寇討の天子   作:御代川辰

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その頃

[[20XX年 9月12日]]

 

 日本時間8月下旬に日本国と黎國との間に国交が結ばれ、8月末に早くも関係が本格化した事は日本国民の記憶に新しい。とは言っても戦時ということもあって民間交流は皆無で、特地と門周辺に基地を置く自衛隊を通じて文化や技術等の情報が入ってくる程度のものだが、黎國の存在は今後の国際関係にも多大な影響を与える可能性があるのは想像に(かた)くない。

 だが特使団の帰国に乗じて拉致、あるいは暗殺を目的に特使を襲撃するよう工作員らに命じ、それらがあっさり返り討ちにあった各国の首脳にとって、黎國という未知の国家への興味と恐怖は計り知れないものとなっていた。

 殊に常任理事国の国民や政治団体、活動家からは黎國を正式な独立国家として承認し、早期の国際連合加盟を(うなが)すよう(はたら)きかける声が多く発せられており、加盟が実現すれば批准させるべき条約も当然山のようにある。

 国連加盟促進案は日本との国交開設直前の特使来訪の時点で、主にアメリカ国内で議論された内容である。要するに「地球の詳細を知らない今のうちに地球の大国による制御・監視下に置くべし」という、身も蓋もない事を言えば“帝国主義的発想”と談じるべきだろう。

(だがどうやって(ゲート)の向こう側まで工作員を送り込めと……)

 ロシア連邦大統領ジェガノフは、今後黎國に対し直接工作を行うにあたり、どのような策を講じるべきか悩みを募らせていた。まず黎國の領域に侵入するためには、日本と特地という二重の関所を、疑われる事なく通り抜けなければならない。

 (さいわ)い日本には間諜の取り締まる法案に対し、人権という言葉を()()して反対する愚かな政治家がいくらでもいるが、当然警察や防衛省は間諜に対する独自の取り締まりを行っている。

 過去に日本の警察組織と自衛隊に間諜が侵入を(こころ)みた事は多くあり、実際の成功例は極少数であるため彼らの目をごまかす事は至難である事は周知の事実。

 運良く(ゲート)をくぐって特地に入り込めたとしても、今度は黎國の関所が待っているため、間違いなくここで間諜は送り返されてしまうと思われる。

 人種が違えば警戒されるのは当然として、同じアジア系の特徴を持つ人間であっても恐らく“国交未開設”を理由に、すぐさま追い返されるのは確実と言えるだろう。

Что(一体) следует(どうした) делать(ものか)……」

 結局決断はできず、やれやれとばかりに執務席から立ち上がる。これからは頭痛薬の量が増えそうだと自嘲しながら、クレムリンの外へと足を進めていた。

 特地の帝国とやらは異世界と地球を(ゲート)で繋ぐ技術を持ち、また別の惑星の黎國の兵はフィクション染みた戦闘能力を有するという事実がある。

 各国の工作員との潰し合いの後に特使の護衛と戦った、という言い訳があるとはいえど、潜在的な脅威度の高さは(あなど)る訳にはいかず、警戒するに越したことはない。

 

 

 

 一方の日本国、自衛隊銀座特別駐屯地内に併設されている黎國の臨時領事館。

「《……駐在領官事(在駐の官員)要求増員(増やしてほしいな)……》」

 元地勢右司一般官僚、現駐日領事(こん)鵬陽(ほうよう)は、積み上げられた書類の山を見つめながら力なく呟く。特使として同行した地勢右司長官、及び内邦左司長官は職務上朝廷から離れられないため、領事の駐在職員のほとんどは四房と八司の官僚から引き抜かれており、その職員数はおよそ三十人。

 そして彼ら三十人の代表にして、最高責任者たる領事として選ばれた彼女は、ただでさえ多忙だった官僚の頃のものより更に強いストレスに曝され、こうして現実逃避に浸っているのである。

(戦時中じゃなかったら今頃旅行中だったはずなのに……)

 あくびをしつつ彼女は再び手元の書類に手をつけ、決済と処理に取り掛かる。人手が足りていないためか妙に手際が良く、山積みになっているだけだった無数の書類が少しずつだがきれいに片付けられ、全く(とどこお)りなく進められているようで、余裕のなさに反して軽快に見えている。

 しかし表情は暗く、まるでやる気が感じられない。

(……唐乾(とうけん)夜霓(よるにじ)……見に行きたかったなぁ……)

 多忙でなかなか帰宅できず、普段は手紙や電話でしかやり取りをしない家族のため、翌月には長期休暇を利用して家族旅行を計画していたのだが、先月から唐突に始まった戦争で予定が狂ってしまい、家族に心配をかけまいと自分だけ参加しない事になった。

 家族団欒を台無しにされた挙げ句、見ず知らずの異国の地で慣れない外交までしなければならないという不幸もまた、彼女にとっては(ゆる)しがたい不条理そのもの。

 時間が経つに連れて怒りがふつふつと煮え(たぎ)り、今もその憤怒を表面に出さないように気を付けているのだが、領事館に赴任してからは自衛官や部下となった職員からの下心を隠しきれていない目線に晒されてストレスを(たくわ)え、連日連夜押し掛けるマスコミや日本以外の国の外交官や大使らの執拗な対応要求に追われ、就寝も食事もまともにとれなくなっている。

 いつ爆発してもおかしくないこの状況の中、鵬陽(ほうよう)は固く胸に誓った。

(いつか必ずぶん殴ってやるわっ!)

 明確に誰を、とまでは言っていないが、恐らくそういう事だろう。

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