寇討の天子   作:御代川辰

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開戦

[[2015年 八月下旬 16日]]

 

 早朝、朝靄(あさもや)がまだ晴れない時間帯。玉京中心部には民間人の姿は見受けられず、代わりに完全武装した4万の兵と1万の騎獣たちが陣取り、厳戒態勢の中何かに備えている。

(しかし、本当に民衆全ての避難が7日の内に完了するとは……)

 地軍第一軍を取り纏める将軍司空(しくう)理丸(りがん)は、兵士たちによって埋め尽くされた都を見渡し、天子の人徳の凄まじさ、民の遵法意識の強さ、そして都人(みやこびと)の危機意識の徹底ぶりに感服していた。

 6日に発された避難勅令の効果は抜群であり、部下たる兵たちが真面目に避難誘導に取り組んだ事もあって退避も(とどこお)りなく進み、三日前には避難が完了したのだ。

(いずれが有利か、火を見るより明らかだな)

 そして現在。守るべき民は安全な場所に分散し、自軍は地の利を最大限に活かす、金城鉄壁の陣を()いている。軍兵(ぐんびょう)の備えも万全で、天嗣熾照(ししょう)の襲命儀を兼ねた初陣式も終えている。

 初代泰皇天帝崩御以来、実に1900年以上ぶりの本格的な戦であり、皇族の親征も重なって士気は向上する一方だが、その姿には油断の欠片もない。将軍理丸(りがん)は兜の緒を締め直し、得物の大鉄鎚(おおかなづち)に手を伸ばした。

(いつでも来い、蛮夷ども)

 その様を見た兵たちは更に士気を高め、各々が身につける鎧の緒や佩帯を結び直したり、陣列を整えて戦いに備える。〈夷寇〉での戦と侵略の洗礼を前に戦い抜き、今回は参謀として参陣している老将帥(きん)(せい)、否、(きん)領武(りょうぶ)もまた、若い兵たちの意気込み具合を心配しつつ剣の鞘を撫でる。

(29年前の雪辱を果たし、お前たちに殺された民の憎しみを晴らしてくれようぞ)

 

 

 

 都を覆い隠すように広がった(もや)が晴れ、眩しい太陽が再び顔を見せた頃、場を満たす緊張は頂点に達し、将兵や騎獣は皆残らず臨戦態勢に入る。

 そして、皇宮を背負う形で(しつら)えられた高台の本陣には、二人の皇族の姿があった。

「見えるか?()()が」

 雅信(がしん)が問いかける通り、珍しい建築様式の石造りの建物が、都を四方に区切る十字の大通りのど真ん中に、文字通り我が物顔で陣取っている。自分が生まれるより前、今見えている物によく似た建物から現れたと言う夷狄は、祖父母、そして両親から多くのものを奪い、壊し尽くしたと聞かされている。

 皇族に友朋、臣下、将兵、民衆、財産、尊厳…………そして、熾照(ししょう)の友として生まれてくるはずだった、未来の子供たちの命に至るまで。

 如何なる事情があったにせよ、奪うだけ奪い、殺すだけ殺した後、謝罪の一つもなく逃げた事が事実であれば、やつらは下手な蛮族や禽獣にも劣るらしいと言うのが、個人的な評価である。

「尊大極まる夷狄らしい、派手なだけの(やしろ)ですね」

 目立つ装飾は少ないが、華美な白い石材をふんだんに用い、屋根にも宝石のような光沢が確認できる。出入口と思われる部分に門扉はなく、ただ真っ黒な闇が広がるのみ。

 対して四辻の周囲にあるのは、見かけは地味だが丈夫な木材や漆喰で造られた高層建築。また布陣する軍は規律正しく、一糸乱れぬ統率を誇る勇兵ばかり。己は16歳という弱齢とは言え、占めて5万の命を預かる立場。

 だからこそ、性根を入れて臨まねば全てが無駄になる。

「醜悪で、褒めるべき部分が全く見当たらない」

 立ち上がりつつ吐き捨てると、卓上の剣を手に取って本陣から離れる。今度は敵の思いのままにさせはしないという覚悟を胸に秘め、同胞の無念を必ず晴らさんがために。

 熾照(ししょう)が高台から飛び降りた瞬間と、敵軍が鼻先を見せた瞬間はほぼ同時。椅子に座ったまま我が子の背中を見送る雅信(がしん)に、幕僚として後方にいる将の一人が声をかけた。

「本当によろしいのですか?」

 一人で戦うという無茶苦茶な事はあり得ないだろうが、それでも実戦経験が皆無の集団とともに、成人して間もない若者を前線に出すなど、まず躊躇するのが普通の人間と言うもの。

 ましてその人物は天子の御子であり、万一戦死などすれば一大事だ。だが肝心の雅信(がしん)は幕僚たちの懸念を意に介す様子を見せず、やや余裕のある笑みを浮かべて答える。

「君主が親征するに際して、君主自らが先鋒を務めるのが(いにしえ)(なら)い」

 幕僚たちは思わず息を飲み、目の前の男の異変に気付いた。怒りの形相を浮かべ、(たてがみ)の代わりに炎を纏う炎獅(えんし)の幻影を背負っている。

 全身にから放たれる覇気に気圧される諸将に、怒気を孕んだ声で続ける。

「あの子はその(なら)いに従っているだけだよ」

 言い切る頃には開戦の火蓋が切られ、黎國軍5万と夷狄軍がぶつかった。

 

 

 

 黎國の民が夷狄と呼ぶ()()軍の兵士たちは、自らが()()の蛮族と呼ぶ人間たちよりも優れた人類であると信じて(ゲート)をくぐり、戦場へと踊り出た。

 しかし、この愚か者たちを待っていたのは痛烈な洗礼であった。炎が弾ける音とともに柚子の実程度の大きさの鉄の塊が放たれ、「我こそ一番槍」と駆け出した歩兵数十を鎧ごと粉々に打ち砕かれて死んだ。

 後方の(ゲート)から続々と帝国の騎兵隊が湧いて来るが、死んだ味方や動きの止まった者、そしてあろうことか正面の敵兵にすら目もくれず、教科書通りとばかりに左右の大通りへと展開しようする。

 しかし、騎兵が向かう先には当然ながら陣が存在するのだが、選んだ相手は最悪であった。なにせ体長3mを上回る巨体を誇る熊や虎が、ぎらついた眼差しでこちらに突撃して来たのだからたまらない。

 三千匹もの肉食獣たちは軍馬を優先的に狙って脚から食い荒らし、逃げようと暴れる馬を御しきれずに振り落とされた兵士を容赦なく引き裂き、踏み潰す。もちろん巨獣たちの体重を金属の鎧で支えられる訳がなく、兵は次々と息絶えて行く。

 予想に反して劣勢という状況を知り癇癪を起こした司令官は、直ぐ様翼竜(ワイバーン)を出撃させて制空権を奪う様指示を飛ばした。

 

 

 

(これが……戦っ……!)

 この戦いにあたって初陣を飾った将兵は数知れず、しかしその中でも(ゆう)熾照(ししょう)は早くも戦争の深みへと足を踏み入れていた。

 自分が生まれる十年以上も前。抵抗できないまま一方的に戮殺された人々の憎しみは計り知れない。この玉京の地に染み付いた被害者、犠牲者たちの怨念が、都の中心に現れた建造物に満たされた氣を通じ、自分自身の中へと潜り込んでいるかのような感覚がその証拠。

 皇宮の学舎で教育を受けていた幼い頃、まだとても善悪の区別を付けられなった自分は、戦とは誇りと誇り、そして命と命のぶつかり合いだと盲信し、結果に勝利も敗北もなく、あるのはただ死のみという自己満足的な理想を抱えていた。

 だが十歳、11歳と成年に近付いて行くに連れ、自身が持つ戦争観に新たな視点が生まれる。理屈で丸め込めない者に意見を強制する手段、思う通りにならない者を排除する手段、自分にはない欲しいものを持つ者から奪う手段、気に入らない者を従わせる手段、望みを実現するための手段。

 視点が増えるに連れて視野も広がり、視野が広がるに連れて善悪への理解も深まっていき、そして今この時になって、戦にはただの暴力としての一面と、守るための手段としての一面があるという事実に辿り着いた。

(今はこの夷狄たちが、堪らなく……っ!)

 火槍斉射の後詰めとして突撃する槍兵の隊列を追い抜き、その足で一番槍を決め込む。恐慌と混乱で足を止めていた兵の首を切り落としたのだ。

 人生で初めて人を(あや)めた熾照(ししょう)は、討ち取った敵兵の亡骸に一礼する。この時既に、心の内に秘めていた感情が爆発していた。

(堪らなく…………憎いっ!)

 激情極まる憤怒と怨憎が、全身を凶器へと変えたのだ。

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