「やあやあカフェ〜、ちょっといいかい?」
「いやです。……さよなら」
私が学園の廊下を歩いていると後ろからタキオンさんが話しかけてきた。
私はまたいつものように怪しい薬を飲まされると思い、無視することにした。
「そんなこと言わないでくれたまえ」
「何ですか?……実験ならお断りですよ」
「いやいや、実験のことなら今のところモルモット君だけで大丈夫さ。今回はちょっとチョコの作り方を教えて欲しくてね」
「はい?」
チョコ?今タキオンさんがチョコの作り方を教えて欲しいって言った?
「明日はバレンタインだからねぇ、モルモット君に日頃の感謝の意味を込めて何かあげようかと思ってねぇ〜」
「何を企んでいるんですか?……モルモットさんが……可哀想なので……止めてあげて下さい」
十中八九悪いことを考えてるに違いない。私はそう思って止めることにした。
「いやいや、流石にバレンタインまでそんな事はしないさ。モルモット君はいつも私の生活を支えて貰ってるからねぇ、お礼の一つでもしてあげたら喜ぶと思ってねぇ」
しかし意外にもタキオンさんは悪意は無い方が分かった。
「それなら……買えばいいじゃないですか。無理に作ろうとしたところで……失敗しますよ?」
「それじゃなんか物足りないじゃないか、モルモット君はいつも手作りなのに私は既製品だなんて」
本当にどうしたんだろう。いつものタキオンさんなら絶対にそんな発想にはならないはずだ。
「……教えるにしても……そんなすぐには無理ですよ?……私も忙しいですし、……バレンタインの後でいいなら……教えますけど」
「それは困るねぇ〜。何とかバレンタインに間に合わせたいんだ。頼むよ〜」
タキオン手をひらひらさせながら真剣味の感じられない態度で頼んでいる。
「……それが人に頼む態度ですか」
しかしこんな態度の理由やバレンタインにこだわる理由は何となく分かった。
「はぁ……、つまり大好きなモルモットさんに……日頃のお礼をしたいから……バレンタインチョコを贈りたいってことですか」
「…………」
タキオンさんが図星を突かれて固まったが、あえて続ける。
「確かに……既製品だと気持ちが伝わらないかもしれませんね。……けれど今まで料理したことなくて不安だから……私を頼ってきたんですね」
「おやおや、確かにモルモット君は嫌いではないけどさすがにそこまでクソデカの想いはないさ」
強がっているけど思ったより声が震えてますね。
「そうやってふざけているのも……私に想いがバレたくないからですよね?……いつものようにいえば、……またかって感じで手伝ってくれると……思ったんですよね?」
「……心読むの止めてくれないかい?」
悔しそうに唇を噛みながらプルプルしていますね。思ってたよりこの姿は可愛らしいですね
「……それじゃ素直に……もう一度」
「……言わなきゃダメかい?」
「1人で……頑張って下さい。……応援してます」
「分かった!分かったから!」
まだ完全に負けを認めたくないのか無駄な抵抗してきたので、立ち去ろうとすると涙目で縋ってくる。
「……分かりました。手伝いますよ」
「本当かい!」
まあ私もチョコ作るのでそのついでに手伝えますし、何よりこういうイベントで困ってる女の子を放っておくほど私も鬼ではない。
「その代わり……次薬の飲ませてきたら……怒りますよ?」
「分かった。当分やらないようにするよ」
「……やるなって言ってるの……聞こえてない?」
トレセン学園はウマ娘のQOLを向上させるためにたくさんの施設がある。その中でも特にアスリートして健康な体を維持するために食事面はかなり力を入れられており、普段の食事に加えて補食等でエネルギーを摂取できるよう、食堂以外にも食事できる場所が多い。
その中でも調理室は普段から食事に気を遣っているウマ娘や趣味で料理をするウマ娘がよく利用している。明日がバレンタインということもあり、普段より利用者が多い。
「ふむ、何だか皆んなから注目されてるねぇ」
「そりゃあ、……そうでしょう。……タキオンさんが……こんなところいるなんて……珍しいですから」
私たちは調理室の中を歩いているとすれ違う人全員からギョッとした表情で振り返っている。
私たちはそれを無視して空いてるところを探した。
「ここで……作りますか」
ちょうど端っこが空いてたからそこに荷物を置いて準備をする。
「さあ、まずは何からやればいいんだい?」
タキオンさんは期待した目で私を見る。
「これを」
カバンからチョコ菓子のレシピを渡す。
「この通りに作って下さい」
「……ちょっと適当すぎはしないかい?今まで薬を無理矢理飲ませた事は謝るからちゃんと教えてくれよ〜」
腕をバタバタさせながら懇願してくる。可愛らしい行動かも知れないが、同性から見たらだいぶ鬱陶しい。
「いえ、……美味しいお菓子作るなら……それが1番早いです」
「ほう?」
タキオンは手元のレシピを読み始めた。
最初は興味深そうに読んでいたが、だんだんと表情が曇っていく。
「……面倒だねぇ」
「はい、……面倒です」
「何でチョコ溶かすのに温度管理する必要があるんだい?」
「油分が……分離するからです」
「この前モルモット君にチョコのお菓子作ってきて貰ったけど、好みじゃないからって文句言ったのはさすが悪い事したねぇ」
どうやらモルモットさんの苦労が少し分かったようだ。
「……それでは……頑張って下さい。私は自分のを……作っているので……何かあれば……言って下さい」
「待ちたまえ。いきなり初心者にこれは無理だろう」
「いえ、……お菓子作りは正確さが求められます。……料理みたいに……大雑把に作っては……ダメです。タキオンさんは……いつも実験で使う物質を……正確な分量を計っていると思うので……レシピさえあればつくれるかと」
「ふむ、なるほど。それならとりあえずやってみようかねぇ」
タキオンはめんどくさそうにしながらも渋々作り始めた。
いつもなら絶対にやらないところだが、モルモットさんへの愛で頑張れているようだ。
数十分後……
「カフェ〜。追加で何か入れたい場合はどうしたらいいんだい?」
「……何を……入れるんですか?」
「この薬を」
そう言って怪しげな小瓶を掲げる。
「止めて……あげて下さい」
「えーーーー!!」
「むしろ……何故良いと……思ったんですか?」
「この前新薬が出来てねぇ。モルモット君に飲ませてみたと思ってねぇ」
「……真面目に本命チョコを……渡すのが恥ずかしいなら……入れたら良いんじゃないですか?」
「ちょ!そんな事言われたら入れれないじゃないか」
「……別にモルモットさんなら……意図に気づいてくれますよ」
「……普通に作ります」
もうずっとこんな感じでいてくれないかな。
さらに数十分後……
「出来たねぇ」
「……出来ましたね」
少し歪な所はあるものの初めてにしては上出来だった。
「あとは……冷やすだけですね」
出来上がった物を冷蔵庫に入れる。
「それでは……明日取りに来ましょう」
「う〜ん、慣れないことをすると疲れるねぇ。お腹空いたからモルモット君に何か作ってもらおう」
「そうですか、……それでは私は帰ります」
「感謝するよ、カフェ。今度お礼に特別な薬を」
「いりません」
「ん〜だめか〜」
次の日
「さあ、早速渡してくるよ」
タキオンさんは意気揚々と昨日作ったチョコを持って彼女のトレーナー室に向かった。
「……ちゃんと渡せるでしょうか」
よくありがちなことといえば作ったはいいが、結局渡せずに終わるってパターンがある。
「……ちょっと見ていきましょうか」
静かに後をつけてみるとタキオンさんはトレーナー室の前に立っていた。
「……何してるんでしょう?」
タキオンさんは扉を開けようとする素振りは見せるもののなかなか中に入ろうとしない。扉に手を掛けては開けずに離して近くをぐるぐる回ってもう一度同じように扉の前に立つ。ぱっと見不審者だった。
「……やっぱり……そうなりますよね」
どういう経緯かは知らないが、恋心を自覚して初めての好きな人へアプローチするイベントだ。無理もないだろう。
「私も……人のこと言えませんし」
1年前の私も作ったは良いもののなかなか勇気が出ずにまごついて、渡すのが遅くなってしまった。あの時はお友だちがいなかったら渡せていなかっただろう。
「……頑張って下さい。……あと一歩踏み出すだけです」
陰ながらの応援の為、この声援が届く事は無いと分かっていてもつい口から出てしまう。
タキオンさんはしばらくうだうだとしていると急に扉が開いた。
「うひ!」
開けようとしていた扉が急に開いて驚いたようで、タキオンさんらしくない悲鳴が上がる。
「タキオン?さっきからどうしたんだ?」
どうやら外でうろうろしていたタキオンさんに気づいて、モルモットさんが出てきたらしい。
「モ、モルモット君、君に渡」
「あっそうだ!ちょっと待ってて」
タキオンさんが最後まで言い切る前に、モルモットさんはいそいそと部屋に戻って小さな袋を持って戻ってきた。
「はい、バレンタインのチョコ。紅茶に合うように作ってみたんだ」
「あ、……ありがとう」
「え?あ、あぁ」
タキオンさんが予想外のことに驚いて素直にお礼言ってる。モルモットさんもまさかお礼言われるとは思ってなかったみたいだから鳩が豆鉄砲食ったような顔してる。
「じ、実は私も用意してきたんだ」
「え⁉︎」
タキオンさんは後ろに隠してたチョコの入った袋を差し出す。モルモットさんは嬉しそうな表情……ではなく、緊張した表情だった。
「そうきたか……あ、ありがとう。それじゃさっそく」
「え?」
モルモットさんはチョコを勢いよく受け取るやいなや、迷わず封を開けて一気に食べてしまった。
「……あれ?何の変化も無い。タキオン、これはどんな効果の薬なんだい?」
どうやら薬入りだと思っていたらしく、予想した効果が無くて困惑しているようだ。
「……今日は体調悪いから帰るよ」
タキオンさんは無表情で、かつ抑揚の無い声でそう言った。
「え?大丈夫か?ゆっくり休んでくれ。ご飯はあとで届けるから」
「……」
「うわぁ……」
自業自得とはいえ、さすがに同情を禁じ得ない。私もあんな反応されたら間違いなく泣く。
私はとりあえずタキオンが歩いていった方に走って追いかける。
「タキオンさん」
「カフェ?」
肩を落としてトボトボ歩く後ろ姿を見つけ声をかける。私の声に気づいき、振り返るタキオンさんの表情は感情が抜け落ちていた。
「あの、……見てましたが……残念でしたね」
「カフェ〜」
咄嗟に追いかけて来たのは良いが、なんて声かけたらいいか分からない。とりあえず当たり障りのない言葉を掛けるが、タキオンさんは私に抱きついてきた。
「酷くないかい⁉︎中身を見ること無く!味わう事も無く!いつも薬を飲む作業をやるかの如く食べたんだ!」
「そ、それは……タキオンさんの……普段の行いのせいでは?」
「しかも!私より完成度の高いチョコを渡してきたんだ。鬼畜の所業だと思わないか⁉︎」
「それもタキオンさんの……ために用意してくれた物ですから……いえ、さすがにああされたら……私も凹みますね」
意中の相手が自分よりクオリティ高いチョコ渡してきたら私ならもう自分の作ったものは渡せない。そう考えるとタキオンさんは勇者だ。
「来年頑張りましょう」
「来年こそはモルモット君が泣いて喜ぶ物を作ってやろうじゃないか!」
さて、タキオンさんが勇気を出したんです。次は私の番ですね。
余談だが、翌年、宣言通りタキオンさんはドリンク(謎の液体)付きのチョコを完成させ、モルモットさんを泣いて喜ばせていた。
ウマ娘のアプリでタキオンの特別なチョコを見て、コイツがこんなの作れるわけないだろって思ったけど、こんなことがあったら負けず嫌いも相まって出来そうな気がしますね。