俺のポケットモンスター   作:越谷さん

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【舞台】ホウエン地方・シダケタウン
【登場人物】
《ハルカ》ミシロタウン出身のポケモントレーナー。愉快なポケモン達と談笑しながら、行き当たりばったりな冒険を続ける。
《エレナ》ハルカの幼馴染。ポケモンの研究をするオダマキ博士の一人娘。
《ナゴヤ》なまいきなワカシャモ。ハルカが最初に貰ったポケモンで、徐々に信頼関係を築いている。
《エノン》まじめなキノガッサ。個性豊かな仲間達にツッコミを入れるツッコミ職人。
《ニート》きまぐれなナマケロ。自堕落に生きるニート。
《オジョー》てれやなエネコ。ハルカを恋い慕うもツンデレで素直になれずじまい。


【傑作選004】エレナとオジョーのコンテストデビュー

 岩肌の隙間に、草の匂い香る朝風が吹く。ここはシダケタウン。カナシダトンネルを開通させたハルカ達は、再びこの高原の町へと戻ってきていた。

「えーっと、次のジムはどこにあるんだ?」

「このままキンセツシティまで戻って、そこから北に進んだ先の煙突山っていう山の麓にある町にある筈だよ」

「よし! んじゃとっとと行って、バッジ頂いちゃいますか!」

 威勢を吐きながら大股で先頭を歩くハルカに、マップを手にするエノンが愛想笑いを浮かべて並ぶ。その後ろをナゴヤは、無駄話に参加するつもりはないと寡黙に三叉槍の様な足跡を残していた。最後尾を務めるのはオジョーだ。唯一初めてシダケタウンを訪れたオジョーは、三百六十度のありとあらゆるものに目移りしていた。

 その中の一つに、オジョーは目を止める。それはこの長閑な町の中で一線を画すような、なんとも場違いで魅了されるものだった。気付けばオジョーが止まっていたのは目だけでなく、小さく並んだ四つの足も止まる。

「ん? どうしたオジョー?」

 オジョーが膠着していた事に気付き、ハルカ達は後ろを振り返る。

「えっ、あっ、いやっ、別に……」

 オジョーは拙い語彙力で、適当に誤魔化そうとする。しかしオジョーの足が止まった地点で視線を上げれば、その理由は一目瞭然だった。

 長閑な町に異質に建てられた荘厳な巨大会場。その周囲には、祭でも開催している様な装飾が施され、町の人口以上居るであろう人の影が犇めいていた。

「あぁ、ポケモンコンテストか」

「ポケモンコンテスト?」

「そういやもうすぐだって言ってたっけな」

 以前シダケタウンを訪れた時は装飾も準備段階だったが、開催間近の今ではいつ始まってもおかしくない程に完成されていた。掲示された看板を確認すれば、開催日は残り二日まで差し迫っている。

 聞き慣れない単語に、オジョーは首を傾げる。それに対して答えたのは、マップを四つ折りにして片付けたエノンだ。

「うん。ポケモンコンテストって言って、ポケモンコーディネーターと呼ばれるトレーナーとポケモンが、技や衣装を駆使して自分達をアピールする大会があるんだ。綺麗な衣装を着飾ったポケモン達が披露する技のパフォーマンスは、どれも迫力があって美しいものばかりなんだよ」

「へぇ……」

 オジョーはエノンの解説を聞きながら、目をコンテスト会場に向ける。

「この前観たのも凄かったよな!」

「優勝したら年に一度のマスターランクに出場できるみたいだからね。どのコーディネーターもポケモンも、目を瞠る演技ばかりだったよ」

 ポケモンコンテストのマスターランクとは他の町で開催されたコンテストで優勝し、晴れて優勝の証であるリボンを手にしたコーディネーターとポケモンにのみ出場権が与えられる、正にポケモンコンテストの最高峰といった舞台だ。

 ハルカが以前観たカイナシティのポケモンコンテストも、そのマスターランクを目指すコーディネーターとポケモンが磨き上げていた演技を披露していた。その演技を直で観た日には、芸術事に乏しいハルカでも心を動かされてしまった。

 ハルカはオジョーに目を落とす。オジョーの目はコンテスト会場に釘付けで、明後日に幕を開くコンテストに今から夢が膨らんでいるようだった。

「……良かったら観てくか?」

「!」

 ハルカの呟いた言葉に、オジョーの尻尾が真っ直ぐ伸びる。

「えっ!? いっ、いやでもっ、次の町にっ」

「別に急ぎの旅じゃねぇんだし、ここらでのんびりしてくのも良いんじゃね? よし、それじゃあお前ら! 今から宿取って、ポケモンコンテストを観覧するぞ!」

「おー!」

 ハルカがそう号令を出し、一同は針路を急転回させてシダケタウンの宿泊施設に舵を切った。コンテストの観覧に今から心躍るエノンと、また見切り発車な旅路だと溜息を吐くナゴヤ。

 その後ろで、オジョーは目をコンテスト会場からハルカに移していた。旅は気まぐれだと無邪気に笑う横顔。それは町を彩るどの装飾よりも輝いて見えた。その横顔を見ていると胸の奥がきゅーっと苦しくなり、やはり自分は彼に恋の病を患わされたのだと再確認した。

 そんな一同の一時に、

「ハルカ!」

「ん?」

 突如自分の名前が呼ばれ、ハルカは振り返る。その声は普段なら顔を伏せても誰か分かった筈だ。しかしここで聞こえる筈がないとハルカは無意識的にその可能性を除外し、視認するまでその声の主の見当もつかなくなっていた。

 一足先に正体を視界に捕えたオジョーは、「げっ」と細い目を更に細くさせる。

「エレナ!?」

 オダマキエレナ。ハルカの幼馴染であり、故郷であるミシロタウンのオダマキ研究所の研究者――オダマキ博士の一人娘だ。

「久し振りー! 良かった! やっぱりここに居た!」

 エレナはハルカに大きく手を振りながら、こちらに駆け寄ってくる。久々の再会に気分の上がるエレナだが、ハルカにはそれより先に疑問が挙がった。

「お前、なんでここに!?」

 エレナが普段生活しているミシロタウンからこのシダケタウンまでは、町三つ分程の距離がある筈だ。決してピクニック感覚で歩いて来られる距離ではない。

「研究所のペリッパーを借りて、ここまでそらをとぶで運んでもらったんだ!」

「そうじゃなくて!」

「ペリッパーに……?」

 確かにペリッパーの大きな翼なら、ミシロタウンからシダケタウンまでひとっ飛びだろう。しかしその特等席として思い浮かんだ部位に、エノンは不安を募らせた。

「あっ」

 ハルカの背後から鳴き声が聞こえ、エレナはハルカの手持ちポケモン達に気付く。エノンもオジョーも、ビデオ通話でエレナと顔見知りではあるものの、こうして直接対面するのは初めてだった。

「初めまして、エノン。って言っても、初めましてって感じしないけどね」

「初めまして」

「ナゴヤは久し振りだね」

 初対面の挨拶に、エノンは礼儀正しく会釈する。唯一エレナと会った事のあるナゴヤだったが、その嘴が沈黙を破る事はなかった。

 続いてエレナは、ハルカの背中に隠れる子猫を覗く。

「オジョーも初めまして」

 店先の花の様な笑顔を見せるエレナ。しかしオジョーが素直に挨拶を返す事はなかった。

「ふんっ」

 ぷいっとオジョーの顔がそっぽを向く。オジョーにとってエレナはハルカを巡る宿命の恋敵。おいそれと簡単に友好関係を築く訳にはいかないのだ。どうにも敵意の強いオジョーに、エレナは「あはは……」と渇いた笑いを浮かべた。

 エレナとポケモン達の交流も程々に、ハルカは依然消化不良な疑問をぶつける。

「それで! なんでお前がここに居るんだよ!」

 わざわざペリッパーに乗ってまで、このシダケタウンを訪れた理由とは。そう尋ねた時、エレナの口角がクイッと上がった。

 ふとエレナは膝を折り曲げて、視線をオジョーの位置まで屈める。突然目の前に入り込んできたエレナの目と、オジョーの猫目は嫌でも交差した。

「ねぇ、オジョー」

 名前を呼んで、エレナはここに来た理由と直接繋がる本題に入る。

「私と一緒に、コンテストに出てみない?」

「「!?」」

 それは予想の遥か上空を飛ぶものだった。

「はぁ!? お前なに言って!」

 驚愕のあまり氷状態となったオジョーに代わり、ハルカが身振り手振りで狼狽える。一同に衝撃を与えた当のエレナは、どうにも落ち着いていた。

「私、この前のカイナ大会のコンテストをテレビで観て思ったの。私もいつか、こんなパフォーマンスがしたい。夢の舞台で最高の演技が出来るポケモンコーディネーターになりたいって!」

 ハルカ達がカイナシティで直接コンテストを観覧していたその時、エレナもまた自宅のリビングでテレビ越しに観覧していた。四角形の枠の中で魅せられる数多のパフォーマンス。その鮮やかな芸術美に、エレナの興味は取り憑かれてしまった。

 それはハルカがコンテストに向ける興味とはまるで違う。ハルカの興味を映画館へ足を運ぶ様なものと例えるなら、エレナの興味は映画館のスクリーンに映る女優への憧れだった。凛と魅せるポケモンコーディネーターに、いつしかエレナは憧れを抱いていたのだ。

「ねぇ、オジョーもそうなんじゃない? 夢の舞台を観るより、夢の舞台に立ってみたいよね?」

 人間とポケモン、姿形は違えど同じ乙女。ビデオ通話を通じて、エレナはオジョーも同じ志を持つ乙女だと確信していた。

「そういやオジョー、さっきのコンテスト会場も興味ありげに見てたよなぁ……」

「えっ、えぇっと……」

 オジョーはエレナの提案を断ろうと懸命に理由を模索する。どれだけ探しても出てこないのは、エレナの口にした言葉が全て図星だったからだ。

「ねっ? 一緒にあの舞台に立ってみようよ」

 顔を上げると、エレナと視線が衝突する。その玩具箱の様に輝いた目と合ってしまったからには、オジョーも観念せざるを得なかった。

「……全く、しょうがないわね。良い? アンタに協力するのなんて今回だけだからね?」

 オジョーの溜息に乗せて吐かれた言葉とは裏腹に、エレナの気分は昂る。

「今なんて言った!?」

「コンテスト出るってさ」

 ハルカの通訳により確定したオジョーの参加表明に、エレナは全身で喜びを表現した。それはまるで跳ねたコイキングの様だった。

「やったー!」

 エレナは感情のままに雄叫びを上げると、オジョーの体を掻っ攫い、クラウチングスタートの姿勢も取らないでその場から走り出した。

「!」

 突然の出来事に、オジョーは抵抗の暇なくエレナの腕に囚われる。

「よぉし! やるからには目指せ優勝! 開催までひたすら練習だよ! ハルカ! オジョー借りてくね!」

「おっ、おい!」

「ちょっと! なに勝手に触ってんのよ! 早く下ろしなさいよ!」

「実は衣装ももう用意してあるんだ! オジョー! 一緒に頑張ろうね!」

「話を聞け!」

 そう言われても、オジョーの声はエレナの耳には「ネェ」としか聞こえない。暴走機関車となったエレナは誰にも止められず、絶好の練習場所を目指してその背中を小さくさせていくだけだった。

 残されたハルカ達は、ただ茫然と立ち尽くすのみ。

「……大丈夫か?」

「まぁ、僕達は二人を応援しようよ」

 ハルカとエノンがそれぞれ口を溢す中、ナゴヤはなにか物言いを孕んだ目でエレナの背中を見送っていた。

 

 ◎

 

 人口密度の低いシダケタウンには開けた場所も多く、練習に適した空き地はすぐに見つかった。エレナは軽く準備運動をして、早速練習に取り掛かる。

「よし、行くよ! オジョー、スピードスター!」

 見様見真似でエレナがオジョーに指示を出す。しかし何故かオジョーはスピードスターを繰り出す素振りを見せなかった。風に揺られる自分の尻尾を、暢気に眺めている始末だ。

 茫然とするエレナに、オジョーが悪戯に笑う。

「ふんっ、誰がアンタの言う事なんて聞くのよ! 私に言う事聞いて欲しいんだったら、もっと下から遜るように頼みなさい!」

 これでもかという程高飛車に優位をアピールするオジョー。しかし残念ながら、そのマウントはエレナの耳では解読されなかった。

「はぁ……、なんで私嫌われてるのかなぁ……?」

 画面越しに会った時からそうだ。どういう訳か初対面からオジョーはエレナの事を敵対視しており、一向に懐いてくれない。まさかオジョーが自分を恋敵として捉えているとは、夢にも思わないだろう。

「うぅ、私もハルカみたいにポケモンの言葉が分かる能力があったらなー」

 もしオジョーと話が出来たなら、自分のどこが気に障るのか訊けるのに。それだけじゃない。もっと楽しい話を咲かせられるだろう。そうないものねだりを妄想しようとした頭を、エレナはぶんぶんと振り回した。

「ううん! 皆言葉なんか分かんなくても息を合わせて頑張ってるんだ! 私だって頑張らないと!」

 エレナは握り拳で自分を鼓舞し、もう一度オジョーと向き合う。

「オジョー! お願い! 今だけでも言う事聞いて!」

「しょうがないわねぇ……」

 オジョーは眉を顰めて息を吐き、重たい腰を上げる。コンテストの出場を決めた今、オジョーも先程見た会場で惨めな姿を晒す訳にはいかなかった。

 二人の猛練習は日が暮れるまで続き、二日間という時間は電光石火の如く過ぎていった。

 

 ◎

 

 開催当日。快晴の空には、コンテストの幕開けを報せる花火が打ち上がった。

『レディースアンジェントルメーン! ボーイズアンガールズ! お待たせしました! ポケモンコンテスト、シダケ大会! コーディネーターとポケモンによる、華麗なる美の祭典の開幕でーす!』

 泣きぼくろがチャーミングな女性の開会宣言に、会場のボルテージは最初からクライマックスだ。数百人は集客できそうだったコンテスト会場は、コーディネーターとポケモンの息の合った演技を心待ちにする観客達で埋め尽くされていた。

『司会進行を務めますのは、私ビビアン! 審査員はポケモンコンテスト大会事務局長のコンテスタさん! ポケモン大好きクラブ会長のスキゾーさん! そして、シダケタウンのジョーイさんです!』

『よろしくお願いします』

『見事優勝したコーディネーターとポケモンには、シダケ大会優勝の証であるこのシダケリボンを贈呈! 果たしてリボンを獲得し、ポケモンコンテストマスターランクへの出場権を勝ち取るのは誰なのか!? 激戦の行く末を、是非その目で確かめてください!』

 ビビアンの左手で輝きを放つ橙色のリボン。あれが今回の優勝賞品である、シダケリボンだろう。マスターランクに出場する為の交通手形でもある。

 熱狂に包まれる観客席の中に、勿論ハルカ達の姿もあった。ハルカはナゴヤ、エノン、ニートと全員モンスターボールから出しており、コンテストの全容を見届ける姿勢だ。

「いよいよ始まったな……」

「エレナとオジョー、大丈夫かな?」

 エノンは気怠げなニートを背中に背負いながら、そう心配を呟く。ハルカを挟んで隣に座るナゴヤは腕を組んだまま、寡黙に演技の舞台を見つめていた。

 

 ◎

 

 観客達の歓声は控室にまで漏れ出ており、通路の椅子に腰掛けていたエレナの耳にも確と届いていた。

「うぅ、緊張する……。心臓げろっちゃいそう……」

「やめてよ気持ち悪い」

 エレナの体は一昔前の洗濯機の様に荒く震えており、表情も強張っている。今まで生きた中で、間違いなく一番の緊張だ。人の字を三回書いて呑み込む程度のまじないでは、この緊張は解けないだろう。

 それでもエレナは震える体を止めるべく、ドレスのスカートを両手で掴んだ。

「大丈夫! 私にはオジョーが居るから!」

 不意に名前を出され、オジョーが振り向く。目が合ったエレナは未だ硬い表情をしているが、こちらを和まそうと必死で口角を吊り上げている。そんなエレナに、オジョーの敵意を剥いた心は少しだけ絆されていった。

「オジョー! 頑張ろうね!」

 震える足に鞭を打ち、エレナは慣れないヒールで立ち上がる。奮起の言葉に今更返す言葉はないと、オジョーも口を閉ざして、歩き出したエレナの後に続いた。

 

 ◎

 

 次々と織り成される人間とポケモンの絆のパフォーマンスに、コンテストは大盛況だった。アゲハントは極彩の翅で銀色の風を巻き起こし、ロゼリアは妖艶な花弁の舞を踊る。どのコーディネーターもポケモンも、披露する演技は目を瞠るものばかりで、観客達の心が飽和する事はなかった。

 進行係のビビアンが握るマイクの力も強くなる。

『さぁ、続きましては! エントリーナンバー21、エレナさん! パートナーはエネコのオジョーです!』

 ビビアンの紹介を合図に、エレナとオジョーが奥のゲートから姿を現した。

「来た!」

「エレナ! オジョー! 頑張れー!」

 待ち侘びたヒロインの登場に、ハルカ達は必死にエールを送る。そのエールは観衆の渦に呑み込まれ、エレナ達の立つ舞台まで届く事はなかった。

 エレナはアースカラーを主軸とした、目に優しいドレスを身に纏っていた。幾つもの布を縫い合わせた縫い目がところどころに発見でき、この日の為に徹夜で手作りした事が推測される。足元は背伸びしたピンクのヒールを履いており、今にも転びそうな程に不安定だ。一方のオジョーは、額に一輪の華を挿して粧している。

 精一杯のオシャレを着飾ったエレナだったが、観客席の反応が変化する。

「……ねぇ、なにあれ?」

「なんかダサくない?」

「今までのコーディネーターに比べて地味っていうか、田舎っぽいよね」

「オジョーって変な名前ー」

 今までの歓声とはまるで違う、明らかに棘のある声。ハルカの声援は掻き消されたのに、どうもこういう声はエレナの耳から心へと侵食してきた。

 しかし、ここで怖気づく訳にはいかない。エレナは今、夢にまで見た憧れの舞台に立っているのだ。会場が、否、中継を観ている世界中がエレナの事を注目している。

「行くよオジョー! スピードスター!」

 エレナは緊張を振り払うように、練習より少し大きな声でオジョーに指示を出した。オジョーは指示に従い、尻尾を振って無数の星屑を頭上に打ち上げる。打ち上げられた星屑はやがて自由落下で舞台へと降り注ぎ、白昼の流星群を創り出した。これには先程非難していた観客達も感嘆の声を上げる。

 後はこの星屑のシャワーの中、オジョーと二人で踊るだけ。完遂は目前だったのだが。

 ガシャンッ!と突如激しい物音が会場に響き渡る。

「!」

 突然の騒音に、エレナを始めとした人々はそちらに目を向ける。

 物音がしたのはオジョーの頭上の天井だ。どうやらオジョーが飛ばしたスピードスターが、天井の照明に衝突したらしい。今まで屋外で練習していた弊害で、天井との距離感を見誤ってしまったようだ。

 機能を失った照明はぐらぐらと不安定に揺れる。固定器具までダメージを受けてしまったらしく、今にも落ちてきそうだ。しばらくは持ち堪えた照明だったが、遂には耐え切れず、オジョーの頭上で重力に身を任せた。

「!」

 身の危険を感じたオジョーは、逸早くその場から離れる。それでも照明の落下は予想以上に早く、墜落した瞬間とオジョーの回避は紙一重だった。

「オジョー!」

 エレナは舞台に倒れるオジョーに駆け寄ろうと足を踏み出す。しかし予期せぬアクシデントに、自分が今履いている靴が慣れないヒールである事を忘れてしまっていた。

「!」

 第一歩で姿勢を崩し、エレナもその場で転倒する。エレナの派手な転倒を、会場の誰もが目撃していた。

「…………ぷっ」

 誰かが口から息を漏らす。

 すると会場の空気が一転、新喜劇を観た様な大爆笑に包まれた。

「アハハハッ! なんだよ今の!」

「有り得ねー! ここはコンテストだぞ!?」

「コントならネタ番組でやってくれよ!」

「あーお腹痛い!」

 誰もが抱腹絶倒の笑いの嵐に呑まれており、会場の笑い声はやみそうにない。観客席で唯一神妙な面持ちをするハルカ達が、異様に目立っていた。

「エレナ……」

 舞台に伏せるエレナを、ハルカは見守る。エノンもなんと口に出したら良いか分からないといった様子だ。

 そんな中、今まで沈黙を守っていたナゴヤが遂に嘴を開く。

「……当然だ」

 それは口にしたら火を吹く程の辛口だった。

「コンテストもバトルと一緒だ。皆この舞台の為に散々練習して仕上げてきてんだよ。たった一日、二日努力したような即席コンビが敵うような世界じゃねぇ」

 勝負にストイックなナゴヤらしい思想だ。ハルカは無言でナゴヤの思想に頷くと、再度エレナに視線を向ける。例えナゴヤの思想が正しくとも、その勇敢さは称えたいとハルカは胸に強く思った。

「あの……大丈夫?」

 這い蹲って動かないエレナに、ビビアンがそっと近寄る。よろめきながら立ち上がったオジョーも、細い目をエレナに向けた。

 ドレスの中の膝が擦り剥いて痛む。しかし、それよりも心が痛かった。痛くて、苦しくて、張り裂けそうで。笑いで溢れる夢の舞台の中、腕に隠したエレナの表情は一人だけ正反対の色をしていた。

 

 ◎

 

 笑い声のこだまする会場の隅で、彼女もまたエレナの大転倒を眺めていた。

 翡翠色の髪をポニーテールに束ね、宝石が光る髪飾りで前髪を止めている。両腕には触り心地の良さそうな白い綿を付けた彼女の瞳は、まるで長年の探し物を見つけた時の様に輝いていた。

「可愛い子、見ーつけた♡」

 

 ◎

 

 歓声が遠く聞こえる控室の通路の椅子で、エレナは依然蹲っていた。

 夢にまで見た憧れの舞台。この舞台に出場するべく遥々この地に飛び、オジョーの手を借りてまで悲願を果たしたのに、蓋を開けてみれば結果はこれだ。思い返せば思い返す程、この結末を知らないあの頃の自分が惨めで辛くなる。顔を突っ伏した御手製のドレスは、目から溢れる涙で濡れていた。

 オジョーは少し離れてエレナを見守る。オジョーの体に傷はなく、精々土埃で汚れているだけだ。

 同じ舞台に立った当事者として、エレナの気持ちは痛い程分かる。オジョーの心も、惨めな気持ちに踏み潰されていた。

 それでも、今のエレナを見ていると無性に腹が立った。

「いつまで泣いてんのよ!」

「!」

 オジョーの声に、エレナは涙でぐちゃぐちゃな顔を上げる。

「たった一度の失敗でそんなにメソメソして! アンタのコンテストへの憧れってそんなもんだったの!? 本気で憧れてるなら、これぐらいの失敗バネにしなさいよ! そんで次の大会で、今日の失敗取り返すぐらいの演技見せつけてやんなさいよ! それが私達の憧れた、ポケモンコンテストなんじゃないの!?」

 オジョーの叱咤に、エレナは耳を疑う。オジョーの叱咤自体に耳を疑った訳じゃない。オジョーの叱咤の内容が聞き取れた事に、エレナは耳を疑ったのだ。

「オジョー……」

「なに!?」

 滲んだ視界に映るオジョーはいつもと変わらない。それでも、二人の関係性が少しでも変わった事は明白だった。エレナの表情に、そっと光が差し込む。

「……うん、そうだよね」

 オジョーは次の大会でと言った。それは次の大会も共に戦ってくれるという意思表示でもあった。

 エレナは蹲った体を解いて立ち上がる。その表情に、先程までの涙の跡はもうない。

「オジョー! 一緒に頑張ろ! 次こそは最高のパフォーマンスをして、それで誰もが認めるような優勝を勝ち取ろう!」

「望むところよ!」

 歓声に包まれた会場の裏側で、二人はそう誓い合う。エレナとオジョーのコンテストデビューは苦い結果に終わったが、二人の絆を深める第一歩となった。

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