ある日フクキタルは上機嫌に廊下を歩いていた。
「ふふふ、ふんふん〜。あっ!おマチさん!聞いてくださいよ〜」
廊下の少し先にルームメイトであるタンホイザがいるのを見つけ、駆け寄っていく。
「あっ!フクちゃん先輩〜。なんですか〜?なんでそんなにニヤニヤしてるんです?」
タンホイザもフクキタルの存在に気づき駆け寄ってくる。
「実はですね〜、今日もトレーナーさんにアイアンクローをされちゃったんですよ〜」
「はい?」
タンホイザは予想外の話題についていけずに思考が停止してしまう。しかしフクキタルはそれに気づかずに話続ける。
「いや〜さっきまたやらかしちゃいまして、お仕置きとしてアイアンクローをされた後にいっぱい言葉責めされちゃったんですよ〜」
「うん……うん?」
タンホイザは未だ理解できずにいる。それもそのはず、自称とはいえ普通な彼女にはこの手の話題はもっと悲しそうな顔で話すと思っていたが、フクキタルは何故か満面の笑みで話している。
(フクちゃん先輩壊れた?元からだっけ?それとも私がおかしいのかな?)
タンホイザは脳がバグっていた。
「え〜っと?フクちゃん先輩はなんでそんなに嬉しそうなんですか?」
「え?だって気持ちよくないですか?」
「むん?」
「トレーナーさんに虐められたらなんか胸がドキドキしません?」
「……むん!」
住む世界が違うと察したタンホイザは考えるのを止めた。
「フクちゃん先輩が幸せならそれでいいです」
「ふぇへへ〜、大切にされてるって感じがして最高ですよ」
「そ、そうなんですね〜」
(絶対違うと思います)
「おい、フク」
フクキタルのトレーナーが来たらしく、フクキタルの背後から急に頭を鷲掴みにする。
フクキタルは条件反射なのか、見たことないような恍惚とした表情に変わり、しっぽをブンブン振っていた。
「ぱあぁぁぁあ!」
「ひぃ」
流石に友人の奇声と表情にドン引きしたタンホイザは少し後退った。
「お前さあ、あんまり話すなって言ったよな?」
「えへへ〜ごめんなさい」
(めっちゃ痛そう!っていうかなんで笑顔なんです⁉︎」
「ごめんな、このアホが迷惑かけて」
「い、いえ、気にしてないです」
「ゔぇへへ〜」
「うるさい」
頭を掴む手からギリギリと音が響く。
「ふぉおおおお!」
本気で痛いと思われるが、フクキタルはそれでも喜んでいた。
(あぁ〜、フクちゃん先輩が遠くに行っちゃった〜)
「ネイチャ〜。フクちゃん先輩が壊れちゃった」
「元からでは?」
タンホイザはもう1人の友人であるネイチャに先程の出来事を話していた。
しかし上手く伝わっていないようだ。
「まあ、タンホイザには難しい世界かもしれないけど、そういうプレイもあるみたいだし」
「いやいや、あれは絶対おかしいと思う」
「ピュアね〜。タンホイザだって大好きなトレーナーから弄られたりしたら少し嬉しくない?」
「むん?む〜ん?もしかしてネイチャは嬉しいの?」
「……ごめん忘れて」
「うん」
(ネイチャもフクちゃん先輩と同じなのかな?)
さらっと本日2人目の友人の性癖を知ってしまってまた気まずくなってしまった。
「と、とりあえず!今からフクちゃん先輩を見に行こう!見たら分かるよ」
「そ、そうね」
少しギクシャクしながらもフクキタルを探しに校舎を徘徊する。
フクキタルはすぐに見つかった。
「トレーナーさん!ちょっと聞いてください!」
「…………」
フクキタルはトレーナーに話しかけるがトレーナーはそれを無視して歩き続ける。
「ちょちょちょ、無視しないで下さいよ〜」
「……」
「放置⁉︎」
あまりの対応にショックだったのか膝をつく。
しかししばらくすると身体を震わせて
「…………放置プレイもありですね!」
と喜びに満ちた声で興奮していた。
「うん、アレは異常だわ」
「でしょ?」
予想を遥かに上回る姿にネイチャもドン引きする。
「ちょっと上級者過ぎない?」
「私達には縁のない世界だね」
これ以上見るのはなんか申し訳ないと思い、寮の自室に帰ろうと振り返ったら背後にいた人にぶつかった。
「あ、ごめん」
タンホイザのトレーナーだった。彼はタンホイザに話しかけようと近づいたところ勢いよく振り返ったタンホイザがぶつかったみたいだ。
「ぶぇえええ」
当たりどころが悪く、鼻血が出てしまった。
「ご、ごめん!大丈夫か?」
「うん、大丈……」
ふと彼女は思った。今トレーナーは私のために心配してくれてると。
「……痛い。トレーナーのせいで怪我した〜」
「ほんとごめんな。お詫びに今度なんでも言う事聞くよ」
「……」
ゾクゾクと背筋に刺激が走った。
「い、いえいえ、冗談ですよ〜。私の不注意ですから気にしないで下さい」
「そ、そうか?」
「はい!」
「本当ごめんな。今日のトレーニングは怪我しちゃったから休みにするよ。明日やろうか」
「大丈夫ですよ?」
「まあ一応な。次のレースまで期間はあるし、焦る必要はないよ」
「分かりました」
「じゃ、今日は安静にな」
「はーい」
トレーナーは去っていった。
「それじゃネイチャ、行こ!」
「ねぇ、タンホイザ」
「うん?」
声をかけられて振り返るとネイチャは少し引いた表情だった。
「トレーナー気づいてなかったけど、めっちゃ恍惚とした表情だったけど、タンホイザも実は痛いの好きなの?」
「え?」
(気づかなかった。もしかして私もフクちゃん先輩みたいな素質あったのかな?)
「うーん。痛いのは嫌だったけど、どうだろう?」
「まあ、特殊性癖は気づかない方が幸せかもね」
「む〜、特殊性癖持ってないよ」
「はいはい」
ネイチャにからかわれながらも楽しく会話しながら部屋に戻った。
「おや?おマチさん、その怪我どうしたんです?」
「いや〜ちょっとトレーナーとぶつかっちゃいまして」
タンホイザが部屋に戻ってスマホ弄りながらゴロゴロしてたら、大きな人形を持ったフクキタルが戻ってきた。
「痛そうですね」
「まだちょっとズキズキします〜」
「羨ましい」ボソッ
(聞こえてますよ〜)
なぜ今まで気づかなかったのか不思議になるくらいの反応に苦笑いする。
「ところでそのお人形はなんですか?どきゅーと?」
「これですか?これは今日届いた開運グッズです!なんでもとある有名な占い師の人が作った人形なんですよ」
人と同じくらいの大きさの人形を開運グッズの山の上に置く。フクキタルの開運グッズの上に鎮座する人形は大きさも相まってすごい存在感を放ってる。
(この前ダイヤちゃんがトレーナーさんに渡してたけどもしかしてフクちゃん先輩もやろうとしてる?)
「それどうするんです?」
「幸運を呼ぶお人形みたいだから毎日お祈りしようと思います!効果あったらトレーナーにもお裾分けしようかな〜」
「なるほど!それにしても大きいですね〜。えい!」
タンホイザは人形に触りたくなって開運グッズの山に近寄る。
「あいた!」
床に落ちてた謎の箱を蹴飛ばしてしまい、足に激痛が走る。
「うぅ〜痛いよぉ〜」
「ふぎゃあぁぁぁ!」
突如フクキタルが崩れた開運グッズの山に飲み込まれた。どうやら先程蹴った箱が開運グッズの山に当たって崩れたらしい。
「あわわ!大丈夫ですか!」
「うう〜今日は大凶じゃなかったはずなのに〜」
ふとタンホイザに昼間の時のようなゾクゾク感を感じた。
「……」
埋もれてるフクちゃん先輩を試しに踏んでみる。
「ちょ!おマチさん!踏んでますよ〜」
「ほわぁ、ごめんなさい!」
さすがに先輩に対してやり過ぎたと反省して助けようとするが、フクキタルから
「もう一回やってもらっていいですか?」
とおかわりを要求された。
「えぇ!こ、こうですか?」
「あぁ〜!いいです!もっと体重かけてもらっていいですか!」
「おおぅ、えっと〜、行きます!えい!」
「ふぎゃあ!」
かなり体重を掛けてフクキタルの上に乗った。フクキタルら苦しそうな悲鳴をあげが、タンホイザはフクキタルの上から退くことはしなかった。
(なんか興奮してきました!)
タンホイザは新たな扉を開けてしまった。
「まだまだ行きますよ〜」
「え?」
「えい!えい!」
少し跳ねてみる。
「ぐえ!ぐえ〜〜!」
「うるせぇぇぇ!」
部屋の扉が勢いよく開いてシャカールが入ってきた。
「おめぇらちょっとは……」
シャカールは部屋の中の光景を見て固まってしまった。
部屋にはガラクタの下敷きになって腕をバタバタさせているフクキタルと妖しい笑みでそれを踏みつけるタンホイザがいたからだ。
「お、おい、苦しそうだからやめてやれよ」
「いえ!これは私が頼んでおマチさんにやってもらってるだけです!気にしないで下さい!」
「すみませ〜ん!気をつけます!」
「お、おう、分かればいいんだ。それじゃ」
シャカールは2人と目を合わせないようにそそくさと出ていった。
〈どうしたの?中でなにかあったの?〉
〈お嬢様は見ない方がいいぜ〉
「フクちゃん先輩。そろそろ片付けましょ〜」
「そうしますか」
フクキタルは名残惜しそうにグッズの中から這い出てきた。
「おマチさん!パパッと片付けてさっきの続きお願いします!」
「え?嫌です」
「そんな〜!」
「そもそもトレーナーに頼めばいいのでは?」
「こんな時間にお邪魔するのはちょっと迷惑かなーって、それにさっきおマチさんも楽しそうに踏んでくれたじゃないですか!」
「気のせい」
「うーん、ダメか〜!」
(まだまだおマチさんをこっち側に引き込めそうにありませんね)
(相手の要求を突っぱねて悶える姿見るのもいいですね〜)
「さてさて片付けましょう」
「……えい!」
「ふぎゃ!」
タンホイザはフクキタルの脇腹を突いた。フクキタルは奇声を上げながらビクッと反応する。
「な、なんですか⁉︎」
「いえいえ、ちょっとゴミがついていまして」
「そうなんですか!取ってくれてありがとうございます!」
「どういたしまして〜」
(明日はトレーナーとネイチャも弄ってみよう)
「なんで笑顔なんですか?」
「き、気にしないで下さい!」
この日からびっくりルームではフクキタルの悲鳴とタンホイザの楽しそうな笑いが響かことが多くなった。