寇討の天子   作:御代川辰

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創世神話

 偵察隊、斥候班が臨時野営地を離れて数時間が経過し、帝国領域の偵察が進行する中で、ついに帝国領の都市へ通じる道を発見し、熾照(ししょう)の指示で調査の続行を決定し、なおも奥地へ向かう事になって更に数分。

 土がむき出しになっただけの道が現れた事以外、見える景色に大きな変化はなく、その代わりと言うべきか、一同は先ほどまでの雰囲気とは打って代わり、一言も喋る事なく押し黙っている。

 どことなく嫌な気配を感じ取っているのか、伊丹(いたみ)糸崎(いとさき)は激しい胸騒ぎを覚え、他の自衛官たちも銃を取り出そうと運転中にも関わらず車内で動き回り、リハルドは不安が的中したと頭を押さえる。

 また褒羽(ほうう)は周囲に向けて威嚇をしている様子であり、黎國の将兵も弓や火槍の準備を始めて警戒を強める。鋭く冷たい緊張感が場を包み、テュカさえも怯えを忘れて冷静だ。

「少し先へ進んだ所に人影がある。一人ではないな」

 褒羽(ほうう)がぽつりとこぼし、黎國兵たちが目を凝らすと、確かに多数の人の姿が見える。馬車らしきものを囲む様子も確認でき、どこからか相当な大人数で移動して来たのだろう。

 だからと言ってこちらに友好的な集団である保証はない。もしも野盗や帝国軍の残党であれば、たとえ上からの許しがなくとも問答無用で迎え撃つ他なく、民間人であっても敵にならないとも限らない以上、警戒は必要である。

 偵察隊と斥候班は少し距離を置いて各々乗るものから降り、何人かが通訳としてリハルドを連れ集団に近付いて行く。もちろん手元には得物を持ち、襲いかかって来た際の反撃の準備は整っている。

 改めて前方を見やると、どうやらこちらが接近している事にはまだ気付いていない。

「《VHÆ(おい)!》」

 そしてリハルドが第一声を放つと同時に、集団の目が一斉にこちらに向けられる。その視線と顔には警戒と困惑、恐怖、驚愕が入り()じっており、とても穏やかな雰囲気とは言えない。

 こちらも大きな動きを見せる事はせず、もう一度声をかける。

「《GVZIE SV VVACS(何をしているんだ)?》」

 唐突に問いかけられ、今度は顔を見合わせている。この様子を見て分からないのか、と言いたげな態度を見せる老齢の人物もちらほら見られ、何かしら災難に遭っているのは間違いないようだ。

 服装にも共通性は見られない他、武装した人間もおらず、帝国軍とは関わりのない民間人である事も確認できる。

「《HAN(あれ)?VOVN(あなたは)……》」

 ここで、集団の中でも歳若い少女がリハルドをじっと見つめ、考え込むように首を傾げた。が、誰かに声をかけられて後ろを向き、そのまま歩いて行ってしまう。

 自衛官と黎國兵たちは、その時やっと集団に非常事態が起きている事に気付いた。

 先ほどから馬車が“動いていない”ように見えていたのは、こちらを警戒して“動かしていなかった”のではなく、事故で“動かせない”状態にあったからだと分かった。

 集団がその場から動いていないのも、岩か何かに挟まった馬車の車輪を外そうとしていたからで、聞き慣れない音を聞き見慣れない龍の姿を見た事も、警戒に拍車をかけていたらしい。

 如何に敵対国の国民とは言え多大な迷惑をかけてしまい、伊丹(いたみ)らはばつの悪そうな表情を浮かべるしかなく、リハルドもやや呆れを見せている。

「《INIE VX(あんた方) DV ALNVSA OENSJE(アルヌスから来たな). GVZIEN VOVX(一体何者だ)?》」

 今度は若い男が前に出て、自分たちに問いかけるが、当の伊丹(いたみ)リハルドの通訳に頭をかき、無責任にもその答えをもうするべきかを、部下たちに相談しようとした。

 その様子を見た黎國の兵は、仕方がないとばかりにリハルドに返答の内容を告げ、彼も溜め息を吐いて後ろを睨み、また向き直って言われたままに答える。

「《NOSPVCTA CVOTHSIN AVSADM(皇帝を討つための) VS SIBKADVMS AMPHIERIVMS(下調べに来ただけだ).》」

 わずかに、男の顔色が変わる。思うところありと見たリハルドが「追放でもされたのか」と続けてみると、押し倒す勢いでリハルドに近付き、感極まったのか泣き喚き始め、なにやら叫んでいる。

 何事かと後方にいる集団が馬車から離れ、こちら集まるのは必定であり、事態に収拾がつくのはそれから十数分後であった。

 

 

 

 男が落ち着きを取り戻した後改めて事情を聴取すると、この馬車数台からなる一団は周辺の農村や小規模な集落から脱出した避難民が、コダという集落の跡地に偶然集まってこれほどまでの規模になったのだと言う。

 彼らはこれからアポルムまで向かうらしいのだが、数えて六百人もの人々が避難しようとしているのを見るに、どうやら相当な規模の災難に見舞われたと見える。

(戦時中に敵地に近付く避難民と言うのも珍しい……)

 彼らの危機意識の低さに心底呆れつつ、その災難とは野盗の大規模な襲撃に遭ったか、地震か地滑りで村が飲まれたか、あるいは洪水や氾濫、テュカを保護した場所と同じように大型の龍が原因かも知れない。

 と、いろいろと考察するが十中八九、龍が原因だろうと勝手に納得していると、後方から偵察隊・斥候班が一度集合し、今後の偵察予定の方針の調整をしているのが目に入る。

 そして、先ほどリハルドをじっと見つめていた少女と、彼女の保護者らしき老爺に声をかけられる。爺と少女はそれぞれカトー(CATO)エル(EL)アルテスタン(ARTESTAN)レレイ(LELEI)(LA)レレーナ(LELENA)と名乗り、更に自らを“魔法使い”と称し、単刀直入に黎國の将兵たちに向かって、爆弾発言を投げ掛けた。

「《VOVS SVONDEN QVE(あなたたちはどうして) OCCIOK FIZE BAHRER(魔法を隠しているのですか)?》」

 リハルドは思わず隣に立つ大邦(だいほう)を見やり、熾照(ししょう)を含めた黎國の兵たちも、図星を突かれたとばかりに口をつぐむ。

 一方、まだ帝国の言語を把握し切る事ができていない自衛官たちは、押し黙る黎國側の面々の態度の意味とレレイが何を質問したのかが分からず、唖然と両者を見比べるように見つめる。

「その子、何て言ったんだ?」

 黙り続ける一同に対する古田(ふるた)(ひとし)士長の問いに観念し、熾照(ししょう)がようやく口を開く。

「まずはあの馬車をどうにかしましょうか」

 指差す先には、(いま)だに車輪が何かに引っ掛かったままの馬車と、懸命に馬車を持ち上げようとする避難民たちの姿があった。

 

 

 

 大央華の歴史を紐解くと、人間を含めた森羅万象の祖である原初の神仙たちが生きた、いわゆる神代と呼ばれる時代の神話にまで(さかのぼ)る。

 神代より前の時代には三つの要素しか存在せず、虚無を(つかさど)涸汰(こたい)、物質を(つかさど)澱淵(でんいん)、そのまま混沌を(つかさど)混沌(こんとん)の三柱の神が、そのまま“一つの世界”として成り立っていたとされている。

 そして原初の三柱の神々は終始互いに干渉する事はなく、混沌(こんとん)涸汰(こたい)澱淵(でんいん)の順に死に絶えた時、亡骸がそれぞれ次元の隔壁、宇宙空間、素粒子へと変化し、拡散したと言う。

 また、その中でたまたま生物が誕生した世界があり、それが現在黎國が存在する大央華となり、今日(こんにち)の大央華を満たす“氣”と呼ばれているものは、当時の神仙たちが用いた力の名残との事らしい。

「壮大な話っすね……」

 一つの質問から始まった返答が、神話から始まるスケールの大きな物になるとはとても想像が付かず、自衛官たちの開いた口が塞がらない中富田(とみた)一人だけが呟くのを(さえぎ)るように、褒羽(ほうう)が一言付け加えて更に場を混乱させる。

「因みにだが、兵どもの身体能力が高いは氣の影響ではないぞ。一人残らず、地道な鍛錬の賜物だ」

 自衛官は思わず「は?」と声に出したが、特に目を丸くさせていたのは栗林(くりばやし)だ。彼女が持つ体格に見合わない怪力は、両親と姉にはない物らしいので殆んど突然変異のようなものだが、黎國軍の将が誇る身体能力は鍛錬によって得られたものだと言う。

 そのような並外れた力を持つ人間、それこそ馬車を片手で支えたり、体重の三倍の鉄鎚(かなづち)を走りながら振り回すような人物が、十人や二十人ではなく百人以上もの人数で一つの軍隊に在籍しているのだから、いよいよ恐ろしい話である。

「《AMPHIERVMEH(帝国は)……BIELVBO VERZORIVM MOLLE(戦いを仕掛ける相手を間違えた)……》」

 レレイはリハルドの通訳を熱心に聞きながら、帝国の今後を憂いているかのように呟く。一方偵察隊と斥候班の一同は、褒羽(ほうう)の警戒を頼りに周囲を見渡し、迫りつつある脅威に備えていた。

 この状況で一つだけ、気になる事といえば。

(何で馬はビビってねぇんだよ……龍が目の前飛んでんだぞ?)

 巨大な龍を目の前にして、何の反応も見せない馬車牽き馬の胆力である。

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