寇討の天子   作:御代川辰

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救うは命一つ

 アルヌス日黎連合協同基地より東へと向かう陸自第3偵察隊の十三名、地軍東第二斥候班十五名と一頭、及び案内役として同行する帝国軍の捕虜リハルド、特別同行の(ゆう)熾照(ししょう)

 計30名と一頭からなる一団が、広大な野原を数台の迷彩模様の自動車とともに進んで行く。

「基地出てから一時間近く経ってますけど、建物どころか人っ子一人見えないですね」

 しかし見える物と言えば遠くの森や山、そして地平線や空など、大陸特有の異常に広大な景色のみ。リハルドも揺れる装甲車の中で乗り物酔いを堪えつつ、朧気ながらイタリカからアルヌスまでの道のりを思い出し、げんなりと脱力していた。

(当たり前だ……この辺りは夜間匪賊や魔物で(あふ)れかえるんだぞ?)

 広大な平原だからこそリスクの大きさも桁違いであり、この世界ではまともな人間は夜間に集落の外を出歩こうとはしない。

 しかも戦時中であるのに軍が壊滅状態ともなれば、なおさら外に出ようとは思わないだろう。とは言っても異世界の住人である彼らが、言語が辛うじて通じる程度のこちら側の情勢を知る(よし)などあるはずもなく、このような形で案内役を遂行しなければならないのは精神的に負担になる。

 もちろん“常勝無敗の名将”という称号を名乗れなくなったショックと、これからこの厄介な異世界人たちのお荷物として捕虜生活を続けなければならない不安で、今まで以上にストレスが増えるのは確かであり、できれば今すぐ逃げ出してしまいたいと考えている。

 しかしそれ以上に、戦争を生き延びる事ができた事実はリハルドの心に強い衝撃を与え、姉を奪った皇帝と親友を殺した皇太子へ復讐し、同時に帝国によって(しいた)げられた人々の無念を晴らさんとする思いも膨れ上がっており、ますますやる気に燃えている。

 だが今すぐ実行するのは無用の混乱を招くと踏んで自重し、ひとまずは案内がてら日本と黎國の兵たちに自分をイタリカまで運んでもらい、妻たちの無事を確認した後にアルヌスへ戻って計画を練る事にした。

(彼らの力を借りれば、この世界を善い方向に導けるかもしれない……)

 アルヌスの戦いが終わった直後の、殺伐とした雰囲気が欠片も感じられない楽しげな雑談に耳を(かたむ)け、車酔いに耐えながら窓の外を眺めるリハルド。

 今はまだ気付かないが、呉越同舟のこの状況は、彼の今後の人生に多大な影響を与える事になる。

 

 

 

 さらに十五分ほど東へ向けて進行を続け、時間も正午が近くなって来た頃。ふと褒羽(ほうう)が全員に一度移動を中断するよう(うなが)した。

 意味の分からない指示に自衛官たちとリハルドは首をかしげるが、地面に降りた熾照(ししょう)以下黎國側の人間たちの顔色はひどく悪い。

 勝本(かつもと)(わたる)三曹が声を掛けようとしても、大邦(だいほう)に制止され、言葉を発する事ができない。そしておもむろに北の方角を指差され、その方向へと視線を動かすと……

「山火事……?」

 森の木々の一部が真っ黒焦げになっており、また火が消えてあまり時間が経っていないのか、黒い煙も高く立ち(のぼ)っていた。そして山火事の原因は、誰かの失火でも戦火の飛び火でも、はたまた野伏(のぶせ)りどもの略奪でもなく、かといって自然発火現象というわけでもない。

 何より龍の褒羽(ほうう)が警戒を見せているのがその証拠であり、何かしら超自然的な存在、あるいは超常の力を有する生物が関わっているように見える。

 そして、目を細めて難しい顔で火事現場を見つめる彼女の口から、黎國の兵たちにとって衝撃的な言葉が飛び出す。

「あの山火事の中心部分だが、龍脈の位置が()()()()()()()()()おる」

 まず結論から言うとこのファルマート大陸にも、ひいては特地と呼ばれるこの世界そのものにも、大央華で氣と呼ばれるものは“魔力”という形で存在し、こちらでの氣脈である“魔力路”は頻繁に途切れたり流れが変容し、常に安定しているものではない。

 対して魔力が集まる座標があるという部分に関しては、大央華の氣孔・氣点と性質が同じである事も黎國の斥候班の調査で分かっており、リハルドの言う魔法はこの大気中の魔力と生物の体内の魔力、両方の相互反応を用いる事で実現していると言う。

「つまり……どこぞの誰かが()()()()()()、龍があの座標周辺を通るように龍脈の流れを狂わせたって事か」

 しかし帝国で魔法を扱える者はとても少なく、しかも個人毎に能力や適正にばらつきがあるらしい。が、それでも「強力な魔法を行使し、魔力路の流れを変えられる人物がいる」と仮定すれば、炎を吐けるような翼竜の通り道を無理やり変更する事など、雑作もないはずだ。

 そしてその通り道に人里が来るように調整すれば、それこそ「災害」という形で攻撃する事さえ可能になる。褒羽(ほうう)の見立てによると、山火事は飛竜や翼竜より上位の龍種によるもので、下手をすれば自分と同格の可能性さえあると言う。

「じゃあまさか……」

 もしも森の中に人が住む集落があるなら、誰かがそこを龍に攻撃させるために龍脈をずらしたと考えるべきであり、そこに明確な悪意と殺意があったならば、目的は容易に想像がつく。

 詰まるところ帝国軍の残党に魔力路に精通した魔法使いがいれば、日黎連合側に協力する自国民の発生を(さまた)げ、反撃までの時間を稼ぐために口封じを兼ねて皆殺し、という事も充分あり得る。

 火事の火は消えかかっているが、龍に襲われたとなれば生存者の存在は絶望的で、住民が全滅している可能性が最も濃厚である。本来ならここで道草を食っている場合ではないが、まだ生きているかも知れない被災者を見棄てるという判断は、災害救助経験が豊富な自衛官としても、29年前の惨劇を防げなかった黎國兵としても、できる事ではない。

 しかしここで帝国の地理の調査を(おろそ)かにすれば、今後の攻略に大きな支障が出てしまう。全員の心中を迷いが支配し、時間も二分、五分、十分と、無慈悲に流れ去っていく。

 そんな中、一人の声が耳に聞こえた。

「《DJVHORMO(行ってくれ)》」

 声の主は帝国軍の捕虜、案内人リハルド・アウルムである。彼はただ一言、「助けてくれ」と言った。本当にその一言だけだが、男の目には力が、救いを求める心が宿っている。

 十分以上も悩んだ末、その悲痛に満ちた視線を浴びたこの場の全員が、迷いを断ち切って救助を決断するのに時間はかからなかった。

 

 

 

 その後リハルドの案内に従って《コアン(COAN)》の(ふもと)まで走り、木々の合間を縫って山道を登って行く事十五分。一行はついに山火事の現場へと到着し、その見るも無惨な光景に目を見開く。

 木造の家屋や周囲の木々は高熱で炭と化し、燃え残った人間の死体は黒く焦げ、顔も原型をとどめていない。体の一部しか遺っていない(むくろ)や骨を露出したものもあり、まだ赤赤と燃える残り火も相まってまさしく地獄絵図。

 熾照(ししょう)は噎せかえりそうな程の煙の臭いに咳き込みながら、〈夷寇〉当時の都の姿を知る大鯉(だいり)領武(りょうぶ)、祖父母たちが見ればきっと泣き崩れていたであろう、と改めて戦の残酷さを理解し、糸崎(いとさき)は集落の住民と思われる遺体の一つを見つめ、生きたまま焼かれる苦しみが如何程のものかと奥歯を噛んで悔しさを堪える。

「……生存者を捜しましょう。望み薄ですが」

 全身を震えさせる熾照(ししょう)の肩に手を置き、大邦(だいほう)が呟いた事で、ようやく生存者の捜索が始まった。一時間近くかけて崩れかけた家屋、小屋の中、浅く掘られた地下室など、集落のあらゆる場所に目と手が入り込む。

 丁寧に丁寧に、掃き掃除でたまったごみを塵取りに集めるように、気の遠くなるような地道な作業で捜索がなされたが、生存者は見つからない。

 そして、これ以上貴重な時間を使い潰す訳にもいかず、とうとう諦めて本来の任務に戻ろうとしたその時。

「みんな待って!井戸の中に女の子が!」

 栗林(くりばやし)がダメ元で覗き込み、自棄になって桶まで放り込んだ井戸に、一人の少女が落下していたのが見つかったのである。

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