【登場人物】
《ハルカ》ミシロタウン出身のポケモントレーナー。愉快なポケモン達と談笑しながら、行き当たりばったりな冒険を続ける。
《ブンタ》れいせいなケロマツ。命の恩人であるハルカに忠誠を誓った仁義の忍。
《スコップ》せっかちなホルビー。何故かコガネ弁の守銭奴。
《タクヤ》アサメタウン出身の少年。田舎町に暮らす農家の両親の手伝いをしている。
《ダイコン》ようきなハリマロン。
《ハンペン》おとなしいゴーゴート。
アスファルトで舗装された道の上を、牛車の車輪がのんびり回る。
視界に広がるのはオシャレに着飾った人間とポケモンと、そんな彼らで賑わうカフェやブティック。街の中心には高く聳え立つプリズムタワーも見える。そんな都会の景色を、ハルカは数日振りに目に焼き付けていた。
「いやー……帰ってきたなミアレシティ!」
ミアレシティはハルカがカロス地方で初めて訪れた街。数日の時を経て、無事ハルカはミアレシティに帰還したのだ。
「それじゃあ僕は先に八百屋に野菜卸してくるから」
牛車を下りたハルカに、タクヤが声を掛ける。こうして楽にミアレシティに戻る事が出来たのもタクヤのおかげだ。
「おー! ありがとなタクヤ!」
「また後で」
タクヤはハルカに別れを告げると、ハンペンに指示を出して牛車を八百屋に進ませる。牛車の後ろに立ってこちらに大きく手を振るダイコンを、ブンタとスコップは静かに見送っていた。
「……さて、俺達も行くか」
牛車の影が見えなくなり、ハルカもミアレシティを歩き出す。
「行くってどこに?」
「そりゃお前」
「待っていたぞ」
スコップの質問に答えようとしたハルカに、そんな声が届いた。振り返るとそこには純白のスーツに青色のスカーフを靡かせた青年が、腕を組んでこちらにしたり顔を見せている。
「貴方は……!」
見覚えのある青年に、ハルカは記憶の引き出しを開けては閉めた。
「………」
「はよ思い出したれよ」
「デクシオだ!」
一向に思い出す気配のないハルカに、デクシオは堪らず名乗り出る。
「あーそうだ! デクシオさん! 久し振りですね! 元気そうでなにより! ……なんでこんなところに居るんですか?」
ミアレシティを訪れた当日にどこかへ行方を晦ませた過去を忘れたかのように、ハルカは悪びれもなく挨拶をする。そんな後輩の悪態に、デクシオは腹の中の溶岩を沸々と煮え滾らせた。
「全く……君には一度先輩への礼儀というものを叩き込んであげるべ」
「やめなさい」
ハルカに鉄拳制裁を食らわせようとするデクシオを、そんな声が制止する。
デクシオの背後から現れた彼女は、褐色肌に黒髪のエアリーボブ。デクシオと同じ色をした純白のドレスに、こちらは赤色のリボンを拵えていた。
「初めましてですわね」
文句を言いたげなデクシオを放置して、彼女は一瞥する。
「麗しい私の麗しい名前はジーナ。彼と同じ、博士の助手を務めていますわ」
「はぁ……」
自尊心の高い自己紹介に、ハルカは引きつって自分が名乗るのを忘れる。しかしジーナは、既にハルカの事を知っているようだった。
「そろそろミアレシティに戻ってくるというハルカ君の事をお迎えする為、ここで待っておりましたの。長旅でお疲れでしょう。博士の研究所へ案内しますわ」
実際はほとんどタクヤの牛車に乗っていたので、特に疲労感などないのだが、わざわざそれを口にする必要もない。
「お友達もお待ちかねですし」
含みを持たせて微笑したジーナに、ハルカははてと首を傾げた。
◎
人よりもポケモンの数の方が多そうな田舎町にありがちなポケモン研究所だが、カロス地方ではこのミアレシティに建てられている。ビルとビルの隙間に挟まれた洒落た研究所。そこからエレベーターで三階に上がった先で、彼は待っていた。
「遅い!」
博士に招待されたポケモントレーナーの眼鏡の奥は、随分気が立っている。
「ソウマ!」
怒り心頭なソウマとは裏腹に、ハルカの表情は日本晴れとなった。
「ソウマもカロスに着いてたのか!」
「君がミアレを離れてすぐにな! 博士が全員揃ってから渡したいって言うから、こうして君が戻ってくるまで待つ羽目になったんだ!」
「悪かったって。こうして急いで戻ってきたんだから良いじゃねぇか」
ご立腹なソウマを、ハルカはなんとか宥めようとする。この待機時間で膨れ上がったソウマの憤りを抑えるのは至難の業のようだ。
「あっ、そうだ。ソウマに良い物見せてやるよ」
「良い物?」
ソウマの機嫌を直すべく、ハルカはポケットからそれを取り出す。
「ハクダンジムのジムバッジ!」
「ほんとに急いで戻ってきたのか!?」
光り輝くクワガタを模したジムバッジは、ソウマの気を逆撫でするだけだった。
「彼も苦労してるんだな……」
「仲が宜しいですわね……」
ハルカに振り回されるソウマを見て、デクシオは同情するように頭を抱え、ジーナは愛想笑いを浮かべていた。
「ジーナさん!」
そんなジーナにエレベーター側から声が投げられる。
彼は博士に招待されたもう一人のポケモントレーナーであるユウリ。ミアレシティのブティックで揃えたであろうドレスコードに身を包んだユウリは、鮮やかな花束を持ってジーナの側に傅いた。
「こんにちは。本日も見芽麗しゅうございますね。今日はこちらの花束をご用意しました。フルール・ド・リス。花言葉は『高貴』『純潔』。正に貴方の事を表しているかの様な花でございます」
「まぁ……いつもありがとう」
ユウリから差し出された花束を、ジーナは困り顔で受け取る。口振りから察するに、花束を受け取るのも今日が初めてではないのだろう。
「ユウリ!」
「おーハルカ! 着いてたのか!」
「こいつら……!」
ハルカの到着にようやく気付いて、ユウリはハルカに声を掛ける。どこまでも能天気な友人達に、ソウマは重い溜息を吐いた。
「ハルカの知り合いって、変な奴ばっかなんやな……」
初めて相見えるハルカの友人に、スコップは表情を引きつる。
「ようやく揃ったみたいだね」
友人との再会に現を抜かしていると、耳触りの良い大人の男の声が聞こえてきた。
「やぁハルカ。やっと会えたね」
振り返った先に立っていたのは、端正な顔立ちにワイルドを添えた無精髭。青いシャツの上に羽織った白衣は、彼の正体を口より先に明かしていた。
「僕がプラターヌ。カロス地方のポケモン博士さ」
彼こそがカロス地方のポケモン研究者であり、ハルカ達をカロス地方に招いた張本人である。
「話は聞いているよ。到着早々大変だったね」
「気にしなくて良いって言ってるじゃないですか。全部自業自得なんだし」
プラターヌの心配に、デクシオは杞憂だと口を挟む。褒められた内容ではない筈だが、ハルカはどこか照れたように表情を崩していた。
「でも楽しかったですよ。おかげでこいつらとも仲良くなれたし」
ハルカはそう言って、視線をブンタ達に向ける。ブンタは律儀にハルカに傅き、スコップは顔を隠すようにそっぽを向いた。
「そうか……ともあれ無事で良かった」
他愛のない会話からハルカのポケモントレーナーとしての資質が少し伝わった気がして、プラターヌは感心していた。
「ジーナ」
「はい」
プラターヌがジーナの名前を呼ぶと、ジーナは役目を分かっているかのようにどこかへと歩き出した。ジーナが戻るまでにと、プラターヌは説明を始める。
「僕はとある理由から、若く優秀なポケモントレーナーを探していた。僕の師匠であるナナカマド博士にそのようなトレーナーは居ないかと相談したところ、君達を紹介されてね。是非君達に、僕のお願いを聞いてもらおうと思ったんだ」
呼び出された内容は、事前に聞かされていた内容と一致している。気になるのはその中身だ。
「それで、その理由というのは?」
一時的ではあるが、シンオウ地方でナナカマド博士の助手をしていたソウマが、プラターヌに問い掛ける。
「……これさ」
ソウマの質問に答えるように、ジーナが車輪の付いたテーブルを持ってきた。
テーブルに置かれていたのは三種類の石だった。色とりどりの石は、言葉では形容し難い不思議な光を放っている。
「これは……?」
「メガストーン。ポケモンに新たな進化をもたらす道具だ」
「「「!?」」」
プラターヌの言葉に、一同は耳を疑った。
「ポケモンに……新たな進化!?」
「あぁ。通常なら進化する事のないポケモンが一時的に姿を変え、能力を解放する進化を超えた進化。僕はこの現象をメガシンカと名付け、研究を続けている」
「メガシンカ……」
進化を超えた進化。その台詞を耳にしただけで、胸が高鳴っているのを感じた。
「メガシンカには、そのポケモンに対応したメガストーンが必要となる。このメガストーンは君たちの手持ちポケモンに合わせて用意させてもらった。左からユウリのサーナイトナイト、ソウマのデンリュウナイト、そしてハルカのバシャーモナイトだ」
「ナゴヤの!?」
ハルカの初めてのポケモンであり、唯一無二の相棒――ナゴヤ。このメガストーンがあれば、そんなナゴヤが更なる進化を遂げるという。
「このメガストーンは君達にプレゼントしよう」
「良いんですか!?」
「そのつもりで呼んだからね」
プラターヌからのプレゼントに、ハルカ達は前傾になる。
「そして手伝って欲しい。カロス地方のポケモン最大の謎、新たな進化の可能性、メガシンカの秘密を解き明かす事に!」
それがプラターヌが一同をカロス地方に招待した理由。
一同は受け取ったメガストーンに目を落とす。異様な光を魅せるメガストーン。それと同じくらい、一同の瞳は輝いていた。
「任せてください! 俺達が必ず、メガシンカの秘密を解き明かしてみせます!」
ハルカはバシャーモナイトを強く握り締め、そう心に誓った。
「よっしゃ! そうと決まれば早速メガシンカだ!」
「いや、それがまだ君達はメガシンカできないんだ」
「なんだって!?」
まだ見ぬメガシンカに研究所の熱気が高まってきた頃、
「ちょっと待ってください!」
どこからか聞こえたその声が、一同の熱を冷ました。
声の聞こえたエレベーターの方へ目を向けると、そこには一人の少年が太い眉毛を携えて立っていた。
「確か君は……」
「タクヤ!」
プラターヌが名前を思い出す前に、ハルカがそうタクヤの名前を呼ぶ。
「知ってるのか?」
「あぁ。田舎育ちの農家の息子でさ。ミアレシティに出荷するついでに送ってもらったんだ」
「お前も田舎育ちだろ」
初対面であるソウマ達に、ハルカはタクヤを紹介する。
研究所で待ち合わせをする話はしていたが、まさか中でとは思っていなかった。ハルカの目に映るタクヤの表情は、これまで見てきた温厚なものではない。
「タクヤ。こんなところに来てどうしたんだ?」
「プラターヌ博士!」
和やかに語り掛けるプラターヌに、タクヤは大股で詰め寄る。
「僕にも皆と同じ物ください!」
「!」
タクヤの要望は、プラターヌの肝を抜くものだった。
「なっ、なにを言うんだ。君は農家の息子だろ。ポケモンなら前にハリマロンを渡したじゃないか。あの時のハリマロンは元気に」
「僕だって! 皆みたいに冒険してみたい!」
プラターヌの言葉を遮って、タクヤは叫ぶ。
「少しの間だけどハルカと一緒に居て思ったんです。僕もハルカみたいに冒険したい。冒険して、ポケモン達ともっと仲良くなりたいって思ったんです!」
ミアレシティを目指す道中、タクヤはハルカを見ていた。ポケモンと共に過ごすハルカの横顔は、まるで太陽の様に眩しかった。
「お願いします! 僕にも渡して、ポケモン達と一緒に冒険させてください!」
思いを打ち明けたタクヤは、プラターヌに深く頭を下げる。プラターヌからタクヤの顔は見えない。それでもプラターヌの心は、既にタクヤに掴まれていた。
「……それじゃあこうしよう」
思いついたように、プラターヌは口を開く。
「これからハルカとポケモンバトルをして、もしタクヤが勝ったら、ハルカに渡したバシャーモナイトをタクヤに譲ろう」
「はぁ!?」
突然名前を上げられ、ハルカは思わず声を上げた。
「ちょっと待て! なんで俺巻き込まれたんですか!?」
「まぁ、君達知り合いみたいだし」
「関係ないだろそんなの! 大体こいつバシャーモ持ってないし! これ手に入れたところでこいつ使えないだろ!」
「別に良いじゃないか。遅れて到着したペナルティって事で」
「ふざけんな!」
傍若無人なプラターヌの提案に、ハルカは強く抗議する。どれだけ声を荒げても、プラターヌが提案を下げる事はなかった。
「ハルカ!」
タクヤが呼んだ名前に、ハルカは振り返る。
「悪いけど、勝たせてもらうよ!」
モンスターボールを握って、タクヤはハルカに勝負を挑んだ。タクヤの瞳を見て、ハルカは観念したように溜息を吐く。
「……手加減しねぇからな」
目を合わせてしまった以上、ハルカの断る理由はなくなってしまった。
◎
三階からエレベーターで一つ上に上がった最上階。カロス地方の自然を再現した空間を、ガラス張りの天井から太陽が照らしている。精密機械や研究資料のあるあの部屋で勝負をする訳にもいかず、一同は開けたこの部屋へと場所を移していた。
「二人共、準備は良いか?」
「はい!」
「いつでも良いですよ」
審判を務めるプラターヌの確認に、両端に分かれたタクヤとハルカがそれぞれ頷く。
「それじゃあ、バトルスタート!」
プラターヌは声を上げて、開戦のゴングを鳴らした。
「行くぞ! ダイコン!」
「ブンタ! お前が決めろ!」
タクヤはモンスターボールから、プラターヌからもらったダイコンを選出する。対するハルカが選んだのはブンタだ。
「ハリマロンとケロマツ……タイプ相性は断然ハルカが不利だな」
「そうね……。これはハルカ君、もしかしたら負けてしまうかもしれませんね」
対面する二匹のポケモンを見て、離れた場所から観戦する先輩二人がそう推察する。
「お言葉ですがジーナさん、それは有り得ませんよ」
「え?」
そんな推察に否定を入れたのはユウリだ。
「……まぁ見ててください」
ソウマもユウリと同じ考えで、黙って勝負を見守るよう二人を促した。
「ダイコン! ミサイルばり!」
タクヤからの指示を受けて、ダイコンは頭のイガグリから針を発射する。放たれた数本の針は、ブンタに向かって真っ直ぐ飛んでいった。
「躱せ!」
ブンタはその針を、最小限の体の動きで軽く躱す。まるで最初から針の挙動など分かっているかのようだ。
「だったらたいあたりだ!」
遠距離が駄目なら近距離だと、ダイコンは走ってブンタと距離を詰める。
「ブンタ!」
ブンタは首元の泡を少し手に取ると、それをダイコンの足元に投げた。ダイコンはその泡に右足を乗せ、滑らせて前に倒れ込む。
「ダイコン!」
「今のは?」
「ケロマツは皮膚からケロムースという泡を分泌する。本来は乾燥に弱い肌を保護する為のものだが、ああやってバトルにも応用できるって訳だ」
ユウリの些細な疑問に、デクシオが答える。例えそれが技だろうが生態だろうが、タクヤにはどうでも良かった。
「つるのムチ!」
起き上がったダイコンは、首元から蔓を伸ばし、ブンタへと撓らせる。直撃すれば効果は抜群だ。
「いあいぎり!」
しかしブンタは水で短刀を錬成すると、蔓の鞭を鮮やかに受け流した。
「続いてみずでっぽう!」
ブンタは蔓を相手取る合間に、左手で水の弾丸を発射する。弾丸はダイコンの眉間に命中し、顔面をびしゃびしゃに濡らした。
「ダイコン! 大丈夫か!?」
草タイプのダイコンに、水鉄砲は大した威力にならない。問題はその攻撃により、一時的にダイコンの視界が奪われたという事だ。
次にダイコンが目を開けた時、ブンタの短刀はダイコンの首元にまで迫っていた。
「……!」
「勝負あり……だな」
トドメが刺される前に、プラターヌがそう呟いて勝負に決着を着ける。
「まさかここまでとはな……」
「あいつの手持ちはバトルが苦手な奴も多いが、少なくともこっちでバッジも取っている。タイプ相性くらいじゃ、リーグ本戦出場者との実力差は埋められない」
ハルカのポケモンバトルを初めて目の当たりにしたデクシオに、ソウマが注釈を入れた。ユウリも勝敗は分かっていたとでも言うように頷いている。
「畜生……!」
敗北を叩きつけられたタクヤは、あまりのショックに膝から崩れ落ちる。短刀を納められたダイコンも、悲しそうに俯いていた。
「タクヤ」
四つん這いになるタクヤに、プラターヌが歩み寄る。
「約束だ。君にメガストーンは渡せない」
これでバシャーモナイトは無事ハルカの手に渡る。タクヤもこれ以上我儘を言うつもりはない。
「代わりにこれを渡そう」
プラターヌの声に、タクヤは顔を上げる。プラターヌが差し出していたのは、赤色の端末だった。
「カロス地方のポケモン図鑑だ。これを持って、カロス地方に生息するポケモンの情報を集めて欲しい。そしたら君は、今よりもっと成長している筈だ」
ポケモン図鑑。博士が新米ポケモントレーナーに渡す道具だ。
「タクヤが一人前のポケモントレーナーになった時、君にメガストーンを渡す事を約束しよう」
プラターヌを見上げるタクヤの瞳が光り輝く。
「……本当ですか」
「プラターヌに二言はないよ」
地面に突いていた手で、タクヤはポケモン図鑑を受け取る。その時タクヤの肩書きに、農家の息子と共にポケモントレーナーが追加された。
「ありがとうございます!」
ダイコンも嬉しさのあまり、タクヤの胸元に飛び込む。この感動を逃さないようにと、タクヤはダイコンを力一杯抱き締めた。
ハルカとブンタも、タクヤを優しく見守る。ここに新たなライバルが誕生した訳だが、今はただ新たなポケモントレーナーの誕生を祝うばかりだった。