寇討の天子   作:御代川辰

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決定

[[2015年 九月上旬 3日\20XX 9月4日]]

《日本国陸上自衛隊・黎國地軍アルヌス協同仮設駐屯地》

 

 日本時間午前8時頃。自衛隊側の需品搬入と予備人員整理がようやく終わり、前日まで黎國軍側の陣地を一部間借りしながらの作業だった駐屯地の設営を本格化し、突貫作業ということもあり凄まじい勢いで防衛施設が建設されて行くアルヌスの様相は、数日前まで草原以外なにもない丘だったとは思えないほど様変わりしていた。

 集結した戦力の内訳は黎國からの地軍と水軍各五千五百、天軍千五百、騎獣五百、騎禽五百、騎龍五百の計一万四千。そして日本からは陸自二個師団と一個旅団の他、空自第七航空団から部隊をいくつか引き抜き、数字にして二万五千を派遣。

 両軍合わせて四個師団近い大軍を動員する大規模な防衛出動となり、政権交代と黎國との国交開設を機に重い腰を上げた日本政府の本気度、そして黎國の積年の憎しみがひしひしと伝わるものである。

 

 

 

「いやぁ、しかし……黎國の人たちってすげぇな」

 自分たちがいる作業用プレハブの隣にある黎國軍の陣地に見えるのは、少年漫画で描かれるバトルさながらの、(はた)から見れば殺し合いにも見える激しい稽古をする諸将たちの姿。

 富田(とみた)(あきら)二曹は弾薬庫の扉を拭きつつ、冷や汗を流しながらその様子を眺め、掃除中の同僚たちに声をかける。

「身体能力が根本から違うなありゃ……」

 木刀を振るう衝撃波で人がよろめき、木槌で地面に小規模なクレーターが出来、丸太を片手で振り回し、吹き飛ばされても問題なく着地するなど、黎國では将や将軍と呼ばれる指揮官階級の軍人の多くが、フィクションでも通用する超人的な身体能力を誇る。

 そのような化け物が近代兵器の扱いを覚え、三国時代各国の総兵力百万、あるいは現代の中国軍にも匹敵する二百万の軍勢となって襲い来るような事になれば、多くの国はまともに戦う間もなくその勢いに押し退けられ、あっという間に併吞されてしまうだろう。

 しかも戦乱の時代が一万年近くに渡って続いたという歴史から、戦略や兵站、戦術に兵器運用などの指南書も数多く残されており、更に平安な時代が長く続いて軍縮が進んでいる割に、防衛体制は整っていたという。

「本当に敵にならなくてよかったよな」

 正直に言って、万一にでも交渉が失敗し敵になっていたとしたら、今頃東京は灰塵に帰していたであろう。恐らくこの黎國の文明が現代と同じ水準であれば、潜在的脅威や仮想敵などと言う域ではなかったと考えられ、底知れない恐ろしさが感じられる。

 何より自分たちとは完全に異なる存在であり、しかも本来であれば確実に断交の原因となりうる「国外勢力による特使襲撃」を許した日本人を、最初こそ非常に警戒していたものの、一人また一人と交流を進めて行くうちに親交が深まって行き、半日足らずでほぼ完全に打ち解けるという「馴れれば怖くはない」を地で行く、底抜けかつ天井知らずの度量の深さまで持ち合わせているのだから脱帽ものである。

「全くだ。議員連中にこの光景を見せてやりたいよ」

 本当に敵に回さなくて良かったと沁々(しみじみ)重い、富田(とみた)が汚れた雑巾を洗うためプレハブの扉を離れる頃、黎國軍の朝稽古が終わりを告げた。

 

 

 

 早朝の稽古と健康診断を終えた黎國軍諸将と、今日一日のスケジュールの確認周知を終えた自衛隊幹部らは、将帥領武(りょうぶ)と陸将狭間(はざま)浩一郎(こういちろう)が召集した軍議に参じている。

 議題は現在の状況確認と今後の行動方針の決定であり、今日からぶっつけ本番で本格的な協同軍事作戦が展開される事になるため、特に黎國軍側は殊更気を引き締めて臨んでいる。

「まず、開戦から10日以上が経過しましたが、敵は未だに姿を現しておりません」

 自衛隊幹部がスライドの画像を変え、黎國軍の斥候が撮影した12枚の戦略的重要地点の風景写真と、簡単な測量と捕虜とした帝国将兵の証言を元に作成した地形図を映し、指し棒で自陣があるアルヌスとその周辺を囲む。

 地形図に記された点の部分は全て、撤退した兵たちが一時的に(しつら)えた陣地の跡が確認された地点である。

 どうやら敵将は全軍を一本道の退路で撤退させるよりも、一定数(ごと)に散開して少数ずつ総大将の元へ帰還した方が、少ない犠牲で確実に敵の追撃をかわせるかもしれない、という算段でこのような判断に至ったらしい。

「残兵のやつら、斥候と遭遇しても少し小競り合いをする程度で、基本殿(しんがり)も置かずただ遁走するにとどめていました」

 大軍を異常に分散して撤退させているあたり、追撃による各個撃破で打撃を受ける可能性を無視しているという浅慮が窺えるが、例え敵が少数でも迎撃するのではなくその場から逃げる事を徹底させている事からも、可能な限り戦力を温存して今後の侵攻に備えている。

 というのが、現状敵軍が採っている戦略方針の予測である。日本が銀座で確認出来た兵数は約6万、対する玉京での確認兵数は約5万で、動員兵力は単純計算でおよそ11個師団となる。

 もちろん自国が保有する全軍を挙げて、国を留守にしてまで侵略を働くほど愚かではないはずであり、この11万の兵を基準とした総兵力は……

「おそらく開戦前の常備軍は、最低でも二十万だろう」

 地球史上最大の帝国に数えられるローマ帝国、その大帝国が擁した軍団の総兵力とも競う、およそ中近世の軍隊とは思えない大軍である。

 帝国を名乗って大陸に覇を唱え、(ゲート)越えて侵略をするだけあり、どうやら人的資源には余程恵まれていると見える他、豚面鬼(オーク)活屍骸(ゾンビ)小悪鬼(ゴブリン)狗悪精(コボルト)と言った、武器を扱える()()の生体兵器を運用するなど、ファンタスティックな部分でも危険度は高い。

「前回の敵将は戦術面では素人だが、戦略的な判断能力はだいぶ優秀らしい」

 と、理丸(りがん)は評した。実際にその将の指揮のもと銀座を襲撃した帝国軍は、初日の時点で自衛隊の防衛出動までに四日もの猶予があったにも関わらず、占領地を広げずに陣地の設営に(うつつ)を抜かしていた。

 結果日本の首脳や議員を殺す事で自衛隊の指揮を混乱させる、という戦術的優位を作る事ができず、その後の日本側の反撃と黎國の迎撃で大軍の大部分を失い、敗走するはめにまでなっている。

 伝令も遅いという事情を加味しても撤退は余りにも遅かったのだが、それでも自陣に攻め込まれる前に、また帝国軍が殲滅される前に退き下がる事ができたのは、不明確ながら敵軍の武力には敵わない事を理解し、その上で追撃を回避できるような形で戦線を離脱したからだ。

 接敵した斥候が確認できた限りでは、残存兵力は最低でも一万四千。敵本陣に居たであろう将兵を加えれば、少なくとも七万を上回ると言う。

「可能であれば次の襲来の時点で殲滅してしまいたいところだな」

 黎國側の将の口から過激な発言も飛び出すが、振り返ってみれば民間人への虐殺に強姦、博物館での貴重な資料や標本の略奪、挙げ句に病院を襲撃して患者を攻撃するなど、はっきり言ってゴミクズな連中である。

 しかも捕虜を処刑しないと見るや、まるで立場を(わきま)えていない高圧的な態度で監視員や看守に迫り、何の躊躇もなく暴言まで吐くという愚行まで犯している。

 これが将軍や参謀ならまだしも階級の低い兵士までこれなのだから、到底まともな教育を受けているとは思えず、相手をするのも嫌になるのは当然。

 述べられる意見の多くも「相手が駐屯地の攻略を諦めて撤退するか、殲滅が確認できるまで籠城戦を続ける」であり、地勢確認と地形把握が完了するまでは大規模な攻勢は仕掛けない事が主軸として纏まった。

「では、現状は敵軍の襲撃が完全に治まるまで駐屯地から動かず、敵影を確認次第迎撃する籠城戦を基本方針とします。改めて、異議はありませんか?」

 一同の「異議なし」の声とともに籠城案は可決。こうして日黎両国の反撃準備は着々と整えられていく。

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