寇討の天子   作:御代川辰

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残り火

[[20XX年 9月3日]]

 

 日本が特使への異例の対応で混乱する最中、黎國は妨害に次ぐ妨害を払い除け何とか国交開設交渉に漕ぎ着け、最終的にアルヌス周辺に日黎の協同戦線を設置し協力関係の構築に成功するまでに至る。

 とは言っても暫定的に《特地》と名付けられた地域への自衛隊派遣は、政権交代や野党の反対議決、団体の妨害に米中露等外国勢力からの圧力などでいろいろとごたごたがあり、襲撃時点で報復を決定していた黎國には大幅に遅れたのだが。

「俺、何で自衛隊に入っちゃったんだろう……」

 伊丹(いたみ)は力なく溜め息を吐き、億劫そうに書類の確認作業を進めている。目の前の席には淡々と翌日のスケジュールを纏め、伊丹(いたみ)が確認した書類の最終確認をする糸崎(いとさき)が。その隣の席にはキラキラと目を輝かせて糸崎(いとさき)の横顔を見つめつつ、自分が任された別の書類を確認する栗林(くりばやし)志乃(しの)二曹の姿がある。

「それ、特戦群にまでなって言うことですか?」

 糸崎(いとさき)は愚痴に対してしれっと機密情報を口にするが、栗林(くりばやし)は聞き慣れているのか不機嫌な表情を浮かべて上司を睨み付けるだけで、伊丹(いたみ)はとほほと肩を落とす。

 彼が今まで三尉止まりだったのは「とにかく面倒事から逃げたい」、という情けない保身のためにわざと勤務態度を悪くしていたからだ。

 だが糸崎(いとさき)は「せめて彼をもう少し真面目に」、とほぼ伊丹(いたみ)を補佐、もとい介護するために昇進を蹴っていたという、完全に腐れ縁同然の関係である。

 そして栗林(くりばやし)糸崎(いとさき)の出身と同じ大学の卒業生であり、「先輩と一緒に仕事をしたい」という一心で自衛官となり、順当に曹へと昇進。今回の〈事件〉で召集された事を皮切りに、念願の糸崎(いとさき)の部下としてアルヌス特別駐屯地に勤務することになった。

「自業自得ですよ!国民の皆様からお給金貰ってる身なのに文句言わないで下さい!」

 だが前々から勤務態度が悪く、いろいろと大雑把でしかも糸崎(いとさき)に迷惑をかけており、おまけにアニメオタクである、というのは彼女にとっては目の敵にするに充分な理由になる。

 おまけに小柄な体躯とは裏腹に驚くほどの怪力を持つため、伊丹(いたみ)にとっては後輩や部下と言うよりは天敵に近い存在だ。

「そこまで言うことないだろ!?まぁ、(おっしゃ)る通りなんだけどなぁ…………」

 しゅんと萎縮する伊丹(いたみ)(いたわ)りつつ、糸崎(いとさき)は黙々と作業を続けていた。

 

 

 

《帝国 帝都(ウラ・ビアンカ)

 そして、アルヌス(ALNVS)から遠く離れた侵略者たちの根城、人口百万の帝都ウラ(VRA)ビアンカ(BIANCA)でも動きがあった。

 元老院の議場には600名の議員、そして今回の二正面同時侵攻を(くわだて)てた今上皇帝モルト(MORT)ソル(SOL)アウグスタス(AVGVSTAS)の姿もある。

「陛下!この度の出征において帝国軍が(こうむ)った大損害は、もはや我らが先祖に顔向けが出来ぬものであります!」

 数ヶ月ほど前から既に計画され、十五万の精兵と一万騎の軍馬、三百騎の翼竜(ワイバーン)、その他三万程度の怪異を動員する大規模な戦役として先日発動された〈異界征討戦役〉は、初日こそ何の問題もなく7()0()0()0()()程度の蛮族を()()し、進撃先一帯の街を自軍の領域とする事に成功し、妨害を受ける事なく陣を(きず)くにまで漕ぎ着けた。

 だが第一の進撃目標として占領した街には、「継ぎ目のない石で作られた道と垂直の塔」や「車輪のついた金属の箱が行き交う」など、事前に放った斥候が蛮族の()()とともに持ち帰った、到底信じられない荒唐無稽な報告通りの異常な風景が広がっており、進撃先の様子を知らされていなかった軍は未知の光景に恐れをなし、全体の士気が大幅に下がる事になる。

 更に「金属の塊を吐き出す魔法の杖」を扱う魔導師や、「一本角から爆破魔法を撃つ魔物」を相手に戦わされた事で、第一の門に侵入した六万五千の兵は五日と半日足らずで壊滅。

 確認できているだけでも五万二千の兵が戦死し、撤退できたのはわずか七千に留まった。

「しかし現状最も危惧すべきは、27年前の〈異界討伐〉で完膚なきまでに焼き払った蛮族の都が、何事もなく復興している事ではあるまいか!」

 対してもう一つの門は、過去に一度侵攻し帝都(ウラ・ビアンカ)の人口の三倍もの蛮族を誅殺し、更に懲罰として跡形なく焼き尽くしたはずの都がきれいに復興しており、しかも予想外に強力な武装によって迎撃して来たために占領すらままならず、こちらも四万以上の戦死者の(むくろ)と三千の生き残りを置き去りに、撤退まで追い込まれている。

 帝国の歴史上初の二正面侵攻を敢行して停滞しつつある経済を再興するはずが、蛮族の兵を相手に遅れを取るのみならず失地をも生じさせ、追い討ちをかけるように聖地をも奪われるという建国以来最悪の大失態。

 帝国軍の総兵力二十万のうち四分の三もの大軍を動員し、結果総兵力の半分を失ったのはあまりに痛い。この機に乗じて議会への参加権を持たない蛮族や諸侯、あるいは亜人の叛乱の可能性を考えれば、直ちに対策を(ほどこ)して帝国に反旗を(ひるがえ)す意思を(くじ)かねばならない。

「して、残兵の配置は如何様になっておる?」

 皇帝は思案する。この不利を逆転するのは限りなく不可能に近いが、帝国軍を再編するまでの時間稼ぎに利用できるのであれば、今のうちに戦力を削っておいた方が得である。

 だが同時に「帝都に隙あり」と見られ、その上で軍役を(こば)まれる、という状況に(おちい)れば自らの命も危うくなる。万全の対策を以て出兵を決断させ、二つの門から現れる蛮族を相手に戦わせるのは至難の業だ。

 まずは残存兵力をいち早く確かめ、叛乱に備えて温存しておかなければならない。

「はっ。帝都の防備に二万、もろもろの主要都市の防備に計三万、派遣軍の生存兵4万8087、占めておよそ9万8000」

 ここで〈征討戦役〉を前線で指揮した司令官の撤退判断が、今後帝国の寿命をわずかに伸ばす事になる。動員兵力の三分の二を失ったとは言え、諸国を牽制するに充分な数の軍兵(ぐんびょう)が残っている。

 ともすれば諸侯に命じアルヌスに軍を派遣させたとて、増援と称して一万程度の兵を送るだけでも充分な脅しとなり、叛乱の意思を削いで兵力の弱体化を謀るという目的は達成できる。

「残存兵力のうち七千の兵はそのままにし、残る八万千を帝都に集結させ防衛体制を整えよ」

 モルトは伝令たちに命じ、早馬を走らせ諸方に知らせる。[《DHECLAR SÆCRA BIELVB(是聖戦なり). FINVSPHS IMPHAREON(帝国諸侯は) QVEZCY MANDOX KVFN LIGIVN(自ら兵を率い), PARTEVR BIELVÆ(是に参陣せよ)》]という軍令書が下り、未知の敵への恐怖に震える者、武功を立てる好機と浮かれる者、属国への勅令に悪寒を覚える者など、反応は様々。

 しかし、この軍役に参加させれる兵の多くは、少なくとも無事に帰っては来られないだろう。

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