[[2015年 九月上旬 11日\20XX年 9月10日]]
「敵の焦り様がよく分かる陣形だね」
天軍の龍の背に乗り地上を見下ろす
籠城する相手に包囲陣形を取る事は定石であるし、充分な補給が望めない非耕作地での戦闘であれば効果覿面な戦術ではある。だが今回は本来の籠城戦とは全く毛色が異なっている。
「はい。廊門はこちらが掌握していますし、何より敵側からの侵攻が前提なので、足止め程度にすらならないと思われますが……」
補給は自軍の内側から、しかも24時間毎日必要最低限の物資が、多少の時間のズレこそあるものの決められた時間に纏めて届く。対して帝国軍側の補給は、本土があると思われる後方から、十二もある陣に分けて長い移動時間の末にやっと届けられる。
兵站の負担を無視し、戦略的に不利になり得る陣を構築しなければならないほどに、敵は追い詰められているのだと分かる一端である。
同格かそれ以下の敵を相手に戦う分には有効かも知れないが、生憎こちらには近代兵装を多数有する自衛隊と、兵全体の練度と将一人一人の武勇に秀でる黎國軍が手を組んで築き上げた金城鉄壁の
当然容易に攻略できるような基地ではないし、帝国の兵に遅れを取るような者も、こちらにはいない。
「いかがします?もう迎撃を始めるよう掛け合いますか?」
しかしどのような隠し球を仕掛けて来るのか、その不安もあるにはある。帝国には魔法と呼ばれる技術があり、恐らく魔法を扱える兵士もいるはずなのだが、捕虜に言わせれば魔法の扱いは高等技術な上、使える者もほとんどおらず宝の持ち腐れも同然なのだとか。
魔法を扱える者が余りにも貴重なため、化け物どもの制御や多少の敵兵の牽制程度にしか運用できず、しかも今回の侵略に際して動員した魔法使いは、日本軍と黎國軍のどちらにもその存在に気付かれる事なく一人残らず殺していたらしい。
だが後方にはまだ魔法兵とでも呼ぶべき戦力が残っている可能性が高く、現状の方針が「攻撃を確認次第迎撃」であるため、下手な動きでこちらか不利になるような行為はできない。
「……それはやめておこう」
“敵が陣形を変えた”だけではどのような意図があるのか分からないのも事実であり、迎撃するには早計であると判断して一度報告に戻る事にした。
そしてこの時、自らが構築した波状包囲陣の本陣に座すリハルドが、自らが欲しいままにした“常勝無敗の名将”の伝説が間もなく終わりを告げる事を察し、出陣前に
黎國天軍の哨戒と
と言うのも、如何に大軍とは言え補給なしでは戦えず、また補給隊の往復に停滞がない程度には兵站が整っていた敵軍が、突然陣形を変えて包囲攻撃の構えを取ったからだ。
確かに連合側は全包囲攻撃に対処できるほど人的余裕はないし、広範囲を攻撃できるミサイルや爆弾も余り多く持ち込めてはいないので、基地を包囲する事自体は利に叶ってはいる。
「無能な参謀がいる訳でもこちらへの挑発という訳でもなく、ただただ焦っているだけですね。これは」
だが兵站を無視し、補給線を破綻させ、兵の士気を下げてまで戦略的目標を達成しようとするのは、敵側に焦りがある事に他ならない。
帝国軍同士でありながら前線と後方で情報を共有していないのなら、後方から引きずり出された部隊が未知の敵に困惑し、「勝たなければならない」という焦りからおかしな行動をとる事は想像に難くはない。
そして自軍への負担が著しい包囲陣だが、こちらにとっては脅威でもある。二十万近い大軍が一斉に突撃してくれば、いくら近・現代兵器で武装している自衛隊と言えどひとたまりもなく、かと言って白兵戦に慣れている黎國軍は、前線の数が足りないためやはり一度撤退しなければならない。
「だが向こうもアホじゃないからな。いきなり総攻撃はしないはずだ」
だがこれもあくまで一斉突撃で迫って来た時の話であり、意味もなく全軍で突撃しようとはしないだろう。いくつかの陣から一千ずつ程度、少しずつ兵を前進させて威力偵察と戦力把握をするはずだ。
そこを誘導弾なり戦車砲なりで一掃し、「勝ち目なし」と判断させて撤退に追い込む事も可能かも知れない。
「いえ、むしろ即時撤退の判断をさせるのは難しいかと」
当然、反対意見もある。敵陣に向かう部隊だけをちまちま迎え撃つ様子を見れば、「
もちろんその分敵側の兵站は少しずつ崩壊するが、こちらも
補給もいつまで続くか分からず、目標を達成できないまま撤退する事になれば戦費が完全に無駄になる。黎國は「夷狄への報復は不充分だったが兵の大多数が無事」なだけでまだ問題は少ないかも知れない。だが日本は違う。
日本の場合は国民のみならず、諸外国全てが比喩でも何でもなく敵になる。だからこそ何としても〈銀座事件〉の首謀者を捕らえ、帝国からは支払うべき代償を支払わせなければならない。
「ともかく、基本方針は変えない。が、こちらに有利な状況を作る必要があるな」
刻一刻と時計の針は進む。やがて迎撃案も纏まり、すぐさま準備が始まった。敵の攻勢が始まるのは、十二の陣地の構築が終わってすぐの事であった。
日本時間午後13時30分。アルヌスを囲む十二の陣地のうち、帝都の方角から最も遠いアルヌスを挟んだ反対側に位置する第十二陣に、リハルドの姿はある。作戦案としては「最初に各陣から五千ずつの兵を前進させ、威力偵察と戦力・兵器の把握」だが、正直に言ってとても上手く行きそうにない。
敵は多数の
しかもあれらは今回帝国が相手取った敵の片割れの戦力であり、もう一方はまだ手の内を見せていないという事になる。正確かつ詳細な情報があれば、このまま全軍を突撃させてしまうなり、敵を誘き出して都度殲滅し兵器を鹵獲するなりできるのだが、単純な策が通用するような相手ではない事など過去の経験則から見ても明らかなのだ。
(この攻撃で先鋒の六万が全滅するような事になれば、すぐにでも再集結を命じなければ……)
リハルドは知らない。この戦いで死を命じられているのは、自分一人のみであると思い込んでいるがゆえに。補給の
“敵を知らない”という余りにも不幸な焦りから生じた