[[2015年 九月上旬 9日\20XX年 9月10日]]
先日発された皇帝の勅令によって参陣し、アルヌスからさほど遠くない平地に集結しつつある
ここから馬で四半日程度離れた位置にも第二陣、さらに一日離れた位置に第三陣と、三方向から囲い込むように十万以上の兵が陣を敷き、アルヌスに陣取る敵の軍勢を睨んでおり、まさに壮観と言うべき大軍がここにいるのだ。
「これは、一筋縄では行かぬな……」
甲冑に身を包んだ老齢の王が、丘の上に見える長大な軍事施設を見上げて呟く。施設の上空にはこちらを警戒しているのであろう
数の上では連合が優るが、十五万もの帝国軍の三分の二が壊滅する大打撃を受け、
恐らく正面からの力押しでは意味がないばかりか、搦め手や策略にも滅法強いと予想でき、数年ぶりの親征だと言うのに溜め息しか出せない。
指揮官が弱気では兵の士気は下がる。兵の士気が下がれば軍全体の力が弱まる。そして軍の力が弱まれば、戦闘を放棄して離散してしまう。
(勅令が下った時点で、とうに分かっていたのだがな……)
帝国は諸侯から兵を動員しているが、残存兵力の八割が帝都に集結しており、ここにいる帝国軍は七千しかいない。しかも敵に関わる情報共有も不充分であり、意図的に「敵を知る味方が少ない」という致命的な状況を作られたわけだ。
断片的ながら得られた情報によると、「小規模だが殺傷能力の高い魔法を使う」、「兵一人一人の身体能力が著しく高い」、「伝説上の龍にも劣らない化け物を飼い慣らしている」など、その
国内の脅威は確実に排除し、国外から入り込んだ蛮族を疲弊させ、隙を見て叩き潰す。なるほど、騙し討ちを常套手段としてきた帝国らしい保身、首都防衛のやり方だ。
「陛下!
伝令が増援の到着を告げ、王はゆっくりと振り返る。これで残るは、夕方に到着予定の四つの属領と五つの属国の軍のみであり、これまでに到着した軍を含めれば、30ヶ国と十八万の大軍となる。
そして背中越しに敵陣をもう一度確認し、伝令に向き直ると目を細めたまま問う。
「これ以上の帝国軍からの増援はないのか?」
問われた伝令はやや動揺を見せて口ごもるが、すぐに気を取り直して向き直り、しかし震える声で返答した。
「……アウルム公…………リハルド卿が御見えです……」
視点は一度、アルヌス日黎協同
この時点の兵力はまだ一個旅団程度の規模であり、「攻撃を確認次第すぐに排除」の方針でさほど問題はなく、様子見で終わった。だが敵側は全く動く様子を見せず、むしろ日に日に数を増やして陣の造営を始め、今日の朝にはなる頃には、アルヌス基地は十万と七千の大軍に囲まれていたのである。
正確な数字を知ることが出来たのは、黎國軍が各所に放っていた斥候を大急ぎで呼び戻した際、帰還の過程で独自に調査していた者がいたからだ。
「この様子だと、増援はまだまだ増えるでしょう」
自衛隊のレーダーで確認した敵軍の陣の熱源と、航空写真で正確性が増した地形図の印を見比べ、卓を挟む両軍の幕僚は頭を悩ませていた。
日黎側が把握している限り、帝国軍の総兵力は少なく見積もって二十万だが、実態はやはり三十万、四十万規模の兵を隠していたと言うことになる。
敵側は数的に極めて有利であり、昨日再度放った斥候から「馬車の往復に
しかし実際のところ、敵情視察は不充分な上に文明や文化の水準も相まって士気も規律も倫理観も低く、敵を蛮族と
「……包囲するのはいいが……本当に情報共有が為されてるのか?」
加えて今回の敵軍の“待ち”の姿勢を見る限り「何も知らされていない」とさえ思われるばかりか、もはや味方の人命まで軽視している可能性すら浮上する始末で、将軍らの保身よりも国家元首が見栄っ張りなせいで兵や民が振り回されているのではないか。
と、これからこちらの攻撃に曝されるであろう敵兵に、逆に同情してしまいかねないほどに哀れに見える。
「敵側の行動や戦術によっては……」
将軍、参謀の行動や判断にもよるが、万一彼らが無能であれば目も当てられないほど徹底的に、額面通りに一人残らず殲滅され、アルヌス一帯に死体の山が築かれるかも知れない。
できれば今すぐにでも降伏、理想は退却願いたいところだが、恐らく帝国軍側にそのような余裕はなく、むしろ勧告に従う事はしないだろう。
また門がいつまで繋がり続け、敵がいつ降伏するか分からない以上、今回の銀座・玉京の攻撃を
殺された人々の憎しみと、遺された人々の怒りを背負っている以上、まだ戦う事をやめる訳にはいかないのだから。
「それは後にして、あいつらいつぐらいに動くと思う?」
だが今は軍議中であり、私情を挟んでいる場合ではない。自軍の目の前に布陣する敵軍を、いかに迎え撃って耐え凌ぐか。その策を講じて備えなければならない。
その後も軍議は続けられ、迎撃の作戦計画案が纏まるのは、日も沈み上弦の月が昇る頃だった。
一方、“常勝無敗の名将”リハルド・アウルムを臨時の参謀兼帝国軍七千の将に迎えた、
しかし、軍を率いる諸侯たちはリハルドの非道極まる提案に度肝を抜かれ、かえって不信と不安に駆られており、呆然と黙りこくっている者が多いが、抗議する人物もちらほらいる。
「兵を矢の如く使い捨てるとは正気ですかアウルム公!?それにここまで陣を分散したら、兵站も崩壊してしまいます!」
リィグゥ公は多数の駒が置かれた地図を指差し、リハルドに迫る。駒三つずつのグループが、アルヌスを囲むように等間隔で置かれ、計十二の陣を形作っている。
これは一万五千ずつの部隊からなる陣を十二個、敵陣を円形に包囲する形で配置し、一つの陣につき五千ずつ前進させる事で敵の威力偵察と兵装把握を行い、同時に物資を消耗させるという、味方の犠牲が前提の非道かつ無慈悲な棄て駒戦法である。
正直なところ敵軍が運用する兵器の詳細が分かってさえいれば、もっと有効で効率的な手立ても打てたのかも知れないが、生憎リハルドは戦場に戻って来たばかりな上、今回相手取る敵軍については何も知らないも同然なのが致命的であり、本人も半ば諦めている状況にある。
「分かっている!分かっているんだ!だが敵の情報が少な過ぎる!敵軍の詳細が分からない以上、これより効果的な策は思い付かん!」
もしも姉が皇太子妃であったならば姉もろとも死んでいた身であるが、姉が皇后であるがゆえに極刑を
こうして論争をしている間にも刻々と時間は過ぎて行き、結局幕僚全員の納得を得られないまま全方位三段波状攻撃作戦の準備が進められる事になった。