寇討の天子   作:御代川辰

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一所懸命

 自衛隊の用いる兵器による一方的な遠距離攻撃、黎國が誇る武勇の兵による鎧袖一触の白兵戦は、長く戦から離れていたリハルドに凄まじい衝撃を与えた。

 また諸王侯連合軍は動員した十八万のうち四万近い兵員を失い、残る十四万で陣の再編を余儀なくされ、現在は二等辺三角形を描く突撃陣を四つ組み、日黎連合軍の基地を東方から囲んでいる。

 先日の威力偵察では距離が離れているうちに、進撃するこちらの兵を魔法らしきもので迎撃し、その後に追撃隊を出したところを見るに、全方向からの包囲殲滅は確かに効果はあるのだろうと予想できる。

 が、その敵の使う魔法らしきものの威力が余りにも大きく、掠めるだけで味方に多くの損害が生じ、直接戦闘を挑むとなればその分不利になり、陣形の変容も無意味になる可能性さえある。

(…………このままの状態では戦線の維持もできそうにない……)

 恐らく敵はこちらが全滅を回避するために、現在陣の後方で撤退の準備を進めている事などお見通しであり、今後の戦いを有利に進めるために殲滅攻撃に出る可能性さえある。

 このまま敵が動きを見せず、こちらが撤退を終えるまで待ち続けたとしてとも、その“待つ”という行為も罠である可能性すらある。

 帝国軍からの増援は期待できない。かと言って、イタリカの兵を引き抜けば妻と義妹、ひいては領民の命を守る(とりで)が機能しなくなる。

 数を(くつがえ)す兵器を運用する敵を撃破するなど、今の連合軍には不可能。そして思案し、思考し、悩み抜いた末に、一つの戦術に辿り付く。

(……仕方がない。愚策だが、これでも命を懸ける価値はある)

 この場の思いつきでしかも完全な愚策だが、ここまで追い詰められている以上、試す他に為す(すべ)はない。

 一握の不安と自分自身への失望を抱え、三羽の伝書鳩が飛び立ち、見方の陣へと向かう様を天幕から見守りつつ、リハルドは天を仰いで一筋の涙を流した。

 

 

 

 敵がまた陣の構成を変え始めたのは、夜が更けてからの事。初日の包囲陣と言い、戦死者の遺体の土葬作業と言い、何より昨日までの四つの三角陣と言い、陣形を変えると言うことは軍を移動させる事に他ならない。

 頻繁に陣形を変えて兵たちの負担を増やせば、今後の戦いに大きな支障が出る事が分かっていながらの行動なのかと、日黎両国の幕僚たちはほとほと呆れている。

「いくらなんでも焦りすぎだろ……」

 軍議の席には敵陣の現在の様子を写した航空写真が十枚程度掲示されており、その姿はおよそ戦争の定石から外れた余りにも(いびつ)な物で、地球においても大央華においても過去に例のない陣形である。

 その“(いびつ)”な陣形というのが、騎兵一騎を歩兵三人から五人で囲む小隊を作り、それらを一定間隔で点状に配置。更に中央の隙間に飛竜や翼竜を縦一列に並べ、空に飛ばす事なく待機させている。

 平原を埋め尽くすように、満遍(まんべん)なく押し広げられるように、布陣する兵を広げに広げきっていて、もはや兵站が機能しているのかさえ疑わしく、何をしようとしているのか全く分からない。

「こちらから仕掛けるべき状況ではないでしょうか?」

 自衛隊幹部が指摘した通り、これに関しては専守防衛原則を無視して先制攻撃を仕掛けてでも排除するべき、危機的状況と断定せざるを得ない。

 一方向からとはいえ十万以上の軍勢が一斉に突撃して来れば、いかに近代装備で固めていようと防ぎきる事はできず、特に自衛官は近接戦闘の手段が少なく、防具も長大な刃物から身を守る事は想定していない。

 黎國の兵にとって白兵戦は十八番(おはこ)であるほど手慣れているが、今前線にいる一個師団と一個旅団では数が余りに足りず、これまでの戦死者も二千名を越えており、十五万もの大軍を損害なしで殲滅できるほど甘くはない。

 ならばやはり、物資供給の差し止めを覚悟の上先制攻撃によって本陣を潰し、指揮系統が混乱しているうちに分隊規模の小部隊を各個撃破し、粘り強く時間をかけて、敵が撤退するまで攻撃を続けるしか方法がない。

 と、幕僚たちは結論着け、作戦案も短時間で纏まった。

「では……すぐに高射砲と対地誘導弾の手配を」

 一同は軍議が終わるや否や、すぐさま席を離れ作戦行動を起こすように指示を出し始める。敵陣の配置が整いつつある中、もはや悠長に迎撃していられるほどの情はない。

 

 

 

 一ヶ月近くに渡って続いた膠着状態が、遂に崩れる時が来る。まず最初に姿を現したのは、足に何かを掴む鵬鷹(ほうよう)巨鷲(きょしゅう)の群れである。

 陣の中央縦列に並ぶ翼竜(ワイバーン)と竜騎士は、上空から奇襲を仕掛ける鷹と鷲の姿を目の当たりにすると同時に、味方が危険である事を悟るとすぐに飛行を準備し始め、先頭の竜から順に助走を付けて飛び立って行く。

 しかし、四、五騎目の竜騎士が離陸した瞬間、鷹と鷲は足に掴むものを地上の陣のちょうど中心部、横に列を作るように落とすや否や、上空まで追って来た竜に向かい高速で滑空し、翼を(くちばし)で食い千切り、喉首を爪で(えぐ)り出す。

 ワイバーンの火炎放射で迎え撃つ間もなく、竜騎士たちは鷹と鷲の背に乗る黎國兵の弓矢の餌食となり、落とされたものは地面に触れた瞬間弾け跳び、周囲に激しい炎を放った。

 焼夷弾である。

着弾よし(攻成點破)総員射撃開始(總士攻射始乎)!」

 焼夷弾により敵陣のど真ん中で火の手が上がったのを合図に、今度は黎國軍の砲兵と自衛隊の高射特科による砲撃が始まる。陣を構成する無数の小隊が、砲弾の直撃と燃え広がる炎で次々と消し炭と化し、文字通り阿鼻叫喚の地獄絵図が出来上がっている。

 前進しても吹き飛ばされ、後退しても弾き跳ばされ、踏み(とど)まっていても叩き潰されと、精度威力ともに抜群の砲と正確無比な砲手が繰り出す砲撃からは(のが)れられない。

 陣の中央へ攻撃される事を見越し、最前線付近に本陣を構えていたリハルドはもはや退路を失っており、炎の壁より後方に並ぶ兵たちは逃げる他に手段がない。

 前門の虎後門の狼とはまさしくこの事であり、リハルドは絶対絶命の状況に追い込まれた訳だ。

「《VLIA THOMPH VVAT(皆恐れるな), DECÆNX RIEZVSTORE(このまま進撃せよ)! MVNSE KVSTEAB SHVHTHON(敵軍の砦を破るのだ)!》」

 無理難題と分かっていつつ、恐慌状態に(おちい)った兵たちを鼓舞して突撃を命じ、自らも馬を駆って先陣を進む。ここで(あきら)めては家族を置いて来た意味がなくなり、(あきら)めたまま、兵たちにかけた多大な負担の精算もしないまま死ねば、それは文字通り逃げと同じであり、そして犬死にでもある。

 砲弾の直撃で次々と兵隊が消し飛ばされてゆく中、せめて一矢報いんとして反撃を始める連合軍を嘲笑うかのように、更なる苦難が容赦なく振りかかる。

『弾着、今』

 陸上自衛隊の地対地誘導弾が、炎によって分断された事で増援が困難となり、今まさに撤退を始めていた後方の部隊のうち、兵馬が密集していた地点に着弾。

 一発着弾する度に三十以上の兵がただの焦げ跡と化し、じわじわと数が削られていく。もはや残兵を数える気力さえなく、ひたすら敵に肉薄し、一人でも多くその首級(くび)を討ち取る事しか考えられない。

 経過としては十四万の兵が約七万ずつに分断され、後方の七万が焼夷弾と誘導弾による攻撃で六万四千、前方の七万が集中砲火で六万一千まで減らされ、(かなめ)翼竜(ワイバーン)らに至ってはもはや案山子(かかし)木偶(でく)人形も同然。

 狡兎死して走狗()らるの故事に(なら)って死ぬならまだしも、始めから詰んだ状態で棄て駒とされるのでは到底納得行かず、帝国を怨まずにはいられない。

(ならば生き抜いてやる……異界の兵たちに目にもの見せてくれよう!)

 だが退却ができないならば前進するしかなく、その上で敵兵の一人でも討ち果たしてから死ねばよい。戦死者の魂が辿る末などたかが知れている。

 死してなお戦いを強いられるか、地獄へ墜ちて永遠の責め苦に喘ぐか、自分はどちらでも構わない。なら(おのれ)の生涯全てを懸けて、戦い抜くのみ。

「この大規模な魔法攻撃の次は、必ずあの連発魔法を使う!恐れるな!手の内は分かっているんだ!進み続けろ!」

 白兵戦が不得手な兵がいるなら、その兵を守らんとして前線に立つ兵を出さなければならない状態に追い込むしかない。ここまでに三万近い損害を出してはいるが、(とりで)の入り口と味方の最前線の距離は大幅に縮まり、敵陣は目前まで迫っている。

 その時だ。

(やはり来たかっ!)

 リハルドが予想した通り、弓矢、火槍、小銃、機関銃による掃討射撃が始まり、最前列の騎馬や兵たちの体が弾け跳び、次々と(たお)れだす。

 だが兵の数は依然こちらが優っている。そして攻撃の手間を考えず射ち続ければ、銃弾と矢は折り重なる死体の山に阻まれてしまう事など誰もが知るところ。

 如何に退路と補給を断ち、前進しなければならない状況を作っても、圧倒的数を相手にする負担は変わらない。

「一歩でも迫れ!一歩でも近づけ!我らの覚悟を見せつけてやれ!」

 リハルドの後方からウラチアエ(VRACHIÆ)王たちの鼓舞の叫びも聞こえる。俄然士気は上がるが、それでは戦死者の増加は止まる事はなく、ある地点を境に距離も一向に縮まらなくなってしまった。

 だがここまで近付いて(あきら)める訳にもいかず、後方に取り残された兵たちが一人でも多く撤退できる事を祈りつつ、突撃を続けさせる。

 数十分にわたる攻防の末、遂に銃撃と砲撃が止まり、敵陣から騎乗兵が現れる。帝国でも一般的な馬のみならず、巨大な熊や虎、地竜らしき生物の背に乗った騎士が、柵を飛び越えて次々と迫って来る。

 その数はこちらに劣る五百だが、見れば後方からも歩兵が追従し、上空からも翼竜(ワイバーン)天馬(ペガサス)、さらに翼を持つ虎や狼が急降下して来るではないか。

「総攻撃ぃ~!」

 老将帥領武(りょうぶ)の掛け声とともに、ここに合戦の火蓋が切られる。攻め方となるは、帝国隷下諸王侯連合軍(リジウン・ゴドゥ・リノ・グワバン・ウニエ)残存兵五万。

 迎え討つのは、黎國三軍の精兵一万二千。威信と覚悟を懸けて、血で血を洗う戦いの幕開けである。

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