寇討の天子   作:御代川辰

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弔葬

 日本時間午後15時。早くも帝国軍側の陣に動きがあった。

「おいおい……ありゃ正気か?」

 双眼鏡を片手に敵陣の一つを見張っていた自衛官の一人が、基地に向かって一斉に前進する兵の姿を捉え、思わず呟く。そして基地の総司令部の方角に振り向けば、基地の背後からもうもうと黒い狼煙(のろし)が立ち上ぼっているのが見えた。

 敵側の進撃開始を合図するものであると直感したその時、胸元の小型無線機から別の自衛官の声が響き渡る。

『時刻一五時〇〇分(ヒトゴマルマル)!西真方位0度より、敵軍進行開始!規模不明、実距離四〇〇〇米(ヨンセン)!』

 十二方向からの円形包囲攻撃。いくら防備と迎撃体制を整え、戦力と兵器に数百年単位の差があるとはいえ、陣の設営が終わった直後に敵軍が急に大挙して迫撃してくるとは計算外で、すぐに対応はできない。

 どうやら敵の末期具合は予想以上に酷かったらしく、“待つ事すら惜しい”とさえ考えられる。あの様子では明日にでも逃亡兵が出るだろう。

(こりゃ、日の入りまでかかりそうだな)

 手に持つ双眼鏡を首にかけ直し、その場を離れる。そしてすぐ警報が鳴り響き、自衛官と黎國兵たちが各々迎撃体制を取り、敵の接近に備え初めていた。

 

 

 

 伊丹(いたみ)は鬱屈とした表情で自分の64式小銃を手に、糸崎(いとさき)以下五名の小隊とともに、前線の塹壕に身を隠して敵軍の襲来を待ち伏せている。

 前回の〈銀座事件〉によって防衛出動がなされるまで、長く実践を経験していなかった自衛官たちにとって、兵器や装備品が違いすぎる相手を一方的に殺戮したということもあって、こちら側の士気は余り高いとは言えない。

 だがここで基地に侵入されるような事になれば、今度こそ日本は終わりだと自分に言い聞かせて奮起している者もおり、なんとかモチベーションを保っているのが現状である。

「戦争を経験せずに定年退役したかったなぁ……」

 ぽつりと本音をこぼせば、糸崎(いとさき)は目も向けずに予備の弾倉を渡し、呆れたように返す。

「ここまで来て泣き言言わないでください」

 あくまでも冷静に、しかし瞳孔の開ききった殺意に満ちたその目は、寸分の狂いもなく迫り来る帝国軍の先鋒を見据えている。見える敵は全て歩兵であり、手には槍、腰には剣、盾を持つ兵は見当たらない。

 陣形は右から左にかけての雁行陣で、飛び道具による攻撃を受ける事を見越し、撤退する際に後方の列が前方の列の邪魔になりにくいよう、やや広く隙間を開けた構成であるようだ。

 情報共有がないと思われる中、あれ程の大軍を纏めるだけでも一苦労だと言うのに、その上で威力偵察のためだけに兵を前進させるなど、敵方の指揮官も相当な遣り手であり、同時に苦労人でもある事が(うかが)える。

(それにしても、盾を持たない歩兵を最前線に送るなんて……)

 敵側の前線に盾を持つ兵や騎兵がいないのは、指揮官が焦り過ぎて判断を誤ったのか、あるいは何かしら策があるのか、はたまたこちらの武器を防ぎきれない事を理解しているのか、理由は定かではない。

 だがそれでも、損害が大きくなる前に撤退する事を前提とした攻撃陣形は、敵の指揮官がただ者ではない可能性を示唆している。予想以上の長期戦を強いられ、勝ち逃げされる覚悟は必要であろう。

(…………負けられないな)

 富田(とみた)は撃鉄を起こすとともに、決意を新たにし…………そして、数分後、日黎側の容赦ない迎撃が始まる。

 

 

 

 超音速で飛翔する直径7.62mm、全長51mmの金属の塊には、厚さわずか5mmから10mm、重さ35kgにもなる金属鎧を貫通し、熱した金属を弾けさせて肉を抉る事など雑作もない。

 しかも撃たれた人間が、肌と直に触れる衣服との緩衝材となる革製の鎧も纏わず、盾すらも手に持っていないのならば、行く手を(さえぎ)るものが少なければ、なおさら容易に多くの人間を殺す悪魔の礫となる。

 弓で射る矢よりも小さく、弓で矢を射るよりも速く、矢を射る弓よりも強く、確実に生き物の生命を奪える武器の、その一部である。

 斑模様の布鎧を纏い、丸い兜を被る蛮族が構える物は、諸王侯連合軍の兵たちには不自然な形の杖に見え、そしてその先から放たれる無数の金属の塊は、蛮族の兵が扱う魔法そのものとして認識できたはずだ。

 また黒い鎧を着こんだ蛮族たちが持つ槍なような武器の先端から、子供の握り拳程度の金属の塊が放たれるのも、ある種の魔法と誤解して差し支えない。

 これらの攻撃によって全方位から囲い込もうとしていた軍勢が足を止めると、今度は角とも鼻ともつかない細長い突起を持つ、全身が金属で覆われた化け物に見える物が姿を現す。

 この化け物の群れは陸上自衛隊の74式戦車であり、旧式ということもあって10年以内に退役を待つばかりだったのだが、長らく日本の防衛力を担って来たという実積を、この“不名誉な晴れ舞台”での運用で最後とすべく引っ張り出されたものである。

 口径105mmの主砲から放たれる砲弾は着弾地点とその周囲の地形を(えぐ)り、人間に直撃すればまず助からないばかりか瞬く間に粉微塵になってしまう。

 このような、軍事力の差が歴然過ぎる敵と戦わされるとあっては、必然的に死者は増えるもの。諸王侯連合の将兵は、接敵する事も敵陣に乗り込む事もなく、戦いとも言えない作業的な殺戮劇を前に、ただ狼狽(うろた)え、放心し、逃げ惑うしかなかった。

 

 

 

 ────だが、諸王侯連合軍にとっての不幸はこれで終わらない。各陣から前進した五千ずつ、計六万の兵は二十分足らずで三分の一にまで減り、残存兵力はおよそ十四万。

 敵方の攻撃が始まる直前に危険を察したリハルドが、既に手遅れと理解しつつも撤退の狼煙(のろし)を上げていたのだが、一瞬にして数千の兵が殺された事で前線は混乱に包まれている。

 自衛隊と黎國火槍隊による一連の攻撃が終わり、ようやく混乱が治まっていざ撤退と言うところで、黎國の精鋭による追撃が始まったのだ。

 まず先陣を切りアルヌスから見てほぼ真東の第六陣、その前線の残兵二千を相手に切り込みを掛けたのは、謂わずもがな黎國よりの派遣軍の指揮を執る(ゆう)熾照(ししょう)

 猪突猛進に駆け回るかと思えば、疾風迅雷な体裁きで敵兵の(ふところ)に果敢に突っ込み、寸分の狂いなく大動脈を切り裂き地飛沫を撒き散らさせ、槍を奪って同士討ちまで強いる様は鬼神にも似ている。

 彼に続くのは黎國地軍を預かる最年少34歳の将軍、(じん)大鯉(たいり)。鎧を一切身につけない軽装だが、身軽な分機動力は随一であり、また着込む衣服には大量の剃刀を仕込み、都度取り出して喉を裂く。

 さらにもう一人の勇猛の士は、地軍の将軍では紅一点の(にん)迫界(はくかい)。細く長い槍を変幻自在に振り回して攻撃を受け流し、また敵の動きを読み切って柔軟にいなし、動きを封じて一気に討ち取る戦術で、じわじわと敵側の死人を増やしていく。

 また別の敵部隊も、三人の猛将が獅子奮迅に制圧しつつある。将軍司空(しくう)理丸(りがん)は身の丈よりも大きく、自分の体重の倍重い大鉄鎚(おおかなづち)を軽々と振り回し、鎧ごと敵を殴り潰し、兜ごと頭を叩き割り、複数人をまとめて吹き飛ばし、地面を大きく(えぐ)って穴を掘る。

 同行する将(げつ)毅扶(きふ)もまた、鉄鎖に繋がれた鋼鉄製の車輪を思いのままに振り回し、敵兵を次々と叩き潰し、鎖で首の骨を折り、(しかばね)を積み重ねる。

 そしてもう一人、将()奨明(しょうめい)。得物は棍の一本一本が腕ほどの長さの三節棍で、それを手足の如く自由自在に操り、敵兵を容赦なく粉砕していく。

 もちろん前線で戦っているのは上に挙げた六名の将のみにとどまらず、8人の猛将と六千もの精兵もまた同様に、壊乱して士気の下がった軍勢に襲いかかっている。

 数の差をものともしない自衛隊の近代兵器で大打撃を食らい、加えて阿修羅や鬼のような膂力を誇る黎國軍の将兵と戦わされては、並みの人間の集まりでしかない諸王侯連合軍の兵たちはもはや前進する気力さえも湧かず、ただ立ち尽くし、逃げ惑うばかりであった。

 

 

 

 日の入り頃。諸王侯連合軍側が繰り出した先見隊の生存者は千数百、全体の残存兵力は十二万強。対して自衛隊の死亡者は一人もなく、黎國軍は死者861名と負傷者453名とそこそこの損害を(こうむ)ったが、今後の戦略的展開に支障はなさそうだというのが現在の戦況である。

「あれだけ強い武将がいても、戦死者はゼロってわけにいかないんすね……」

 淡々と(ひつぎ)に納められ、(ひつぎ)馬車とともに門をくぐって行く戦死者たちを悲哀を込めた視線で見つめ、敬礼とともに見送る自衛官。

 同じく物言わぬ亡骸(なきがら)となった同胞たちに、静かに黙祷を捧げる黎國兵。出自は違えど立場は同じ軍人。当然戦に関わる以上、死人には人一倍過敏と言える。

「……これが戦争ってやつだ」

 一人の若い自衛官の呟きに、黎國の兵が涙をこらえて答えた。

 

 

 

「《MODRO POVLEOS(死せる同胞に)…………ORO(黙祷)》」

 そして、死者を悼む心を持つのは、帝国側の人間も同じ。

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