絨毯にでも乗っているようだった。
「そんな!? なんで!?」
目の前の演技に、ハルカは驚愕のあまり立ち上がる。
「どうしました!?」
「あの技は手持ちに入れてるポケモンの力を借りて技を出すんだ! でもエレナの手持ちは、今オジョー一匹の筈! それなのにどうして……」
コットンガードは本来クインの技だ。猫の手は手持ちのポケモンの技をランダムで出す技なのだが、以前の旅でオジョーはそこから任意で技を出せるようになっていた。問題は今回クインがそもそも手持ちにすら入っていないという事。
どれだけ頭を捻っても、答えは一つしか思い浮かばない。
「まさか……!」
――オジョーは練習の結果、ねこのてでオダマキ研究所に居る皆の技を任意で出せるようになったの!
目を丸くして驚くハルカの表情を想像して、エレナの口元が緩む。
「ねこのて! バービーのれいとうビーム!」
オジョーは口から凍てつく冷気を放ち、螺旋状の綿雲を凍らせた。ハルカも初めて見る技の掛け算だ。
「からの!」
跳び上がったオジョーは尻尾に力を溜めている。その体勢にハルカは既視感を覚えた。あの暴れん坊が大技を繰り出す前と瓜二つである。
「ポルコのきあいパンチ!」
オジョーが力を溜めた尻尾を叩きつけると、氷の渦は木っ端微塵に弾け飛んだ。雨粒よりも細かく砕かれた氷塊は、スポットライトに反射して舞台に幻想的な光の雪を降らせる。それは疑似的に生み出されたダイヤモンドダストだった。
「綺麗……」
観客達はあまりにも美しい絶景を前に、なにも出来ずに静観する。オジョーは天井付近から華麗に着地し、エレナと合わせて決めポーズを取った。
「スゲェー!」
「流石織姫!」
「テレビで観た時よりもレベル上がってんじゃないか!?」
湧き上がる観客達の歓声に、エレナとオジョーは手と尻尾を振って応える。観客席のテッペーは感動のあまり号泣し、ミヤビは旋律を奏でていた。
「凄いでげす! あの二人、あんなに凄かったんでげすね!」
「……あぁ」
テッペーの涙にハルカも頷く。
「あいつら凄ぇな」
このパフォーマンスの裏に隠された、二人の血の滲むような努力を想像して、ハルカも心の底から賞賛していた。
◎
全ての出場者のパフォーマンスが終了し、遂に結果発表の瞬間が訪れる。
『という事で! 今回のヨスガ大会優勝者は、エレナさんとパートナーのオジョーです!』
リリアンが呼び上げたその名前に会場は大興奮。優勝者に誰も異議を申し立てるものは居らず、会場は祝福の嵐が巻き起こった。
「おめでとー!」
「実に素晴らしいパフォーマンスでした!」
「一等星に祝福の詩を」
テッペー達もエレナとオジョーの優勝を心から祝福する。隣で手を鳴らすだけのハルカも、恍惚とした表情を滲ませていた。
「優勝おめでとう」
ヨスガリボンを受け取ったエレナのもとに、ユウリが手を鳴らしながら歩み寄る。
「圧巻のパフォーマンスだった。流石はホウエンの織姫といったところだね」
「ありがと」
ライバルからの賛辞に、エレナは素直にはにかんだ。
「でもシンオウのコンテストはこれだけじゃない。次は負けないよ」
「これだけじゃない?」
宣言したユウリの瞳は真剣だ。気になる内容にオジョーが首を傾げる前で、ジュンは次のコンテストに向けて熱い闘志を拳に握る。
「うん! また一緒にやろ!」
エレナとユウリは手を取り合い、好敵手としての友情がより一層深まった。
その胸が熱くなるワンシーンを、ツインテールのマドカは冷酷な敵意を向けながら凝視していた。親指の爪を噛む仕草を、隣のマネネも真似をする。
「絶対に……私は貴方を許さない……」
そう復讐を心に誓いながら、マドカはその人物の名前を口にした。
「ユウリ……!」
シンオウで新たな物語が動き出す予感がした。