【登場人物】
《ハルカ》ミシロタウン出身のポケモントレーナー。愉快なポケモン達と談笑しながら、行き当たりばったりな冒険を続ける。
《ピコタロー》がんばりやなピカチュウ。世界中のポケモンと友達になるのが夢。
トキワシティを西に歩いた先に聳え立つ荘厳な門。目の前の門を潜ったその先には、ジムバッジを全て集めた者しか通過を認められないチャンピオンロードが待っている。チャンピオンロードを見事踏破した先、セキエイ高原の頂に待ち構えているのは、世界最高峰と称されるポケモンリーグ――セキエイリーグだ。
そんな夢の入口に、ハルカとピコタローは立っていた。
「ここが……世界最高峰の入口」
ジムバッジを一つも手にしていないハルカは、当然この門を潜る事を許されていない。それでもこの場所に来たのは、一つの決意表明だった。
「ピコタロー」
名前を呼ばれたピコタローが、黄色い耳を弾かせる。
「いつか絶対、またここに帰ってくるぞ!」
「……うん!」
もう一度この門の前に立った時には、全てのジムバッジを揃えているように。門の奥から押し寄せるプレッシャーに臆する事なく、ハルカは強く決意を固めた。
◎
来た道を辿ってトキワシティに戻っていた道中、ハルカは草陰にとある影を見つけた。
「ん?」
踵を返して、ハルカはじっと目を凝らす。草陰の先に居たのは一匹のポケモンだった。
丸みを帯びた頭に、細長い手足と尻尾が生えている。特徴的なのは頭の中心にあしらわれた鼻だ。豚を連想される可愛らしい鼻をしたポケモンは、見えないなにかに向かってひたすらに拳を打ちつけていた。
「なんだあいつ……」
奇怪な行動をするポケモンに、ハルカは口をあんぐりと開ける。
「あれはマンキーだよ」
「マンキー?」
「うん。怒りっぽい性格で、暴れたら手がつけられなくなるんだって」
オーキド研究所でオーキドから話を聞いた事があるのか、ピコタローがそう解説した。ハルカの手元のポケモン図鑑も、同じような内容を説明している。
「じゃああれはなにしてんだ?」
ハルカはそう言って、虚空を殴り続けるマンキーを指差した。
「さぁ……でも人間もたまにあーいう事する人居るよね。なにもないところでシュバババッ!てパンチしてる人」
「あーシャドーボクシングか」
確かに人間でも、ボクシングの練習として虚空に拳を打ち続ける者は居る。そう言われると、目の前のマンキーの行動もそこまで奇怪なものには見えなくなっていた。
「じゃああいつは、今自分が強くなる為の特訓をしてるのか……」
誰に言われるでもなく、マンキーは自分の強さを研鑽していたのだ。ハルカの興味は、知らない間にそのポケモンに取り憑かれていた。
「よし、あいつゲットしよう!」
「えっ!?」
ポケットからモンスターボールを取り出したハルカに、ピコタローが振り向く。
「でもマンキーは怒ると手がつけられないって!」
「そんなのやってみねぇと分かんねぇだろ。とにかく俺は、あいつと一緒に旅してみたくなったんだよ」
博士やポケモン図鑑がなにを言おうと関係ない。ハルカにとって大事なのは、そのポケモンと共に冒険をしたいかどうかだった。
「……そうだよね。どんなポケモンとだって友達になれるよね!」
自分の夢を思い出したピコタローが頷く。全てのポケモンと人間と友達になる事が夢なのに、ここで躊躇う訳にはいかない。
ハルカはモンスターボールを構えて、マンキーに照準を合わせる。マンキーはシャドーボクシングに夢中で、こちらに気付いていない様子だ。がら空きの背中に、ハルカはモンスターボールを投げつけた。
「行け! モンスターボール!」
草陰から放たれたモンスターボールがマンキーに接近する。瞬間、マンキーの鋭い眼光がモンスターボールを捉えた。
くるりとマンキーがその場を一回転すると、撓った尻尾がモンスターボールを打ち返す。見事なまでのピッチャー返しに、まさか返ってくると思わなかったハルカはその返球を顔面で受け止めた。
「ぐぼっ!」
「ハルカー!」
ギャグ漫画の様に顔を凹ませたハルカに、ピコタローが絶叫する。
「大丈夫!?」
「あぁ……大丈夫だ……」
右手を顔に当てて、元の形に戻っている事を確認する。草陰の先では、こちらの存在に完全に気付いたマンキーが警戒を強めていた。
「一筋縄じゃあいかねぇか」
流石ひとりでに特訓していたポケモン。ハルカの口角は下がるどころか寧ろ上がっていた。
「ピコタロー! 力を貸してくれ!」
「任せて!」
名前を呼ばれたピコタローが前に出て、マンキーと対峙する。ポケモンを捕獲する際は、事前に相手を弱らせるべくポケモンバトルを仕掛けるのが定石だ。
「たいあたりだ!」
ハルカの指示を受けて、ピコタローは四本足でマンキーに突進する。正面突撃を図るピコタローに、マンキーはその場を跳び立って体当たりを回避した。尻尾を木の枝に巻きつけると、軽い身のこなしで木々の隙間を自由に跳び回っていく。
「でんきショック!」
木の上に居られては分が悪いと、ピコタローは木の下から電気袋を痺れさせる。マンキーのぶら下がる枝に狙いを定めて電気を放出したが、直撃の瞬間にマンキーは枝から姿を消していた。
飛び降りたマンキーがピコタローに急接近する。着地の瞬間でマンキーはピコタローの顔面を両手で引っ掻いた。
「うわっ!」
突き立てられた爪にピコタローは目を塞ぐ。故にマンキーが拵えていた正拳に気付くのが遅れてしまった。
「ぐっ!」
「ピコタロー!」
腹部に正拳突きを受けたピコタローは、堪らず草陰に倒れる。
「大丈夫か!?」
「痛い……」
慌てて駆けつけたハルカがピコタローに声を掛ける。返ってきたピコタローの返事は随分と弱っていた。ピコタローが戦線に戻る事は難しいと判断していいだろう。
「くそっ……こうなったら!」
平然とした様子で立っているマンキーを、ハルカは険しい目付きで睨みつける。
するとハルカは空いていた両手を、ポケットの中に詰め込んだ。中から取り出したのは大量のモンスターボール。両手にモンスターボールを構えると、ハルカは手当たり次第にマンキーに向かって投げだした。
「オラオラオラオラァ!」
策など一切ない、正に猿の様な手段を取るハルカ。そんな出鱈目なモンスターボールがマンキーに届く筈もなく、マンキーは鮮やかに投げられるモンスターボールを躱していく。更にはくるりと体を翻して、再び撓る尻尾でモンスターボールを打ち返した。
「ぐぶっ!」
ハルカの顔面がモンスターボールで再度陥没する。膝から崩れ落ちるハルカを置いて、マンキーは茂みの奥に走っていってしまった。
「この野郎が……!」
しかしハルカが諦める事はなかった。どれだけ逃げられても、まるでトサキントの糞の如く執拗に追い掛ける。モンスターボールは一向にマンキーに当たらなかったが、それでもハルカはモンスターボールを投げ続けた。そろそろ顔面がモンスターボールの形を覚えてしまいそうな程に。
「もう残り一個か……」
大量に用意していたはずのモンスターボールも、気付けば残り一つ。最後の一つは先程までのように無闇に投げる訳にはいかない。
「どうやったらあいつをゲットできんだよ……!」
どれだけ気配を消して忍び寄っても、マンキーは敏感にハルカの気配を感じ取っていた。マンキーを捕獲するには、どうにかその警戒網を掻い潜らなければならない。
「なにかあいつに隙ができれば……」
「ねぇ」
考え込むハルカに、ふとピコタローが声を掛ける。
「ん?」
「なにかやってるよ」
ハルカが目を向けると、ピコタローの言う通りマンキーは草陰でじっとなにかをしていた。足元には無数の針に覆われたイガグリが一つ。どうやらそのイガグリを慎重に小突いているようだ。
「……なにやってんだあいつ」
その行動理由は傍から見ていてもなにも分からない。しかしピコタローには一つ心当たりがあった。
「……もしかして、中の栗を食べたいんじゃない?」
「栗?」
「うん。でもイガが邪魔で食べられないんだよ」
ピコタローに言われて再度目を向けてみると、確かに中の栗を取り出そうと悪戦苦闘しているようにも見える。先程までの鮮やかな逃避行とは見違える程の滑稽ぶりだ。なにはともあれ、その背中は正に隙だらけである。
ハルカはそっとモンスターボールを構えて、マンキーに投げる。あれだけ当たらなかったモンスターボールは容易に命中。何度か揺れた後、ピコンッとゲットの合図が草陰に鳴った。
「捕まった……」
今までの苦労が嘘の様な呆気ないゲットに、ハルカは呆れて声を漏らす。ひとまずゲットしたモンスターボールを拾って、マンキーを外に戻してみた。
「うおぉぉぉ! なんだ人間!」
先程まで聞き取れなかった言葉が、鼻息の荒い状態で聞こえてくる。
「人間って……俺はハルカだ。お前と一緒に旅がしたいと思ってゲットしたんだよ」
「俺様は最強だ! 最強が最強たる邪魔をすんじゃねぇ!」
「最強?」
「そうだ! 俺は最強だぁぁぁ!」
マンキーは最強と連呼しながら、高らかに雄叫びを上げる。既にマンキーは図鑑通り、誰にも手のつけられない状態となっていた。
「はい」
そんなマンキーにピコタローが手を差し伸べる。ピコタローの小さな掌に握られていたのは、針の鎧に守られていた焦げ茶色の栗。
「これ、食べたかったんじゃない?」
あれだけ騒がしかったマンキーの声がぴたりと止まる。マンキーは豚鼻で匂いを嗅ぐと、ピコタローから受け取った栗を黙々と食べ始めた。ピコタローの予想は的中だったらしい。
「……俺、こいつとやっていけるかな」
自由奔放なマンキーを眺めて、ハルカは数分前の自分の決意を少し後悔する。そんなハルカとは対照的に、ピコタローは仲良くやっていてそうだと自信を抱いていた。
ひとまずハルカはマンキーを、昔読んでいた漫画のキャラクターからポルコと名付ける事にした。