寇討の天子   作:御代川辰

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天子國
戦馬鹿


[[2015年 九月下旬 18日\20XX 9月19日]]

 

 アルヌス奪還の聖戦を名目に動員され、日黎連合軍を前に壊滅した諸王侯連合軍を他所に、帝都(ウラ・ビアンカ)には既に帝国軍の残存兵力の過半数、実に四万九千もの軍勢が集結している。

 五万近い数の将兵が行軍する様は壮観であり、実際蛮族との戦いで帝国全軍の半分が殺されたと知った時、帝国民は皆「次は帝都」と怯えていたが、皇帝の命に従って続々と帝国の兵が集まると、それまでの恐怖をけろりと忘れて「これで帝都は安泰」といつもの生活に戻ってしまった。

 こうして臣民が暢気(のんき)なのは皇帝派、皇太子派の人間たちにとっては好都合な事だが、皇帝の提案に渋々了承した元老院議員、命令に従って大急ぎで帝都に馳せ参じた将兵、そして皇后派の人間たちにしてみればただ事ではない。

 いくら自業自得とはいえ敵軍が帝国の領域内に陣取り、既に逆侵攻に着手しているのである。しかも弱体化した帝国軍にとって脅威となり得る諸侯や属国の軍を、敵軍への生け贄として動員した“聖戦”とやらも失敗に終わり、その残党の半数が野伏と化してこれまでの憂さ晴らしとばかりに略奪行為を働きだしたのだ。

 この上で更に納税期日の繰り上げと税額の加重を強要し、田畑の焦土化と水源の封鎖と建物の破壊まで平民に命じておいて、何の生活支援もしようとしないのだからたまったものではない。

 この現状をちっとも改善しようとしない夫に呆れ返った皇后ルシアンナは、とうとう「民を(いつく)しまず、敵への敬意もなく、ただただ我が儘な戦狂い」と酷評して不敬罪を言い渡され、生家のあるアウルム公爵領内の私邸に軟禁され、ここで弟の消息不明を知る事になる。

「本当に……リハルドらしいわね」

 出陣前に遺書を送りつけて来ただけはあり、有事となると抜群の先見性と覚悟を見せるのが弟、リハルドの特技であり一番の取り柄でもあった。

 幼い頃から無愛想な頑固者で、親しい者でも馴れ馴れしい扱いをされる事を嫌う硬派だが、その分実直で思いやりがあり、また革新的な思想を持つ堅実な性分。

 帝国軍時代、旧来の伝統を重んじる保守的な将たちからは散々に不当な扱いを受けていて、その愚痴を聞かされた事も一度や二度ではない。

 しかしその革新的な思想によって身分や人種、種族、出身地を問わず公平な態度で接する公明正大な人柄は、平民生まれの下級兵や歳若い貴族たちからは強く慕われ、その縁もあって現在イタリカを守護する三千の精兵が生まれたと言っても差し支えないだろう。

(だから……)

 だが、好人物だからと言って幸福な人生を送る事ができるとは限らない。そもそも彼が軍人の道を歩み始めたのは、皇帝の後妻として召し上げられた自分を「正当な手段で取り戻すため」であり、積極的に戦に参加して地道に戦功を立て続ける事で、皇帝と対等に意見ができる大将軍の座を目指していた。

 しかし順調な出世とは裏腹に帝国は末期に近付き、経済的安定が破綻に変化していくにつれ、帝国がもともと常套手段としていた騙し討ち戦略が更に卑劣な物へと変化し、無用な戦いで多くの部下が戦死し、五年前ついに(おのれ)の預り知らぬところで無二の親友を失ってしまう。

 リハルドの親友は自ら結んだ誓いを破り侵略を繰り返す、という卑劣極まる行為を問題視し元老院と皇帝に異論を申し付け、異見を叛逆罪と見なされその場で心臓を貫かれ、果てたのである。

 親友の最期を知った弟は当然激昂し、自ら帝都に(おもむ)いて皇帝に直談判をするのだが、ここでも親友が語ったものと同様の意見を出して不敬罪に問われ、極刑こそ(まぬが)れたものの軍を追放されてしまい、長くここアウルムに押し込められていた。

(どうか、無事で居て……)

 それが何の因果か、皇帝の策略で再び戦場に引きずり出され、こうして生死不明になっているのは、そのような星の(もと)に生まれたのであろう。

 だから、今自分にできるのは弟の無事を祈る事だけ。

 

 

 

 そして、その頃の帝都(ウラ・ビアンカ)、元老院。皇帝と皇太子、議員600人が集まり、現状と今後の方針を確認している。帝国側の目論見は途中までは順調に進んでいたのだが、当初の計画から大きく(はず)れた事態が三つ発生している状態である。

 まず第一に、弱体化した帝国軍の脅威になり得る諸侯の軍を利用して足止めをするつもりが、予想以上に効果を得られなかったために早速計画が破綻してしまっている事。

 戦争が始まって一ヶ月近くが経過しているが、その一ヶ月間帝国は効果的な手立てを打てないまま敵の侵攻を許し、アルヌスの丘に至ってはもう取り返しのつかないところまで来ている。

 第二に、蛮族の掃討を押し付けた帝国隷下諸王侯連合軍(リジウン・ゴドゥ・リノ・グワバン・ウニエ)に四万以上の残党が居ることが分かり、またそのほとんどが自領へと帰還し、戻らなかった者は野盗と化したという事。

 敵軍に打撃を与えつつリハルド・アウルムを処分するべく、元老院と幕僚会議、そして帝前会議の全てにおいて満場一致で諸王侯連合軍の参謀として参陣させたのだが、この判断が(あやま)りである事に気付いたのは連合軍壊滅の報せが届いた時だ。

 というのもそもそもアルヌスから生還した将兵からもたらされた、「命中地点の地形を変える威力の火炎魔法」と「亜神に迫る強さの兵士」の存在を失念していたばかりか、「どうせ殺す予定なのだから」と故意に敵軍の情報を渡さなかったために、かえって敵側の帝国侵攻を助けてしまっていた訳である。

 そして第三に、長期戦への備えとして徴税の前倒しと増税を実施しようとしたところで、第二の問題である野盗によって農村での略奪が起きてしまったため、農奴から収奪するはずだった収穫物が激減した事。

 結果として農作物を根こそぎ分捕った後実行する予定だった、田畑の焦土化と生活用水の封鎖、家屋の破壊などを優先させる本末転倒極まる状況となり、都市への避難民が大量発生する事態へと発展している。

「税収が減るだけならまだ良い。だが残党の発生と野盗の増加は想定外だ!」

 早期の戦線崩壊は想定済みとして、たいした足止めもないまま撤退できたのは憎きリハルドの入れ知恵である事は間違いなく、結果多くの諸王侯の兵が生き残ったのも納得がいく。

 だが連合軍の残党が数万を数え、しかも一部が野盗となる事は予想がつかず、元老院でも紛糾している様子である。皇太子ゾルザル(ZOLZAR)エル(EL)カエサル(CÆSAR)はその様子を呆れ半分、退屈半分で眺め、皇帝たる父モルトを横目で見つめつつ脳内を持論を呈している。

(素直にリハルドを殺すなり督戦隊として帝国軍を後方に置くなりしておけば良かったんだ)

 終わってからならいくらでも言えるが、本来ならこうしておくべき、ということを理解しているのがゾルザルという男である。帝国の真理と本性を現しているかの如く、その腹の底はどす黒く狡猾、その上で冷酷であり、リハルドと親しい間柄であった将シグルド(SIGVRD)カイルハイト(CAILHITE)を元老院の議場で殺害した張本人でもある。

(……だがイタリカの兵を引き抜かなかったのは英断だな。士気の低下は士気の上昇より伝搬し易い)

 と、退屈しのぎの思案で今後をどうするべきか思いを馳せ、邪魔者が消えた事で政治を動かしやすくなった事を(よろこ)び、そして帝国が、そして世界がどのように変化するのかを予想する。

 そこから時間が経ってなお喚く声が響く議論を眺め、藪から棒に議場に割って入った妹の「イタリカの守護の指揮を執る」と大言を吐く様を嗤い、議会が閉幕した後も一人議場に残り続け、悪巧みを続ける。

 この男は、今という混沌をとことん楽しむ腹積もりでいた。

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