寇討の天子   作:御代川辰

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おはよう。

[[2015年 九月下旬 24日\20XX 9月25日]]

 

 早朝。まだ日が浅く、地平線から少し光の筋が見えているだけの時間帯に、糸崎(いとさき)(ささや)くような声でお気に入りの歌を歌い、朝風にあたっている。

‘……君に“おはよう”って言って メッセージを残して……’

 もしも彼の着る服が軍服ではなく、派手な色合いの服であったりラフな衣装であったなら、少し印象も変わるかも知れない。しかし穏やかな口調と柔らかな声色で歌う声が、風に乗って世界中へ届けられているように見えている事に変わりはない。

 そして今この状況が、戦時中の敵地であるという現実である事も忘れてはいない。日本時間午前5時40分、開戦から約一ヶ月が経過した特地での夜明けだった。

 

 

 

「やっぱり自衛官になるんじゃなかった、って思っちゃうよなぁ……」

 午前6時ちょうどに偵察隊と斥候班の全員が起床し、テントを片付けて朝食を摂っている。朝食とは言っても質素なもので、自衛官は凍った缶詰め入りのレーションを、黎國兵は味噌玉一つと干し(いい)一握りを冷水で戻した汁飯を一杯と、リハルドとテュカに与えているインスタントラーメンとは全く異なる。

 伊丹(いたみ)はおずおずと気まずそうにラーメンを(すす)るリハルドと、自分が手に持つレーションの缶をちらちらと見比べ、褒羽(ほうう)(よだれ)をだらだらと垂らしながら、まだ熱いラーメンの麺に息を吹き掛けるテュカに羨ましげな視線を向けている。

「民を守るために兵が飢える……これもまた不条理だなぁ……」

 大邦(だいほう)は大央華のどこかで飢えている人々の存在を棚に上げ、もっともらしい事を言って食い意地を張る褒羽(ほうう)の情けなさに呆れつつ、自分が飲もうとしていた味噌汁に一口もつけないまま湯を注ぎ足し、彼女の口に放り込む。

 その様子を見た桑原(くわばら)糸崎(いとさき)も、自分が食べようとしていたレーションの缶に手を着けず、そのままリュックに放り込んでしまう。

 特に糸崎(いとさき)は夜通し見張りをしていたため、疲労と空腹感は人一倍のはずなのだが、当人は全く平気な表情をしている事から恐らく問題はないのだろう。

(ここまで来てまだ言うとは……)

 防衛大学校時代から根性部分に難ありである事は理解していたし、何よりその怠惰な一面とお人好しな性格を矯正し、もう少し真面目な人物にするために介助しているのだが、重要な場面で弱音を吐く癖が全く治っていない事にはさすがに驚きを隠せない。

 その上で大邦(だいほう)褒羽(ほうう)に、自分の食事をまるごと与える様を見てしまった事で、呆れと(あきら)めで完全に食欲が失せてしまった。

「隊長!いい加減弱音を吐くのをやめてください!」

 ついに堪忍袋の緒が切れた黒川(くろかわ)が吠え、対する伊丹(いたみ)は面倒臭そうな態度で言い訳をしながら、やっと冷たいレーションを口に運び始める。

 いくら料理の味が不味いからと言っても、言葉にしてしまうのは行儀が悪い。という黎國側の兵の指摘が耳に入り、干し(いい)一口で朝食を終わらせようとしていた熾照(ししょう)も、渋々味噌玉を冷水に溶かして(すす)る。

 一日の始まりを告げる朝食の時間でこの有り様では、恐らく無事に帰還できはしないだろうと、大邦(だいほう)は溜め息を吐いて満たされない腹を撫で、再出発に備えて防寒着を着直した。

 

 

 

 予定の移動開始時刻より少し遅れて野営場所から離れ、さらに東へ進む事数時間が過ぎ、平野のど真ん中に草が取り除かれ土がむき出しになった道が現れる。

 道標(みちしるべ)や標識らしきものは見当たらないが、リハルドの説明から恐らくここから人里や集落の密度が増え、本格的に帝国の支配領域に入るのであろう、と皆(うなず)く。

 しかしリハルドの表情は(かんば)しくはなく、テュカは隣の座席にいる伊丹(いたみ)にひしと抱きついており、どうやら二人にとって帝国にはあまり良い感情がないと思われ、同じく帝国に対する印象が最悪の自衛官たちも地平の向こうを睨む。

(……ここからだな)

 熾照(ししょう)は一度深呼吸し、前進の合図を出して調査続行の意思を示す。合図を見た伊丹(いたみ)はとほほと言いたげな表情でヘルメットを被り直し、糸崎(いとさき)に前進を続けるよう指示を出すと、運転席の彼も呆れたように髪を(ととの)えてクラッチを入れてアクセルペダルを踏む。

 エンジンがふかされると車輪が回転し、また目的地へと前進を始める。自動車の揺れに慣れたリハルドは空を見上げ、ゆっくりと流れる白い雲を眺めて故郷を、また家族を思う。

「あの、隊長」

 そんな中富田(とみた)伊丹(いたみ)に向けて、少々遠慮気味に声をかける。その声に反応して視線を動かすと、その先には顔面蒼白の男がこちらを向けており、声を震えさせて続ける。

「帰りは午後になるって伝えてましたけど、この分だと夜中になりそうなんですが…………どうしましょう?」

 車内は凍りついた。

 

 

 

 正午半刻前。帝国の領域内に入ってから1時間以上が経っても、偵察隊と斥候班一行はお構い無しに、東へ東へとぐんぐん突き進んで行く。

(しかしあのドラゴンとこの乗り物は本当に恐ろしい……)

 リハルドは翼を持たないながら驚異的なスタミナを誇る龍と、未知の動力を用いた高機動車の速度に改めて驚嘆していた。アルヌスの付近にアポルム(APORVM)という集落があるのだが、アポルムからアルヌスに向かうには馬を用いても一日と半日、イタリカからとなれば最低でも四日、あるいは五日はかけなければならないほどの相当な距離がある。

 実際に自分でもこの距離を移動するのは疲れたし、往復など御免(こうむ)りたいところではあったが、日本軍の用いる車と黎國軍の龍の速度を目の当たりにし、自分たちの世界を見る目が如何に狭いものであったかを自覚する事になる。

 アポルムを一日で通り過ぎ、イタリカまでなら三日足らずで到着するような乗り物を、帝国側から見れば掃いて捨てるほどの数運用しているのは確かに脅威そのもの。

 帝国の上層部が自分に情報を渡さなかったのも、より深く理解できる。

(だが……少し不穏だな)

 しかし嫌な予感がする。自分たちが向かう先を阻む者が現れそうな、そのような気配。事実、一行の進行方向を少し進んだ先には、自分たちと同じ帝国の圧政の被害者たちがいる。

 出会うまでの時間はおよそ数分。そして行く手を阻む邪魔者も、すぐそこまで近付いて来ていた。




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keno
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