【登場人物】
《ハルカ》ミシロタウン出身のポケモントレーナー。愉快なポケモン達と談笑しながら、行き当たりばったりな冒険を続ける。
《トシャブツ》うっかりやなヤブクロン。三度の飯よりゴミが好き。
《ユウリ》トウカシティ出身のポケモントレーナー。美しい女性とポケモンをこよなく愛する。
《ツルギ》れいせいなジャノビー。
《ユナ》さみしがりなムンナ。
厳重に閉ざされた自動ドアが、美しい太刀筋で斬り刻まれる。絢爛な照明が吊り下げられたエントランスでは、プラズマ団の下っ端十数人程が驚いたように目を見開いていた。やはりここがプラズマ団の隠れ家で間違いないようだ。
「なんだ!?」
「一体なにしに来た!」
瓦礫と化した自動ドアを越えて、ユウリはビルの内部へ足を踏み入れる。自動ドアを斬り刻んだツルギも一緒だ。
「ユナはどこだ……!」
いつになく凄んだ剣幕で、ユウリは下っ端達を睨む。まるで鬼の様な形相に下っ端達は威圧され、中には足元の竦んだ下っ端すらも居た。
「ユウリ!」
先走ったユウリに追いついて、ハルカとアイリスもビルに突入する。
「こいつ、さっき盗んだムンナのトレーナーだ!」
「って事は取り返しに来やがったのか!」
「ご苦労な事だ! 俺達プラズマ団が返り討ちにしてやる!」
ユウリの目的に気付くと、下っ端達はモンスターボールを投げてポケモンを呼び出した。チョロネコ、コロモリ、メグロコと、どのポケモンも好戦的にユウリに目を向けている。兵の数は圧倒的に不利。しかしユウリにはそんな事関係なかった。
「ツルギ! グラスミキサー!」
ユウリの指示に、ツルギは無数の鋭い木の葉を相手に振り撒く。木の葉は相手を取り囲んで攻撃し、壁や柱も問答無用に傷付けた。
「早くユナを出しやがれ!」
今のユウリに周囲は見えていない。それ程に、ユウリはユナの奪還に必死だった。
「なにやら騒がしいですね」
「!」
不意にエントランスの奥から声が聞こえて、ユウリは顔を上げる。
奥からこちらに歩いてくる、全身をローブで覆った謎の老人三人。その中心を歩く赤いモノクルを右目に飾った男に、ハルカは見覚えがあった。
「全く、最近の若者は扉の開け方も知らないのですか」
「あいつは……」
「ゲーチス……だっけ」
自動ドアだった物の残骸を見て、ゲーチスは溜息を吐く。その忘れようもない出で立ちに、ハルカとトシャブツはカラクサタウンでの演説を思い出していた。ゲーチスの半歩後ろに立つ刃のポケモンも健在だ。
「貴方の探してるポケモンはこちらでしょう?」
ゲーチスの声に合わせて、左隣に立つ老人がポケモンを見せる。花柄模様のそのポケモンは、桃色の丸い体を震わせていた。
「ユナ!」
探していたユナの姿に、ユウリは名前を呼ぶ。
「お兄ちゃんのポケモンを返して!」
「なにを言います。プラズマ団の目的は、ポケモンを人間の手から解放する事。私達はこの哀れなポケモンを、貴方の汚いその手から解放させてやったのですよ」
アイリスの要求に、ゲーチスは首を振るばかり。ゲーチスの側に浮遊するユナは、どうにも怯えているようだった。
「ふざけるな……!」
腸から煮え滾る怒りを、ユウリは拳に握る。
「だったら力づくで奪い返してやるよ!」
ユウリの気持ちに呼応するように、ツルギはゲーチスに目掛けて走り出す。尻尾を鋭利に尖らせたツルギは、ゲーチスの首元を狙ってその刀を撓らせた。しかし寸前で立ち塞がった刃が、その太刀筋を受け止める。
間合いを離して、両者互いに睨み合う。床に伏せていた下っ端のポケモン達も起き上がり、臨戦態勢を取っていた。
「トッシャン! 俺達も行くぞ!」
「うん!」
ツルギばかりに任せていられないと、トシャブツも前線に立つ。
「よし! 私だって!」
アイリスもモンスターボールを握って応戦しようとしたが、そんなアイリスを一人の男が抑制した。
「ハハコモリ、いとをはく」
どこからともなく現れた白い糸は、両陣営の間を幾重に交差する。気付けば虫の糸製のバリケードが築き上げられていた。
指示の聞こえた方へ一同は振り返る。そこに立っていたのは、共にプラズマ団を探してヒウンシティを走り回っていたジムリーダーだ。
「アーティさん!」
「こんなところに居たなんてね。これが灯台下暗しってヤツか」
アーティの前には、木の葉の服に身を包んだむしポケモンが二本足で立っている。アーティの自慢の相棒――ハハコモリだ。
「これはこれは、ジムリーダーのアーティさん」
アーティの登場に、ゲーチスは深く一瞥した。
「ポケモンジムの眼前に隠れ家を用意するのも面白いと思いましたが、意外に早くバレましたな」
「確かに……まぁ私達の素晴らしきアジトは既にありますからね」
右隣に立つ老人に、ゲーチスはそう言葉を返す。ゲーチスのその言葉に、トシャブツは少し引っ掛かった。
「さて貴方がた、イッシュ建国の伝説はご存じですか?」
話を変えて、ゲーチスはハルカ達に問い掛ける。
「伝説……?」
「知ってるよ! 白いドラゴンポケモンでしょ!」
首を傾げるハルカに代わって、アイリスが力強く答えを返した。
「そう……多くの民が争っていた世界をどうしたらまとめられるか……。その真実を追究した英雄のもとに現れ、知識を授け、歯向かう存在には牙を剥いた白いドラゴンポケモン。英雄とポケモンのその姿、その力が皆の心を一つにして、イッシュを造り上げたのです」
伝説とされるイッシュ建国の物語を、ゲーチスは饒舌に謳い上げる。話の折に、ゲーチスはローブに隠した左腕を露わにした。
「今一度! 英雄とポケモンをこのイッシュに蘇らせ、人心を掌握すれば! いとも容易く私の……いや、プラズマ団の望む世界に出来るのです」
少し感情的になり過ぎたと、ゲーチスは口を閉じる。
伝説と語り継がれる英雄とドラゴンポケモンの復活。ポケモンを人間から解放するという目的を達成する為、プラズマ団はそれを目標としているらしい。
「……このヒウンにはたっくさんの人が居るよ」
ふとアーティはそう口を溢す。
「それぞれの考え方、ライフスタイル、ほんっとバラバラ。正直なにを言っているのか分からない事もあるんだよねぇ」
「アーティさん?」
「はて」
「なにを?」
唐突に語り出したアーティに、ハルカのみならずゲーチスの側の老人達も首を傾げた。
「だけど皆に共通点があってね。ポケモンを大事にしているよ」
そう語ったアーティの瞳は、青く澄んでいた。
「初めて出逢う人とも、ポケモンを通じて会話する。勝負をしたり、交換したりね」
ハルカもそうだ。シッポウシティで初めてアーティと出逢った時、ポケモンを通じて対話した。ポケモンが言葉の役割を果たしたのだ。
「カラクサの演説だっけ? ポケモンとの付き合い方を見つめ直すきっかけをくれて、感謝しているんだよ」
カラクサタウンでの演説も知っているようで、アーティはゲーチスに声を投げる。
「そして誓ったね。もっともっとポケモンと真剣に向き合おうってね! 貴方達のやっている事は、このようにポケモンと人の結び付きを強めるんじゃないの?」
アーティの言う通りだと、ハルカは強く頷く。プラズマ団がなにを謳おうと、ポケモン達との絆が綻ぶ事はない。
「そうだ!」
「私達は絶対に、ポケモンを手放したりしない!」
ユウリとアイリスも気持ちは一つだ。
「……ふっ」
するとゲーチスの口から不気味な笑みが漏れる。
「フハハハ! 掴みどころがないようで存外切れ者でしたか。私は頭の良い人間が大好きでしてね。王の為、世界各国から知識人を集め、七賢人を名乗っている程です」
「七賢人……?」
ローブを纏った老人が、ゲーチスの言う七賢人だろうか。ゲーチスを数に含めたとしても、あと四人居る事になる。
「よろしい! ここは貴方の意見に免じ引き上げましょう。そこの貴方、ポケモンは返して差し上げます」
ゲーチスの言葉に、七賢人の一人が反応した。
「よろしいのですか!?」
「えぇ、最後の日に備え、別れの言葉を考える時間も必要です」
七賢人が下っ端に指示を下すと、捕らわれていたユナを解放する。自由の身となったユナは、すぐさまユウリの胸へと飛び込んだ。
「ユナ!」
帰ってきたユナを、ユウリは強く抱き締める。
「良かった! 本当に……無事で良かった!」
ユナの瞳には涙が滲んでいる。ユウリのもとに戻ってこられて、心底安堵しているのだろう。
「これは麗しいポケモンと人の友情!」
感動の再会に、ゲーチスは声を上げて水を差す。
「ですが私はポケモンを愚かな人間から自由にする為、イッシュの伝説を再現し、人心を掌握しますよ……!」
ゲーチスは野望に目を光らせて、エントランスを歩き出した。約束通り、ここは穏便に引き上げてくれるらしい。
「キリキザン」
ゲーチスが名前を呼ぶと、甲冑のポケモンは目の前を張っていたハハコモリの糸を斬り拓く。命令は聞かずとも伝わっているようだ。
七賢人や下っ端もゲーチスの後に続いて、エントランスから人の影が減っていく。ハルカやアーティはそれをただ見ているだけ。ユウリはただユナを抱き締めるだけだった。
「はぁ……」
緊迫した状況から解放され、トシャブツは毒ガス混じりの息を吐く。緊張の緩和から、天井にぶら下がった照明の吊り下げ器具が、ツルギのグラスミキサーによって傷付いている事に気付かなかった。
「ん?」
遂には耐え切れず、照明は真下のトシャブツに向かって落下する。トシャブツもハルカも、気付くのが一歩遅かった。
「危ない!」
「トッシャン!」
直撃は必至と思えた次の瞬間、落下した照明がトシャブツの眼前で斬り裂かれる。
「……へ?」
思わず塞いでいた目を開けると、そこに映ったのは鈍色の背中。鋭く尖った黒い刃が、トシャブツの前に立っていた。
「あっ、えーっと……」
感謝を伝えようとするも、トシャブツの頭は混乱状態だった。キリキザンと呼ばれたポケモンはゲーチスの従者。つまりつい先程まで敵対していた相手だ。そんな相手が今し方自分を窮地から救い、安否を確認するように振り向いている。
「なにをしているのですか」
ビルの外に出たゲーチスが、ポケモンに向けて声を掛ける。ポケモンは特に声を発する事もなく、足早にその場を離れた。
「あっ!」
ゲーチスのもとに戻ったポケモンは、そのままプラズマ団と共にどこかへと去っていく。結局トシャブツは感謝を伝えられずじまいだった。
「トッシャン!」
呆然とするトシャブツに、ハルカが駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「あぁ、うん……全然平気」
そっと抱き寄せたハルカだったが、トシャブツは虚ろにビルの外を眺めるばかり。その視線の先には、ハルカも気になっていた。
「どうして悪い奴を見逃しちゃったの!?」
プラズマ団と一切交戦しようとしなかったアーティに、アイリスが不満そうに頬を膨らませて詰め寄る。
「んー、だって奪われたポケモンにもしもの事があれば、僕達はどうすれば良いのさ」
「それは……!」
アーティの返答に、アイリスは口を噤む。確かにあのまま交戦した場合、人質だったユナはどうなっていたか分からない。下手すれば最悪の状況にまで陥っていた可能性もあった筈だ。
「良いんだ」
聞こえてきたユウリの声に、アイリスは振り返る。
「ユナが無事なら、それで……」
ユウリは今も尚ユナを強く抱き締めている。まるで震えるユナの体を優しく包み込むように。
「そっか……だったら良いんだけど……」
ユウリがそう言うならこれ以上とやかく言うつもりはないと、アイリスも出した言葉を引っ込めた。
「皆疲れただろう。一度ポケモンセンターでゆっくり休むと良い」
ユナの捜索にヒウンシティ中を駆け回り、プラズマ団と交戦していたのだ。ハルカ達の体力は最早赤ゲージにまで差し掛かっている。アーティの言葉に頷いて、一同はポケモンセンターに向かって足をビルの外へと伸ばした。
「ん? どうしたのハルカお兄ちゃん」
一向に足を動かさないハルカに、アイリスは首を傾げる。
ハルカの瞳の先はビルの外。トシャブツをその身を挺して守ってくれた、あのポケモンの姿が頭に浮かぶ。
「……いや、なんでもない」
そう声を溢して、ハルカは一同と共に荒れたエントランスを歩き出した。