俺のポケットモンスター   作:越谷さん

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【舞台】イッシュ地方・Nの城
【登場人物】
《ハルカ》ミシロタウン出身のポケモントレーナー。愉快なポケモン達と談笑しながら、行き当たりばったりな冒険を続ける。
《テツドウ》ずぶといケンホロウ。プライドの高いエリート。
《エボルタ》やんちゃなシビルドン。魂のロックンロール狂。
《ワン》れいせいなキリキザン。プラズマ団幹部であるゲーチスの元側近。


【傑作選009】二人の英雄

 星座が描かれている様な荘厳な天井で、二匹の龍が激しく衝突している。

 理想を求める黒き雷龍――ゼクロム。真実を求める白き炎龍――レシラム。元々は一匹の龍だった筈の二匹が、まるで互いの追い求める希望を主張するかの様に、体をぶつけ合っていた。

 城の最上階に立つハルカは、眼前の男に眉間の皺を寄せる。

 春風にそよぐ若葉を思わせる髪色。この城の主であるプラズマ団の王――N。

「そうか……やはり君も、英雄の資質を持つ人間だったんだね」

 伝説の双龍は、英雄と認めた人物の下に現れると伝えられている。今この階に立つ二人は、正に伝説に認められた英雄だった。

「……けど、僕は負けない」

 Nが帽子の鍔を整えるのを合図に、背後に聳える城の柱から、三つの不揃いな影が近付いてくる。

「僕の真実と君の理想、どちらがこのイッシュの地を希望に導くのか。今ここで決着をつけよう!」

 早口に語った口上と共に姿を現したのは、ヒヒダルマ、ココロモリ、そしてゾロアークの三匹だった。

 三匹は丸腰のハルカに向けて、猛獣の敵意を放っている。しかし、ハルカの瞳は決して怯んでいなかった。

「……N、お前は俺に理想の世界を教えてくれた」

 ライモンシティの観覧車、二人で見下ろしたエレクトリカルパレードが、今も瞼の裏に焼き付いている。ハルカはその思い出を掴むかの様に、ポケットのモンスターボールを握った。

「だから今度は、俺がお前に真実を教えてやる!」

 ハルカがモンスターボールを天高く放り投げると、中から三匹のポケモンが飛び出してきた。稲妻を漲らせて叫ぶエボルタ、端麗な翼で空を舞うテツドウ、そして猟奇的な刃が鋭く光るワン。その瞳の色は、皆トレーナーの決意と変わらない。

 両陣の間に、険しい緊張が走る。静かな城の空気に、双龍の衝撃音だけがこだました。

「僕には未来が見える! 君に勝利し、イッシュの王になる未来が!」

「うるせぇ! その腐った夢から目ぇ覚まさせてやる!」

 二人の啖呵を皮切りに、ポケモン達は一斉に駆け出した。イッシュの英雄同士の争いが、いま幕を開けたのである。

「ドラァァァァァァァ!」

 雄叫びを上げながら特攻を仕掛けたのはエボルタだ。エボルタは両腕に電気を蓄えながら、敵陣に突撃する。

 相手取ったのはヒヒダルマだ。ヒヒダルマが燃え盛る炎のパンチでエボルタの突撃を止めると、互いにパンチの撃ち合いとなった。

「オラオラオラァ!」

 両者一歩も引かない拳の往来。相手の掌を掴み合って、激しく睨み合う。するとヒヒダルマの巨大な頭が、エボルタの頭を突いた。

「ぐふぉっ!」

 あまりの石頭に、エボルタは軟体をよろめかせる。その隙を逃すまいと、ヒヒダルマは両腕で天然のハンマーを作り出し、それをエボルタの脳天に叩き落そうとする。これが落ちれば、無事では済まないだろう。

 しかし、エボルタの目は死んでいなかった。

「チャージビームゥ!」

 エボルタは顔を向けると、口に溜めていた電気のビームをヒヒダルマの肩に放出する。傷を負ったヒヒダルマは、組んでいた腕を外して床に付けた。

 無駄に大声を上げるエボルタの消耗は激しく、息も酷く荒れている。しかしヒヒダルマは、まるでこの戦いを愉しんでいるかの様に白い歯を見せていた。

 華麗な空中戦を披露するのは、テツドウとココロモリだ。ココロモリはハート型に空いた鼻から、強烈な超音波を発射する。テツドウは電光石火にそれを躱すと、瞬く間にココロモリの背後を奪った。テツドウの翼が、ココロモリの背中を襲う。

「フキヨセジムで修行したエリートなこの僕のスピードに、ついてこれる筈もあるまい!」

 反撃の隙も与えまいと、テツドウはココロモリへと距離を詰める。しかしそんなテツドウに、ココロモリはくるりと首を回した。

「!」

 自ら近付いてきたテツドウに、ココロモリは鼻を押し付けて、随分可愛らしい模様を押印した。迎撃を正面から受けたテツドウは、体幹を崩しながらもなんとか空中に体を維持する。ココロモリは表情の読めない顔で、翼を揺らしている。眼前の敵に、テツドウは警戒を改めて気を引き締めた。

 城内に冷めた金属音が劈く。怒涛の連撃を見せるのはゾロアークの漆黒な鉤爪で、ワンの両腕の刃がそれを流していた。攻勢に転じる隙を窺っていると、ゾロアークが鉤爪をワンの頭に振りかぶった。ワンがそれを弾いて、二匹の間に距離が生じる。

 ゾロアークにすぐに目を戻したワンは、瞬間静かに驚いた。

「!」

 瞳に映ったのは黒い毛の逆立つ獣ではなく、一人の人間だったのだ。色褪せた若葉色の髪色、どこかの教祖を思わせる服装に特殊な右目の飾りは、ワンが見間違える筈のない人物だった。

「ゲーチス……」

 命を捧げると誓ったかつての主。前触れもなく現れたその姿に、ワンは動揺で立ち尽くしていた。

 茫然自失のワンに、ゲーチスの口角が吊り上がる。ゲーチスは両手で真夜中の様な黒いエネルギーを集めると、それをワンに向かって解き放った。

「ぐっ!」

 足の硬直していたワンは、正面から衝撃波を受けて体勢を崩す。

 顔を上げると、こちらに不敵な笑みを浮かべるゲーチスの姿。彼の正体は分かっている。彼はイリュージョンでゲーチスに姿を変えたゾロアーク。そして先程の技はゾロアークの必殺技、ナイトバーストだ。

 最初から分かっていた事だ。分かっていたのにまんまと敵の術中に嵌ってしまった自分への苛立ちを、ワンは絡まった痰と共に吐き捨てた。

 仲間達がそれぞれ激闘を演じる中、ハルカは瞬きも惜しんでNを睨む。

「……N。人間の手に落ちて苦しんでいる全てのポケモンを人間から解放する、それがお前の目標だったよな」

 いつの日か聞いたNの夢を、ハルカは口にした。

「じゃあ今お前の為に戦ってるそいつらも! 皆苦しんでるって言うのかよ!」

 その夢を実現しようと、Nの為に体を張るトモダチ達。ハルカの言葉に無表情を極めていたNの表情が、少しだけ歪んだ。

 エボルタと対峙するヒヒダルマは、熱の籠った拳を合わせて火花を散らせる。するとその火種から業火が発生し、ヒヒダルマの体を包み込んだ。炎の鎧を纏ったまま、ヒヒダルマはエボルタへと突進する。

「フレアドライブか……だったら!」

 大技を披露するヒヒダルマに、エボルタも全神経に力を滾らせる。体内を迸っていた稲妻は加速し、エボルタの体に電撃を纏わせる。エボルタは雷の鎧で、ヒヒダルマを迎え撃った。

「ワイルドボルトォォォ!」

 全力と全力が激しく衝突する。側に居るだけで吹き飛んでしまいそうな程、互いの力は拮抗していた。後は根性論。それはエボルタの得意分野でもあった。

「ウォォォォォォォァァァァ!」

 腹の底から捻り出された魂の雄叫びは、エボルタの力を増幅させる。ヒヒダルマの足は徐々に押され出し、遂にはエボルタの根性に負けて吹き飛ばされてしまった。床に倒れたヒヒダルマ。その勇姿を、反動のダメージを受けながらエボルタは見届けていた。

 一方、ココロモリを相手取るテツドウの戦況は、あまり芳しくなかった。ココロモリの鼻から放出される超音波が、テツドウを拘束している。ココロモリの超音波は、巨大な岩をも砕く威力があると言われている。それを正面から受けるテツドウの表情は、苦痛に歪んでいた。

 余裕そうに鼻を鳴らすココロモリ。しかしココロモリは気付いていなかった。超音波に足掻くテツドウの翼が、神秘的な光を集めている事を。

「!」

 今更気付いたところでもう遅い。美しき光をその身に纏ったテツドウは、超音波の輪を潜ってココロモリに突撃する。その姿は正しく、神の鳥だった。

「ゴッドバード!」

 翼を脆に受けたココロモリは、気を失って墜落する。光が散り、元の姿に戻ったテツドウも、崩れた城の柱で羽を休ませた。

「……ふんっ、エリートの僕に勝とうなんざ、百万年早いんだよ!」

 疲弊した鶏冠を靡かせながら、テツドウは鋭い目付きで視線を落としていた。

 残るカードはワンとゾロアークのみ。ゲーチスに化けるゾロアークは、両腕だけ本来の形に戻して、ワンに猛攻を仕掛ける。ワンは反撃する事なく、ただそれを凌ぐばかりだった。

「……俺は」

 響く金属音の中、ワンが口を開く。

「俺は君になにかを諭せるような立場ではないが、それでも君に諭したい」

 語り掛けてくるワンに躊躇もなく、ゾロアークは鉤爪を突き立ててきた。

「君にとって、彼は友達じゃないのか? 彼の野望が果たされれば、君はもう彼の隣には居られないのだぞ?」

 ポケモンを人間から解放する。無論それは、Nの側に立つ彼らも例外ではない。Nの夢が実現した時、もうNと彼らが言葉を交わす事は二度とないのだ。

 ワンの言葉に歯を軋ませ、ゾロアークの振るう腕の力が強くなる。反論の様に高く吠えると、両手に不気味なエネルギーを集めた。先程と同じ、ナイトバーストだ。

 合わせてワンも、反射して光る両腕の刃を交差して構える。するとワンは、その体勢のままゾロアークに向かって走り出した。

 ゾロアークは半ば力任せにナイトバーストを解放する。こちらに迫ってくる黒の衝撃波をワンは身軽に飛んで回避し、そのままゾロアークを己が刃で斬り裂いた。今まで無傷だったゾロアークが、化けの皮を剥がした元の姿で倒れる。正に一撃必殺。ワンのハサミギロチンだ。

「君が本当に彼の友達なら、ぶつかってでも止めるべきだった」

 戦闘で摩耗した刃を整えて、ワンは口を溢す。その横顔は、どこか寂しそうに見えた。

「そっ、そんな……」

 気付けば自分の仲間が全員討たれてしまったNは、狼狽から足を震わせる。そんなNに、ハルカは早足で距離を詰めた。

「お前はもっと、ポケモン達の言葉に耳を傾けるべきだった!」

 するとNの病的に白い頬に、ハルカの拳が飛び込んだ。

「お前なら! それが出来ただろ!」

 ハルカに呼応するかの様に、雄叫びを上げたゼクロムがレシラムに圧し掛かって床に倒した。すぐに飛び上がろうとするレシラムだったが、ゼクロムの黒き腕がそれを許さない。遂には観念して、レシラムはその白き翼の抵抗を諦めた。

 腰を抜かしたNは、薄く腫れた頬を左手で抑えてハルカを見上げる。柄にもなく手を上げたハルカは、慣れない拳を痛めながら息を荒らしていた。

「……僕の真実を、君の理想が上回ったか」

 ここまで追い詰められて無駄な足掻きをする程、Nは愚かではない。それはNが敗北を認めた証だった。

「……真実とか理想とか、そんな難しい事俺には分かんねぇよ」

 Nと同調して、ハルカも口を開く。

「……ただ」

 ハルカの握られた拳は解かれ、そっとNに差し伸べられた。

「俺は友達を止めたかっただけだ」

 その言葉に、Nは心をざわつかせた。例え人間とポケモンの言語を理解できようと、それを口にしなければ想いは伝わらない。ハルカの思いで、ようやくNは救われたのだ。

「……異なる思想を持った者がぶつかり、溶け合い、世界に化学変化をもたらす。……これこそが、世界を変える数式なのだな」

 強張っていたNの表情が崩れる。

「ハルカ、君が英雄で……僕のトモダチで良かったよ」

 トモダチ。口にすれば吹いて飛んでしまいそうな軽い言葉だが、ハルカの胸には重く留まった。ハルカも笑って、二人は手を取る。それはまるで、イッシュが一つになった瞬間の様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、それでも私と同じハルモニアの名前を持つ人間なのか。不甲斐ない息子め」

「「!」」

 城内に二人以外の別の足音が響く。振り向いて視界に入ったその姿に、一同は戦慄した。色褪せた若葉色の髪、教祖の如き服装、特殊な右目の飾り。ゾロアークが化けた偽物ではない。間違いなく本物だ。

「ゲーチス……!」

 名前を溢したワンの瞳孔が揺れる。かつての主を前に、ワンの刃は研ぎ澄まされた。

「元々私がNに真実を求めさせ、伝説のポケモンを蘇らせたのは、私のプラズマ団に権威を付ける為! 恐れ慄いた民衆を操る為! その点はよくやってくれました」

 ゲーチスは刺さる様な視線も無視して、暢気に歩く。それはさながら、早朝にスカイアローブリッジを散歩する様だった。

「だが伝説のポケモンを従えた者同士が信念を懸けて闘い、自分が本物の英雄なのか確かめたいと宣った挙句、ただのトレーナーに敗れるとは愚かにも程がある!」

 懐を弄ると、ゲーチスは幾つかの小型の機械を取り出した。機械はプロペラを広げて掌から離れ、床に倒れる二匹の伝説の龍に向かって飛び出す。瞬間、四方に散った機械はプラズマの結界を展開し、双龍をそれぞれ閉じ込めた。中でダメージを受けているのか、双龍は苦しそうにけたたましい怒号を上げる。

「詰まるところ、ポケモンと育った歪で不完全な人間か……」

「ゼクロム! レシラム!」

 Nが双龍へと駆け寄るが、プラズマの結界はNの接触を許さない。どれだけ声を枯らしても、中の双龍には届いていないようだ。

「……まさか貴方のようなトレーナーが伝説のポケモンに選ばれるとは、完全に計算外でしたよ」

 ゲーチスはNから視線を逸らして、ハルカへと目を向ける。

「ですが私の目的はなにも変わらない! 揺るがない!」

 ゲーチスが飾りの先に見ているのは目の前のハルカではない。酷く盲信した自分だけの世界だった。

「私が世界を完全に支配する為! なにも知らない人間の心を操る為! 便利なポケモンを私の為だけの道具にする為! Nにはプラズマ団の王でいてもらいます」

 ハルカはゲーチスの口にする言葉の意味を理解できなかった。理解したくなかった。彼は自分とは別の類の言語を使っているのだと、腹の底から思えていた。

「だが、その為に事実を知る貴方……」

 不意にゲーチスの目が少し移る。

「……否、貴方達。邪魔なものは排除しましょう」

 ゲーチスが目を合わせたのはかつての側近、ワンだった。

「勿論キリキザン、貴方もね」

「!」

 背筋も凍る様な冷酷な視線に、ワンの足は硬直する。

 ゲーチスに拾われたあの日から、ワンは愚直にゲーチスの使命を成し遂げてきた。時には宿敵を討つ矛となり、時には災難から守る盾となり、正しく命を懸けて、ゲーチスにその身を尽くしてきた。しかし、今ゲーチスがワンに向ける視線は、故障した玩具を見るそれに等しい。結局ゲーチスは、ワンを一度も生物として見ていなかったのだ。

「……俺にはもう、お前にそう呼ばれる筋合いはない」

 口を開いたワンに、ハルカが目を向ける。瞳に映ったワンからは目で捕らえられる程の殺気を放っており、殺戮兵器と呼ぶに相応しい形相だった。

「俺の名前は! ワンだ!」

 そうハルカから授かった名前を叫ぶと、ワンは勢いよく床を蹴った。

「ワン!」

 背後から投げられるハルカの声も聞こえない。今のワンは、目の前のゲーチスを殺す事しか考えていなかった。

 標的であるゲーチスはその場を一歩も動かないまま、不敵に笑っている。まるで憤怒に囚われたワンを嘲笑しているかのようだ。そんなゲーチスの喉元に向けて、ワンは右腕の刃を突き立てた。

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