俺のポケットモンスター   作:越谷さん

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【舞台】カントー地方・タマムシシティ
【登場人物】
《ハルカ》ミシロタウン出身のポケモントレーナー。愉快なポケモン達と談笑しながら、行き当たりばったりな冒険を続ける。
《ピコタロー》がんばりやなピカチュウ。世界中のポケモンと人間と友達になるのが夢。
《ポルコ》やんちゃなオコリザル。自称最強の格闘家。
《トランプ》うっかりやなコダック。みずタイプなのにカナヅチ。
《スネオ》さみしがりなカラカラ。母親をロケット団に殺された過去を持つ。


【傑作選036】タマムシジムは女の花園

 豊富な商品を取り揃えるタマムシデパートや、子供から大人まで夢中になるロケットゲームコーナーが目を惹くタマムシシティだが、それとは別にもう一つ忘れてはいけない施設がある。ポケモントレーナーなら避けては通れないタマムシジムだ。

「良いかお前ら」

 ジムの前に立ったハルカは、側に並ぶピコタロー達に声を掛ける。

「今まで色々あったが、俺達の目的はカントージムの制覇、そしてセキエイリーグへの出場だ。つまりここが、俺達の本来立つべき舞台になる」

 口を開くハルカの表情は、いつになく真剣だ。それに呼応してピコタロー達も静かに耳を傾けていた。

「気合い入れ直せよ。覚悟はできてんな?」

「「「「おぉ!」」」」

 ハルカの檄に、ピコタロー達が熱く答える。その熱の入りようにハルカは口角を吊り上げると、勢いよくジムの扉を開け放った。

「頼もう!」

 瞬間目に飛び込んだのは、実に麗らかな乙女の群れだった。

「………」

 予想外の景色に、ハルカは扉を開けたまま硬直する。どれだけ瞬きを繰り返しても、視界に映るのは甘い香りの漂う花園と、丈の短いスカートの似合う美少女達。

 数秒間の見つめ合う時間の末、ジムに割れんばかりの絶叫が鳴り響いた。

『キャァァァァァァァ!』

 そのあまりの絶唱に、ハルカ達は耳を塞ぐ。

「男よー!」

「なにしてんのよこんなところで!」

「こっち見んなー!」

「早くどっか行きなさーい!」

「わわっ!」

 防衛本能に駆られた少女達は、植木鉢やフライパン、挙句の果てにはクローゼットまでハルカに投げ出した。命の危険を感じ取ったハルカ達は、すぐさまジムから撤退して扉を閉める。

「はぁ……はぁ……。なんだぁ? ここジムだよなぁ……?」

 荒れた息を整えながら、ハルカは施設の看板を確認する。そこにはセキエイリーグ公認のポケモンジムの紋様が確かに飾られていた。

「タマムシジムは女の花園……」

「ん?」

 不意に聞こえた声に、ハルカは振り返る。声の主は肌に幾重もの皺を刻んだ老人だ。

「ジムは男子禁制。うら若き乙女のみが、この扉の先に入る事が許されている……」

 そう語った老人は持参したであろう脚立に足を掛けて、ジムの壁に備わった小さな窓を凝視している。

「……おじいさんはなにをしてるの?」

「しっ、あんま関わんない方が良いよ」

 純真無垢に尋ねるピコタローを、トランプが制止した。ピコタローは依然なにも分かっていないように首を傾げている。

「男子禁制だと!? ふざけんじゃねぇ!」

 老人の発言に激昂したのはハルカだ。

「セキエイリーグに挑戦する為にここのジムバッジが必要なんだ! それなのに男って理由で門前払いされて堪るか! こうなりゃ意地でも突入してやる!」

 ハルカは決意を固めると、裾を捲って突入に向けての準備運動を始める。例え先程のように様々な物がこちらに襲い掛かろうと、ジムリーダーのもとまで突っ走っていく所存だ。

「待て!」

 出発の位置に立とうとしたその時、老人の声がハルカを止める。

「……儂に任せなさい」

 そう言った老人の瞳は、まるで獲物を見つけたピジョットの如く輝いていた。

 

 ◎

 

 数分後、ハルカは絶望した。出逢って間もない老人に全てを委ねたのは、大いに間違っていたと。

「……なんだこれ」

 そう呟いたハルカは、可憐な少女の姿と化していた。

 絹の様にきめ細やかなロングストレートのカツラ、ふわりと踊るように揺れるピンクのフリルスカート、純白のブラウスには必要以上の胸パッドが敷き詰められていた。

「森に忍び込むには木に擬態すれば良いだけ。これならなに不自由なくジムに挑戦できる」

「写真撮るな! つーかなんでじいさんはこんな衣装用意してんだよ!」

「気にするな」

 ハルカの質問に答える事なく、老人はカメラのシャッターを連続で焚く。元々童顔であるハルカの女装は、意外にも様になっていた。

 女装をさせられたのは、なにもハルカだけではない。

「……これ、おいら達までする必要あるの?」

 ハルカの手持ちであるポケモン達も、揃って着替えさせられていた。

「うぅ……恥ずかしいよぉ……」

「大丈夫! 似合ってるよスネオ!」

「おぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 トランプは嘴に口紅を引き、スネオは骨と頭蓋骨にピンクのリボン、ピコタローは尻尾の先端を黄色い厚紙でハートマークに変えて、ポルコは水色のスカートを履いていた。ポケモン用の衣装まで用意していたとは、この老人は一体何者なのだろうか。

「まぁ良い。これでジムに入れるんなら文句はねぇ!」

 この姿でジムに挑戦できるなら致し方なしと、ハルカは腹を括って扉の前に立つ。不慣れなヒールに足を取られながら、再びその扉を開け放った。

「頼もう!」

 開門の音に、少女達の視線が一斉に集中する。すぐに物が飛んでこないところを見ると、どうやら変装は上手くいっているようだ。

「ハルカ! 口調気を付けて!」

 背後からのトランプの忠告に、ハルカは姿勢を正す。

「ジムに挑戦しに来た……ハルカよ! ジムリーダーは……どこに居るのかしら!?」

 覚束ない女口調に、ピコタロー達は不安を覚える。ハルカも冷や汗を垂らして、目の前の少女達と相対していた。

 瞬間、黙していた少女達の口が一斉に開かれる。

『可愛いー!』

「……は?」

 それは予想外の反応だった。

「可愛いわねアナタ!」

「どこから来たの?」

「いやっ、ちょっ」

「ほら! こっちで一緒にお話しましょ!」

「アナタ達もおいで!」

「うわっ!」

 満開な笑顔を咲かせる少女達はハルカに急接近すると、強引に手を引いてジムの中へと引き摺り込む。扉の側に立っていたピコタロー達も一緒に案内されていた。

 室内庭園に用意された椅子に、ハルカは強制的に座らされる。目の前のテーブルからは紅茶とスコーンの甘い香りが漂っていた。

「可愛いスカートね! どこで買ったの?」

「胸大きいわね。なにカップ?」

「この紅茶、この前タマムシデパートで買ってきたの! お口に合うと良いんだけど」

「えっと、そのっ」

 あれよあれよと開催してしまった女子会に、ハルカは動揺する。ガールズトークとは、ここまで激しいトークの銃撃戦なのだろうか。

「あのっ! 俺……私、ジムリーダーに会いたいんですけど」

「あーエリカ様ね」

「ごめんねー、今エリカ様お昼寝の時間なの」

「昼寝?」

「だからそれまで私達とお話しましょ!」

 意を決して尋ねたハルカだったが、その問いは一刀両断されてしまい、女子会の牢獄から抜け出す事は出来なかった。

「可愛いわねアナタ達」

「これ食べる?」

「あっ、どうも……」

「私コダック大好きー!」

「ぐへっ!」

 側のピコタロー達は、芝生に敷かれた花柄のレジャーシートの上で女子達にもてなされていた。コダックマニアの女子がトランプを抱き締めると、トランプの目玉が少し飛び出る。

「ねぇねぇ、ハルカちゃんは好きな人居る?」

「あっ、それ私も聞きたーい!」

「どんな人がタイプ?」

「筋骨隆々なかくとうタイプ? それとも知的なエスパータイプ?」

「えーっと……」

 溢れ出る女子達の質問攻めに、ハルカは紅茶を飲んで茶を濁す。口にしてみた紅茶だが、味はさっぱり分からなかった。

「ぐぬぬぬぬぬ……!」

「ん?」

 レジャーシートで隣から唸り声のようなものが聞こえて、スネオは振り返る。

「ぐあー! もう我慢できるかー!」

「ポルコ!?」

 それはポルコが限界を迎えた合図だった。寧ろここまでよく耐えていたと褒めるべきだろう。

「おぉぉぉ! こんな動きづれぇ衣装着てられるか!」

「キャー!」

「どうしたのいきなり!?」

「なんだ!?」

「ポルコ落ち着いて!」

 立ち上がったポルコがスカートを破り捨て、少女達の喉から甲高い悲鳴が轟く。状況が悪い方向に動いている事に気付いたハルカだったが、こうなったポルコを止める手段は最早どこにもなかった。

「おらぁ! 誰か俺の相手をしろぉぉぉ!」

「やめろポルコ!」

 我を忘れたポルコは、花園の奥へと暴走する。その先には壁に覆われたとある一室があった。

「いけない! あの先はエリカ様の寝室!」

「なに!?」

「このままじゃエリカ様が危ない!」

 ポルコの暴走する先に、女子達は戦慄する。しかし時既に遅し。

「おらぁぁぁぁぁぁぁ!」

 けたたましい雄叫びと共に、ポルコの拳はジムリーダーの寝室とされる部屋の壁を木っ端微塵に粉砕した。

「ポルコー!」

「エリカ様ー!」

 壁を破壊した衝撃は旋風を巻き起こす。あまりの旋風の威力に花園の木々は揺れ、ハルカのロングストレートも攫ってしまった。

「ん?」

 独りでに旅立ったロングストレートは、そのままピコタローの顔に直撃する。

「わっ! なにこれ!? 全然見えないよ!?」

「気持ち悪っ!」

「これってハルカの……!?」

「やべっ! しまった!」

「ハルカちゃん?」

 毛むくじゃらになったピコタローを目にして、ハルカはようやく自分の髪型が元通りに戻っている事に気付く。その時には風も収まり、少女達の視線は全てハルカに集まっていた。

「あれ? なにあの髪型?」

「まるで男みたいよ」

「あれ、よく見るとさっき来た男に似ているような……」

「もしかしてハルカちゃんって……男?」

 非常事態を報せる警鐘が、脳内で鳴りやまない。こうなれば逃げる他ないと踵を返そうとしたが、少女達はそれを許してくれなかった。

『キャァァァァァァァ!』

 二度と聞きたくないと願っていた二度目の絶叫が劈く中、少女達は男であるハルカの討伐へと果敢に立ち向かう。

「なにしにここまで戻ってきたのよ!」

「よくも私達を騙したわね!?」

「この変態!」

「ちょっ! 離して……!」

 少女達に囲まれたハルカは、踏まれたり蹴られたりと華奢な足で蹂躙される。側に居るピコタロー達も人間の少女相手では、ただ見守る事しか出来なかった。

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!?」

『!?』

 そんな中突然聞こえてきた悲鳴に、一同は目を奪われる。悲鳴が聞こえたのは破壊された寝室だ。

「なんだぁこの蔓は!?」

「ポルコ!?」

 風穴を空けた張本人であるポルコが、右足を蔓に絡め取られて天井に逆さ吊りにされている。暴走するポルコが、こうも簡単に身動きを封じられるとは。

「なにやら騒がしいわね……」

 寝室の奥から落ち着いた女性の声が聞こえた。山吹色の着物に深紅の袴を締めており、黒髪のショートボブには緋色のカチューシャが飾られている。他の少女達やハルカよりも少し年上なお姉さんといったところだろうか。

「エリカ様!」

「エリカ……って事はあの人がジムリーダー……!」

 挑むべき相手を見つけ、ハルカは芝生に伏せながらも目を立てる。

「お昼寝中申し訳ございません! 只今ジム内に男が侵入しておりまして!」

「男?」

 一人の少女の声に、エリカの眠気眼は少女達に踏み躙られるハルカの姿を捉えた。

「全く……ここはポケモンジムです。どなたでも丁重に御迎えするようにといつも言っているでしょう」

「しっ、しかし!」

「とにかく早くその殿方を解放してさしあげなさい」

 男を撃退しようとしていたのは少女達の独断だったようだ。エリカの指示に従って、少女達は不服そうにもハルカから離れる。体に付着した土埃を払いながら、ハルカは立ち上がった。

「うちの者達が大変失礼しました」

 エリカは頭を下げて、ハルカの姿を目視する。

「……随分と可愛らしい衣装がお好きなんですね」

「違います!」

 マトマの実の様に顔を真っ赤にしたハルカだが、この女装の前ではエリカの誤解も仕方ない。

「俺はハルカ! ジムバッジを手に入れる為、貴女とバトルしに来ました!」

 肥大化している胸を張って、ハルカはエリカに自己紹介する。しかし対するエリカは、気持ち良さそうに瞳を閉じていた。

「って寝てる!?」

 立ったまま器用に寝息を立てるエリカに、ハルカは目を丸くする。流石の少女達も空気を読んで、エリカを起こしに向かった。

「……あらいけない。寝てしまったわ」

 少女達に起こされ、エリカは目を覚ます。ただハルカの自己紹介は聞こえていたようだ。

「試合の申し込みですの?」

 その一言で、ハルカはエリカを包む空気が一変したのを感じ取る。今までの穏やかな空気とは違う、勝負の世界に生きる者の空気だ。

「そんな……私、負けませんわよ」

 手元にはモンスターボール。エリカの瞳に、先程までの眠気はもうなかった。

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