寇討の天子   作:御代川辰

26 / 62
ある夜

 コアンという森にて山火事を確認し、生存者救出のため家事の現場まで到達した偵察隊と斥候班だったが、遠目から見ていた通りに時既に遅く、集落は壊滅、人影もなく、あるのはただ焼け焦げた瓦礫と亡骸(なきがら)だけ。

 一縷の望みに託した捜索の末、生存者なしと諦め帰りかけていたところで、栗林(くりばやし)が偶然一人の少女を見つけ、息がある事が分かるとすぐさま救助に取りかかり、井戸から引き上げる事になる。

 生き残っていた少女は冷たい井戸水に長く(ひた)っていたせいで、手足が激しく震え意識不明になるほどの酷い低体温症になっており、更に火災のショックからか意識が戻ってからも、軽度の記憶障害と重度の自己認識(パーソナリティ)障害まで併発している事も分かった。

(可哀想に……)

 (ふもと)まで降りてなお、集落の方向を名残惜しげに見上げているが、きっと心細かったのだろう。たった一人で、叫んでも助けが来ない事、外の様子が分からない事、寒さで動けない事、何もかもが不安で精神的に追い詰められていて、耐え難い状況で孤独だった事が、本当に苦しかっただろう。

 ただの災害ならまだしも、悪意のある誰かの手で不条理に故郷と家族を失うのは、並みの苦辛ではない。過去三回の戦闘で部下を失い、その亡骸(なきがら)を目の当たりにしただけなら(おもて)には出さなかったが、〈夷寇〉で従兄弟を殺された身としては同情を隠せない。

 大邦(だいほう)は報告用の帳面に[集落に火災、龍往来の痕跡あり。保護できた生存者は一人のみ、女性]と極めて簡潔に纏め、防寒着の内ポケットに片付けた。

(しかし……緊張感のないやつらもいたものだな)

 なお、自衛官の何人かが彼女を妖靈(エルフ)と読んで興奮している様子だったが、この場では無視する事にした。自分には耳が長く尖っているだけの奇形にしか見えないし、特別強い力を持った人物とも思えない。

 第一印象は本当にただの少女で、目に見える特徴として耳が長いだけ。意識が回復した後の自分たちへの反応からも、“未知”の存在を警戒していると言うよりは、()()()()()()()()()から警戒を見せているように感じられる。

 リハルドには特に強い反応を示していたところからも、帝国人に対する心象が悪い事が分かり、奇形児への差別は世界を隔てても共通である事に失望せざるを得ない。

「もう時間がないので、その子を連れて調査を再開しましょう」

 空を見上げ太陽を観測していた熾照(ししょう)の言葉で、調査の続行が決まる。自衛官たちは自動車に、黎國兵たちは再び褒羽(ほうう)の背に乗り、再び東へ向けて移動を始める。

 余談になるが、褒羽(ほうう)は目覚めた少女からかなり怖がられた。彼女はこの事がよほどショックだったらしく、すっかり落ち込んでしばらくは口数も減っていた。

 

 

 

 テュカ(Tyuca)ルナ(Luna)マルソー(Marcau)と名乗る少女を保護した第3偵察隊と東第二斥候班は、他部隊と比べ大幅に遅刻しながらも特地の調査を続行する事になったが、およそ緊張感のない和気藹々とした雰囲気は健在である。

 特に自衛隊側の黒川(くろかわ)栗林(くりばやし)、そして伊丹(いたみ)の三人は、現地人で初めて関わる女性のテュカと早くも打ち解けており、最初強い警戒心を見せていたリハルドとも言葉を交わすようになっている。

 自衛官たちの雑談に自ら交じり、天賦の才のおかげか凄まじい早さで日本語を習得しつつあるリハルドもまた、未知への好奇心の充足と目的達成への一歩を進めるため、テュカに積極的に話題を投げ掛ける様子がみられる。

「あれ、いいんですか?」

 兵の一人が自衛官とテュカのやり取りを眺めつつ、まだ低体温症の症状が治りきっていないのに、あんなに喋らせて問題はないのかとぼやく。が、ショックから何とか立ち直った褒羽(ほうう)は、「問題ない」と済ました態度で答える。

「あの(むすめ)の顔を見ろ。笑いは良薬と言うだろう?」

 言われてみれば確かに、彼女を様子を注視すれば笑顔を浮かべており、声も救出した直後のか細いものとは大幅に変化している。また顔色も良く、順調に快復に向かっているようだ。

 兵士の何人かは信じられないと言いたそうな表情で、並走する自衛隊の高機動車の乗員たちを見つめているが、大邦(だいほう)熾照(ししょう)はあまり気にしてはいない。

 褒羽(ほうう)は二人の様子にやや呆れているが、同じように態度には無視を決め込み、「それに」と再び兵士たちの意識を自分に向けさせる。

「他人と(はなし)をさせる事で憂鬱を忘れさせる目的もある」

 と付け加え、自分は任務に意識を向け直す。時刻は既に夕刻、空を夜の帳が覆い初めている。

 

 

 

 第3偵察隊として出動していた伊丹(いたみ)から、「住民保護に際して調査が長引いたため、現在地からの帰還は翌日の午後になる」と無線で伝えられ、狭間(はざま)は呆れるとともに途方に暮れていた。

 まさか懸念材料の伊丹(いたみ)が本当にやらかすどころか、同盟相手の総司令官が指令部がある基地から離れた地点、それも危険度の高い平野で野宿をする事になるとは思いもよらず、黎國軍側の兵士たちは失笑し、幕僚や元帥たちは笑い事ではないと頭を抱えている。

 いくら雨風を凌ぐためにキャンプ用品一式を持たせていると言っても、無事に一夜を明かせる保障もないのに敵地のど真ん中で寝泊まりするなど、何を考えているのか理解できたものではない。

 しかも有事の際のストッパーとして同行させた糸崎(いとさき)までもが、「今回は伊丹(いたみ)の判断が正しい」と現場に残る決断をしてしまっているため、本格的に調査に支障が出る案件である。

(げつ)殿……あの皇子は普段からわんぱくなんでしょうか?」

 何気なく通りがかりの毅扶(きふ)に声をかけ、質問を投げ掛ける。立ち止まり、ゆっくりと振り返った毅扶(きふ)は、冷や汗をだらだらと(たら)し、ひきつった笑みを浮かべながら一言。

「…………戦争って、恐いですねぇ……」

 どうやら戦争という非日常が原因らしい。

 

 

 

 また視点が代わり、すっかり日が沈み暗くなったイタリカの街。領主の館のバルコニーから、二人の少女が城壁の外を見つめている。

 今の特地は昼間の快晴が嘘のように、空は満遍なく黒く分厚い雲で被われ、星は残らず曇り空に隠れており、地上の様子はまるで分からない。

「……敵影はなし、今夜はないかもしれぬな」

 うち一人は皇帝モルトの三女、皇女ピニャ(PINIA)(CO)ラーダ(LADA)。自らが(おさ)を務める私兵、薔薇騎士団を率いて帝都からはるばるイタリカに渡り、またそこに駐留する三千の兵を纏めて指揮し、数日前からイタリカを襲うようになった野盗たちと戦いを繰り広げている。

 イタリカまでの道中でも盗賊の姿をちらほら見かけたが、諸王侯連合軍の残党に吸収される形で規模が大きくなった野盗が、今戦っているの相手であると見るべきか。

「だとよろしいのですが……」

 もう一人の少女は領主ミュイ・フォルマル。真っ暗闇に隠れた地平を見据え、姿を隠す野盗に怯えている。両親は既に亡く、頼りの義兄は戦で消息を絶ち、義姉も遠い自領に蟄居を命じられている。

 今彼女の味方となっているのは、イタリカの町民たちと三千の兵、そしてピニャと薔薇騎士団の面々だけ。正直に言って心(もと)なく、不安は拭えない。

 目の前の少女の物憂げな顔に、ピニャもまた一抹の不安を覚えるが、ゆっくりと顔を横に振る。

(いや……私まで弱気になってどうする……シグルドを思い出せっ、ピニャ・コ・ラーダよ!)

 こうしている間にも、夜は更けていく。日本、黎國、帝国の三者の代表者たちが、思わぬ出会いを果たす日は近い。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。