【登場人物】
《ハルカ》ミシロタウン出身のポケモントレーナー。愉快なポケモン達と談笑しながら、行き当たりばったりな冒険を続ける。
《エレナ》ハルカの幼馴染。ポケモンコーディネーターの修行の為、ハルカの旅に同行中。
《ナゴヤ》なまいきなバシャーモ。ハルカが最初に貰ったポケモンである、俺様主義な唯一無二の相棒。
《エノン》まじめなキノガッサ。個性豊かな仲間達にツッコミを入れるツッコミ職人。
《ニート》きまぐれなヤルキモノ。ニートから就職して社会人に。
《オジョー》てれやなエネコ。ハルカを恋い慕うもツンデレで素直になれずじまい。
《クイン》ずぶといチルタリス。自分の翼に誇りを持つナルシスト。
《ヘイジ》ようきなヘイガニ。お笑いが大好きで、よく古典的なボケをする。
えんとつ山にてマグマ団との決戦を終え、ホウエン地方に平和をもたらしたハルカ達。そんな彼らが今どこに居るかというと、トクサネシティの波打ち際で茫然としていた。
「……さーて、どうしたもんかね」
ぽつんと突っ立ったハルカ達を嘲笑する様に、海色の波が寄せては返す。
「次の街ってこの海の先にあるんだよな?」
ハルカは水平線に向けていた視線を後方に向ける。ハルカの声に答えたのは、四つ折りの地図を広げていたエノンだ。
「そうだね。でもルネシティは岩山に囲まれている街みたいだから、ただなみのりで行くんじゃなくて、途中ダイビングで海底のトンネルを潜んないと街には行けないみたいだよ」
地図を見る限り、次の目的地であるルネシティは絶壁の岩山にぐるりと取り囲まれている。闇雲に泳いでいっても、辿り着く事は出来ないだろう。
「そんなとこにジムなんて造んなよな」
ハルカの現在のジムバッジは七つ。あと一つ入手するには、ルネシティにあるジムに挑戦しなければならない。
「普段は定期便の潜水艦が出てるみたいなんだけど」
「アクア団の影響で今は一時休航してるみたいよ」
「どいつもこいつも好き勝手暴れやがって」
ポケナビを見ながらのエレナとオジョーの補足に、ハルカは苛立ちから舌を打つ。
「まぁ良い。海がダメなら空からだ」
こんなところで諦める訳にはいかないと、ハルカは頼れる美しき綿雲の翼に助けを求めた。
「頼んだぞクイン!」
「断る」
「えぇっ!?」
考える間もなく即答したクインに、ハルカは思わず声を上げる。
「俺の翼はお前を乗せて飛ぶ為のものじゃない。そう何度もお前の汚い足に俺の翼を汚されて堪るか」
自分の翼を丁寧に毛繕いしながら、クインは語る。
「それに今まで行った事のない場所への飛行となると、人間を乗せての飛行は難しい。風量や風向が全く分からない状態での不安定な飛行はかなり危険だからな。その上今回はお前だけじゃなくエレナも居る。乗せられたとしても定員は一人だけ。二人は重量オーバーだ」
クインの口にした理由は至極真っ当だ。これ以上捏ねる駄々も持ち合わせておらず、ハルカは押し黙る事しか出来なかった。
「大丈夫だ! いざとなったら俺がクロールでこの海泳ぎ切ってやるよ!」
「だから潜んなきゃいけねぇって言ってんだろ……」
論点も分からずに大声を上げるニートに、ハルカは頭を抱える。そんなハルカの苦悩を、ナゴヤは腕を組んだまま静観するばかりだった。
行き詰まるハルカに、底抜けに陽気な声が掛けられる。
「なにを悩んでんだよ!」
太陽の如く眩しい笑顔を見せるヘイジだ。
「てやんでい! 海の事はこの俺にドンと任せとけ!」
大きく張った胸を、ヘイジは右の鋏で叩く。そんなヘイジに向けるハルカの目は、実に冷ややかだった。
「……いやお前、ダイビング覚えられなかったじゃねぇか」
ダイゴから譲り受けたひでんマシンのダイビング。ルネシティを海路で向かうとなると、その秘伝技の習得は必須である。
「確かに俺は覚えられなかった! でもこれから血の滲むような修行を経て、覚えられるようになるかもしんねぇじゃねぇか!」
「修行ってなにするんだよ」
「えーまずは教科書341ページ開いてー!」
「それは授業」
エノンからのツッコミに、ヘイジは愉快に笑っている。お笑い好きのヘイジは、今日も通常営業だ。
「お困りのようですね!」
海際で黄昏れるハルカ達に、突如謎の声が掛けられる。
何者かとハルカが振り返ると、そこには白衣を纏った大人が数人。全員眼鏡の奥の眼光をギラリと光らせていた。
「……どちらさんですか?」
目にしただけでは正体が分からず、ハルカは先頭に立つ白衣の女性に尋ねる。
「私の名前はマユリ! 日夜研究と発明に奮闘する、稀代のマッドサイエンティストです!」
高らかに謳い上げたマユリに、一同は怪訝な視線を送る。見た目やその自己紹介から、ただならぬ胡散臭さが溢れ出していた。
「そこのヘイガニさん!」
「ヘイジです」
「なんでもひでん技のダイビングを習得したいだとか!」
マユリにぐっと距離を詰められ、ヘイジの甲殻に冷や汗が滲む。
「そんなヘイガニさんに、私の科学の力でダイビングを習得させてあげましょう!」
「!」
マユリの口から飛び出た発言に、ヘイジは顔を上げた。
「ほっ、本当か!?」
ヘイジの言葉はマユリに届かない。そもそもマユリは自慢気に鼻を鳴らしており、その鳴き声すらも届いていないようだった。
「ちょっと待て」
そんなマユリの提案に、ハルカが待ったを掛ける。
「アンタ、さっき自分でマッドサイエンティストって言ってたよな? そんな怪しさ満点のアンタ達に、うちのヘイジをどうこうさせる訳ねぇだろ」
マユリ達の胡散臭さは異常だ。彼女達にヘイジを任せてはろくな事が起きないと、ハルカの第六感が働いていた。
「確かに大きな力に代償は付き物です。ヘイガニさんも無事では済まないかもしれません」
「ヘイジです」
「だがしかし! 私の目にはそんな代償にも決して屈しない、ヘイガニさんの強い覚悟が見えました! トレーナーさんの目には、一体なにが見えていますか?」
マユリに諭され、ハルカはヘイジに目を向ける。ヘイジはというと、光沢のある甲殻を俯かせていた。
「……この前のマグマ団との戦い。ナゴヤ達のおかげでなんとか勝てたけど、俺にも他に出来た事はあったんじゃないかってずっと思ってた」
思い出すのは先日の記憶。ヘイジも下っ端相手に十分過ぎる活躍を見せていたが、それだけでは満足できていなかったらしい。
「もし俺に出来る事があるのなら、俺はもっとハルカ達の役に立ちたい!」
顔を上げて、ヘイジはハルカに思いの丈を打ち明ける。そこに普段のおちゃらけたヘイジは居ない。愚直に真っ直ぐな瞳でハルカを見つめていた。
ヘイジの思いにハルカは右手で後頭部を掻き毟る。
「……妙な真似したら承知しねぇからな」
険しい目で注意勧告をし、遠回しにマユリの提案を了承する。瞬間マユリの眼鏡が厭らしく光った。
「はーい! それじゃあヘイガニさんを研究所まで連れてってー!」
「イェッサー!」
マユリの掛け声に合わせて、背後に並んでいた一人の研究員がヘイジを担ぐ。
「おわっ!」
混乱するヘイジを祀り上げるように掲げたまま、マユリ達は砂浜をそそくさと走り出した。向かう先は少し離れた場所に経っていたハリボテの研究所。雨風を凌ぐ程度のトタン屋根には、歪な形の煙突が刺さっている。
「あんなとこに研究所あったんだ……」
意外と近くにあった研究所へとマユリ達は駆け込む。研究所からはやたらと大きな機械音が響いてきたが、中でなにが行われているかはさっぱり分からなかった。
「本当に大丈夫なの?」
「まぁ、なるようになんだろ……」
心配になってエノンがハルカに声を掛ける。今更後悔したところで、ヘイジは既にあの研究所の中だ。
すると突然、研究所から劈く様な悲鳴が聞こえてきた。
「ギャァァァァァァァ!」
「「「「「「「!?」」」」」」」
悲鳴の正体はなにを隠そうヘイジである。
「今の声ってヘイジ!?」
「やっぱ預けるべきじゃなかったんだ!」
「ナゴヤ! ヘイジを助けろ!」
地獄から聞こえてくる様なヘイジの断末魔に、一同は戦慄する。ヘイジを奪還するべく、ナゴヤは臨戦態勢に入った。
その時、研究所の扉や窓から眩い光が漏れ出てきた。
「「「「「「「!」」」」」」」
視界を塞ぐような光に、一同は目を瞑る。その眩い光に、一同は既視感を覚えていた。
「この光って……!」
「まさか進化……!?」
悲鳴と光がぴたりと静まる。どうやら全て完了したようで、研究所の扉が音を軋ませて開いた。
満を持して研究所から出てきたヘイジは、サイボーグと化していた。
「お待たせしました! こちら科学の力によって生まれ変わりました、ヘイガニさん改めシザリガーさんです!」
「「「「「「ヘイジィィィィィィィ!」」」」」」
生まれ変わったヘイジの姿に、一同は絶叫する。
赤色の鋼鉄に覆われた体に、一回り大きくなった鋏。頭頂部には金属質な星がキラリと輝いている。そんな数ある変化の中でも、あれだけ感情豊かだったヘイジの瞳が虚空を見つめている事が最も苦しかった。
「おい! なんて事してくれてんだ! こんなの進化じゃなくて改造だろ!」
「代償は付き物とは言ってたけど! いくらなんでも重過ぎるわ!」
機械化したヘイジを庇いながら、ハルカとエノンが糾弾する。その間もヘイジの表情は、まるで鉄仮面を被った様に変化がなかった。
「違いますよ! 私はただヘイガニさんが進化するのをお手伝いしただけで!」
「嘘つけ! 前見たシザリガーはこんなんじゃなかったぞ!」
マユリが首を横に振るも、アクア団の下っ端のシザリガーを見た事があるハルカに、その弁明は無効だった。
「ヘイジ大丈夫?」
「私達の事分かる?」
エレナとオジョーがヘイジに近付いて様子を見る。二人の声にも無反応だったが、しばらくして瞳の液晶が光り出した。
『……エレナ、オジョー、生体反応検知』
「えぇっ!?」
陽気なヘイジの声は機械音声に書き換えられてしまった。
「なに!? 今私達検知されたの!?」
『テヤンデイ、俺ハヘイジ改メアンドロイドヘイジ』
「アンドロイドヘイジ!?」
ヘイジの口から出てくるのはどれも合成音声ばかりで、耳にする度に胸がぎゅっと苦しくなる。
「どうなってんだよ! やっぱロボットに魔改造されてんじゃねぇか!」
「違いますって!」
必死に弁明するマユリだったが、ハルカの憤りは最早その程度では収まらなかった。
「ヘイジ……本当に機械になっちゃったの?」
瞳を潤わせながら、エレナがヘイジに声を掛ける。その質問にヘイジはコンピューターとなった脳で回答を導き出した。
『ソレデハ本日ノゲストヲ紹介シマス』
「それは司会!」
「あれ? もしかしていつも通り?」
その応酬には馴染みがあって、エノンが疑念を覚えた。
「私は本当にヘイガニさんの体を少しイジって、ダイビングを覚えられるように進化のお手伝いをするだけのつもりだったんですけど、思ったよりヘイガニさんの脳の容量が低く、途中でキャパオーバーしてしまったようで……」
「成程……」
ヘイジの容量が悪い事はハルカが一番理解している。その低性能な容量は、稀代のマッドサイエンティストにも見当がつかなかったようだ。
「おいヘイジ! 大丈夫か! いや今はアンドロイドヘイジだったな!」
ニートはヘイジに近付くと、壊れたテレビを直す様に強く叩く。鋼鉄の甲殻には傷一つ付かなかったが、ヘイジの体は大きく揺らされた。
するとヘイジの液晶がニートの体を読み込む。
『ニート、29』
「なにが!?」
唐突に発表された数字に、ニートは口をあんぐりと開けた。
「なんか数字つけられたんだが!?」
『オ笑イ能力測定機能ニヨリ、視界内ニ入ッタ相手ノオ笑イ能力ヲ数値化シテ測定スル』
「なんだその機能!」
「質の悪いお笑い評論家みたいになってる!」
使いどころの見出せない機能に、一同は困惑する。そんな一同を視界内に入れ、ヘイジは一同のお笑い能力を測定していった。
『ハルカ、76。エノン、84。ナゴヤ、43。クイン、51。エレナ、65。オジョー、98』
「なんで私そんな高いのよ!」
パーティ随一の最高得点を叩き出したオジョーだが、その結果に不服なようで強く異議を唱えていた。
「……まぁ、思ったより楽しそうだから良いか」
機械に侵されたヘイジの表情は変わらない。しかしその表情が楽しんでいるように見えて、ハルカもこの現実を受け入れる事にした。
「良かった……」
トレーナーの許しを得て、マユリは深く安堵したように胸を撫で下ろす。
「それはそれとして」
続いたハルカの声に、マユリは疑問符を浮かべた。
ハルカが無言で右手を挙げて指を下ろすと、指示を受けたナゴヤが走り出す。ナゴヤの足が向かった先は研究所。ナゴヤが到着した数瞬後、研究所は業火に焼かれて木っ端微塵に爆発した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
目の前で爆散した研究所に、マユリ達は阿鼻叫喚を上げる。足は立つ力すらも失い、砂浜に丸まった白衣の塊が幾つも出来上がった。
「そんな……私達の研究所が……」
「仲間がこんな目に合ってんのに許す訳ねぇだろ」
泣きじゃくるマユリをハルカが見下ろす。正直まだ虫の居所は悪かったが、無表情なヘイジの顔に免じてこの程度で勘弁する事にした。当のアンドロイドはなにも分からないように、液晶の瞳で景色を記録するだけだったが。
◎
成れの果てと化した研究所に向かったマユリ達と離れ、ハルカ達は再度砂浜に黄昏れていた。
「それで、結局こいつはダイビング覚えたんだよな?」
「元はそういう約束だったからね」
マユリにヘイジを預けた最初の理由は、ダイビングの習得だ。これでダイビングが習得できていなかったら、マユリには追加で灸を据えなければならない。
「まぁ、試してみるか」
物は試しだと、ハルカはヘイジに指示を投げた。
「ヘイジ、ダイビング!」
するとヘイジの瞳の液晶が眩く光る。
『ダイビングモード、起動』
合成音声を口から流すと、背中の鋼鉄の甲殻が両開きで開く。中から透明なガラスが出てきたかと思えば、全面ガラス張りの即席ボートが完成した。
「なんか出てきた!」
ロボットアニメの様な展開に、一同は開いた口が塞がらなかった。
「凄い……これ全員乗れるんじゃない?」
「あの女……なにが改造なんてしてないだよ……!」
エレナが跨いでボートに足を踏み入れる。床や壁のガラスは薄そうだが、耐水性や耐久性には問題のない様子。ハルカ、エノンと続いて乗船しても広さは申し分なかった。
全員の乗船を確認すると、壁のガラスが天井にまで伸びてボートは楕円形の潜水艦となる。一番身長の高いナゴヤでも、のびのびと腕を回せる程の空間だ。
『出発進行』
ヘイジは潜水艦を背中に繋がった綱で引いて、海へと歩き出す。乗船人数七名だが、そんな重量は感じさせない馬力で引っ張っていた。
ヘイジが海に潜るのと合わせて、潜水艦も海に沈む。その時ハルカ達の瞳に映ったのは、美しきホウエンの海だった。
「うわぁー!」
ホエルコの優雅な遊泳と、ラブカスの愛の語らい。パールルの暢気なうたた寝に、ミロカロスの華麗な舞踊り。三百六十度が海の世界で、まるで自分達もみずポケモンになった様だった。
「綺麗……」
「海の中の景色ってこんな綺麗なんだね」
「うおぉぉぉ! テンション上がってきたぁー!」
「ニートうるさい」
「でもこれはテンション上がるな」
潜水艦の中も感嘆の声で溢れ返る。ハルカとナゴヤも、声を忘れる程にその景色に見惚れていた。
「ん?」
ふとオジョーが深海の奥の影に気付く。その影はこちらに向かって凄まじい勢いで近付いてくる。それがサメハダーだと気付いた時には、サメハダーの鋭利な牙が潜水艦に噛み付いてきた。
「ギャァァァァァァァ!」
恐怖のあまりオジョーはエレナの胸に跳び込む。他の乗員達もサメハダーの強襲に顔を青ざめさせていた。
しかしどれだけ噛み付いても潜水艦には傷一つ付かない。遂には諦めて、サメハダーはどこかへと泳いで行ってしまった。
「海って怖……」
「この潜水艦って意外と頑丈なんだな」
海は美しいものであると同時に恐ろしいものであると、一同は再確認する。そんな一同の恐怖も知らずに、ヘイジは悠々と遊覧を満喫していたが。
しばらくしてヘイジは海深くにあるトンネルに潜った。先程とはまた一味違った景色に、一同の目が飽きる事はない。
「……ん? これって」
ヘイジの航路にエノンが気付く。そしてその予感は的中した。
トンネルを潜り抜けると、ヘイジは浮上を始める。太陽に照らされた白色の水面が、徐々に近付いてきた。
「あれ? 到着か?」
「そうみたいだよ」
ハルカの声にエノンが答える。
「この海を出たら、遂にルネシティだ!」
ホウエン地方最後のジムが待っている街。その到着を目前に、ハルカの鼓動は早くなる。胸の高鳴りを感じながら、ヘイジの引く潜水艦は海底から海面へと飛沫を上げて浮き上がった。