寇討の天子   作:御代川辰

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炎龍討伐

 一瞬、陣に残る人員たちの脳内に衝撃が走る。

「陣を放棄するって言いましたか!?貴方正気ですか!?」

 この切羽詰まった状況の中、普通の指揮官ならあり得ない判断を下した熾照(ししょう)に、当然ながら大邦(だいほう)は正気を疑い、持っていた弓を落とすほどに困惑していた。

 作戦の大部分を立案したリハルド自身も、熾照(ししょう)が自己判断で取った想定外の行動に目を見開く。百歩譲って敵の頭を狙って攻撃するのは定石であり、殿(しんがり)である以上敵を囲い込んで迎え撃つのも、戦術と言う意味では筋は通る。

 だが塹壕を掘ってまで作った陣を放棄し、捨て身で戦えと言うのは正気の沙汰ではない。

「現状最善の迎撃手段は足止めをしながらの総攻撃なんだぞ!自分から頭を出すなんて自殺行為だ!」

 勝本(かつもと)ら自衛官たちも、このような無茶な指令を承服する訳にはいかず、抗議の声をあげる。自分たちが全滅すれば次は避難民、そして基地が攻撃を受ける事になる。

 なのに事前に立てた作戦に(のっと)った堅実な戦いではなく、型破りの奇策をもって戦うのは到底無理な話であり、今一度指示を取り消すように求める。

 しかし、熾照(ししょう)の目は(しっか)と炎龍を見据えており、決意は揺るいでいないように見える。

「百も承知です!今重要なのは()()()()()事ではない事など、解りきっています!」

 この叫びに、場の全員が言葉を失った。途中まで作戦通りに指示を出していながら、突然無謀な判断をした子供とは思えない。すぐ近くに落ちているはずの雷の音が、遠くで響く音のように静かになる。

 一同の脳裏には、炎龍に焼かれたコアンの集落の惨状が思い出されている。先見の明があるわけがなく、指揮官として優れているとも言えない熾照(ししょう)が、恐らく直感で判断した()()の手段なのだろう。

 得られる結果が最善である事に越した事はないが、必ずしも最善の手段が最善の結果を生むとは限らない。刻一刻と褒羽(ほうう)の限界が近付く中、兵と自衛官たちは選択を迫られる。

(…………仕方がない)

 もう、迷っている場合ではない。今するべき事は司令官の決断に従い、任務を遂行するのみ。

「僕が付き合うのはこれっきりですから」

 大邦(だいほう)は溜め息を吐きつつ、やれやれと(うなず)いた。

 

 

 

 直接攻撃から陣へ戻った三つの分隊は、仲間の元へ帰って来るなりいきなり聞かされた陣の放棄、そして陣形変更の指示に酷く困惑したが、炎龍の目が片方潰れている事を近距離で確認していたため、渋々ながら承服して指示された位置に着くべく走る。

 作戦は陣地の後方400m地点まで移動して弧の字を描く陣形を組み、褒羽(ほうう)が雨雲と雷雲を晴れさせた瞬間を合図に構え、そして放棄した陣地を炎龍が越えた直後、顔に向けて攻撃するというやっつけ仕事である。

「まさか実戦で1km(キロ)近く走らされるとは……」

 倉田(くらた)は息を荒くして小銃の残弾を確かめ、構えの準備を整える。雨脚が徐々に弱まり、晴れ間が近付いて来るのが分かる。

「総員構え!」

 一瞬。日光が雲の切れ目から地上を照らすのを合図に、一斉に得物を炎龍のいる東側に向けて構える。一方の炎龍は雷と雨が止み、曇り空が晴れて太陽が見えたのを確認すると、改めて西の方角を見据える。

 人の姿はやや遠い位置にあるが、近くに龍の姿がある事を確かめると、強靭な翼を羽ばたかせて飛行を再開し、敵を目指して迫って来る。

 普段であれば数百m(メートル)程度の距離を移動するのは雑作もないはずなのだが、口の中で爆破した時の衝撃の影響がやや残っており、更に高電流高電圧の雷に撃たれ続けた事で、筋肉が硬直して動きが鈍っている。

(落ち着け……あの化け物の顔面目掛けてぶっ放すだけだ)

 決して負けられないこの状況で、手指に力が込められる。狙いは定まっているが、敵はまだ射程外。深手を負っている訳ではないはずだが、遅い。

 銃弾でも傷一つつかない翼の皮膜を見た時には、本当に絶望しかなかった。だが、諦める訳にはいかない。自分の心音がうるさい。

 耳を塞ぎたいほどに、緊張が全身を駆け巡る。炎龍の影が高機動者を無視して通り過ぎ、数秒。

「《放撃(撃て)》」

 熾照(ししょう)の静かな一言とともに、欠片の容赦もない、微塵の躊躇(ためら)いもない、だが明らかに力不足な集中砲火が放たれ始める。

 この時、増援到着まで十分を切っていた。

 

 

 

 炎龍には再び自分に向けて浴びせられる鉄の粒を、避けきる事ができるような余力はなかった。翼を狙われた時もそうだが、やはり武器の有無に関わりなく、人間という生き物は手強いと改めて実感している。

 弱い人間ごとき武器さえ奪えば、武器を使えなければ、一人で行動していれば、愚かであればなどと希望的観測をする事をしなくなったのは、いつからであろうか。

 同族と思われる蛇のようなドラゴンも、自分にもできない天候を(あやつ)る力を有しており、自分より若いとは言え(あなど)れない。

 そして何より、自分に食われる直前に右目を奪ったエルフの男。苛立たしいが、確かに強かった。炎龍は敵の攻撃を浴びつつ、確かに思考している。

 格闘戦であのドラゴンとまともに戦えるような体力は残っていない。ならば人間を一人でも多く殺すのみ。

 

 

 

 体力と残弾の許す限り、敵を撃ち続ける。既に弾薬の無制限使用の許可が降りている以上、後は味方の到着を待ちつつ攻撃を続けるのみ。

 見上げるほどの巨体と強固な防御力、そして高熱の炎を吐く怪物を相手に戦うなど、並大抵の事ではない。だが、今は戦う他にない。

「目、口、鼻先を重点的に!しっかり顔を狙って下さい!」

 大型生物の多くは眼球が小さいが、その分脳が大きくと目を繋ぐ神経は短い。そして脳は必ず頭にあるため、目を潰せば必然的に相当なダメージを与えられる。

 爬虫類は赤外線を感じ取る事で、他の生物の存在を感知し把握する性質を持つため、今相対している炎龍も漏れなく爬虫類であり、ピット器官が集中している鼻先を狙って攻撃するのも、生物学的には理に(かな)っている。

 そして口。生殖器周辺と並び、生物の体で最も脆い部分の代表であり、毒の代わりに可燃性物質を分泌する器官を有する炎龍の口は、殊更(ことさら)に繊細である事が予想される。

 先ほどのグレネードが口の中で爆発した時の反応からも、爆発物による攻撃は有効であると分かる。

「近付かせてたまるかよ!」

 銃弾や矢が鱗で弾かれようと、構う事なく射かけ、撃ち続けて敵に攻撃の隙を与えない。しかしこちらが目を狙って攻撃している事には気付いているらしく、地面に降りると首を曲げて姿勢を低くし、顔を翼で覆い、身を守る。

 味方と炎龍との間はまだ100mほど離れているが、体格の差を考えれば至近距離と言って差し支えない。そしてここでこちらの攻撃の手が止まれば、あらゆるものを焼き尽くす炎が正面から襲って来る。

 互いに負けられず、互いに譲らない攻防の末に、遂に自衛隊側の攻撃が止まった。好機と見た炎龍が攻めの姿勢を取り、溜め込んだ炎を一気に吐き出そうとしたその時。

()()()()食らいやがれ!」

 勝本(かつもと)が構えるLAMの砲口が火を吹き、戦車装甲用の徹甲弾が吸い込まれるように炎龍の口の中へと撃ち込まれ、今度は爆発する前に顎に直撃した。

 骨が砕ける激痛と頭部全体を襲う高熱と衝撃に耐えられず、炎龍はその場でのたうち回って暴れ、完全に気が動転している。

「まだ終わっておらん!(とど)めを……」

 唖然とする味方に褒羽(ほうう)が言いかけるが、突然鳥の鳴き声が聞こえ、彼女も周囲を見回す。まさかと上空を見上げると、一羽の巨大な鷹が急降下して来るのが見えた。

 背には防寒着を纏う青年も見える。

「あれは……」

 鷹を視認した大邦(だいほう)は、遅いとばかりに溜め息を吐いて弓矢を構え直し、(いま)だに暴れる炎龍に向けて放つ。放たれた矢は山なりの放物線を描き、潰れかけの左目に命中。

 更に叫びながら首を持ち上げた炎龍の喉目掛け、小邦(しょうほう)が駆る凌霄(りょうしょう)の鉤爪が迫り、そして…………

 

 

 

 数十分後、戦場であった平野には、頭と胴がぐちゃぐちゃに切り離された炎龍の死体と、緊張の糸が切れて脱力した第3偵察隊と東第二斥候班の面々、そして完全に出遅れた形で到着した増援部隊の姿があった。

「全滅は覚悟してたけど……本当にギリギリで踏ん張ってたんだな」

 小邦(しょうほう)は呆れ半分驚き半分で報告書を纏めているが、兄大邦(だいほう)は余り反応を見せない。何より“自然災害”と同じ水準の化け物を、たかが雷で足止めし、しかも火砲で殺す事が出来た事自体が奇跡と言っていい。

「その上で味方の損害と民間人の死傷者はなし。一等勲章ものの功績じゃないか」

 と、更に続けるも、やはり何の反応も示さないのを見て溜め息を吐き、筆を置いて報告書の確認作業を中断する。しかし小邦(しょうほう)の手が筆から離れた瞬間、二人は同時に立ち上がってある一方に視線を向ける。

 その先には、黒い衣服を身に纏い、特大の戟斧(ハルバード)を携える少女が、不敵な笑みを浮かべてこちらを見つめていた。

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