寇討の天子   作:御代川辰

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戦と言う人災

[[2015年 八月上旬 1日]]

 

 “龍日帝”(ゆう)雅信(がしん)と“鳳月后”(ゆう)広良(こうりょう)との間に生まれた天嗣、“大龍鳳仙子”黝守(ゆうしゅ)。今年の三月に冠礼儀を終えて熾照(ししょう)字名(あざな)を名乗り、下旬16日には襲命儀も間近に控える新進気鋭の若人(わこうど)である。

 そして、彼の祖父である(げん)こと能徳(のうとく)もまた、一月のうちに玉座を双子に譲って妻と共に自由な隠居生活を満喫する(かたわ)ら、時たま玉京に戻っては若い天子たちの指導に精を出し、あるいは孫や都の子供たちと(たわむ)れる充実した生活を送っている。

 だが、熾照(ししょう)が成人して以降都の周辺では、この(しあわ)せな生活に暗雲をもたらす変化が生じ始めていた。

 

 

 

 皇宮に程近い土地にある施設群〈朝廷〉では、連日連夜何十万人という官僚たちがもろもろの事務を成し、官僚の責任者にして泰皇天帝の補佐役である大臣たちが(まつりごと)を取り仕切る。

 そして朝廷が(もう)ける大小数十の公的機関の中に、測量による地理地勢の把握と天災への対処を(つかさど)る地勢左司と言うものがある。

 だが今その地勢左司の舎屋にいるのは、全身埃にまみれながら棚の書類を(あさ)る官員たち、その中に一人だけいる私服の官員、そして皇宮を中心に据えた都周辺の地図、また十巻もの木簡を卓上に置いたまま、会議室中を慌ただしく歩き回る官吏たちもいる。

 もちろんこの騒ぎの渦中にあるのは前述した地勢左司のみの話ではない。朝廷に属する全ての機関はもちろん、皇宮で従事する侍従や宦官、更には警備を担う軍兵たちさえ、その足取りに焦りを募らせている。

()()が事実なら……」

 発端は休暇で都をぶらついていた地勢左司の官員が、何を思ったのかとある家の地主の許可と司長官の連絡のないまま、独断かつ単独で敷地の地脈調査を実施した事にある。この地脈調査の結果が、現在の混乱を誘引したのだ。

 なお無断で地脈調査をした結果、朝廷内における未曾有の大混乱を起こした官員は司長官から直接処分を言い渡されたのだが、事態が事態であるため二ヶ月の減給のみに留まったのは良い笑い話である。

 とは言いつつも(くだん)の調査結果の詳細が、玉京に危険を及ぼす内容である事に変わりはない。そして、何よりも恐れるべき事も一つ。

「〈壬辰夷寇〉の二の舞は御免(こうむ)りたいね」

 司長官は手に持つ竹簡を作業机に重ねた巻物の上に置きつつ、自らも作業に加わるために部屋を後にする。竹簡に刻まれていた文章は、[《亊変未結(事変未だ終わらず)翌次燦月志命節(次は8月の志命節)》]。

 今後新たな危機が黎國を襲う、という内容だった。

 

 

 

[[同年 八月上旬 3日]]

 

 ────玉京全体の氣脈に大きな乱れが生じ、(いびつ)で淀んだ氣が集まりつつあり、災いの気配は近い。また玉京にありて、志命節に凶事が起こる可能性が高く、皆(つつし)んで大事に備えるべし────

 朝廷が直ぐ様都中の臣民に伝えたこの凶報は、瞬く間に大央華全土へと広まった。先代天子能徳(のうとく)の治世が始まったばかりの年、29年も前に起きた〈壬辰夷寇〉を連想する者も数多く、また今回の報が発生年と同じ八月、しかも今この時であるという事実も人々の不安や恐怖に拍車をかけている。

 この度玉京を襲うのは天災か、あるいは前回と同様正体不明の夷狄どもが侵略して来るのか、まだ詳細な部分はわからない。だが今こそ(きた)るべき災いに備え、これを対処しなければ、今度こそ黎國の命運は尽きる。

 

 

 

 昼下がりの朝廷、議場の席。今この場にいる皇族は最奥の上座に雅信(がしん)広良(こうりょう)、上皇能徳(のうとく)とその后宋娟(そうえん)、そして天嗣熾照(ししょう)。他、下座に宦官、宰相、丞相、四房尚書、四院督、十省大臣、六部監、八司長官、九府総裁、三軍元帥など、機関の最高責任者たちが参議としてここに集められている。

 皆平静を装って臨んでいるが、席に座る者たちの表情は険しく、彼らの隣に控える護衛の兵たちもまた、槍を持つ手が微かに震えている。

「……ではまず、現状から説明致します」

 このような鬼気迫る雰囲気の中まず起立した易術右司長官は、議場奥に置かれた玉京の地図へと向かい、指し棒で地図のある地点を示した。そこは、東西の大通りと南北の大通りが交わる中心点であり、建物が密集する都の中で最も広い空き地である。

「この部分に都周辺の土地から邪氣が集まり、その中心に異質な氣の塊を擁しております」

 氣は地脈、水脈、天脈、靈脈、陰脈、陽脈、龍脈と言う七種の氣脈と、それぞれに対応する七種ずつの氣点、氣孔を通じて世界を循環している。元来人の居住地とは他の生類の生活を妨げる事のないよう、氣が(かよ)わずかつ氣と氣の交わりがない場所、虚洞と呼ばれる領域に作るのが常識であり、この玉京も例外ではない。

 そして、氣脈の自然変動にはそれこそ数万年単位の歳月がかかり、現状はまだ安全と言えるはずなのだが、そうは問屋が卸さない。

「この不自然に急速な氣脈の変動は、人為的なものである可能性が高いです」

 しかし実のところ、氣脈の流れや向かう先と言うものはとても曖昧なものであり、条件さえ整っていれば人間の手でも容易に(ゆが)ませる事ができてしまう。

 人為的に氣脈変動を起こす手段は決して多くはないのだが、最も効率的に大規模な変動を生じさせるものがある。

「まさか……っ!」

 一同の顔色が変わり、地図の前に立つ易術右司長官の表情も更に険しくなる。思い起こすのは、〈侵蠻〉による攻撃から生き残った人々のうち、その夷狄が現れる瞬間を最も間近で視認した人物が残した証言である。

 この証言を要約すれば、[いつの間にか建てられていた都では見慣れぬ石造りの建物から、兵や竜が怒涛の勢いで現れて人々を手当たり次第に殺して回った]と。重要なのは()()()()()石造りの建造物。これはつまり、建物そのものが氣点であり氣孔、そして大央華とは違う場所に通じる出入口であることを示している。

 更に地勢左司長官が官員から受け取った竹簡の内容と照らし合わせれば、〈壬辰夷寇〉は序の口に過ぎないと言うことでもあった。

「蛮夷どもめ……とんだ置き土産を残してくれたものだ……っ!」

 諸将は怒りを(あらわ)にし、宦官は卓に拳を叩きつけ、他の参議たちも苛立ちを隠さず、呪詛のように恨み言を呟く者まで現れ始めた。

 一方的な蹂躙で数多の人間を殺し、民から財産を略奪するに飽き足らず、またも人々を殺し、宝を奪いに来るのか。そう思えば、怒りは当然これからやって来るであろう敵に向けられる。

 これから敵になる可能性がある、得体の知れないやつらに向けるしかない。

「皆、冷静に」

 雅信(がしん)が手を挙げ、気を鎮めるように諭す。呪詛を吐く者は不満な表情ではありつつも口を閉じ、苛立ちのあまり貧乏ゆすりをしていた者は太股に指を押し立てる。

 熾照(ししょう)は父の声にはっとして、拳に込める力を抜いた。落ち着きを取り戻した場を見渡しながら、今度は広良(こうりょう)が言う。

「右司長」

 呼び掛けに答えたのを確かめると、更に質問を続ける。

「孔点の推移表をお願いします」

 易術右司長官は息を整えてから頷き、自身の席に戻って表を取り出した。

 

 

 

 この日臨時に開かれた会議は、わずか三刻というとても短い時間で結論が纏まり、日が沈む頃には[武力を以て対処]という対策案が完成していた。

 と言うのも天下を統一して以来、国内で大きな争乱が全く起こらなくなったために軍の必要性が薄れていた。

 更に1900年以上もの年月を経た事で、軍は軍隊としての体を維持する事が難しくなり、警察組織としての色が強まっていたのである。

 訓練内容こそ軍事を念頭に置いた厳格なものではあるが、将兵の育成にかかる手間は計り知れず、常備軍の安定的な人員確保にも支障が生じるようになったために年々軍備は縮小された。

 〈侵蠻〉が起こる年、玉京に駐屯していた常備兵はわずか5000名足らずの寡兵。300万人以上の人民がひしめく大都市を、突発的な襲撃から守れるような戦力ではなかった。

 

 

 

(しゅ)……」

 灯火が煌々とする寝室で、一人窓の外を眺める熾照(ししょう)。部屋に入った能徳(のうとく)が背後から声をかけるが、その声色はやや重い。

「すまぬ……お前たちの代で、また戦が起ころうとは……」

 祖父から聴かされるのは懺悔であった。この度の親征の大因(おおもと)となったのは、〈夷寇〉で都を焼かれるまで戦という概念は遠い先祖の時代に終わったものだと、これからも戦が起こる事はないであろうと盲信し、慢心していた自分にある、と。

 しかし、この29年間で都を復興し、犠牲者たちの怨霊を(しず)(たてまつ)り、天下統一以来の大規模軍拡に着手したのも、全てはこの未曾有の一大事に対処できるようにするため。

 為政者として当然の事を為したのなら、意味もなく頭を下げる必要もない。

「お祖父(じい)様……」

 懺悔を(さえぎ)るように答えて振り返り、膝を着き額を床に押し付けている祖父に対し、きっぱりと言い放つ。

「民意が貴方をお赦しになった以上、当時を知らない人間に容赦を求める必要はありません」

 我が孫から顔を上げるように(うなが)され、ゆっくりと体を起こして膝立ちになり、目線を持ち上げる。年若い少年の目は、覚悟に満たされていた。

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