寇討の天子   作:御代川辰

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戦端開く
招來不遂


[[2015年 九月上旬 2日]]

 

 三度(みたび)視点が代わり、大央華黎國の玉京。日本での特使としての公務が一段落し、久方ぶりに帰国した妻と子を迎えた雅信(がしん)は、“泰皇天帝”という立場を利用し体よく厄介事を逃れた罰、と言う名目で広良(こうりょう)から全力の平手打ちを食らい、家族の無事を喜んで父母に報告している。

「ほほほ……見事な紅葉(こうよう)をくれてやったようだな」

 能徳(のうとく)は左頬に真っ赤な掌の跡を付け、満面の笑みを浮かべる長男をニヤニヤと見つめ、隣で林檎のように赤くなった顔を隠し、縮こまる長女を微笑ましいとばかりに茶化す。

 気が立っていたとはいえ衝動的に夫の頬を()ってしまった申し訳なさと、その行為を咎めるでもなくただ笑う様に対する羞恥心がせめぎあい、今すぐに逃げ出したいとさえ思っているようだ。

「(いえ……申し訳ありません……)」

 さすがにからかいが過ぎたようで、蚊の鳴くような声で謝罪し、涙目で萎縮している様子を目の当たりにした兄は、ここでやり過ぎに気付き、肩に手を置き改めて(ねぎら)いの言葉をかける。

 宋娟(そうえん)は二人の様子を眺めつつ、ゆっくりと椅子から立ち上がると、陛段を降りて近付いて行く。そして双子の目の前で足を止めると、二人の頭にぽんと手を置いた。

「それはともかく、あなたも(しゅ)も無事で何より」

 皺の目立つ手ではあるが、温かい手のひらが髪を撫で、頭を擦る。穏やかな物腰の老婆が既に成人し子までいる男女の頭を、幼児(おさなご)を扱う感覚で撫で回す様は、今まさに戦の最中である事を忘れさせてくれる貴重な癒しの瞬間と言えよう。

 熾照(ししょう)は成人したばかりであることもあり、玉京に帰る事を恥ずかしがってここにはいない。が、前線指揮官と言う立場を(かんが)みれば、長く本陣の席を離れるのは頂けないのもあるが。

「……これからすごく忙しくなりそうだしね」

 日本と国交を持つのみでなく、協同戦線を張って帝国に対抗する以上、やはり日本以外の国家の接触は避けられない。実際都に帰還する途中に接触、あるいは襲撃してきた連中も少なからずおり、後者に関しては日本軍の警護を差し置いて迎え撃ち、正当防衛とはいえほぼ全員を()()にしているため、この事実を利用して何かしら脅しを仕掛けてくるのは確実だと断言できる。

 幸運なのはこちらが既に防衛体制を整えていること、日本の領域を介さなければ黎國の領域に入れないこと、日本との同盟国として容易に情報収集ができる立場にあること。

 この三つの要素がこちら側を優位に働かせているため、干渉への対策を練る余裕は充分にある。

(とは言っても……懸念材料は山積みだけど)

 だが、実のところ日本の国際的な立場はあまり良いとは言えない上、先の質疑応答で目の当たりにした政権側の参議の熱意のなさと、非政権側の参議の我欲の強さには呆れを隠せない。

 下級兵にすらあっさり捩じ伏せられるほどに弱い工作員が、それこそ容易に特使団を襲撃できるほどの警備の薄さなど、末期一歩手前の事態だと言うのに余りにも問題が多すぎる。

 そして、間接的に被害を受けていながら平気で内政干渉し、おまけに脅しを用いて利益を得ようとする諸外国の政治家への悪感情も、軍や役人のみならず黎國の民全体に広がりつつある。

(情報封鎖ができないのは、考えものね)

 母の温もりに甘えながら、泰皇天帝とその妹は思考を巡らせ、黎國の今後を案じていた。

 

 

 

[[20XX 9月3日]]

 

 ところ変わって中華人民共和国、首都北京の中南海。共産党中央委員会総書記、及び共和国主席(とう)徳愁(とくしゅう)は、東京周辺の混乱に乗じて日本に派遣した対黎國工作員部隊が壊滅したとの(しら)せを受け、苛立つとともに途方に暮れていた。

(考える事は皆同じ……だが)

 徳愁自身は間諜からもたらされた、[黎國人は同胞漢族と類似した文化を持つ]という情報でやや判断が鈍ってしまったらしく、交渉材料として人質にするために特使団全員の生け捕りを命じ、結果これが仇となったのである。

 “45人全員を生け捕り”となれば当然相応の配慮が必要であり、この無理難題に頭を悩ませた工作員らはナイフ一本と人数分の睡眠薬のみという、リーチに優れる剣を持った護衛33人と比較すれば丸腰同然の装備で立ち向かうしかなく、さらに同じく特使の拉致目的で秘密裏に派遣されていた米、英、露、仏の工作員、加えて真逆の特使()()のため派遣された韓、朝、以、印の工作員らと鉢合わせになるという不幸が重なった事で、壮絶な潰し合いに破れて壊滅。

 拉致作戦を実行する前に多大な損害を出した上、利権取得にさえ手間取ると言う失態を犯したのだ。

(各国首脳が一斉に理性を失い、形振り構わない行動を取るなんて事があり得るのか……!?)

 さらに不可解なのは、中国を含めた国連常任理事国、日本と因縁のある朝韓のみならず、およそ直接関係がないはずのイスラエル、インドまでもが工作員を日本に派遣し、特使暗殺を(こころ)みていた事だ。

 恐らく被服から中国との関連がある事実に早とちりし、中国との同盟を恐れての行動であろうが、そもそも中国と同様の歴史を歩んだのかどうかが分からず、日本政府との交渉が終わった後さっさと門へと帰って行った事からも、日本以外の国と国交を開けるほど余裕がない事が容易に理解できる。

 こちらが言えるような立場ではないが、事情を調べることもせず即暗殺とは、それこそ日本との関係悪化を招きかねないというのに、(いささ)か早計が過ぎると言わざるを得ない。

(…………何を焦っている?我々とは目的が違うのは当然だが、何故あんなにも露骨なんだ?)

 今回の〈銀座事件〉と黎國特使訪問で全世界を起こった未曾有の混乱、そして黎國という新たな脅威を知った徳愁は、凄まじい悪寒と胸騒ぎを覚える。そして何かを悟った彼は呼びつけた部下を通じ、「今後特地と日本に関わる大きな動きがあるまで、原則情報収集に徹する事」を生存した工作員たちに厳命し、何とか首の皮一枚繋がった事に安堵するのであった。

(恨むなよ、大統領。嫌な予感がしただけだ。まだこの主席の座を離れる訳にはいかないからな……)

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