俺のポケットモンスター   作:越谷さん

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【舞台】シンオウ地方・リッシ湖
【登場人物】
《ハルカ》ミシロタウン出身のポケモントレーナー。愉快なポケモン達と談笑しながら、行き当たりばったりな冒険を続ける。
《エレナ》ハルカの幼馴染。ポケモンコーディネーターの修行の為、ハルカの旅に同行中。
《テッペー》わんぱくなビーダル。先輩呼びに憧れている。
《ミヤビ》おだやかなコロトック。言葉が詩的な音楽家。
《トピアリー》さみしがりなフワライド。ゴーストタイプなのにお化けが苦手。
《マイ》おとなしいミミロル。誰もが振り返る絶世の美女。
《カエデ》なまいきなイーブイ。表は愛想良く振る舞うが裏は腹黒。
《ネジ》おくびょうなリオル。波導の力が他個体よりも強いが臆病者。
《オジョー》てれやなエネコ。ハルカを恋い慕うもツンデレで素直になれずじまい。


【傑作選042】立志

 大地に空いた大きなクレーター。数分前までここにはリッシ湖と呼ばれる湖があった筈なのだが、今は見る影もない。ただ行き場を失ったコイキングが、ピチピチと跳ねるばかりだった。

 クレーターの底の洞穴で、ハルカ達はこの事態の元凶と対峙する。

「お前の顔、知ってるぞ。ハクタイのギンガ団アジトに乗り込んできた子供だな。ふっ、ジュピターも情けない。まさかこんな子供に負けるとは」

 口を開いたギンガ団員は、紺色の髪を猫耳の様に両端から跳ねさせている。幹部のジュピターを呼び捨てで呼ぶあたり、彼もギンガ団の幹部なのだろう。

「私はギンガ団幹部サターン。ギンガ団を邪魔するなら、どんな可能性も潰させてもらう」

 サターンはそう名乗ると、モンスターボールからとあるポケモンを繰り出した。両手の棘を尖らせる、目付きの悪いどくづきポケモンのドクロッグだ。

「これ以上お前らの好きにはさせねぇ!」

 ハルカもサターンに対抗して、モンスターボールからテッペーを繰り出す。テッペーもドクロッグに向けて戦意を剥き出していた。

「オジョー! カエデ! エレナの事頼んだぞ!」

「分かった!」

「ハルカも気を付けて!」

 少し離れた位置から、エレナはハルカを見守る。恐らくエレナの安否を見ながら戦える相手ではないと、ハルカは直感していた。

「行くぞテッペー!」

「あいさー!」

 自分自身を鼓舞するように、ハルカとテッペーは互いに声を上げる。

「アクアジェット!」

 先手必勝だとテッペーは体に水を纏って、瞬く間にドクロッグに突進した。しかしドクロッグはその場を動こうとしない。

 両腕でドクロッグはテッペーの突進を受け止める。その乾燥した肌に、テッペーの突進は効いていないようだ。

「なっ!?」

「ドクロッグ、どくづき」

 停止したテッペーに、ドクロッグは右手の棘を突き刺す。

「ぐっ!」

 深く刺さった棘に、テッペーは地面に膝を突く。しかしドクロッグの本命は左手だった。

「かわらわり」

「がぁっ!」

 ドクロッグの左手がテッペーの背中を叩き割る。その拳はノーマルタイプのテッペーには効果抜群だ。

「テッペー!」

 名前を呼んでもテッペーの反応はない。どうやら意識を失ってしまったようだ。

「くっ! だったら……ミヤビ! お前が決めろ!」

 選手交代だと、ハルカはモンスターボールからミヤビを繰り出す。この非常事態にも関わらず、ミヤビは優雅に旋律を奏でていた。

「れんぞくぎり!」

 ハルカの指示に、ミヤビは演奏を止めてドクロッグに刃を向ける。ミヤビの刃は、ドクロッグの棘によって容易に受け止められてしまった。

 ミヤビは連続でドクロッグに斬り掛かるが、その刃はドクロッグに届かない。互いに斬撃を凌ぎ合う鋭利な音が洞穴内に響き渡った。

 膠着状態の中、動きを見せたのはドクロッグだ。

「どろばくだん」

 攻撃の合間を縫って、ドクロッグは手元で泥爆弾を生み出すと、それをミヤビに向かって投げる。至近距離で投げられた爆弾に、ミヤビは顔面で受け止める他なかった。

「くっ!」

 ミヤビの視界が泥によって塞がれる。

「どくづき」

 その一瞬の隙を、ドクロッグは右手の毒針で突き刺した。ミヤビの体を、神経系の猛毒が走る。

「ミヤビ!」

「屈辱は泥の味……」

 毒に蝕まれて、ミヤビは地面に手を突く。なんとか立ち上がろうとしていたが、毒の回ったその足が立つ事はなかった。

「くそっ……!」

 ドクロッグの奥で、サターンは不敵な笑みを浮かべている。こちらを馬鹿にしたようなその笑みが癇に障って、ハルカは怒りを募らせた。

 するとハルカのポケットから、二匹のポケモンが勝手に飛び出してきた。

「私達だって!」

「戦いますよ!」

 闘志を滾らせたマイとトピアリーだ。

「お前ら!」

 マイは天井に頭をぶつけてしまいそうな程に高く跳び上がる。その間トピアリーは霊気を手元に集めて球を錬成していた。

「とびげり!」

「シャドーボール!」

 ドクロッグに目掛けてマイは急降下し、トピアリーはシャドーボールを発射する。二方向から攻撃を向けられて尚、ドクロッグの表情が崩れる事はなかった。

 まず跳んできたマイから対処しようと、ドクロッグはマイの跳び蹴りを容易く躱し、逆にマイの右足を捕らえた。

「キャッ!」

 ドクロッグは捕らえたマイを、発射されたシャドーボールに投げ飛ばす。ノーマルタイプのマイとの衝突によって、シャドーボールは無効化された。

「なんですと!?」

 マイはそのままトピアリーに突撃し、二匹してその場に倒れる。

「うわっ!」

「ごめんトピィ!」

「いえ私は大丈夫で」

 僅かな声の掛け合いですら、ドクロッグは許してくれない。

「シザークロス」

 間近に迫っていたドクロッグが、両手の棘を交差させて、倒れる二匹に襲い掛かった。

「キャアッ!」

「ぐわぁっ!」

「マイ! トピィ!」

 ドクロッグの毒牙に、二匹は力失く地面に倒れる。洞穴には立ち上がれないでいる四匹のポケモンと、未だ力を余したドクロッグが並んでいた。

「マーズとジュピターがやられたというからどんなものかと思えば、所詮この程度か」

 サターンの嘲笑に、ハルカは悔しさのあまり歯を食い縛る。行き場のない怒りが、ハルカの拳の中で疼くように震えていた。

 悔しさに打ち震えるのはハルカだけでない。

「皆……」

 次々と倒れていった仲間達を目に、エレナは息が詰まる。

「……私達も行くわよ!」

「はぁ!?」

 エレナの護衛に回っていたオジョーの声掛けに、カエデは声を荒げた。

「なんで私達まで!」

「なんでって、アンタこの状況で黙って見ていられる訳!?」

「それは……」

 オジョーの涙混じりの言葉に、カエデも口を噤む。この状況でなにも感じないで居られる程、カエデの心は腐っていなかった。

「くっ……!」

 ハルカのポケットには、もう一つモンスターボールが残っている。しかしそれを出す訳にはいかない。彼を戦場には出さないと、ハルカは心に決めたのだ。

 その時、ハルカの残りのモンスターボールがひとりでに封を開いた。

「!」

 モンスターボールから飛び出した影が、洞穴に降り立つ。

「ネジ……」

 まさか戦闘が苦手なネジが、自ら戦場に出てくるとは。ハルカだけでなく、エレナやマイも驚いたようにネジを見つめていた。

「なんだ、まだ手持ちが居たのか」

 新たな敵の登場に、ドクロッグは棘を尖らせる。しかしネジの視線はドクロッグに向いていなかった。

 こんな自分に優しくしてくれた、こんな自分を仲間と呼んでくれた皆が、今は苦しそうな波導を出しながら倒れている。その光景にネジの心は痛んだ。

「皆……」

 仲間達をこんな目に合わせたのは、今も飄々と立っている彼奴だ。心の奥底から湧き上がる憤りが、臆病なネジの体の震えを消し止めていた。

「許さない……絶対に!」

 目を吊り上げたネジに、サターンは失笑する。

「ドクロッグ、あいつにも同じ絶望を味あわせてやれ」

 サターンの命令に、ドクロッグはネジに詰め寄った。鋭利な右手の棘が、先端恐怖症のネジに向かって突き進む。

「ネジ!」

「どくづき」

 毒の棘が刺さる寸前、ネジは体を横に翻してドクロッグの拳を回避した。

「!?」

 攻撃を躱されたドクロッグは、驚きの表情をネジに向ける。ネジは平然とドクロッグを見つめるだけ。驚いているのはドクロッグだけでなく、ハルカを含めた洞穴内の全員だった。

「……かわらわり」

 所詮まぐれだろうと、ドクロッグは今度は左手をネジに振り上げる。次こそは命中したかと思われたが、またしてもその拳は寸前で躱されてしまった。

 それから幾度と攻撃を繰り返しても、ネジは紙一重で避け続ける。確かにそこに居る筈なのに手が届かない。まるで幻影を捕らえようとしているかの様だった。

「凄い……」

「もしかして、波動で相手の攻撃を先読みして躱してる……?」

 ネジには相手の思考や感情を波導から読み取る能力が備わっている。ドクロッグから溢れる波導から次の攻撃を予測し、回避に動いているのだろう。言ってしまえば、ネジには少し先の未来が見えているのだ。

「ちっ!」

 一向に当たる事のない毒牙に、サターンは視線を逸らす。

「ドクロッグ! そいつは後回しだ! 先に他の奴を仕留めろ!」

 ネジに浪費している時間はないと、ドクロッグは標的を地面に伏すテッペーに定める。踵を返し、テッペーへと早足に距離を詰める。しかしテッペーとの間に、小さな壁は立ちはだかった。

「くっ!」

「させない!」

 ネジを倒さない限り、ドクロッグは自由に動かせてはもらえないだろう。怒りのあまり振り上げた拳も、虚しく空に振るわれるだけだった。

「ネジ……!」

 回避の最中、ネジは拳を握る。ただその拳がドクロッグに向けられる事はない。ネジはネジで、この状況に限界を迎えていたのだ。

「サターン様! もう間もなく!」

 洞穴の外から顔を出したギンガ団員が、サターンに声を投げる。次の目的地へと向かう準備が整ったようで、サターンは不機嫌に舌を打った。

「……この私が時間稼ぎにしかならないとは」

 サターンはハルカ、そしてネジを宿敵を見るような目で睨む。

「まぁ良い。お前のような子供がなにをしても、流れる時間は止められない。ギンガ団は三つの湖に眠っている三匹のポケモン、そのパワーを使って新しい宇宙を生み出す」

 ドクロッグを連れて、サターンは洞穴の外へと歩き出す。

「……次に会った時は、必ずお前を潰してやる」

 そう言い残して、サターンは洞穴を出ていった。外からプロペラの回る音が聞こえる。ヘリコプターで飛び立たれては、後を追うのは難しいだろう。

「くそっ……!」

 結局なにも出来なかった自分に、ハルカは自責から自分の太腿を強く叩く。その時、ふとなにかが倒れる音が響いた。

 目を向けると、そこにはいつの間にか地面に寝そべっていたネジの背中が映っていた。

「ネジ!」

 倒れたネジに、ハルカ達は駆け寄って声を掛ける。

「おいネジ! 大丈夫か! しっかりしろ!」

 ハルカが体を大きく揺らしても、ネジの応答はない。ただ目を瞑って、ハルカの腕の中で静かに眠るだけだった。

 

 ◎

 

 次にネジの瞳に映ったのは、見覚えのない天井だった。

「うわっ!」

 突然意識を取り戻したネジは、ベッドの上で飛び起きる。聞こえてくるのはテレビコトブキで流れる夕方のニュース。どうやらあれから半日以上時間が経過しているようだ。

「おっ、やっと目が覚めたか」

 ベッドの側ではハルカが椅子に腰掛けて、オボンの実の皮をナイフで器用に剥いていた。既に剥き終わったオボンの実が、近くのテーブルに溜まっている。

「ハルカ……」

 見覚えのある存在に、ネジは安堵の溜息を吐く。

「……ここは?」

「近くのホテル。傷付いたお前らを回復させてもらうのに、部屋を貸してもらったんだ。つってもお前は、疲れて眠っちまっただけだったんだけどな」

 ここはリッシ湖の畔にあるホテルグランドレイク。以前旅の道中にホテルのオーナーと顔見知りになっていた事もあり、ハルカの急な頼みもなんなりと快諾してくれた。

「そうだ! 他の皆は!?」

 唐突に思い出して、ネジはハルカに問い掛ける。自分も疲労困憊で倒れた筈なのだが、そんな事は棚に上げて心配するネジに、ハルカは思わず笑みを漏らした。

「大丈夫だよ。皆ホテル専属のジョーイさんに診てもらって、順調に快復してる。今頃医務室でぐっすり寝てるだろうよ」

 テッペー達の様子はエレナ達が見ている。的確な治療を受けたので、一同も直に目を覚ます事だろう。

「そっか……良かった」

 ハルカの答えに安心して、ネジは視線を落とす。目に映るのは小さな自分の両掌。

「……ごめん」

 謝罪を口にしたネジに、ハルカは目を向けた。

「僕に戦う覚悟があれば、皆をこんな目に合わせずに済んだのに。僕がもっと強ければ……」

 こちらに向けられたドクロッグの鋭利な棘が、今もネジの心を蝕む。

 本当は死ぬ程怖かった。戦場に立ってからも、ネジは握った拳を相手に向けられずにいた。拭い去る事の出来ない臆病が、ネジの攻撃を妨げたのだ。

「なに言ってんだ」

 後悔するネジに、ハルカが声を掛ける。

「お前が戦ってくれなかったら、きっと皆もっと重傷になってた。お前のおかげで、皆助かったんだ」

 ネジが居なければ、一同はきっと酷く蹂躙されていただろう。ネジの活躍は決して無駄じゃない。

「ありがとな、ネジ」

 ハルカから真正面に感謝を告げられ、ネジは照れ臭さから顔を背けた。

『繰り返しお伝えします』

 ニュースキャスターの台詞が耳に入ってきて、二人は視線をテレビに向ける。

『本日シンオウ地方の三つの湖、シンジ湖、リッシ湖、エイチ湖にて、それぞれ湖を干上がらせる程の大爆発が発生しました。詳細な原因は未だ分かっておらず、警察はテロの可能性も視野に入れて捜査を進めています』

 テレビに映るのは、上空から撮影されたシンジ湖の様子。リッシ湖と同じように、そこが湖だった影は見当たらない。ニュースキャスターによるとエイチ湖も同様の状況らしい。

「ユウリとソウマもダメだったか」

 それぞれ湖に向かった筈の二人から依然連絡はない。ニュースから結果は失敗に終わったという事は分かるのだが、果たして二人は無事なのだろうか。

「なんとかギンガ団を止めねぇと……」

 ニュースの合間では、ギンガ団のCMが素知らぬ顔で放送されている。この企業が大爆発を起こした組織だとは誰も思わないだろう。だからこそ、知っている自分達が止めなければならない。

「ハルカ」

 不意に名前を呼ばれ、ハルカは振り返る。

「僕……強くなりたい」

 ネジは自分の中に生まれた想いを、丁寧に口にしていった。

「強くなって、皆を守れるようになりたい!」

 今まで強くなりたいなんて思わなかった。戦いたいなんて考えた事もなかった。そう思うようになったのは、守りたいと思える仲間に出逢ったからだ。

「……うん、強くなろう」

 ネジの覚悟に、ハルカも頷く。

「俺達で、一緒に」

 心を揃えるように二人は手を取り合う。二人から溢れる波導は、まるで共鳴しているかのようにシンクロしていた。

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