【登場人物】
《ハルカ》ミシロタウン出身のポケモントレーナー。愉快なポケモン達と談笑しながら、行き当たりばったりな冒険を続ける。
《ブロリー》ようきなサルノリ。褒め上手な太鼓持ち。
エンジンスタジアムの隣に建つスボミーイン。ジムチャレンジの参加者は、リーグ運営によって全員無料で宿泊する事が出来る。
「畜生ー! 負けちまったー!」
ふかふかのベッドに体を預けて、ハルカはそう声を上げる。
エンジンスタジアムで挑んだカブとのジム戦。結果はカブが繰り出したほのおタイプの炎に、為す術もなく焼き尽くされてしまった。
「特にあのマルヤクデ……なにか対策立てねぇとなー」
カブの相棒ポケモンであるマルヤクデ。特殊なダイマックスであるキョダイマックスの対抗手段を考えない限り、再び挑んでも二の舞を演じる事になるだろう。
とはいっても今日はもう遅い。ジムチャレンジャーたるもの、時には英気を養う事も大事である。
「小生のせいだ……」
その時、部屋の片隅から小さな弱音が漏れてきた。
「小生が……もっと強ければ……!」
「ブロリー……?」
ブロリーは顔を俯かせて、部屋の隅に立ち尽くしている。スティックを握る手は震えており、瞳もどこか潤んでいた。ハルカが呼んだ名前も、その耳に届いてそうにない。
するとブロリーは居ても立ってもいられずに、扉を開けて部屋を飛び出した。
「ブロリー!」
間もなく扉は閉められ、ブロリーは視界から居なくなる。涙ながらに飛び出したブロリーを、ハルカはただ見送る事しか出来なかった。
◎
夜のエンジンシティを、ブロリーは一匹で奔走する。行く宛などない。ただ今は無性に、どこかへと足を走らせていたかった。
ブロリーの頭に思い浮かぶのは、ブラッシータウンから共に旅立った仲間達――うさぎポケモンのヒバニーとみずとかげポケモンのメッソン。彼らはソウマとユウリというトレーナーの手に渡り、それぞれシューくんとルイと名付けられ、ブロリーと共にトレーナーとの旅路に足を踏み入れた。
それぞれの旅を経て再会した彼らは、シューくんはラビフットに、ルイはジメレオンに進化していた。そんな中、ブロリーは未だサルノリのままである。
――畜生……!
ハルカや他の仲間達が、自分の進化を強要していない事は分かっている。未進化が今日の敗因でない事も、ハルカ達が敗因だと思っていない事も分かっている。
しかしそのなにもかもが、ブロリーの心を苦しめていた。
――畜生! 畜生!
悔しさから、ブロリーの瞳には涙が溢れる。街灯に照らされた夜の景色など、ブロリーには滲んでなにも見えなかった。
その為、前方が不明瞭でなにかと衝突する。
「痛っ!」
衝突した反動で、ブロリーはアスファルトに尻餅をついた。
「もっ、申し訳ない! 小生、前もろくに見ずに走っており……なにか怪我などしてないだろう」
謝罪を口にしたまま、ブロリーは顔を上げる。そこに立っていた人物は、ブロリーもよく知る人物だった。なんなら付き合いの長さでいえば、ハルカよりも長い人物である。
「お前……ブロリーか?」
「コウジ!」
自分とハルカを引き合わせてくれたポケモントレーナー――コウジだ。
ぐちゃぐちゃな顔でこちらに駆けてきたブロリーに、コウジは動揺している。
「どうしたんだこんなところで……ハルカは居ないのか?」
「ハルカは……ちょっと……」
ぐるりと周囲に目を回したコウジに、ブロリーは俯いて答えた。ブロリーの言葉はコウジには伝わらないが、その声色からブロリーの心境を察する。するとコウジは膝を曲げて、ブロリーの頭にそっと手を置いた。
「今日の試合、見てたぞ。残念だったな」
暖かい掌で、コウジはブロリーを撫でる。その優しい手付きに、ブロリーはまたしても涙腺が緩みかけた。
その時、ブロリーの頭上で名案が閃く。
「そうだ!」
唐突に顔を上げたブロリーに、コウジも手を放す。
「コウジ! 小生に修行をつけてくれないか!?」
コウジはハルカも認める強者のポケモントレーナー。その強さは、コウジの側に居た時からなんとなく気付いていた。
「なっ、なんだ?」
「小生、強くなりたいんだ! もっと強くなって、バトルでハルカ達の役に立てるようになりたい!」
コウジにブロリーの言葉は伝わらない。どれだけ強く主張しても、その真意に気付く事はないだろう。
それでもブロリーは、コウジに主張をぶつけた。コウジの瞳を、真っ直ぐと見つめながら。
「……お前、もしかして俺に修行をつけて欲しいのか?」
ブロリーの想いがコウジに届く。想いを届けるのに、言葉など不要なのだ。
大きく頷いたブロリーに、コウジは口元を緩ませる。同じ釜の飯を食った仲間であるブロリーの切なる希望だ。断る訳にはいかない。
「分かった。俺についてこい」
先を歩き出したコウジを、ブロリーは追い掛ける。その表情に、先程までのマイナス思考は残っていなかった。
◎
ブロリーが部屋を飛び出してから、ハルカ達はエンジンシティを手分けして捜索していた。一匹で孤立しているだろうブロリーを心配していると、ハルカのスマホロトムに一通のメールが届く。コウジから送られたそのメールには、とある場所が記載されていた。
「この辺りだよな……?」
そこはエンジンシティを東に外れた雑木林の中だった。夜の雑木林は視界が悪く、上手く周囲が確認できない。それでもコウジが指定した場所は、ここで間違いなかった。
「ん?」
なにやら奥から声が聞こえて、ハルカは前進する。雑木林を抜けて開けたその先は、月光に照らされて明るくなっていた。
そこに映った景色に、ハルカは声を忘れる。
「頑張れ! お前ならまだやれるぞ!」
必死に探していたブロリーが、何故か地面から生えた若葉を全力で応援していたのだ。
「鮮やかな若草色だな! 露の香りも美しい! お前は可能性の塊だ! もっと自分に自信を持て!」
若葉の周りを踊るようにして、四方八方から褒めちぎっている。時折スティックで地面を叩く様子は、まるで落語家の様だった。
「なにやってんだあいつは……」
元々太鼓持ちのブロリーだが、まさか植物まで持ち上げるとは。精神が病んで幻覚が見えているのではないかと、ハルカはブロリーを憐れむ。
「修行だよ」
そんなハルカの誤解を解くべく、背後からコウジが歩いてきた。
「コウジ!」
「ブロリーに頼まれてな。少し修行に付き合ってやってたんだ」
コウジ曰く、ブロリーは現在修行中らしい。しかし若葉を褒め讃えるだけのその姿は、どうにも修行中には見えなかった。
「ハルカ、今までどうやってブロリーの事を鍛えてきた?」
「どうやってって……相手を倒せるように攻撃力を上げたり、技の精度を高めたり……」
旅の最中で取り組んできた修行を、ハルカは正直に答える。
「それでブロリーは強くなったか?」
「それは……」
ハルカが取り組んできた修行も無駄ではない筈だ。しかしその修行があまり実を結ばなかったのも事実である。
「その修行が全てのポケモンに効果的に働く訳ではない。ハルカも分かってると思うが、ブロリーは優しい奴だ。相手を傷付けるという行為自体、あいつの性格上向いていないのだろう」
ブロリーの優しさは、一緒に旅して痛い程伝わっている。
「それでもあいつは、強くなりたいと願った。他の誰でもない、ハルカの為に」
その願いすらも、ブロリーの優しさだろう。
「だから教えてやったんだ。相手を傷付けない戦い方を」
「相手を傷付けない戦い方?」
コウジの言葉に、ハルカは首を傾げる。相手を傷付けない戦いなど、どこか矛盾していないだろうか。
「なにも相手を攻撃するだけが戦いじゃない。相手の攻撃を防いだり、味方のサポートに回ったり、戦い方は幾らでもある。ポケモンに合わせて戦い方を教えるのも、一つのトレーナーの役目なんじゃないか?」
芽が出たばかりの若葉に、ブロリーは褒め続ける。その言葉に応えるように、若葉は少し成長した。
「あいつの太鼓持ちは、時に武器になる」
若葉はそのままぐんぐんと大きくなり、一本の木に成長していく。その最中もブロリーは褒めるのを止めない。
やがてブロリーの体は眩い光に包まれた。体は次第に大きくなり、持っていたスティックもいつしか二本に増殖する。
「あれが、ブロリーの戦い方だ」
若葉が立派な巨大樹になったその時、ブロリーもまた立派に進化を遂げた。
「進化した……!」
ハルカは直ちにポケモン図鑑で確認する。サルノリの進化――バチンキーが新たに登録されていた。
「やったー! 成長したぞー! ってうわぁっ! 小生も進化してる!?」
成長した巨大樹にブロリーは両手を上げて喜ぶと、時間差で自分の進化にもようやく気付く。修行に夢中で、自分の進化には一切気付かなかったようだ。
「ブロリー!」
「ハルカ!?」
駆け寄ってきたハルカに、ブロリーは驚いた表情で振り返る。進化したブロリーの体を、ハルカは堪らず抱き締めた。
「スゲェなブロリー! 見てたぞ! こんなデッケェ木成長させて! 更には進化までしちまうなんてよ!」
ハルカからの賞賛に、ブロリーは頬を赤らめる。たまには褒められる側に回るのも悪くない。
「……ごめんな今まで。無理に戦わせちまってたよな」
ハルカは過去の自分を反省して、ブロリーに頭を下げる。神妙な顔を見せるハルカに、ブロリーは首を横に振った。
「そんな事ない。ハルカがバトルに一生懸命だから、小生も強くなりたいって思ったんだ」
ハルカの肩に手を置いて、ブロリーはニカッと笑う。笑顔の眩しさは、進化前の頃からなに一つ変わらない。
「……ありがとう」
ハルカは立ち上がって、背後のコウジに向き直る。
「コウジもありがとな。ブロリーの修行付き合ってくれて」
「なに、俺は強くなりたいと願ったブロリーを手伝っただけだ。それに」
コウジは視線をハルカからブロリーに動かした。その瞳を見ていると、懐かしいあの日々が鮮明に思い出される。
「……俺も久々に一緒に居られて楽しかったよ」
微笑んだコウジに、小生もだとブロリーは親指を突き立てた。
「よーしブロリー! 俺達の新しい戦い方で、明日はカブさんに勝つぞ!」
「任せろ!」
決意を新たにして、ハルカとブロリーは声高らかに夜空に叫ぶ。二人の成長を、側の巨大樹は優しく見守っていた。