寇討の天子   作:御代川辰

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口を塞ぐ者

 まず広良(こうりょう)が挨拶を終わらせて席に戻り、続いて繋康(けいこう)が演壇に立つのを合図に衆院議員からの質疑応答が始まる。

 が、野党席の議員たちの表情はあまり(かんば)しいようには見えず、不機嫌、不快、期待外れと言った悪感情ばかりがこれでもかと(あふ)れ出ている。

 やはり政権側に何かしら圧力をかけ、今回の外交儀礼や常識を無視した交渉を行わせて自分たち特使に負担をかけ、最低でもこちらが自ら交渉拒否を申し出るように、確実なところは国外に連れ出すなどして脅迫材料に用いる腹積もりで工作していたらしい。

 大方(おおかた)の目的は日本政府による廊門への干渉を諦めさせ、廊門周辺を多重国籍地にでもする不平等条約を結ばせることで、確実に勢力を削ぐ事なのだろう。

(ですが甘い。詰めも縛りも何もかも甘いのですよ、下衆(げす)ども)

 だがこれは統一後初の国交締結、そして侵略の被害者どうしという立場での協力関係の確立という、国の存亡にも関わる大任を背負っての出向であり、精神的ストレスや心象悪化程度の事案で、侵略者とその協力者に同調するような事など、決してあり得ない。

 衣服と文化の情報だけで「どうせ近世以前の倫理道徳」と(あなど)り、日本国政府への苦情の一つでも期待していた野党議員たちにとって想定外だったのは三つ。

「日本国との国交開設を目的に来訪した、と(おっしゃ)りましたが、事実確認ができるものはございますか?」

 一つは一人前の現代人でも人前で罵詈雑言や陰口、悪口を平気口走ってしまうほどのストレスを与えられても、さも平気とばかりの顔をして(こら)える忍耐力。

 二つ目は現代の日本にも通ずる倫理、道徳、良識、常識、そして死生観を、異世界人であり、かつ前時代的な人間である、という印象の強い広良(こうりょう)らが違和感なく持ち合わせていた事。

 そして三つ目は、目的を変えようとする意思を見せなかった事。国民や専門家からの非難を無視してまで外交問題を起こし、その上で都合が良ければ国としての体を維持できなくなるまで利用し、都合が悪ければ完全に排除する。

 国家の運営者として末期の状況を見せつけて失望させ、自ずから今日この日のうちに日本国を去る、あるいは日本以外の国と関係を結ぶ選択をさせる、というのが彼らが描いていた一部始終。

「もちろん、持参しております」

 確かに怒りを煽る事には成功した。だが野党側を大きく苛立たせているのは、それらが政府でも与党でも国民でもなく、ひいては日本という国家でもなく、自分たちに向けられているという不都合な現状である。

 仕草や態度で看破されたと言うよりは、明らかに工作が露骨過ぎた事が原因であり、交渉相手の情報が得られていない以上、過度な干渉を控えるべきであった。

 政府だけを攻撃させるつもりが、余計に自分たちの首を締める事になるとはなぜ予想がつかなかったのか、本当に度しがたい部分だ。

「《(袁太氏(袁さん)注気適過示表心(随分張り切ってますね))》」

 熾照(ししょう)繋康(けいこう)の自身満々な態度を見て察したのか、隣に座る母に(ささや)く。対する広良(こうりょう)も、期待しているとばかりにこくこくと(うなず)き、こっそりと(ささや)き返す。

「《(好視覧様始終(よく御覧なさい)忠勧勢位士君(説得は紳士的だけど)破綻論解懲是快辣(論破は痛快だから))》」

 ここから、繋康(けいこう)独亶場(どくぜんじょう)が始まる。

 

 

 

 まず「国交開設が目的である事を証明できるものの提示」にという、初っぱなから問いかけですらない要求に対し、「日本国()()宛の泰皇天帝の親書」を即座に提示し、その場で読み上げて見せた。

 そして親書の途中には広良(こうりょう)が語った短い演説と全く同じ内容があり、「妨害など初めから眼中にない」という姿勢を示す手痛いしっぺ返しまで食らわせている。

 もちろん繋康(けいこう)も事前に内容を確認した上で読み上げただけであるため、でっち上げや嘘とは微塵も思っていない。

 続いて「黎國なる国家の領域はいずれにあるのか」という質問に対しては、無難に「帝国は二つ廊門を築き、一方は日本国へ、もう一方を黎國の都へと繋いだ」と答え、「侵略の被害者」という発言の裏付けを示す。

 その後も「帝国軍の侵攻への対処」、「今後の方針」、「現在の状況」など、あわせて九つ程度の質問にすらすらと答えて受け流し、場を制圧しつつあった。

 最後の「自衛隊から不当な扱いを受けなかったのか」という質問に関しては「今この場での扱いこそ不当」と皮肉気味に返した事で、「一官僚から聞き出せる事などたかが知れている」と半ば諦めてくれたらしい。

 たった一人への質疑で予想以上に時間が押している事も手伝い、ついに議長から席へ戻る事を許され、勝ち誇った様子で凱旋して来る。

「《(其立(ささ)我縮引時邇(時間は奪いました)汝爾求快烈発言終(ビシッと言ってやってください))》」

 最年少と言うこともあって確実に狙いを定められるであろう、熾照(ししょう)の負担を減らすための策略は見事に成功し、反対側の議員席を見れば野党席には空席がいくつかあり、疲労から船を漕ぐ者も散見される。

 後はこの場の腐れ参議たちを一掃し、当初の目的であった日本国との国交締結交渉の切符を勝ち取り、さっさと議場から立ち去るのみ。

『では、特使特別補佐(ゆう)(しゅ)殿、演壇へ』

 まず深く息を吸い、心臓を落ち着けて気を整え、明鏡止水の自己の世界へと入り、精神を集中。そして意識が微かに乱れたところで、ゆっくりと息を吐き現実へと戻って正面を見据える。

 ここは参議たちが集う議場だが、有り様も目的も大きく異なる異国の議場。心の中では体言を吐いたが、ここで自分が押し負ければ全てが水泡に帰す。

 ならば、勝たねばなるまい。戦いを知り、悪意を知り、憎悪を知り、人を殺し、そして平和を尊ぶ意味を知った今の彼には、人への恐怖などない。

 

 

 

 熾照(ししょう)は感情の起伏を最大限排除した状態に演壇に立ち、凪のような心境で質疑応答に臨む。これを凌ぎきり、後は元帥無然(むぜん)に譲る事ができれば、この暑苦しい空間から解放される。

 時間の流れが遅く感じるが、緊張に類するものではないのだろう。むしろ高揚感や興奮と言うべきものかも知れない。

(問い(ただ)すべき事は一つ……)

 演壇に立ち、脳内を整理して精神をもう一度統一する。こちらから問いかける事はできないが、相手の問いに答える形で牽制する事は繋康(けいこう)も実行している。

 なら、下手なりにそれを真似るのみ。

「質問を許可します」

 と、聞こえたその時、即座に与党議員の一人が手を挙げる。熾照(ししょう)は迷わずその参議に手を向け、質問を促す。

「先ほどの“帝国の侵略によって受けた被害とその状況”という質問ですが、やや不足があるようでしたので、改めて答えて頂きたい」

 特使たちの手がぴくりと動いた。繋康(けいこう)が先ほど問われた時、現在の被害状況だけを簡単に語るのみだったが、今度はより詳細な被害状況を知りたいと言う。

 思わぬ助け船に思わず心中で拳を握り、声が出そうになるのを堪えて歯を食い縛る。すぐに答えてしまうと繋康(けいこう)が作った状況が崩れ、今後の交渉に大きな支障が出る。

「……僕が生まれる前にも、都が直接攻撃を受けたと家族から(うかが)っています」

 熾照(ししょう)は祖父母から聞かされた〈壬辰夷寇〉の顛末を語る。どのようにして現れたのか、具体的に何をされたのか、どれほどの被害を受けたのかを、思い出せる限り詳細に、かつ時間をかけて丁寧に。

 同じ帝国の仕業だったのかは定かではないが、それでも多大な損害を与えて行った敵であることに代わりはない。言葉尻に私怨が混じったのは、29年前の〈夷寇〉の軍勢と今回迎撃した軍勢が、実は同一の勢力に(くみ)する者ではないか、という疑念があるからでもある。

(たった一週間で、300万人以上…………)

 参議や撮影スタッフの中には、顔面蒼白になっている者さえいる。侵略者の兵によって都は一週間足らずで焼き尽くされ、郊外の農民と兵員を合わせて306万4822人もの住民が犠牲になったと言うが、この数は第二次世界大戦中の日本人の死者数にも匹敵する。

 日本ですら明確な被害者数が分かっていないのに、これ程の数字を出されては絶句するのは当然であろう。確かに経済的・安全保障的な打撃は地球の方が大きいが、人的被害のスケールは〈銀座事件〉を大きく上回っている。

 地球の歴史上でも、中華地域の平均人口は群を抜いて多く、戦乱期には四桁万人もの死者が出る事さえざらにある。だが、一度の戦闘で四十五万人以上の死者はあり得ず、まして一週間という短期間での百万人の数字も有りはしない。

 これは死者数3000万人とも言われる第二次世界大戦にあっても同じ事。世界各地の戦場での記録を調べても、同じ週に違う地域で行われた戦闘での死者数の合計が、百万人を越える事は決してない。

 もちろんナチス政権下のドイツ主導のホロコーストも同様、一週間で死者百万人を越えたという記録など存在しない。

「他に質問はございますか?」

 沈黙は続く。もはや質問をする気力も残っていないようだ。某ムスリムの少女や環境保全活動家の少女とは違い、この少年は御し(やす)い者ではないと、纏う雰囲気や態度から勘づいたのだろう。

 本当なら「なぜ充分な防備が整っていながら、膨大な被害の痕跡が残っているのか」と今すぐにでも問い(ただ)したいところだが、今回の質疑応答のために用意された時間を実質二人で使い果たしてしまい、特使たちのストレスももう限界である。

 こうなれば一刻も早く国交開設交渉に取り掛かり、迅速に関係を構築しなければならない。

(墓穴を掘る時間ならいくらでもやるよ。こっちも命をかけてるから)

 内心で毒づいた熾照(ししょう)と交代で、無然(むぜん)が演壇に上がる頃には、時計の針が午後三時を示していた。

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