一瞬、陣に残る人員たちの脳内に衝撃が走る。
「陣を放棄するって言いましたか!?貴方正気ですか!?」
この切羽詰まった状況の中、普通の指揮官ならあり得ない判断を下した
作戦の大部分を立案したリハルド自身も、
だが塹壕を掘ってまで作った陣を放棄し、捨て身で戦えと言うのは正気の沙汰ではない。
「現状最善の迎撃手段は足止めをしながらの総攻撃なんだぞ!自分から頭を出すなんて自殺行為だ!」
なのに事前に立てた作戦に
しかし、
「百も承知です!今重要なのは
この叫びに、場の全員が言葉を失った。途中まで作戦通りに指示を出していながら、突然無謀な判断をした子供とは思えない。すぐ近くに落ちているはずの雷の音が、遠くで響く音のように静かになる。
一同の脳裏には、炎龍に焼かれたコアンの集落の惨状が思い出されている。先見の明があるわけがなく、指揮官として優れているとも言えない
得られる結果が最善である事に越した事はないが、必ずしも最善の手段が最善の結果を生むとは限らない。刻一刻と
(…………仕方がない)
もう、迷っている場合ではない。今するべき事は司令官の決断に従い、任務を遂行するのみ。
「僕が付き合うのはこれっきりですから」
直接攻撃から陣へ戻った三つの分隊は、仲間の元へ帰って来るなりいきなり聞かされた陣の放棄、そして陣形変更の指示に酷く困惑したが、炎龍の目が片方潰れている事を近距離で確認していたため、渋々ながら承服して指示された位置に着くべく走る。
作戦は陣地の後方400m地点まで移動して弧の字を描く陣形を組み、
「まさか実戦で1
「総員構え!」
一瞬。日光が雲の切れ目から地上を照らすのを合図に、一斉に得物を炎龍のいる東側に向けて構える。一方の炎龍は雷と雨が止み、曇り空が晴れて太陽が見えたのを確認すると、改めて西の方角を見据える。
人の姿はやや遠い位置にあるが、近くに龍の姿がある事を確かめると、強靭な翼を羽ばたかせて飛行を再開し、敵を目指して迫って来る。
普段であれば数百
(落ち着け……あの化け物の顔面目掛けてぶっ放すだけだ)
決して負けられないこの状況で、手指に力が込められる。狙いは定まっているが、敵はまだ射程外。深手を負っている訳ではないはずだが、遅い。
銃弾でも傷一つつかない翼の皮膜を見た時には、本当に絶望しかなかった。だが、諦める訳にはいかない。自分の心音がうるさい。
耳を塞ぎたいほどに、緊張が全身を駆け巡る。炎龍の影が高機動者を無視して通り過ぎ、数秒。
「《
この時、増援到着まで十分を切っていた。
炎龍には再び自分に向けて浴びせられる鉄の粒を、避けきる事ができるような余力はなかった。翼を狙われた時もそうだが、やはり武器の有無に関わりなく、人間という生き物は手強いと改めて実感している。
弱い人間ごとき武器さえ奪えば、武器を使えなければ、一人で行動していれば、愚かであればなどと希望的観測をする事をしなくなったのは、いつからであろうか。
同族と思われる蛇のようなドラゴンも、自分にもできない天候を
そして何より、自分に食われる直前に右目を奪ったエルフの男。苛立たしいが、確かに強かった。炎龍は敵の攻撃を浴びつつ、確かに思考している。
格闘戦であのドラゴンとまともに戦えるような体力は残っていない。ならば人間を一人でも多く殺すのみ。
体力と残弾の許す限り、敵を撃ち続ける。既に弾薬の無制限使用の許可が降りている以上、後は味方の到着を待ちつつ攻撃を続けるのみ。
見上げるほどの巨体と強固な防御力、そして高熱の炎を吐く怪物を相手に戦うなど、並大抵の事ではない。だが、今は戦う他にない。
「目、口、鼻先を重点的に!しっかり顔を狙って下さい!」
大型生物の多くは眼球が小さいが、その分脳が大きくと目を繋ぐ神経は短い。そして脳は必ず頭にあるため、目を潰せば必然的に相当なダメージを与えられる。
爬虫類は赤外線を感じ取る事で、他の生物の存在を感知し把握する性質を持つため、今相対している炎龍も漏れなく爬虫類であり、ピット器官が集中している鼻先を狙って攻撃するのも、生物学的には理に
そして口。生殖器周辺と並び、生物の体で最も脆い部分の代表であり、毒の代わりに可燃性物質を分泌する器官を有する炎龍の口は、
先ほどのグレネードが口の中で爆発した時の反応からも、爆発物による攻撃は有効であると分かる。
「近付かせてたまるかよ!」
銃弾や矢が鱗で弾かれようと、構う事なく射かけ、撃ち続けて敵に攻撃の隙を与えない。しかしこちらが目を狙って攻撃している事には気付いているらしく、地面に降りると首を曲げて姿勢を低くし、顔を翼で覆い、身を守る。
味方と炎龍との間はまだ100mほど離れているが、体格の差を考えれば至近距離と言って差し支えない。そしてここでこちらの攻撃の手が止まれば、あらゆるものを焼き尽くす炎が正面から襲って来る。
互いに負けられず、互いに譲らない攻防の末に、遂に自衛隊側の攻撃が止まった。好機と見た炎龍が攻めの姿勢を取り、溜め込んだ炎を一気に吐き出そうとしたその時。
「
骨が砕ける激痛と頭部全体を襲う高熱と衝撃に耐えられず、炎龍はその場でのたうち回って暴れ、完全に気が動転している。
「まだ終わっておらん!
唖然とする味方に
背には防寒着を纏う青年も見える。
「あれは……」
鷹を視認した
更に叫びながら首を持ち上げた炎龍の喉目掛け、
数十分後、戦場であった平野には、頭と胴がぐちゃぐちゃに切り離された炎龍の死体と、緊張の糸が切れて脱力した第3偵察隊と東第二斥候班の面々、そして完全に出遅れた形で到着した増援部隊の姿があった。
「全滅は覚悟してたけど……本当にギリギリで踏ん張ってたんだな」
「その上で味方の損害と民間人の死傷者はなし。一等勲章ものの功績じゃないか」
と、更に続けるも、やはり何の反応も示さないのを見て溜め息を吐き、筆を置いて報告書の確認作業を中断する。しかし
その先には、黒い衣服を身に纏い、特大の