寇討の天子   作:御代川辰

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炎龍襲来

 帝国領域を襲う災難から逃れるために居住地を離れ、作りかけの道の端まで移動して来た避難民を引き連れ、アポルムまでの道のりを護衛する(かたわ)ら、調査結果を詳細に報告するため、一旦基地に引き返す事になった第3偵察隊と東第二斥候班。

 災難については道中で避難民の一人から教えられたが、現地では炎龍(ランメ・ドルクォス)と呼ばれる古代龍に分類されるドラゴンの事であり、コダ村とテュカの故郷は恐らく同一の個体に焼かれたらしい。

 またこれらのドラゴンの多くは基本肉食であり、個体によっては人すらも平気で襲うばかりか女子供と言った弱者を積極的に食らうという、残忍かつ狡猾な性質のものばかりであると言う。

 事実コダ村には生き残った村民が二十人もいなかった、と続くこの気味の悪い話に歯噛みする刹那、褒羽(ほうう)が目を見開いて叫んだ。

「龍脈の流れが変わった!すぐにこっちに向かって来るぞ!」

 驚天動地の大声が兵と避難民の鼓膜を破かんばかりに響き渡り、馬は叫び声に驚いて暴れ出す。着実に何かが近付いていて、こちらに殺意を向けているのも明白。

 避難民もパニック状態に(おちい)り、我先にと一斉に走り出して転倒する者もいる。この様子を見れば、振り返らずとも危機的状況である事がいやと言うほど分かる。

「《GICSHERIA(落ち着け)! NVL BETREJA(慌てるな)!》」

 リハルドが怒号をあげ静止を呼び掛けるが、もはや避難民たちの耳には声など聞こえていないに等しく、誰一人として足を止める様子はない。

 こうしている間にも、恐らく炎龍と呼ばれるものかそれに近しい存在が、ピンポイントでここへと流れる龍脈を通じて接近している事に変わりはない。

 だが熾照(ししょう)はこの切羽詰まった状況に身を置いていながら、またも判断に迷う。本来なら基地まで退避するべきだが、総計六百人もの避難民を抱えてしまっている今、どうしても彼らの足に合わせて鈍足になり、とても逃げ切れない。

 負担をかける事になるが救援要請を出すべきか、全滅覚悟でここにある戦力だけで対処するべきか、殿(しんがり)を立てて避難民だけでも逃がすべきか、いずれを取るか。

 初めて廊門を抜け帝国領域に入った時、領武(りょうぶ)にさせていたように大邦(だいほう)たちに判断を任せるべきか、迷う。

 だが無理を通して自分の親征を了承してくれた父母たち、「今回だけ」とは言いながら同行を許容してくれた諸将、後先考えず先鋒として前へ出た自分を守るために戦死した兵たち。

 彼らの心労と(いきどお)りを、そして優しさを思い出した時、自然と答えは口に出されていた。

「……基地に応援要請」

 男熾照(ししょう)はこの時初めて、戦士としてではなく司令官としての初陣を、一つの戦いの指揮者としての初陣を果たす事になる。

 無論失敗は許されないし、追い返せなければ味方に甚大な被害が出かねない。責任は重大極まる。だからこそ、避難民には一刻も早く離れてもらわねばなるまい。

「テュカさんを自動車から降ろして、避難民と一緒にここから離れさせて下さい」

 たとえ敵国民であっても彼らは被害者であり被災者、このように自衛隊側に告げるのにも、躊躇はない。

 

 

 

 応援要請の指示に従い、真っ先に無線機を手に取った勝本(かつもと)からアルヌス協同基地に連絡が渡る。内容は[我、避難民ヲ保護、護送セリ。又未確認ノ敵性飛行生物ト交戦用意ス。長期戦、及ビ基地襲撃ノ見込ミ有。至急応援求ム]。

 この臨時連絡には、幕僚たちも将兵も一人として慌てていないものはおらず、非番の人員も一人残らず叩き起こし、文字通り基地を総動員させて対応に当たっている。

 基地を駆け回る数多くの自衛官と黎國兵の中には、大邦(だいほう)の弟(いん)小邦(しょうほう)の姿があり、既に準備万端といった出で立ちで準備体操をしていた。

凌霄(りょうしょう)!一分一秒の勝負だ!今度こそ!絶対に!誰も死なせねェからな!」

 そして出動の命が下るや否や、誰よりも早く自らの騎禽である鵬鷹の背に飛び乗り、第3偵察隊と東方第二斥候班がまだとどまっているのであろう真東へ向けて飛び立つ。

 彼と彼の乗る凌霄(りょうしょう)に続き、やや遅れて87式自走砲を乗せた特大型が2輌、飛竜六頭とその騎乗者がそれぞれ、基地から飛び出して戦地へ向かって進んで行く。

 幕僚らが出撃準備のみを命じ、これ以上何も言わないのは、得体の知れない敵と直接矛を交えているのは現場の人間のみであり、下手に後方から指示を出して混乱を生じさせないようにするためだ。

 特地人が炎龍と呼ぶ者との戦いは、既に始まっている。

 

 

 

 こちらを追う炎龍との距離が急激に縮まる中、高機動車三輌を並べ即席の塹壕を掘った陣地で迎撃に臨む日黎連合は、熾照(ししょう)を臨時の司令官、虜兵のリハルドを臨時の参謀として迎撃作戦をでっち上げ、戦いに備えている。

 避難民たちにはもう護衛を附けられるだけの余裕はないため、可能な限り遠くに逃がすため列を整えさせ、味方の情報を伝えた上で南に逸れるアポルムではなく、ほぼ真西のアルヌスへ向かう様に(うなが)したが、やはり不安は拭えない。

「本当にすまない。あのエルフの少女がもう少し記憶がはっきりしていたなら、まだマシな迎撃作戦を組めたんだが……」

 現役の軍人時代、確実な勝利のための情報収集に余念がなかったリハルドにしてみれば、アルヌスの戦いと言い今回の炎龍迎撃と言い、情報が足りない不利な状況から戦局を(くつがえ)すのは不得手なもの。

 しかも情報不足が原因で大敗を喫しているともなれば、伝承という曖昧な出典や記憶喪失の経験者などは決して信じたいとは思えない。

「黙れうつけもの。敵の弱点を知らぬと言うのはわらわたちとて同じだ」

 リハルドの弱音を褒羽(ほうう)が鼻息荒く切り捨てるが、同時に力強く叱咤する。現状の作戦は彼女が周辺一帯の氣を(あやつ)って異常気象を起こし、集中豪雨を降らせる事で炎龍の火力を弱め、更に雷を落として怯ませている間に総攻撃を叩き込むと言うもの。

 だが龍の力で気象操作をした上での攻城戦は例が多いが、如何せん手間がかかる割りに成功率が低い上、今指揮を執っているのは経験の浅い熾照(ししょう)であり、今回の作戦立案には捕虜であるために信頼度の低いリハルドも関わっている。

 正直に言って、敵を追い返すどころか全員が生還できるとは考えられない。不安しかない状況の中、頼れるものは少ない。だが、しかし。

「(でも今は……これしかないんだよね)」

 栗林(くりばやし)は独り()ち、小銃を握る手に込める力をやや強くする。敵はすぐ近くにおり、現れるまで時間がない。盾代わりの高機動車の陰から、地平線を、空へと視線を向ければ、遠くに影のようなものが見える。

 やはり速い。と思えば、その影はだんだんと大きくなって行き、遂に形が視認出来る距離に近付いた時、確かに翼を生やした蜥蜴のような生物の姿が見えた。

「ったく、怪獣と戦うのは自衛隊の伝統だけどよっ!」

 桑原(くわばら)が愚痴を吐くように叫ぶが、黎國の兵からは「日本に棲む怪獣などせいぜい野生の熊か鯨」と的確な突っ込みを食らい、映画趣味を否定されたと不貞腐れるが、今はこうして漫才をしている場合ではない。

 ぽつりぽつりと雨が降り始めるとともに、炎龍の姿形もはっきりと見えるほど、相互の距離が格段に縮まっており、大邦(だいほう)は既に臨戦態勢を整えている。今は熾照(ししょう)の指示を待つのみ。

「攻撃開始」

 躊躇(ためら)う事なく雨雲の下へと侵入した瞬間、熾照(ししょう)の指示とともに落雷が炎龍を襲った。だが、あまり効果があるようには見えない。

 雷は確かに直撃し、炎龍を地面に叩きつけたが、動きが(にぶ)っているようには見えず、かといって怯える様子さえ見せない。

「畜生!ポケモンなら“飛行(ひこう)”と〔水浸(みずびた)し〕で“効果抜群(こうかばつぐん)”なのにっ!」

 余りにも最悪な予想通りな光景に、伊丹(いたみ)は思わずポケモンに例えて愚痴を吐き、富田(とみた)には「例えるなら“(ほのお)”と“(ドラゴン)”」と言われ、また黒川(くろかわ)からは「“(あめ)”にタイプ変更の効果はない」と突っ込まれた。

 そうこうしている間に熾照(ししょう)の指示に従い、分隊を率いて前進しもう一方の分隊とともに前方左右から挟み込み、炎龍の翼の皮膜を狙って小銃を撃ち込む。

 しかし、皮膜は翼竜の翼のそれや、プテラノドンの翼の皮膜の復元とは全く異なる強度らしく、鉄の鎧を易々(やすやす)(つらぬ)く銃弾をものともせずに羽ばき続けている。

「やっぱデケェ!マジ物の化け物だな!」

 またも桑原(くわばら)が炎龍を「一本首のキングギドラ」と表現したが、今度は倉田(くらた)武雄(たけお)から「古い」と言われ、やはり舌打ちをする。

 対して、当然ながら攻撃に気付き、怒りの形相を浮かべてまず伊丹(いたみ)らのいる方向に頭を向け、口の中で炎を燃やし、吐き出そうとするが、黒川(くろかわ)の放ったグレネードランチャーの榴弾が()ぜて口を焼かれ、火炎放射は(はば)まれる。

 爆発という未知の衝撃に一瞬怯んだ隙を突き、次は急接近した黎國兵による火槍の弾丸が鱗の薄い腹を襲うが、こちらも薄さに反して強度が異常に高く、甲高い音ともに弾かれる。

「チィッ!これだから龍と戦うのは嫌いなんだよ!」

 大邦(だいほう)は渾身叫びとともに弓矢を射かけようとするが、熾照(ししょう)は直ぐ様制止させ、前方に進んだ味方が戻って来るのを待つように指示を下す。

 見れば口の中の爆発が相当(こた)えているらしく、炎龍は顔をおさえて動きを止めており、三つの分隊がこちらへ向けて走り出した瞬間、落雷に襲われていた。

『どうするよ糸崎(いとさき)!こっちはジリ貧なのに相手は無傷同然だぞ!』

 自陣に戻るため部下を引き連れて走り出した伊丹(いたみ)は、同じく反対側の草地を走る糸崎(いとさき)に向けて叫ぶ。糸崎(いとさき)は脇目も振らないが、「今は距離を置くことに専念」するように言い放って走り続け、これを聞いた伊丹(いたみ)も仕方がないと走る足を止めない。

(目立つ外傷はなし、引き返す様子もない……これで打つ手は一つ……!)

 分かりきっていた事だが、もはや全力で迎え撃つ他に手段はない。熾照(ししょう)は腹を括り、褒羽(ほうう)を見上げて何かを考えると、また視線を雷に撃たれる炎龍へと戻す。

「総員、陣を放棄!半円状に散開して、敵の()に攻撃を集中してください!」

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