寇討の天子   作:御代川辰

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臨む先に

 黎國より派遣された特使45名のうち、10名が最初に議事堂に入る。先頭から泰皇天帝后(ゆう)広良(こうりょう)、天嗣(ゆう)熾照(ししょう)、外交官代わりの官僚四名、護衛の元帥四名で、残る35名は少し遅れて続く。

 警護の警察官が盾となって通り道を作り、記者をなんとか制止しているが、やはりカメラを止める様子はなく、喚く声もうるさい事この上ない。

(規定の一つや二つはあるだろうに……我々は遊びに来たんじゃないんだぞ)

 喚く言葉の語彙を一つ一つ拾っても問いかけしか聞こえず、しかも今ここで質問する間でもないものばかりであり、ここまで来ると交渉妨害の意思さえ感じられる。

 だが、言葉には出さない。場違いな状況で不用意な発言をすれば、今後日本国も関係を持つ事ができたとしても、相対的にこちらが不利になり得るからだ。

 少数対多数の交渉を可能な限り相手側に譲歩させる形で、できれば対等な立場で進めるためにも、今はあくまでも冷静を装い、(しか)るべき時に爆発させた方が悪印象を持たせずに済む。

 …………と、判断したからと言うのもあるが。

(さて……正念場だな)

 深呼吸をするのは国土右省官僚、(えん)繋康(けいこう)。長年に渡る安定で外交経験が皆無の黎國にあって、これが初めての国際関係の構築交渉となる。

 ここで人事を尽くして祖国同胞を守り、天命に従い天子への忠義を尽くさんと言う意気込みが、彼の歩みから感じられる。他の使節たちがうんざりとした足取りの中、彼だけは記者の姿には目もくれず、堂々としているようにも見えた。

 

 

 

 日本時間正午前。広良(こうりょう)たちが到着時点では伏せられていた、「異世界より特使来訪す」という衝撃的なニュースは、インターネットを通じ日本のみならず、全世界に知れ渡る事になる。

 〈銀座事件〉以降停滞している行政の対応に進展ありと見るか、それとも新たなる脅威の出現と見るかは個人各々で異なるが、やはり日本国民からすれば「異世界から来た異世界人」という印象は拭えず、後者を警戒している者が多数派であるのが現状。

 対して各国首脳からすれば、日本に揺さぶりをかける格好の道具に過ぎない。が、問題が一つ。

「《How about it(いかがしましょう), prsident(大統領閣下)……》」

 アメリカ時間、23時手前。真夜中のホワイトハウスにて大統領補佐官が冷や汗を流し、スマートフォンに写る黒服の一団の画像を指差す。衣装は漢服(ハンフー)、顔はアジア系と、最初に現れた西洋式の全身甲冑を纏う、白人主体のヨーロッパ系人種の軍勢とは全く異なる勢力だと分かり、一気に対応が難しくなったのである。

「《Because of this photos(これを口実に) China's expansion of influence(中国の発言力が増すのは) must be stopped at all costs(何としても避けたいところだがな)……》」

 アジアにおける勢力と影響力の拡大を狙う中国政府にとって、異世界にも中華的文化を持つ勢力が存在するという事実は、願ってもなく喜ばしい事だろう。

 しかも日本政府は野党の圧力に押され気味であり、特使と首脳による会談の場を(もう)ける事なく国会に呼び出す、という大失態をやらかしている。

 おそらくこのまま交渉に進めば確実に決裂、何とか関係を構築できたとしても中国の干渉がさらに強まる。どう転んでも日本にとって不利になる事が予想できる。

(だが……ゲートの権益は必ず、この合衆国が独占する)

 野心に火を点けるディレル(Dirrell)大統領の脳裏には、まだ見ぬアメリカの未来が見えていた。

 

 

 

 場面は再び国会に変わり、特別使節団の面々は衆議院議場に召集され臨席しており、半円状に並べられた席に座る議員たちの視線は、45人の中でも特に目立つ二人に注がれている。

 一人は紅一点、特使団の代表者にして責任者、全権特使(ゆう)広良(こうりょう)。もう一人は満年齢15歳とぶっちぎりの最年少でありながら、黎國軍の前線派遣隊を指揮する司令官、特使特別補佐(ゆう)熾照(ししょう)

(原因はこやつらか……)

 演壇に最も近い席に座る繋康(けいこう)は、周囲の議員らの姿を観察し、ある程度ながら真実を悟った。外交のがの字もない裁判染みた形式、多忙極まる時期でありながら時間を取らず、最低限の情報統制もなく特使を迎える非礼かつ非常識な対応。

 これらは全て、参議が属する各々の勢力が、権力争いをより有利に進めるための策略であったのだと。

(なれば、天子后主上の勅辞の後の、私の牽制が(かなめ)……っ!)

 無論形は違えどここは外交の場であり、言質(げんち)を取られたり失言をする事は断じて許されない。だが(さいわ)い外交音痴なのは相手方も同じであり、しかも「無視するべきところで参議の意見に従った」という落ち度まである。

 譲歩を見込む必要すらなく状況、条件ともにほぼ対等に持ち込めているため、後はここでどこまで牽制し、協力関係を結ぶための条件を知ることができるかを把握するのみ。

 静寂に包まれた空間の中で待つこと五分、ついに声がかかる。

『特使団代表(ゆう)(かん)殿、発言を許可します』

 

 

 

 声が聞こえた瞬間即座に席を離れ、耳を隠す長い髪を鬱陶しげに耳にかけ、迷いなく演壇へと向かう。この行動の速さは、自分を見つめる人間たちに対する不快感ゆえか。あるいはこの現状を楽観視する人間たちに対する苛立ちゆえか。

 その本意を知り得るのは、今ここにいない彼女の兄、雅信(がしん)ただ一人。

「通訳は不要です。発言は全て我々自身の口から、嘘偽りなくお伝えします」

 演壇の(そば)に立つ通訳を押し退け、画面やスピーカーを挟んだ向こう側にいる視聴者をもひっくり返すような、それだけ力を込めた強気な発言で火蓋は切られた。

 この発言に続き、一呼吸おいて今度は柔和な言葉遣いで短く呟く。

「……まず、()()()()()非礼をお詫び申し上げます」

 空気が震え、揺れる。穏やかな声色とは裏腹に、先ほどより遥かに強い力が籠められている。麗しい髪、整った眉、艶やかな睫毛、柔らかな頬、冷徹な眼差し、透き通った声は、世が世なら天下に轟く美女。

「侵略者に国土を荒らされ、多忙極まるこの大事に、一つの承諾と連絡もなくお訪ねし、皆様にご迷惑をおかけしてしまいました事、誠に申し訳ありません」

 ここで、頭を下げる。黒色の布地に白と銀の刺繍が施された衣服は、彼女のきめ細やかな肌と相まってより繊細な艶を醸し出している。

「しかし我々もまた、皆様が〈門〉と呼ぶものから現れた軍勢により、多大な損害を(こうむ)った立場にあります。この度、我々が特使としてここに(つか)わされた理由は、同じ侵略者たちによって害をもたらされ、今もなお危険に曝されている状況におかれている皆様に、復興のお力添えを為すためであり、決して更なる攻撃を加えるためではありません」

 立て板に水を流すが如くはきはきと言葉を(つら)ね、議員が口を出す(いとま)も隙も与えない。

「そして、未だに脅威が去っておらず、復興の目処(めど)も立っていない以上、“敵”の再侵攻に怯える人々を守るためにも、早期の関係構築を最優先の目的として、この日本という国に参った次第でございます。どうか、誤解のありませんよう……」

 閉じる(まぶた)の奥底には、(おさな)い頃に見た復興作業真っ只中の玉京の情景が見えている。地面に残る焦げ後、焼けて崩れた建物、運ばれる瓦礫。

 この日本という国の、名も知らぬ人々にはもう、このような無益な戦で涙を流して欲しくはない。傲慢だが、これは本心だ。

「……最後にこの度の“侵略”に際し、()()によって殺害された人々に、お悔やみと哀悼の意を、この場で表します」

 もう一度目を開ける時には、これから敵になるであろう人間たちの現影が一瞬、ほんの一瞬だけ視界を(ふさ)ぎ、再び衆院の景色が見えて来る。

「《賜赦萬靈(ごめんなさい)》」

 締めくくる広良(こうりょう)の瞳には、微塵の迷いもなくなっている。

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