《ハルカ》ミシロタウン出身のポケモントレーナー。愉快なポケモン達と談笑しながら、行き当たりばったりな冒険を続ける。
《ブロリー》ようきなバチンキー。褒め上手な太鼓持ち。
《ショーン》おだやかなウールー。羊の執事。
《カシワ》ゆうかんなガラルカモネギ。誇り高き武士。
《シイナ》がんばりやなカジッチュ。都会に憧れる田舎者。
シーフードレストラン『防波亭』。バウタウンに拠点を構える、新鮮な海鮮が売りの人気レストランだ。窓から広がるオーシャンビューを眺めながらの逸品は、有名人がお忍びで来店する程である。
そんな一流な料理を振る舞うレストランでは、勿論接客も一流である。
「イエッサン」
開店前、オーナーに呼ばれてイエッサンは振り返る。
かんじょうポケモンのイエッサン。雄と雌で見た目の異なるポケモンだが、彼は角を縦向きに生やした雄のイエッサンだ。ポケモンも多く来店する当店ではポケモンの従業員も在籍しており、彼はそのリーダーを任されている。
「今日ポケジョブで初出勤のポケモンが四匹来るから、面倒頼んだぞ」
オーナーからの指示にイエッサンは頷く。人間に献身的なのは、イエッサンの特徴の一つだ。
すると開店前にも関わらず、カランコロンと店の扉が開いた。
「おはようございまーす!」
タイミングを見計らったかのように入ってきたのは、先程話していた本日初出勤のポケモン達だった。
「本日一日お世話になります! よろしくお願いしまーす!」
溌剌とした明るい挨拶をするブロリーに続いて、一同も揃って会釈する。こうしてブロリー達の初めての職場体験が始まった。
◎
ポケジョブ。様々な企業が募集しているポケモンの人事派遣サービス。トレーナーのポケモンが一日出稼ぎに向かい、そこでしか得られない特殊な経験値を得るという、トレーナーも企業も双方にメリットのある仕組みとなっている。
農耕、配達、服飾とその職種は千差万別。その中で今回ブロリー達が戸を叩いたのはレストランのサービス業だ。
「今日一日君達の面倒を見る事になったイエッサンだ。よろしく」
イエッサンはどこかぶっきらぼうに一同に挨拶する。知能の高いエスパータイプのイエッサンは他のポケモンの言語を理解でき、また自分の言語をテレパシーで翻訳する事が出来た。
「先に言っておくが、この店の中でなにより優先しなければならないのはお客様だ」
仕事を始める前にと、イエッサンは一同に釘を刺す。
「テーブルについたお客様を、最高の料理と最高のサービスでおもてなしする。それがこのレストラン防波亭のモットーだ。そこに一切の妥協は許されない。初めての仕事だと思うが、厳しく指導していくからそのつもりで」
それが嫌なら今すぐ帰れと言うように、イエッサンは一同を鋭く睨みつけた。その眼光にシイナは思わず息を呑む。
「……それじゃあまずは挨拶からだ」
気を取り直して、イエッサンは指導に取り掛かる。
「サービスに置いて、挨拶は基本中の基本だからな。お客様を意識して、俺の後に続いて言ってくれ」
そう前置きを据えると、イエッサンは一つ咳払いをして手本を見せた。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませー!」
ブロリーの大きな声が響き渡る。
「ありがとうございました」
「ありがとうございましたー!」
ブロリーの大きな声が響き渡る。
「またのご来店をお待ちしております」
「またのご来店をお待ちしておりまーす!」
「うるさい!」
三回に渡って響いたブロリーの爆音波に、イエッサンの鼓膜は破裂寸前だった。
「素晴らしい! 明るく元気な挨拶だったけど! んなバカデカい声で挨拶されたらお客様びっくりするだろ!」
「こちらの精一杯の歓迎の気持ちを、挨拶で表現しようと思ってな!」
「志は素晴らしいけど!」
ブロリーの健気な気持ちに、イエッサンは叱るに れなかった。
「それより! 君以外の声が全く聞こえなかったが、ちゃんと言ってたか!?」
イエッサンの矛先は、ブロリーの大声で掻き消されたショーン達に向く。声がちゃんと届くように、イエッサンは一人ずつに発声練習をさせた。
「君!」
「いらっしゃいませ」
「なんか様になってるな」
執事の経歴を持つショーンは、華麗なる所作で一瞥する。
「君!」
「いっ、いらっしゃいましぇ!」
「訛りが気になるな」
田舎育ちのシイナは、その訛りが如実に浮き彫りとなっていた。
「君!」
次に指名されたのはカシワ。しかしカシワは嘴を開く事なく、不敵な笑みを漏らすだけだった。
「ふっ」
「おい!」
挨拶を口にしないカシワに、イエッサンが叱咤する。
「なにを笑っている! 真面目に俺に続いて挨拶をしろ!」
イエッサンの叱咤にも、カシワは復唱しようとしない。それどころか右翼に携えたネギマサを構え直していた。
「武士にとって挨拶とは、ネギとネギとの衝突」
高く突き立てていたネギマサを、勢いよく振り落とす。
「相手にこのネギマサを叩きつける事こそが、武士である我の挨拶だ!」
「叩きつけるな!」
床に強く打ちつけられたネギマサに、イエッサンは理解ができなかった。
「なんだその挨拶! 武士だかなんだか知らないがここはレストランだ! そんな太いネギをここで振り回すんじゃない!」
「全てを決めるのはネギマサだ。それが我の武士道である」
「そんな武士道捨ててしまえ!」
いくら言っても言う事を聞かないカシワに、イエッサンは客には決して見せない形相で声を荒げる。イエッサンの剣幕に、周囲の従業員も何事かと様子を見にくる程だった。
タイムカードを切ってまだ数分しか経っていないが、早くも幸先不安である。
◎
それから幾つかの研修を終えて、気付けばレストランの開店時間となっていた。これまでは客を想定しての練習だったが、ここからは実際の客との本番になる。
「良いか? いよいよ実践だ。くれぐれもお客様に迷惑の掛からないように注意してくれ」
「はい!」
ホールとキッチンの間のパントリーで告げられたイエッサンの忠告に、ブロリーが元気良く返事する。この忠告がフラグにならないようにと心から願うばかりだ。
「君達は俺と一緒にホール。残りの君達はキッチンに入ってくれ。キッチンはシェフの言う通りに従ってくれれば問題ない」
「分かりました!」
キッチンに任命されたシイナは、イエッサンからの指示に頷く。同じ指示をされた筈のカシワは、明後日の方向を見つめていた。
キッチンに向かう二人を見送って、ブロリーとショーンは早速ホールの業務に入る。
「それじゃあ早速料理の提供だ。キッチンから出される料理をお客様に提供してくれ。単純な仕事だが、ホールに出ればお客様の目に触れる。常に見られている事を自覚しながら動くように」
キッチンからは薄い更に用意された冷製スープのビシソワーズが二皿給仕されている。このスープを席まで運ぶ事が最初の仕事だ。
「君、行ってこい」
「かしこまりました!」
ブロリーはスティックで敬礼すると、キッチンから用意されたスープの前に立つ。しかしブロリーは両手に握ったスティックを手放そうとしない。それどころかスティックでスープの皿を器用に浮かせ、それぞれスティックの上にスープを乗せてみせた。
「ちょっと待て!」
そのままホールに出ようとするブロリーを、すかさずイエッサンは止めに入る。
「どうした?」
「どうしたじゃない! なんでそんなわざわざ危ない運び方をするんだ! 普通に手で持っていけ!」
止められた理由にピンときていなかったようで、ブロリーはぽかんを口を開けていた。イエッサンの叱咤でその理由が分かると、ブロリーは心配無用とスティックの上の皿を回し出す。
「安心してくれ! ご覧の通り、私のバランス感覚は完璧! 皿を落とすなんて事は万が一にもありゃせんぞ!」
「スープめちゃくちゃ溢れてるじゃないか!」
回転する皿の安定感は凄かったが、盛られたスープは四方に飛び散っていた。
「おっといけねぇ。スープが冷めちまった」
「そこじゃない! そもそもこれは冷製スープだ!」
自分の失敗に気付き、ブロリーは肩を落とす。しかし失敗はそれ以前の問題だという事に気付いておらず、イエッサンは頭を抱えた。
「お待たせしました」
「!」
ホールから聞こえてきた声に、イエッサンは気付く。ブロリーに注視し過ぎて、もう一匹の新人に目が行き届いていなかった事に。
イエッサンはホールに顔を出して、ショーンを覗き見る。ショーンは料理を頭の上に乗せ、女性客二人のテーブルへ提供に向かっていた。
元執事のショーンの接客は大したもので、所作の一つ一つに気品すら感じられる。ただ問題点を一つ挙げるとするならば、ショーンの給仕する当店自慢のカルパッチョに見覚えのない色のソースが掛けられている事だ。
「こちらカマスジョーのカルパッチョ、本日は特別にメェ特製のヤタピソースでお召し上がりくださいませ」
「待て!」
慌ててイエッサンはショーンの前に飛び出すと、謎のソースの掛かったカルパッチョを回収する。
「大変失礼致しました。少々お待ちくださいませ」
女性客に深く頭を下げたイエッサンは、ショーンをバックヤードへと連れ出した。
「なに勝手な事をしている! レストランの料理に妙な物を掛けるんじゃない!」
先程の紳士的な接客とは対照的に、イエッサンは鬼の形相でショーンを詰める。その詰問にショーンは不服そうに目を逸らした。
「妙な物とはなんです。これはメェ特製のヤタピソース。パンチ力のあるカマスジョーの身には、より刺激的なソースでなければ対抗できないのです」
「だからといってソースを変えるんじゃない! いくら料理の腕があるといっても、お客様は防波亭の味を楽しみに来てるんだぞ!」
イエッサンは叱咤しながらも、ショーン特製のヤタピソースを試しに手に付けて一舐めする。瞬間イエッサンの口の中は、まるで大爆発が起きた様な衝撃に襲われた。
「不味っ! なんだこのソース!」
「少し刺激が強過ぎたか」
「なんてものをお客様に食べさせようとしてたんだ!」
呼吸困難になる程の不味さに、イエッサンは給仕に間に合って良かったと心の底から思った。
「助けてくれぇー!」
一難去ってまた一難。助けを求める叫び声がキッチンから響いてきた。客はそのポケモンの鳴き声まで聞き取れなかったが、突如聞こえた断末魔に動揺している。
「なにをしている! ホールまで聞こえているぞ!」
悲鳴を止めるべく、イエッサンは急いでキッチンに駆けつける。そこで目にしたのは、まな板の上でシェフに包丁を向けられるシイナだった。
「助けてくれぇー!」
「本当になにをしている!?」
シイナは瞳から涙をハイドロポンプの様に流しながら命乞いしている。一旦状況を整理しようと、イエッサンはシイナとシェフの間に割って入った。
「いや……シェフに言われた通りに働いとったっちゃけど、気付いたらシェフにうさちゃんカットされそうなって」
「食材が叫び出したらまずその手を止めろ!」
「すまねぇ……」
窮地から救われたシイナは、徐々に落ち着きを取り戻す。イエッサンの叱咤は人間のシェフには伝わらなかったが、憤怒の感情は伝わって平身低頭に謝っていた。
「おらはこんフルーツの盛り合わせが気になって、近くで眺めとっただけなんやけど」
「それはお前にも非がありはしないか!?」
キッチンにはメロンやバナナなど複数のフルーツが用意されている。そんな場所に林檎の見た目をしたシイナが居れば、勘違いされても無理はないだろう。イエッサンの中ではシイナも同罪となった。
「イエッサン! こっち来てくれー!」
「今度はなんだ!」
別のシェフに呼び出されただけで、イエッサンは怒りを覚える。イエッサンのストレスは既に爆発寸前だ。
呼び出されたシェフのもとに急ぐと、そこで待っていたのは今日の新人随一の問題児だった。
「こいつ、ネギじゃなくて包丁を持てって言ってんのに、一向に持とうとしないんだよ」
まな板の上には諦めの表情をしたコイキングが静かに横たわっている。そんなコイキングを前にしても、カシワは包丁ではなくネギマサを大事に抱えていた。
「君! そんなのじゃコイキングを捌けなどしないだろ! とっとと包丁を使え!」
包丁に持ち替えなければ調理は始まらない。イエッサンの叱咤は当然だが、カシワは聞く耳を持とうとしなかった。
「我の愛刀はこのネギマサだけ。それ以外の刃など我は使わん」
カシワはそう愛しのネギマサを握り締める。大した武士道だが、イエッサンにとってその武士道は邪魔でしかなかった。
「じゃあそれで捌けるのか!?」
イエッサンの言葉にカシワは笑止する。
「当然。貴様に見せてやる」
カシワはそう言うと、目の前のコイキングに向かってネギマサを高く掲げた。
「我の愛刀、ネギマサの真の実力をな!」
重力に身を任せて、カシワはネギマサを勢いよく振り落とす。ネギマサはコイキングの体に一切の切傷を付ける事なく、ただ力の限り叩きつけられるだけだった。
「でしょうね!」
分かりきっていた展開に、イエッサンの語調は荒くなっていった。
「それはそうだ! そんなデカいネギでコイキングが捌ける訳ないだろ!」
「これはただのネギではない。私の愛刀のネギマサだ」
「ずっと思ってたがネギマサってなんなんだ!」
「イエッサン落ち着けって!」
このままではサイコキネシスでカシワに抜群を突きかねないと、シェフが止めに入る。イエッサンが激昂を露わにしても、カシワが態度を改める事はなかった。
すると突然、ホールから祭りの様な拍手喝采が聞こえてきた。レストランではまず聞く事のないその囃子に、イエッサンの嫌な未来予知が働く。
「まさか……!」
イエッサンは慌ててキッチンを飛び出し、ホールへと急ぐ。そこで目にした光景に、イエッサンは目を疑った。
「枯れ木に花を咲かせましょーぞ!」
ブロリーがスティックで床を叩くと、ホールに飾ってある観葉植物がみるみる成長する。まるで魔法の様なブロリーのショーに、客は席を立ってブロリーのもとに集まってきていた。
「あらよっと!」
もう一本のスティックの上に乗っていたサラダも、どういう理屈か花を咲かせている。ブロリーの得意技に、客は拍手の音を止めなかった。側で立っているだけのショーンも、どこか自慢気である。
笑顔で包まれるホールの中、ただ一匹憤怒のあまり震えるイエッサン。朝からブロリー達の面倒を見てきたが、流石に我慢の限界だった。
「いい加減にしろぉぉぉ!」
その怒号は防波亭の壁を越えて、バウタウンの全域にまで轟いたという。
◎
ナックルシティのポケモンセンター。併設されたカフェで帰りを待っていたハルカは、出張先から送られてきたメッセージに目を凝らしていた。
「……なんか出禁って書いてあんだけど、お前らなんかした?」
「実に有意義な時間だったぞ!」
訝しむハルカに、ブロリーは悪びれもなく快活に笑う。ショーンとカシワは興味のないように目を逸らしており、シイナだけは罪悪感から愛想笑いを浮かべていた。
彼らがなにをしでかしたのか見当もつかなかったが、二度とポケジョブを利用するのはやめようと心に誓ったハルカだった。