[[2015年 九月下旬 23日\20XX年 9月24日]]
帝国軍の残存兵力と思われる十八万の軍勢を何とか撃退し、敵兵の遺体を焼却・埋葬して処理する作業に追われること数日。ひとまず回収できた人間およそ九万人分と軍馬、騎竜合わせて五千頭という膨大な数の屍は、アルヌスの西側で発見された靈脈に沿って懇ろに埋葬され、兵の装備品と持参物と思われる金品の大部分は、特地側の詳細な技術を把握するため日本側に送られた。
こうして敵軍の排除に何とか成功した日黎連合軍は、帝国の深部調査のため偵察部隊派遣の本格化を謀り、早速人員選出に着手している。
「おお……かっけぇ」
今回の帝国領偵察、及び斥候任務に際し、第3偵察隊の隊員に選出された陸自曹長桑原惣一郎は、同じく第3偵察隊に同行する黎國天軍の斥候班に所属する大龍、女褒羽を見上げて呟く。
(なぬっ!?)
しかし、彼女は桑原の言葉に照れたように顔を背け、とぐろを巻く胴を震えさせ始めた。一方の桑原は突然顔を背けられた事に驚き、褒羽に文句を言いながら彼女の鱗を磨き続ける天軍の旗監尹大邦に耳打ちをする。
「(あの……何か俺、まずい事言った?)」
大邦には先ほどの桑原の言った事は聞こえていなかったらしく、一体何を言ったのかと思わず呆れて作業の手を止めてしまう。
自分で彼女に言ったのだから本人に確認を取ればいいのに、と質問の意図が分かってもいない様子で、彼女の顔が見えていない事もあって興味さえ無さそうに見える。
これから職務をともにする相手に対する態度とは思えないが、彼としては鱗磨きの作業を邪魔される事の方が鬱陶しいらしい。
(一応僕の方が階級がすごく上なんだけど……)
仕方がないと鱗磨きを一時中断し、褒羽にこちらへ向き直るように声をかけるが、体をくねくねと震えさせて照れているばかり。
仕方がないので何を言われたのか、と問い質した途端、とてつもない剣幕で大邦と桑原に迫り、顔を真っ赤に染めて叫ぶ。
「わ、わらわを爽涼な女子と申したのだ!」
大邦は一瞬呆けたがすぐに気を取り直し、突然褒羽の顔が近づいた事に驚きひっくり返った桑原を起こしつつ、やや小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
そして「龍が喋った!?」と驚愕する周囲の自衛官たちを他所に、鱗の磨き残しの研磨を再開し、彼女に一言。
「《快涼評言将歓喜是異同等》」
と、やや嬉しそうに返したのであった。
騒動が落ち着いてしばらく経ち、陸上自衛隊の各偵察隊と黎國軍の各斥候班は各々ペアを組んで各方面へと出撃。今日この日をもって特地、及び帝国領の調査が本格的に開始される事になる。
「いやー、空が青いねー」
そして、暢気な一言を口走る二等陸尉伊丹耀司率いる第3偵察隊、尹大邦率いる東方第二斥候班は、なぜか捕虜代表として同行を志願したリハルドとともに、ほぼ真東の方角へ向けて進んでいる。
なお、リハルドは栗林や黒川茉莉たちを見てひどく驚いていたが、やはり帝国側には女性の兵士がいないということらしい。
「日本でも北海道とかで見れますよ。というか、実物を見たことぐらいあるでしょう?」
富田は伊丹の「さすが異世界」の一言に対し少しむっとしたらしく、不貞腐れた態度と口調で答え、糸崎はまあまあと宥めて機嫌をおさえている。
一方、第3偵察隊の隣を滑空している東第二斥候班は、三台のジープを興味津々に眺める者、わいわいと緊張感のない自衛官たちを微笑ましく見つめる者、伊丹たちと同様雑談に花を咲かせる者、そして彼らの声に頬を緩めつつ真面目に斥候に取り組む者など、こちらも各々の形で任務に臨んでいる。
その斥候兵たちの中には大邦と熾照の姿もある。
「あなたは本来榿榛丘から離れてはならない立場ですからね。今回だけですよ」
熾照に関してはどうやら、周囲や幕僚からは引き留められていたようなのだが、最終的に反対を押し切って同行する事になったようで、大邦からはぐちぐちと小言を言われている。
顔色は余り良くないが、反省の意思はさすがにあると言うことだろうか。“今回だけ”と念を押されているところを見るに、成人しているとはいえやはりまだ子供っぽさは抜けていないようだ。
「ごめんなさい……」
言い訳と捉えられるような言動もなく、ただ一言謝罪するだけで終わらせ、顔を上げて自分たちの向かう先を見据える。天気は快晴、日本晴れ。地平線まで良く見える、静かな昼間の一時。
一方の玉京。朝廷敷地内の余剰施設を間借りする形で設置された、黎國駐留日本国大使館の執務室では、大使及び大使館職員として赴任した外交官ら10人が、報告書を纏めている最中である。
(本当に静かで助かる……)
駐黎大使として出向している鹿沢は、先日駐日領事から駐日大使に昇格したばかりの鵬陽に挨拶した際、彼女の幽霊のような窶れ具合に絶句した。
目元には真っ黒な隈があり、白目部分は充血が目立ち、今にも誰かに殴りかかりそうな剣幕で、そしてとても限界状態とは思えない大声で「今話しかけないでください!」と叫ばれた時には、窶れてなお衰えが見えなかった美しい面貌が、鬼のような形相に変貌した驚きの余り失神しかけたほど。
黎國大使館の駐留官員からもいくらかやっかみを言われたが、このような静かな場所で仕事ができると思えば、毎日毎晩しつこく訪れる外国の外交官や、やかましいマスコミへの対応に追われる彼らの苦労にも同情心が湧くというもの。
一応大使館への規模拡大に伴って官員と警備が増やされたらしいのだが、その増員として派遣された者たちも皆一様に厭な顔をしていたと言う。
(これが民間人が素直に避難指示に従ってくれるって事か……)
一国の首都に軍人と政府関係者以外の人間がいないという、戦時中とは言え異質な状況の中、特別に受け入れられた外国人という更に異質な自分に違和感を覚えつつ、鹿沢は職務に没頭する。
こうしている間にも、日本国、黎國、帝国の三者が織り成す戦争は、次の段階へと進んで行く。