寇討の天子   作:御代川辰

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“アルヌスの戦い”

 男、(じん)(ほく)は思う。齢五つの頃、故郷である都を夷狄に焼かれた日の事を。逃げ惑う都人と幼い自分を守るため、無謀にも自ら剣を取って夷狄に立ち向かい、三人を討ち果たした父の亡骸(なきがら)を。

 言葉も通じぬ夷狄の兵相手に啖呵を切り、壮絶な殴り合いの末に相討ちで果てた母の亡骸(なきがら)を。そして亡骸に向かって叫び、喚き、(なげ)くばかりであった幼い日の自分を。

 (じん)(ほく)は思う。戦火で焼き尽くされた都の、その様相を。七日と七夜にして全ての幸せを奪われた哀しみと怒りを。

 同じ苦心と憤怒を持つ人々の、その涙を流す姿を。再興を果たしつつも、失われた日々を取り戻し切れていない都を。

 黎國地軍の将が一、(じん)大鯉(たいり)は思う。廊門より出でた夷狄の軍を相手に戦い、(おの)が心中に残る(いきどお)りの根が、如何に深く強いものであるかを。

 夷狄が名乗る帝国が、如何に醜悪な侵略者であるのかを。

「《我不完知(お前たちが)爾此夷戎非可(夷狄か否かは知らない)》」

 (じん)大鯉(たいり)は静かに(うそぶ)き、肩の力を抜いて両手の剃刀(かみそり)八枚を下に向けると、(まぶた)を閉じて深く息を吸う。

 改めて、戦場とはやかましい場所だ。金属がぶつかる音、骨が砕ける音、地面を踏みしめる音、肉が潰れる音。何万人もの兵たちの叫び声、同じ数響く悲鳴、自分自身の声。

 今こうして立ち止まっている時は耳に障るのに、いざ戦いを始めればどうでも良くなるのは本当に不思議なものである。

「《然是(だが)……》」

 直感に任せて腕を振るえば、今まさに棒立ちの自分に飛びかからんとしていた敵兵の顔面を、きれいに切り刻んで絶命させる。一歩(あゆ)みを進める度に手に持つ剃刀(かみそり)を振り回し、自分を討ち取らんとする敵を殺しながら続ける。

「《願果報仇復伐(俺の復讐は)為妨障勿聴赦不可也(邪魔させないからな)!》」

 怒気を込めた叫びとともに一気に駆け出し、(またた)く間に十、二十、三十と、矢継ぎ早に敵を兵討ち取っていく。敵味方入り乱れる混戦の最中にあり、寸分狂わず敵兵を殺しながら総大将の首を狙って前進し続ける姿は、戦乱の時代を生きた武将さながらの恐ろしさを醸し出している。

 しかも全身に金属製の鎧を纏い、顔と喉が見えているとはいえそれもごくわずかだと言うのに、指で持てる程度の長さしかない武器を用いての事。

 彼を表すのに凄まじいと言う他はなく、また彼と肩を並べる優れた将兵たちに剃刀(かみそり)を得物とする者は、大鯉(たいり)本人の他に一人としていない。

(そろそろ火が消える頃か……)

 敵軍の後方を見れば、焼夷弾の投下で上がった炎の勢いが弱まりつつある。揺らめく炎の奥にちらほらと見える景色には、誘導弾の集中投下で五万まで減らされていた敵軍の姿はなく、一万五千程度の残兵たちが(まば)らになって(とど)まっていた。

 

 

 

 リハルドはふと、後方へと振り返る。先程まで高く燃え上がっていた炎が落ち着き、その更に奥にはすでにごくわずかとなった味方の姿が見える。兵の大多数は分断された後、空飛ぶ鉄の槍の餌食となったのであろうが、あの猛攻の中逃げ(おお)せた者がいるのも確かだと納得し、前へと向き直る。

 鎧兜を纏い、槍や剣、弓矢、あるいは盾を持って突撃する騎兵と歩兵の群れは、こちらの兵と真正面からぶつかり合い、熾烈極まる混戦の様相を成している。

(あの魔法は……さすがに使わないな)

 対地砲撃は既に止まり、翼竜(ワイバーン)など空を飛んで戦う者たちが地上の兵を蹂躙している。如何に正確な攻撃ができるとはいえ、味方を誤射する可能性がないとは言いきれないらしい。

 帝国軍は戦う相手と自分たちの力の差を見誤り、結果大損害を(こうむ)ったのみならず、その責を無関係な属国の王や気に入らない諸侯に押し付け、高みの見物を決め込んでいる。

 だが敵軍は違う。帝国が侵略を目論んだ二つの国の軍は、互いの不足している部分を(おぎな)い、過ぎた部分の使い時をきちんと(わきま)えて戦っている。

 帝国軍と帝国が侵攻した二ヶ国では、軍の運用法から戦の進め方まで何もかもが違う上、互いに対する認識の一つ一つさえも真逆であり、武人(もののふ)としての誇りと誉れの高さが(うかが)える。

(あちらの将と思われるやつらの……生身で亜神にも劣らない強さの髄が見えた気がする)

 自分はまだ最前線から程遠い位置にいるが、敵軍の将が誇る武勇はしっかりと見えている。遠目からではあるが、彼らの人間離れした強さの、その真髄を垣間見たような、悟ったような目には、やはり強い光が宿っていた。

 これから死にに行くのだから、覚悟していて当然。黄金色(こがねいろ)に輝く髪は風に揺れ、鋭い視線を放つ碧眼はまっすぐ正面を見据えている。

 ────さあ、目の前に敵が見えているなら恐れるな、退()退()がるな、前へ行け、進み続けよ、死ぬその時まで諦めるな。幻聴には耳を貸すことなく、しかし幻聴に(したが)って前へ前へと進軍を続ける。

 目に見えるは味方、(むくろ)、敵、そして聖地アルヌスとそれを囲む(とりで)。後少しで最前線に到る、と言うところで馬が突然上半身を振り上げて暴れ、リハルドは手綱を操り損ねて振り落とされる。

 後頭部と背面を強く地面に叩き付け、意識が朦朧とする中で見たものは、馬車の車輪らしきものが馬にぶつかり、その上半身をあっさりと切断する瞬間であった。

 

 

 

 時間は進み、深夜。昼から日の入りにかけて続いた激戦が終わり、アルヌス周辺には(しかばね)が山と積まれ、生き残った兵の大多数は東の方角へと撤退しており、捕虜として基地に連行されたのはわずか三百人足らず。

「ああ、こりゃ……一週間は死体処理ですね」

 30の国々の諸王侯が動かした十八万の大軍は、およそ四万と八千の兵を残して壊滅し、散り散りになった。その後の行方は分からないが、おそらく大多数は自領に戻ったと思われ、恐らく自領に戻らずならず者になる連中がいるはずである。

「戦死者は五千……俺の弟の熊も……」

 自衛隊の死傷者はやはりゼロ、黎國軍の死者は2448名、戦死した騎獣や騎禽は合わせて219匹。累計戦死者は4967を数え、早くも人員が不足し始めている。

 戦争経験の少なさという致命的なアドバンテージは、未だ埋まりそうにはない。

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