寇討の天子   作:御代川辰

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大使館改革

[[2015年 十月上旬 1日\20XX年 9月30日]]

 

 前回の調査から日を()け、炎龍襲来から落ち着きを取り戻した日黎アルヌス協同基地は、コダ村を始めとした十の村の避難民六百人を「危険生物の存在で帰宅困難である」とし、正式な難民認定を受けさせるため日本政府に打診。

 そして幕僚会議では、明確に人間の存在が確認できた東部方面を重点的に調査する方針を定め、より多くの情報を得るため偵察隊・斥候班派遣の続行を決定。先日再編成を完了し、今朝出発している。

 その頃の黎國では、玉京と周辺都市を通じて物資運搬のため往来する、輜重やその同行者から断片的な情報が全土に広まり、従軍する家族や友人の無事を祈る者、敵討ちの達成を望む者、更なる戦争の激化に心を痛める者と、大多数はおおむね常識的な範囲で好意的な心象を寄せている。

 対して地球側では全く様相が異なり、国会では「税金の浪費」として完全撤退と閉門を求める意見、あるいは「侵略行為反対」を掲げた講和論が激化しており、方針が統一されている現場とは真逆。

 マスメディアの中にはこの混乱を赤字回復の好機と見るや、誇張や矮小、憶測の入り交じる報道によって国民の関心を引き付け、またその裏で自勢力の拡大のため門の情報を求める諸外国に対し、秘密裏に報告書のコピーを横流しするなどの工作に興じるものもある始末。

 そして民間人ともなれば最低限の倫理さえも放棄する者すら現れ、黎國大使館に常駐する官員への迷惑行為や、インターネットを通じ与党や政権を過剰に誹謗するネガティブキャンペーンをする者。

 また外国人であれば大使館の職員を詐称してしつこく交渉にやってくるなど、末期(はなは)だしい異常事態である。この報告をするためだけに一旦帰国した鵬陽(ほうよう)は、その凄まじい疲労とストレスからいつ発狂してもおかしくはない状態であった。

(……大使の代理を立てなきゃ……)

 個人の私怨まみれだが、嘘偽りのない報告書を隅々まで読み上げた雅信(がしん)は、人事の失敗をひどく後悔すると共に、自分の預かり所をきちんと把握していなかった事実を痛感し、鵬陽(ほうよう)への詫びを兼ねて療養のために長期休暇を与える事にした。

 もちろん彼女は「やっと鬱陶しい顔を見なくて済む」と泣いて喜んでいたが、鹿沢(しかさわ)から聞いていた通り精神的にかなり追い詰められていたのだろう。

 これからはどんなに忙しくとも、外交関係の報告にはきっちりと目を通す事を誓い、駐日大使代行の選出に戻る。が、同時に外国大使館にまつわる地球側の国際規定を思い出し、一度筆を机に置く。

 大使館の敷地は国際法の上では大使を派遣した国の領域であり、本来は外国の民間人が自由に出入りしてはならない場所である、という事を。

 報告書の中には「嶽人国(アフガニスタン)の首都の住民が暴徒となり、槽櫂聯洲(ロシア)の大使館を襲撃した」という過去の時事が()じっている事も記憶にある。

 国際的に国家として認識されていても、大使館襲撃のような問題が起こる事がある。そして黎國はまだ日本としか国交を持っておらず、その他の国からは国家承認を受けていない事を考えれば、日本以外の国の人間にとって、人権や主権を侵害しているという感覚はないに等しいと思われる。

(……ちょっと危ない手を使わせてもらうよ……)

 悪巧みを考え付いた雅信(がしん)は早速自室を離れ、廊下の共用電話へと手をかけた。

 

 

 

 一時間後、黎國大使館には新たに十頭と十名の警備担当者が配置され、並みならぬ威圧感を放って大使館を取り囲んでいる。警備として派遣されたのは、天軍から翼を生やした虎である穹虎(きゅうこ)三頭と、同じく翼を持つ狼である翔狼(しょうろう)

 地軍から炎を纏う獅子である炎獅(えんし)二頭、そして大熊二頭と、彼らの背に乗ることを許された騎乗兵を合わせ、二十の大所帯が大使館に集められたのである。

「迷惑者を追い払うだけなのに、流石に大袈裟じゃないッスか?」

 天軍の若い兵が、自身の騎獣である穹虎(きゅうこ)を撫でながらぼやく。国交開設から一月も経たないうちに大使がノイローゼで交代となるほどの重圧をかけられ、反撃できる立場ではないのをいいことに迷惑行為や誹謗中傷の(まと)、プロパガンダの道具として扱われるのは確かに頂けない。

 だが、だからと言って危険生物で脅しをかけるような事をする必要などないのではないか、と愚痴を吐くが、年配の隊長は(いさ)めの言葉をかける。

「いや、日本の参議のせいでこんな扱いを受けてるんだ。これぐらいは自衛の範疇だろうよ」

 危険生物、それも生体兵器にも匹敵するものともなれば、動物園での展示や研究目的でもない限りは、持ち込み自体が禁止になるはずである。

 加えて国会での法整備を待たず、関係者への説明も為されないまま、こうして勝手に兵器を持ち込むのは非礼と言うもの。その上でこの騎獣たちが人を食うなどすれば、やっとの思いで結ばれた関係がいっぺんにご破算になってしまう。

「……その自信の根拠は……?」

 気にする事はないと妙に自信のある態度で笑う隊長だが、肝心の根拠は“勘”と“自分の運の良さ”らしい。要するに根拠はないと言っている事に、兵は呆れを隠せなかった。

 

 

 

 その頃、第3偵察隊および東方第二斥候班の名を改め、第三偵察小隊として再度東方へと向かう五輌の自動車、一羽の鵬鷹(ほうよう)、一頭の龍、そして一台の牽引用台車の姿が、再び道が見える領域へと入った。

 一昨々日(さきおととい)()()し基地に運び込まれた炎龍の死体だが、生前にやはり相当数の人を喰っていたらしく、死因のほとんどは体を噛み千切られた傷からの失血と窒息であり、中には喰われる前に焼死している者もいた。

 彼らの死因が解ったのは、喰われた被害者の遺体が未消化のまま胃袋とは違う臓器に残っていたからで、筋肉量と筋密度の割に体脂肪率も高く、内臓の感電による内部損傷が少なかった事も手伝い、かなり保存状態が良好だったのである。

「《Hädhry(お父さん)……》」

 しかし肩から腕を喰い千切られ、肌も蒼白くなった長い耳を持つ男の亡骸(なきがら)も、炎龍の腹の中に残っていた。父の変わり果てた姿を目の当たりにしたテュカは、一昨日(おととい)の丸一日(ひつぎ)(そば)を離れる事はなく、つい先ほど故郷の村で簡素な葬式をしていた時も、涙を堪える事ができていなかった。

 そして今もなお、父の名を呟いて静かに泣いている。

「《……Méi y'ho(私も同じ). juíp(同じ)……zibnin(気持ち)……》」

 やや片言なエルフ語で、テュカに(なぐさ)めの言葉をかけるレレイ。テュカの傷心する様を心配する伊丹(いたみ)と、彼を気遣い何も言わないリハルドと糸崎(いとさき)

 我関せずと済まし顔だが、明らかに少女から視線を背けているロゥリィ。縁も所縁(ゆかり)もない四人の現地人が同行者として乗り合い、同じ目的地を目指す奇妙な空間が、一輌の車内に広がっていた。

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