寇討の天子   作:御代川辰

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黒衣の巫女

 現れた少女は地球で言うゴシックロリータの服装で、およそ体格と釣り合わない大きさの戟斧(ハルバード)を手に、こちらを見つめて微笑んでいる。

 まるで警戒心を見せていない、むしろ興味津々という印象で、精神性は恐らく見た目通りなのであろうが、底知れない不安と不快感を掻き立てられる。

 まるで、“死”が目の前にあるかのような、そのような感情が心中を満たしているのだ。

「《QVEG IZÆ(初めましてぇ)》」

 無垢を(よそお)った満面の笑みで口を開き、帝国語で挨拶をかける少女。もちろん正体が不明である以上、こちらとしては警戒を崩す訳にはいかない。

 やはり自衛官の何人かは彼女の姿に見惚れたり、呆然として動きを見せなかったりと、“かもしれない”が頭から抜けている者が目立つ。

 対してこちらは“子供相手に過剰”な反応である事は確かだが、急に姿を現した相手にやや動じており、すでに武器に手をかけている者もちらほらいる。

「《QVEI VOVD(誰だ)?》」

 兵の一人が同じく帝国語で返し、出方を(うかが)うように一歩すり寄る。剣の柄からは手を放さず、敵意も隠していない。全く穏やかとは言えない状態になったが、少女は余裕綽々な態度を崩す様子はない。

 むしろより楽しげで、より子供らしい表情でこちらを見る様子から、やはり(おさな)い年の頃であるように見える。

 だが、殺気は感じられない。それどころか、今度は流暢(りゅうちょう)な日本語で話しかけて来る。

「あらぁ……敵意はないわよぉ」

 殺気が感じられなかったのは、本当に殺意がなかったからであったと言うオチであった。

 

 

 

 時代錯誤なゴシック調の衣装を纏って日黎連合軍の前に現れた、神官を自称する少女ロゥリィ(ROVVRII)エム(EMV)マーキュリー(MARCVRY)が言うには、この場に現れたのは「死者の世界に向かう事を拒む魂」を感知したからとの事で、その詳細を探りに来た道中であるらしい。

 ではなぜアルヌスまで向かわず、ここにとどまっているのかと聞けば、見慣れない服装と炎龍の死体、そして帝国では見られない武器に興味を持ったからだと言う。

 更に冥界に向かわずファルマートから去った魂の数は3528で、ちょうど黎國軍の特地での戦死者数と同じであり、それら全てを正確に計算していた事に驚きを隠せない。

「異世界人の魂はぁ、本当に郷土愛が強いのねぇ」

 けらけらと笑う彼女だが、黎國軍にしてみればとんでもない脅威である。敵兵の死体を回収して数える事なく、どれだけの損害を与えたか、母数からどれだけ減ったのか、どれだけ殺し損ねた敵が残っているのか。

 これらの事が正確に分かると言うことは、どれだけ味方の負担を減らして戦えるのか、敵にどれだけの継戦能力があるのかの把握を容易にする。

 敵の状況を知る事ができる能力は、この上なく戦を有利にし得るもの。そして神に仕える立場である以上、彼女自身も相当な実力者であろう。

「そこまで警戒しなくてもいいのよぉ?」

 更に捕虜から得た情報によると、帝国には亜神(ヤクス・ウディア)と呼ばれる神仙に近い聖職者がおり、亜神となった生物はその瞬間から千年間、如何なる(やまい)や外傷によるものでも、死ぬ事はなくなると言う。

 これも強固な支持を確立できる指導者、武勇を誇る将兵、賢才に優れる学者などが得れば、それだけで国家を驚異的な水準に成長させる足掛かりとなる。

 聖職者ともなればその神聖性に拍車がかかり、宗教国家としても危険度が高くなるはずだ。

(…………不幸な(むすめ)だ)

 だが、黎國の兵たちが向ける感情にもう警戒の色はなく、警戒と言うより哀れみに近いものに変化していた。不老不死と言うのは古来より人類の夢だが、神仙たちは不老不死であったが故に終わりのない不幸に苛まれ、最期は自ら滅びを選んでいった。

 恐らく彼女が生きている間に失ったものも、一つや二つではなどではないと思われ、身勝手ながら同情する兵もいる。

「それにしてもぉ、炎龍の()()()を本当に殺しちゃったのねぇ」

 だが、この発言に場が凍り付く。ロゥリィは“片割れ”と言ったが、炎龍は一頭だけではなかったのかと戦慄が走り、一同の心拍数が上がり始める。

 そして彼女は続ける。炎龍のうち生き残っている個体は、人為的に休眠状態から目覚めさせられ、(いま)だに帝国領内を彷徨(うろつ)いていると言う。

 恐らく自衛隊と黎國軍が(ほふ)ったこの炎龍は、自然に休眠から目覚めた個体であるのだろう。脅威が完全に去っていない事が分かった今、避難民たちを元の居住地に帰す事はできないと判断せざるを得ない。

「……全く、次から次へと……」

 戦争が始まってから、戦争とは余り関わりのない厄介事ばかりが起こるこの状況に、力なく頭を抱える大邦(だいほう)であった。

 

 

 

[2015年 九月下旬 26日\20XX年 9月27日]

 帝国人であるリハルドの要望もあり、ロゥリィを連れて協同基地まで帰還した第3偵察隊と東方第二斥候班は、調査報告書と装備品使用記録を提出した後、謹慎と称した束の間の休息に羽を延ばしていた。

 なお伊丹(いたみ)は早速テュカ、レレイ、ロゥリィの三人娘に詰め寄られて休息を潰されており、他の自衛官からは羨望や嫉妬を向けられ、黎國の兵からは呆れられている。

()……いえ、司空(しくう)将軍」

 休暇の昼下がり、理丸(りがん)がいつものように基地内の中庭に陣取り、自前の大鉄鎚(おおかなづち)を振り回して鍛練に励んでいる中、将軍()幹夫(かんぷ)に声をかけられる。

 幹夫(かんぷ)の存在に気付いた理丸(りがん)は、大鉄鎚(おおかなづち)の頭を地面に着けるようにして杖代わりにし、改めて声の聞こえた方へと向き直って答える。

「何だ、(さく)

 幹夫(かんぷ)には姓で呼び直されたが、自分はただ本名を呼んで「気にしていない」と伝えて肩にかけた手拭いで汗を拭うと、改めて素振りを続けつつ話に耳を傾ける。

 もちろん言われた本人は呆れているが、仕方ないと溜め息を吐いて地べたに座り込み、話を続ける。

「あのリハルド・アウルムって男なんだが、こちら側の客将として正式に解放されるそうだ」

 冷静な口調ではあるが、強い疑いの念が込められた気配が(あふ)れている。歴史から見ても、一国の将が自国を裏切るのには必ず理由があり、それは個人的な憎しみであったり、ただの保身のためであったり、あるいは戦を長引かせるための策であったりと様々。

 当然信用も信頼もできかねるが、リハルドに関しては意識が戻って(しばら)くしてから既に日本への亡命手続きを初めており、まだ未定だが正式に日本国籍取得のための手続きを受けられるようにはなるとの事らしい。

「そこで、()の意見を聴きたいんだが……」

 と、ここまで幹夫(かんぷ)が語ったところで、理丸(りがん)(さえぎ)るように言う。

「復讐と革命だな」

 素振りの手をぴたりと止め、友人を見据えるように地べたに座り、はっきりと断言した。

「亡き友の敵討ちと腐りきった祖国の再興のため、と言ったところだろう」

 二人の視線が交差する。どうやら意見は同じであったようだ。

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