俺のポケットモンスター   作:越谷さん

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【舞台】パルデア地方・テーブルシティ
【登場人物】
《ハルカ》ミシロタウン出身のポケモントレーナー。愉快なポケモン達と談笑しながら、行き当たりばったりな冒険を続ける。
《ソウマ》ワカバタウン出身のポケモントレーナー。眼鏡がトレードマークで、情報戦が得意。


【傑作選049】真夜中のオレンジアカデミー

 雲行きの怪しい空模様に、黄金色の月が浮かんでいる。今宵は満月。雲に隠れた満月が、テーブルシティを淡く照らしていた。

 日中仕事をしている生徒の為、オレンジアカデミーは深夜でも授業を行っている。校舎の中心に聳えるモンスターボールが月よりも眩しいと思える程、真夜中にも関わらず校舎は明るくなっていた。

 そんなオレンジアカデミーへの階段を上りきって、二人は肩を並べる。

「ここに居るんだよな。スター団を結成したマジボス……カシオペアが」

「……あぁ」

 オレンジアカデミーの問題児集団――スター団。組織の解体を目的にパルデア中に散らばった彼らにカチコミを続けたハルカとソウマは、遂に創設者であるマジボスを追い詰めるところまで来ていた。自分こそがマジボスだと告白したカシオペアに従って、夜のオレンジアカデミーに足を運んだ次第である。

「学校とか久し振りに来たな」

「久し振りって……ちゃんと授業は受けてるのか?」

「やべ」

 オレンジアカデミーに体験入学中のハルカ達だが、それでも取らなければならない必須単位というものがある。授業で習った内容から出題されるテストを合格しなければ、卒業資格を貰えないのだ。

「まぁいい、今は後回しだ」

 卒業の危うそうなハルカに、ソウマは溜息を吐く。しかし今はそちらに気を回している余裕がなかった。

 エントランスを目指して、二人は校舎前の広場を歩き出す。戦場に赴く足取りの二人とは違って、周囲の生徒達は夜更けまでベンチに雑談している。そんな雑談を耳に流しながら歩いていると、エントランスの扉の前に人が立ち塞いでいるのに気付いた。

「よう。ハルカ、ソウマ」

 気付けば目に馴染んだリーゼント。最初は目が痛かった不相応な制服も、いつしか愛おしく思えてきた。

「ネルケ」

 ――校長!

 喉の奥から出ようとした声を、ハルカがそっと噛み殺す。ソウマは相変わらずの疑いのない瞳で、眼鏡越しにネルケを見つめていた。

「そうだ。今の俺はネルケ」

 念を押すように、ネルケはリーゼントを整える。

「いや……お芝居はそろそろ閉幕だな」

「ん?」

 ネルケの口にした意味深な言葉に、ハルカが反応する。

「今こそお前達に俺の正体を明かそう」

 するとネルケは羽織っていた制服を勢いよく脱ぎ捨てた。

 目の前で繰り広げられた大変身に、ソウマは目を疑う。先程までそこに立っていた筈のリーゼントは落ち着いた白髪となり、制服はプレミアボールの大量に付いたオレンジのジャケットに早着替えしていた。

「今まで身分を偽っていてすみません」

「あ、貴方は……」

 正体を現したネルケに、ソウマの開いた口が塞がらない。その正体はソウマの知っている人物だった。

「実はネルケはオレンジアカデミー校長……クラベルだったのです!」

「なっ、なんだってぇぇぇ!?」

 衝撃の事実に、ソウマは驚愕する。その隣でハルカは冷めた目で状況を傍観していた。

 ――いや最初から分かっていたっつーの。

 ネルケと初めて出逢った時から正体に気付いていたハルカにとって、そのネタバラシは

今更にも程がある。

「完璧な変装です。さぞや驚いた事でしょう」

 ――どこがだよ。ただ髪型リーゼントにしただけじゃねぇか。

「あぁ……全く気付かなかった!」

 ――なんで気付かなかったんだよお前は。

 まさかネルケがクラベルだったとは予想だにしていなかったというソウマの驚きぶりが、ハルカには不思議で仕方なかった。

「しかし驚くべき事実はまだ残っています」

「……え?」

 まだ自白は残っていると語るクラベルに、ハルカが首を傾げる。クラベルは眼鏡を整えると、その自白を堂々と告げた。

「私こそがスター団のマジボス、カシオペアだったのです!」

 クラベルの自白で、オレンジアカデミーに凍える夜風が吹く。

「……いや、そんな訳ないだろ」

 熟考したハルカが、冷静に判断する。

「時系列から考えても有り得ねぇし。一体なにが理由でそんな嘘を」

「なんだってぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「うわっ!」

 しかしその判断を吹き飛ばすように、ソウマは耳が割れる程の大声を上げた。

「まさか校長がマジボスだったとは……!」

「そうです。私がマジボスだったのです」

 完全に信じ込んだソウマに、クラベルがそう繰り返す。流石にハルカも黙っている訳にはいかず、ソウマに声を投げ掛けた。

「ソウマ! なんでお前は言われた事全部信じるんだよ! ちょっとは疑う事を覚えろ!」

「だが本人がそう言ってるし……」

「じゃあネルケと一緒に居る時に掛かってきたカシオペアの電話は誰がしてたんだよ!」

「ギクッ!」

 痛いところを的確に突くハルカに、クラベルは呻き声を上げる。

「そっ、それは、あらかじめ録音した音声をこう……なんか上手い事やっていたのです!」

「そうだったのか!」

「んな訳あるかぁ!」

 電話越しに自然に受け答えをしていたカシオペアの声は、録音では説明がつかない。しかしソウマはそんな些細な違和感も見逃してしまっていた。

「さぁお二方! マジボスである私と、最後の決闘を始めましょう!」

 ハルカのツッコミは聞こえていない事にして、クラベルは決闘を申し込む。戦う覚悟は既に出来ているようだ。

「ハルカ……ここは俺に任せてくれ」

 展開に遅れ気味になるハルカに、ソウマが名乗り出る。

「この人は俺達を騙し、校長という身分でありながらスター団の皆を混乱に陥れた。そんな校長を、俺は許せない!」

「ソウマ……」

 眼鏡の奥の瞳は本気だ。そこに一切の冗談は見えない。ソウマの憤りに圧されて、ハルカも口を閉ざした。

 決闘の相手が決まり、クラベルも準備に入る。ジャケットのポケットからモンスターボ―ルを取り出し、それを勢いよく放り投げた。

「行きますよ! ソウマ君!」

「いやプレミアボール使わねぇのかよ!」

 クラベルの投げたモンスターボールに、ハルカは我慢できずにツッコミを入れる。どうやらジャケットのプレミアボールは、単なる装飾品のようだ。

 クラベルのモンスターボールから出てきたのは、骸骨の模様を顔面にあしらった緋色の鰐。鼻の先には小さな火の鳥が止まっている。オレンジアカデミーで最初に貰えるポケモンの一匹――ホゲータの最終進化系であるラウドボーンだ。

 ソウマもクラベルに対抗してモンスターボールを投げる。ソウマが選出したのは、黄金の体に宝箱のベルトを巻いたゴーくん。ゴーくんは状況が読めていないのか、いつもの軽快な調子でウインクを決めていた。

「さぁ、大作戦を終わらせましょう!」

「しっかり反省してもらいますよ! 校長!」

 二人の熱い掛け声をゴングにして、校舎前広場の決闘は幕を開けた。

「そんじゃ、俺先行くから。お前も終わったらちゃんと来いよ」

 これ以上二人のコントには付き合っていられないと、ハルカは二人を置いてエントランスに歩き出す。徐々に離れていくハルカの足音に、バトルに夢中な二人が気付く事はなかった。

 ――……さて、と。

 ハルカの足先が向く方向はただ一つ。本物のカシオペアと約束した、本当の待ち合わせ場所だ。

 

 ◎

 

 オレンジアカデミーのグラウンドは校舎の屋上にある。普段バトル学の授業などで用いられるグラウンドだが、流石にこの暗闇の中で授業は行われない。雲の隙間から、今にも壊れそうな星空がグラウンドを見守っていた。

「……来てくれたか」

 グラウンドを訪れたハルカに声が掛けられる。

 グラウンドで待っていた人影は、フードを目深に被ったただ一人。その声は間違いない。今までずっと通話越しで相対していたカシオペアだった。

「……やっぱお前だったんだな」

 ハルカの到着に、カシオペアは徐にフードを外す。

 露わになった赤と青のメッシュ。プリンの瞳の様な丸眼鏡。そして背中に背負ったもふもふのイーブイバッグが、その正体をなによりも饒舌に語っていた。

「ボタン」

 カシオペアの正体は、スターダスト大作戦で補給班として活躍していたボタンだった。

「気付いてたのか」

「なんとなくだけどな。最後のカチコミに来なかった時には、ほとんど確信してたよ」

 ハルカはカシオペアの正体に薄らと勘付いていた。特にこれといった証拠はなかったが、ハルカの直感がそう信じて疑わなかった。

「……ソウマは? 一緒じゃないのか?」

 ふとグラウンドに来たのがハルカ一人と気付いて、カシオペアが問い掛ける。

「あー……あいつはそのうち来るよ。ネルケも一緒に」

 カシオペアは知らない。今頃ソウマとネルケもといクラベルが、校舎前広場でシャドーボールを撃ち合っている事を。

「そうか……」

 ハルカ一人でも問題はないのか、カシオペアはそう口を溢すだけだった。

「……学校前で下っ端を倒したソウマの強さを見て、スターダスト大作戦を思いついた。すぐにスマホをハッキングして事情を説明し、作戦に参加してもらったよ」

 ソウマと初めて出逢った時の事を、カシオペアは思い出す。下っ端のポケモン達をパンくんの電気ショックで一掃した時から、スターダスト大作戦は始まっていたのだ。

「私の力さえあれば、LPなど湯水の如く増やせる。ソウマは報酬にはあまり食いつかなかったが、ソウマの連れてきた君には随分効果があったみたいだね」

 ソウマに半ば強引に連れられて参加した日の記憶が、まるで昨日の様に思い返される。ハルカがカシオペアに初めて相見えたのも同日だった。あれから五つある全てのスター団のアジトにカチコミをして、今日ここまで辿り着いた。

「補給班として、ずっと動向を見張っていたぞ」

 全ては作戦遂行の為。そう語るカシオペアを、ハルカはじっと見つめていた。

「あとは私を打ち負かせばスター団は完璧に終わる。その為に動いてもらった」

 マジボスであるカシオペアの撃破。それこそがスターダスト大作戦の最後の大仕事である。

「だが同時にスター団を終わらせたくない気持ちもある。易々と負ける訳にはいかない」

 カシオペア自身、まだ葛藤の最中に居るようだ。それ故に、誰かに引導を渡してもらいたいのだろう。

「最後の勝負……準備は出来ているか?」

 カシオペアの確認に、ハルカは覚悟を決めた顔持ちで頷く。

「最初からそのつもりで来てんだよ」

「……感謝する」

 二人はグラウンドに整備されているバトルコートに歩き出す。本来は学校に使用許可を得てからでないと使用できないのだが、この深夜に他に使用する生徒も居ないし気にしなくても良いだろう。

 するとカシオペアはポケットから、イーブイ柄のカバーを付けたスマホロトムを出した。

「なにすんだ?」

「これから起こる事を動画で撮影する。勝敗を全団員に通達するからな。本当はネルケに頼もうと思っていたのだが、待っている時間も惜しい」

 カシオペアに操作されて、スマホロトムは独りでにバトルコートの審判席まで浮遊する。そのカメラはバトルコートで起こる一部始終を全て記録するつもりだ。

 これで全ての準備が整った。

「……改めて名乗っておこうか」

 大詰めとなったスターダスト大作戦に、カシオペアは息を整える。

「私がスター団マジボス、カシオペア……」

 スター団を結成し、スターダスト大作戦を企てた張本人。

「ではなくボタン!」

 その正体は、ハルカと変わらない年頃の女の子だった。

「マジボスの力の前に、頭を垂れて平伏すがいい!」

 こちらに指を突き差すその背中には、イーブイバッグと共に全スター団員の思いが背負われていた。

「……そんじゃ、俺も自己紹介しておくか」

 郷に入っては郷に従えと、ハルカも名乗りを上げる。

「俺はハルカ。カシオペアとした約束を果たす為、この勝負勝たせてもらう!」

 誰も居ないグラウンドに、二人の声が響く。バトル開始を合図する審判はどこにも居ない。二人は息を揃えて、ポケットから取り出したモンスターボールをバトルコートに解き放った。

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